月夜の砂漠に紅葉ひとひら

日下奈緒

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黒幕の黒幕

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するとジャラールさんは、私の耳元でこう囁いてくれた。

「俺もだよ。」と。


有難う、ジャラールさん。

私、元の世界に戻っても、この時の事。

一生、忘れない。


私とジャラールさんが、お互いの体を離した時だ。

護衛の人の、叫び声が聞こえた。

慌てて振り返ると、そこには剣を持ったラナーが立っていた。

「ラナー!」

「私としたことが。狙う相手を間違えるとは。」

「えっ?」

次の瞬間、ラナーは私に向かって剣を振りかざした。

「ジャラール王子の相手が、お前だったとは!」

「キャアアア!」

殺される!

そう思った時、隣にいたジャラールさんが、ラナーを止めてくれた。


「ラナー!このような事をして何になる!」

「うるさい!既にこの命は無いモノに等しい!ならばあなたの大事なモノを奪い、そのお心を冥界に持っていくまで!」

それを聞くと、ジャラールさんはラナーから、剣を取り上げた。

「ならばラナー。その怒りはこの私に向ければよい。さあ!」

ラナーの前に、剣が転がった。

目の前に立つジャラールさんを、ラナーは睨む。

けれど何かが違う。

その目は、私もジャラールさんも恨んではいない。

「ラナー。本当に……」

ラナーの息が上がる。

「私の事を愛しているのか?本当にそれが、ネシャートを襲った理由か?」


ラナーをよく見ると、頬に涙が伝っている。

泣いているの?ラナー。

「私は……」

そう言って、ラナーが剣に手をかけた時だ。


「お待ち下さい!」

どこからか男の人の声が、こだまする。

「ラナーは罪人ではありません!脅されていただけです!」

その声と一緒に入って来たのは、ハーキムさんだった。

「ハーキムさん!」

寄る場所があるって言っていたのに。


「我が王よ!」

ハーキムさんは、王様の前で膝まずいた。

「突然の謁見、お許しください。どうしても罪のない者が命を奪われる事を避けたくて、ここに参りました。」

「いいだろう、話を聞こうではないか。」

「有難うございます。」

ハーキムさんは、頭を下げると立ち上がった。

「ラナーは自分の意思で、ネシャート王女の命を狙ったわけではありません。ある者の命令です。」

「ある者?ある者とは誰だ。」

「それは……」

言おうとしたハーキムさんの腕を、ラナーが掴む。

「ハーキム様。もういいのです。」

「ラナー、しかし!今のままではそなたの命が!」

ラナーは左右に首を振った。

「この場に連れて来られた時点で、もうハーキム様の妻にはなれません。あなたの妻になれぬなら、この命はいらないのです。」

「ラナー!」

ハーキムさんは、涙を流すラナーを腕の中に引き寄せた。

「そんな事、構うものか!」

「ハーキム様?」

「一度妻にと決めたのだ。誰がなんと言おうと、私の妻はラナー、そなただけだ。望みを捨てるのはではない。」

ラナーは何も言わなかった。


でも分かる。

二人が強い気持ちで繋がっている事が。


「それでハーキムよ。誰がネシャートの命を狙った黒幕だと言うのだ。」

「それは……」

ハーキムさんは、王様の後ろに控えているザーヒルを見た。

「そこに控えておられるザーヒル様でいらっしゃいます。」

周りは尚一層ざわついた。

そりゃあそうだよ。

ラナーの時も、ネシャートさんの側近だって騒がれたのに、今度は王様の側近だもん。


「ハーキム。何を証拠にそのような事を申すのだ。」

名前を挙げられたザーヒルは、至って冷静。

なんでここの人達って、疑われているのにそんな冷静でいられるのかな。

「その理由になる者達を、連れて参りました。」

ハーキムさんはそう言うと、護衛に合図を送る。

すると護衛の人達は、一組の老夫婦を連れてきた。

「お、お前達は!」

ザーヒルの顔が歪む。

「我が王よ。この者達は、やつれてはおりますが、ラナーのご両親です。」

「なに?なぜ、侍女の両親がここに来ているのだ。どうして、そんなにもやつれているのだ。」

「それは……」

ハーキムさんは、ザーヒルの前ではっきりと言った。

「このザーヒル様に捉えられ、地下牢に長い間、幽閉されていたからです!」

周りがざわつく。

ジャラールさんとネシャートさんも、驚いた顔をしている。


「ハーキムさん。」

私はハーキムさんと、ラナーのご両親の側に寄る。

「クレハの言う通りだった。まさかと思い顔を見に行ったら、間違いなくラナーのご両親だったのだ。教えてくれた事、感謝する。」

さすが、ハーキムさん!

私には間違いだって言ってたのに、ちゃんと確かめに行ってくれたんだね。

「よかったですね。」

私は、ラナーのお父さんに話しかけた。

「ああ、あなたは、ラナーのご友人。ありがとう。おかげで、私達は冷たく暗い世界から、抜け出す事ができた。」

その目にはうっすらと、涙が溜まっていた。


「お父さん……お母さん……」

いつの間にか、涙を堪えているラナーが、側に立っていた。

「ラナー!」

お父さんとお母さんが、ラナーを抱き締める。

「ハーキム様から聞いたよ、ラナー。なんて愚かな事をしたんだ。私達の命を救う為に、未来の国王の命を狙うなんて!」

「そうだよ。私達の命等、この国の為ならいくらでも、くれてやったのに!」

「そんなこと、言わないで!」

ラナーの顔が、我慢していた涙が溢れて、グチャグチャになっている。

「お父さんとお母さんの命よりも大切なもの等、私にとってはこの世にありません!例え、未来の国王の命を奪い、罪人の汚名を着せられ、この命が無くなったとしてもっ‼」

「ラナー……」

「お父さんとお母さんの命の方が……どれほど大切か……」


そして、椅子に座っていたはずのネシャートさんが、私達の側に来た。

「ネシャート様……」

「そなたの言う通りです、ラナー。私が気づかないばかりに、そなたには辛い思いをさせました。許して下さい。」

「そんな……ネシャート様に罪など、少しもございません!私の方こそ、私の方こそ!……」

ラナーはネシャートさんが差し伸べた手を握り、床につくくらいに、頭を下げていた。


「ザーヒル。」

それを見ていた王様は、とても低い声でザーヒルを呼んだ。

「は、はい。我が王。」

「これは一体、どういう事か。」

「い、いや。これは……」

「返答によっては、お前に重大な罪を与えるぞ。」

そう言った王様の目は、殺されるかと思うくらい、鋭かった。


「我が君!これは何かの間違いでございます!」

王様は、眉一つ動かさない。

「もしや我が王まで、私をお疑いになるのですか!幼い頃より王にお仕えしてきたこの私を!」


いやいや、ここの証人がいるんだから、言い逃れはできないよ、ザーヒルさん。


「我が王よ。他にも証拠はございます。」

ハーキムさんが合図をすると、黒づくめの男、数人が大広間に連れて来られた。

「あっ、この人達です!我々を地下牢に連れてきたのは!」

ラナーのご両親が叫ぶ。

「この者達は?」

王様は低い声で、ザーヒルに質問をした。

「はてさて……知りませぬな。」

ザーヒルは、とぼける態度を取った。

「そなたの配下の者ではないと、申すのだな。」

「はい。全く存じ上げません。」

よくも王様の前で、そんな嘘がつけるよ。

ジャラールさんだって、この黒づくめの男達が、ザーヒルの手下だって知ってるのに!


「それにしても、誘拐とは許されませんな。」

その上ザーヒルは、その黒づくめの男達に向かって、冷たくこう言い放った。

「ラナーは罪人と言えども、王女付きの侍女。その者のご両親を誘拐し、監禁するとは。この者達には別途罪を与えなければなりません。」

黒づくめの男達は、驚いて顔を上げた。

「そなた達、分かっているな」

お互い顔を見合わせて、希望を失ったように、一人一人うつ向いていく黒づくめの男達。

自分の命令に従った手下を、自分のせいにされそうになったからって、庇おうともしないの!?

頭に来た!

「ちょっとちょっと!」

「おい、クレハ!」

黒づくめの男達の前に出た私を、ハーキムさんが止める。

「さっきから話を聞いてれば!自分が悪い事がバレたら、部下のせいにするの!?それでも上に立つ人なの!?」

「なんだ、小娘。私が誰だか、分かっているんだろうなあ。」

「知ってるわよ!王様の一番偉い付き人でしょう?」

「その私に意見をする等、どうなるか、分かっているのか!」

鋭い眼光で睨まれて、背中がゾクッとする。

「そ、そんなに睨まれたって、怖くないもんね!だって、私聞いたんだもん!この人達が、あなたの手下だって!」

「何?小娘、それをどこで聞いた?」

ザーヒルが、一歩ずつ私の前に、やってくる。

ここで下がったら、女が廃るわ!!

「砂漠の旅の途中でよ!私、ジャラールさんとハーキムさんの二人と一緒に、砂漠の旅をした事があるの!そこで、この人達に襲われたのよ!」

「なに?では、お前はジャラール王子の客人か?」

急に客人と言われ、少し気が緩む。

「そ、そうよ。」

「この者達は、ジャラール王子の客人であるそなたを襲ったばかりか、ジャラール王子とその筆頭侍従であるハーキムに、刀を向けたのだな。」

「そ、そうよ!」

私が大きな声で答えると、ザーヒルは刀を抜き、私の前で黒づくめの男一人を斬り倒した。

「えっ……」

「ぎゃあああ!」

続いて隣にいた男も。

「ひ、ひぃぃぃ!!」

逃げようとした男達も、瞬く間にザーヒルによって、切り殺された。

私の目の前に、血の海が広がる。
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