月夜の砂漠に紅葉ひとひら

日下奈緒

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黒幕の黒幕

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死にそうなくらいに息が切れ、足がガクガクすること2回目。

「おっ、やっと追い付いたか。クレハ。」

私を待っていてくれたラナーに比べて、ジャラールさんはそのまま先を行く始末。

いいさいいさ。

一刻を争う事なんでしょ?

私を置いて行けばいいさ!


「今、ハーキムに聞いたのだが、ネシャートの周りは何一つ変わった事がないらしい。」

「えっ?ハーキムさん?なんでハーキムさんが、ネシャートさんの周りを知ってるの?」

ハーキムさんが、しれっとした顔でこっちを見る。

「ここの番人をしている奴らに聞いたのだ。」

「番人?」

「宮殿に出入りしている者の話も聞いているからな。」

それを聞いて、あっと勘づく。

「もしかしてハーキムさんを牢屋に入れたのは!」

「まあ、そういう事だ。」

裏情報を取る為に、側近を牢屋に入れるなんて、正気の沙汰じゃない。


「それだけじゃないでしょう。」

ハーキムさんが、ジャラールさんに近づく。

「あのままでは、クレハが牢屋に入れられる事になる。私であれば、まず死ぬ事はないと思ったのでしょう。」

「どうだったかな。」

そう言ってジャラールさんは、私にウィンクをした。


ハハハ……

嬉しいけれど、複雑な気分。

私の代わりに牢屋に入れられるって。

だけど私がジャラールさんに微笑みかけた瞬間、ハーキムさんの鋭い視線。


はいはい。

必要以上に近づくなって、ここに来る前にイチャイチャしそうになったよ。


「だとしたら、ネシャートの側近を疑わざるを得ないな。」

「ラナー達ですか。」

私はハッとする。

「ラナーさんをどうする気?ハーキムさんの婚約者だよ?」

ジャラールさんもハーキムさんも、眉一つ動かさない。

「ハーキムさん?」

「ラナーが何かをしたと疑っているわけではない。ただネシャート様の周りに起こっている事を、淡々と調べるだけだ。」

「ああ、そうですか。」

ある意味すごいな。

自分の婚約者、取り調べにあうかもしれないのに、全く動じないなんて。

「ハーキム。明日、父上に宝石の事を話そうと思う。そうすれば間もなくお前は、ここを出られるだろう。その後すぐネシャートの元へ。」

「承知しました。」

ハーキムさんが頭を下げると、ジャラールさんはあの階段がある裏道へ急ぐ。

「クレハも早く行け!」

ハーキムさんに言われ、急いでジャラールさんの後を追う。


さすがは身軽。

ジャラールさんは、軽やかに階段を駆け上がる。

一方の私は足が上がらず、息もゼーゼー言っている。

「ジャラールさん……もう上まで行ったかな……」

右足、左足と一歩ずつ足を上げていたら、突然目の前にジャラールさんの足が。


「へっ?」

顔を上げると、涼しい顔のジャラールさんがいた。

「このくらいで動けなくなるとは。体を鍛えてはいないのか。」

「そう……です……ね。」

逆にこれだけの急な階段を、ヒョイヒョイ昇っていくなんて。

どれだけ鍛えているのですか。


「ほら。」

ジャラールさんが、手を差し伸べてくれた。

やった!

ラッキー!

ジャラールさんの手を、ガシッと掴んだ時だ。

スッと体を引き寄せられて、私の体はフワッと浮き上がった。


「えっ?」

「俺が抱き抱えて、クレハを部屋まで運ぶ。」

うわ~~!!

これは正に、お姫様抱っこ!


「いえ!いいです!自分で歩けます!」

「よい。しっかり捕まっていろ。」

そう言ってジャラールさんは、私を抱えながら、普通に階段を昇る。


「……重くないですか?」

「うん……」

「あっ!やっぱり重いんだ!ごめんなさい!降ろして!」

するとジャラールさんは、すぐ側でクスクス笑いかけるだした。

「クレハ、気にする事ない。大事な人を抱えて行くぐらい、男にとっては当然の事だ。」

ジャラールさんの"大事な人"発言に、身悶えする。

落ち着け、自分!

ここはジャラールさんの腕の中!


そんな自問自答を繰り返していると、あっという間に階段を登りきった。

「あっ、じゃあここで……」

「部屋まで送ると、言っただろ。」

ジャラールさんは、私を抱えながら、廊下を歩く。

その様子を廊下にいる警備の人が、ガン見してくる。


「ジャラールさん。この情況って、かなりまずいのでは?」

「そうか?」

「ジャラールさんはいつも、女の人を抱き抱えているの?」

「そう言えば、あまりないな。」

それだよ!

警備の人が、私をガン見している理由。


するとジャラールさんは、部屋のドアを開けて、そのまま隣の寝室へ。


ええ!?

な、何する気?


私の緊張を他所に、ジャラールさんは私を自分のベッドに降ろした。

私を上からジャラールさんが、覗きこむ。

めちゃくちゃ綺麗な顔。

少しでも笑ってくれれば、こっちも微笑み返せたのに、真剣な表情で私を見るから、引き込まれる。


次の瞬間、スーっとジャラールさんの顔が、近づいてくる。

こ、これは何?

もしかして、キキキス!?

私は、咄嗟に顔を両手で覆った。


するとおでこから、"チュッ"と音がする。


「えっ?」

ゆっくりと腕を離すと、そこにはニヤニヤしているジャラールさんがいた。

「もしかして、キスされると思ったか?」

「!!!!」

声にならない叫び声が出る。

「してもよかったが?」

「いやいやいや‼」

否定した勢いで、起き上がる。

「ジャラールさんには、ネシャートさんがいるでしょう!」

ジャラールさんは、目をパチクリさせる。


「まだそんな事言っているのか。」

「そんな事?」

「ネシャートは妹だって言ったはずだ。」

再び真剣な表情に代わる。

「ジャ、ジャラールさん?」

「やはりキスした方が、よかったかな。」

一歩、また一歩、私に近づいてくる。

「わっ、わっわっわっ!」

ジャラールが一歩近づく度に、私が一歩下がる。


「安心しろ、嘘だ。」

ジャラールさんは、私のオデコをペチッと叩く。

「へっ?」

「俺はソファで寝る。」

ソファ……

私の頭の中に、さっき二人で話をした、ソファが浮かぶ。


いや。

いくらなんでも王子様を、ソファで寝かせるわけにはいかないって!


「いえ、ジャラールさん。私がソファで寝ます。」

「クレハが!?」

滅茶苦茶驚かれて、ジャラールさんがこちらを向く。

「だってまさか、王子様がソファで寝るなんて、絶対問題になりますよ。」

人が真剣に話してるのに、ジャラールさんはクスクス笑うばかり。

「何が可笑しいんですか?」

「いや。」

するとジャラールさんは、寝室のドアを閉めて、ベッドにいる私の横に座った。

「実は、少し前までの俺だったら、クレハの事抱けなくてもいいから、ベッドで寝ていた。」

「へっ………」


な、何を言い出すんだ、この王子様。


「ハーキムに訓練だって言われ、宮殿の周りの茂みで野宿した事もあった。もちろん警備上の問題で、1回につき1日だけ。宮殿の、しかもベッド以外の場所で寝るなんて、もっての他だった。」

「そう……ですよね。」

それ、気持ちが分かると言うより、正統な意見だと思います。


「でも今回の旅でよく分かった。自分はなんて、世間知らずだったのだろうと。」

いや、それでいいんだと思います。

「それにもう一つ、分かった事がある。」

「何ですか?」

「本当に欲しいって思ったモノは、時間をかけてゆっくりと自分のモノにした方がいいと言う事だ。」

「はあ。」


どう言う事?

一番好きなモノは、一番最後に食べた方がいいって事?


「じゃ、クレハ。おやすみ。」

「おやすみなさい。」

寝室のドアがと閉まる寸前、ジャラールさんは私を見ながら、クスッと笑った。

なぜ笑った?

王子様の笑みに疑問を感じながら、ふかふかのお布団に入る。

体全体が包まれ、疲れも一気に吹き飛ぶ。


ああ。

こんな優しさに包まれながら眠るのって、最高に幸せ。


って、待て!!

私は上半身をガバッと起こした。

このまま寝たら、現実の世界に戻っちゃうじゃんか!!

おっと!ジャラールさん!


私はベッドから降りて、ジャラールさんがいる部屋に向かおうとした。

ん?

それも待って。

さっきみたいに、襲われそうになったら嫌だ。


と言う事は、朝までここで待つしかないか。

ん~

できるかな。

朝まで寝ないで待ってるなんて。


そうだ!

ゲームだ!ゲーム!!

私は自分の服を触った。


「いけない。これラナーの衣装じゃん。制服、ラナーに預けっぱなしだし。」

今から取りに行く?

悩んだ挙げ句、睡魔に勝てない事を悟った私は、ラナーの部屋に制服を取りに行く事を決心した。

まずはそっとドアを開けて、ジャラールさんが眠ったのか確認する。

旅の間も比較的早く眠りについていたジャラールさん。

今回もソファに寝ているせいか、もうスースー寝息をたてている。


ヨシ!

この間に廊下へ脱出。

そーっと忍び足で、ドアを開け廊下へ出た。

ジャラールさんが起きてない事を確かめてから、ドアを閉める。

OK!

私、結構やるじゃん。


廊下に出て、ジャラールさんのテリトリーの場所を仕切っている大きな扉も少しだけ開ける。

そこには警備の人が立っているのが見えた。

このままじゃ、私は捕まる。


私は再びラナーの服を手でバンバン叩くと、ポケットからボタンが出てきた。

これ使えるかな。

私はもう少しだけドアを開けると、ボタンを窓に向かって投げた。


コツッと音がして、見事命中。
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