月夜の砂漠に紅葉ひとひら

日下奈緒

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きらびやかな宮殿

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私はゆっくりと、その場に座り込んだ。


ひどいよ。

私、こんなに辛い恋なんてした事ない。


「クレハ……」

ジュースを持って来てくれたジャラールさんは、ソファーに座らずに、私の横に腰を降ろした。

黙ってグラスに、ジュースを注いでくれる。 

「ジャラールさん。」

「ん?」

「私、ジャラールさんの事が好き。」

「そうか。」

「でも、ネシャートさんを愛しているジャラールさんは嫌い。」


自然に涙が流れた。

これじゃあハーキムさんに、またジャラールさんを思って泣いているって、言われちゃう。


「そうか。俺がネシャートを愛している事を、クレハは知っているのか。」

はっきりと言葉に出されると、もっと切なくなる。

「だけどネシャートは、妹だ。それ以上は愛せない。それでもクレハの気持ちは、変わらぬか?」


ジャラールさんはずるい。

はっきり言ってくれれば、気持ちが楽になるのに。







俺はネシャートを一生愛し続けるけど、

側にいたいんだったら、勝手にいれば?








って。



そんな事思ったら、滅茶苦茶悲しくなってきた。

「ううっ……」

なんで人を好きになるって、こんなに辛いんだろう。

「うえっ……」

なんでジャラールさんを好きになっちゃったんだろう。

「う、うわああっ!」



なんで私、ここに来ちゃったんだろう………



ん?

何で?

なんでここに来た?


「あっ!」

「どうした?クレハ。」

「私、ジャラールさんに言わなきゃいけない事があるんだ!」


急に泣き止んだ私に、ジャラールさんはタジタジ。

「ジャラールさん!実は私、碧のオアシスの妖精に会ったんです!」

「妖精に?」

ジャラールさんが私の肩を掴む。

「私、言われたんです。この国はもうあの宝石がなくてもやっていけるって。」

「えっ……宝石がいらない?だがネシャートは、あの妖精の力で……」

「それも!妖精のせいじゃないって。もっとネシャートさんの近くに原因があるって!」

「ネシャートの……近くに?……」

ジャラールさんはフラッと立ち上がると、ソファーに勢いよく体を放り投げた。

「ネシャートの周りに原因があるなんて、信じられない。」

「ジャラールさん?」

「ネシャートの近くは、俺なんかよりも厳重に警備がはいっているはず。もちろん侍女達も両家の子女ばかりだ。未来の女王を脅かす存在等有り得るわけない。」

「えっ……」

するとジャラールさんは、私を鋭い目で見てきた。


怖い。

もしかしたら、私を疑っている?


「あ、あの……」


どうしよう。

もしかしたら、私、ここで捕まってしまう?


ジリジリと迫るジャラールさんの迫力に、背筋が凍る。

「クレハ……」

名前を呼ばれ、後ろへ後退りした。


「よく教えてくれた。感謝する。」

そこにはいつもと変わらない、ジャラールさんの笑顔があった。

「えっ?」

「正直、クレハから預かったペンダントをネシャートに渡しても、彼女の病はよくならなかったんだ。」


あのペンダントを渡した?

ネシャートさんに?


すると座っている床から、カシャンと言う音がした。

「これ……」

「あのペンダント……」

「キャアアッ!」

私は恐ろしくなって、そのペンダントを投げ飛ばした。

「クレハ?」

慌ててジャラールさんが、ペンダントを拾いに行く。


「どうしてそれが、ここにあるの!?」

「どういうことだ?」

ジャラールさんが、ペンダントを持って来る。

「だって私、この服に着替えた時に、そのペンダント入れてない‼」

怯える私を他所に、ジャラールさんはペンダントをじっと見つめる。

「そうか……クレハを新しい主人に迎えたのだな。」

そう言うと、ジャラールさんはペンダントを、私に差し出した。

「い、いらない。」

「いや。これはクレハが持つべきモノだ。」

でも私は、首を横に振る。


「クレハ。聞いてくれ。」

私はそれにも、首を横に振る。

「このペンダントは、持ち物と一心同体。持った覚えもないのに、勝手についてくるモノなのだ。」

「えっ?」

私はペンダントについている宝石を、そっと見つめる。

妖しく光る碧色。

何だか勝手についてくると言われても、納得するかもしれない。


「母達一族は、この宝石に守られていた。長は、代が代わるとこの宝石を取りに行き、認められ宝石が勝手についてくるようになって初めて"長"だと認められたのだ。」

「そんな!この石が?」

「逆に宝石に認められない"長"は、その椅子から引きずり降ろされた。」


人の一生も決めてしまう宝石が、今、目の前にあるなんて!!

「そうだとしたら、この宝石が認めたのはクレハ、君だ。俺ではない。もう一度言う。この宝石は、クレハが持つべきだ。」

「ジャラールさん。」

私はジャラールさんから、ペンダントを受け取った。


「私が持っていて、いいの?」

「ああ。だって、妖精はこの国に、宝石はいらないと言ったのだろう?」

私は顔を上げた。

そこには、吸い込まれそうな瞳をしたジャラールさんがいる。


「それにしても、俺が一族の長ではなくてよかった。」

「えっ?」

「宝石は俺ではなく、クレハに付いていくなら、とっくに一族の椅子を引きずり降ろされていた。」

「私に?」

「ああ。」

こんなに美少年の強い長がいるのに、異世界から来た訳の分からない女子高生に、玉座をおわれる。

そんな冗談にならない冗談に、私達は可笑しくなる。

「ハハハッ!可笑しい!」

「ハハハッ!」

目を細目ながら笑うジャラールさんは、やっぱり素敵な人だ。

「やっと泣き止んだな。」

ジャラールさんの温かい手が、私の頭を撫でてくれる。

「大声で泣き始めた時には、どうしようかと思った。」

そして、さっきまでのワンワン泣きじゃくっていた自分を思い出して、顔から火が出そうになるくらい恥ずかしくなる。


きっとジャラールさんの恋愛の相手は、私みたいに子供じゃなくて、素敵な大人だったんだなと思う。

そりゃあ、困るよね。

自分を好きになってくれなきゃいやだああって、目の前で泣かれたら。

「ごめんなさい。もう大丈夫です。」

とりあえず頭を下げる。

こんな子供のお守りみたいな事してくれたんだもん。

謝るのは当然だよね。

「いや。やっぱりクレハは、面白い女だよ。」

ジャラールさんのそんな優しさが、余計に私を恥ずかしくさせる。


「じゃあ、クレハが大丈夫になったところで、俺は行くか。」

そう言うと、ジャラールさんは突然立ち上がった。

「ジャラールさん?」

立ち上がった時には、精悍な顔つきをしていたジャラールさんは、私を見る時はにっこり笑顔。

「なあに、せっかくクレハがここまでしてくれて、俺に大事な事を伝えてくれたんだ。これを生かせなかったら、クレハに申し訳ない。」

するとジャラールさんは、足音も立てずに扉へ向かう。


「クレハ。俺は今からハーキムのところへ行って、今後の作戦を練る。」

「えっ?ハーキムさんのところへ?」

突然過ぎる発言。

「クレハは、隣にいる俺のベッドで寝ているといい。」

そして、扉の外へ行ってしまった。


「待って!」

慌ててジャラールさんの元へ駆け寄る。

「私も行く!」

「クレハも!?」

「わ、私を寝せないで!!」


思わず叫んだ言葉に、ジャラールさんは口を開けて、ぽかんとしている。

「えっ?」

私、なんか変な事言ったかな。

「クレハ……今、自分が何を言っているのか、分かるのか?」

あのジャラールさんが、扇情的な眼差しで、私の顔を覗く。

「寝せないでって……」

途中まで言って、ジャラールさんの唇が、だんだん近づいてくる。

「違う!私、寝ると現実の世界に戻ってしまうの!」

もう少しで唇が重なると言うところで、ジャラールさんは止まった。


「現実の世界に戻る?」

私はゴクンと息を飲むと、ジャラールさんにここに来た経緯を話した。

「……今回のジャラールさん達の旅の話、私の世界では一冊の本になっていたの。」

「本?」

「私の学校の図書室に置いてあった。ジャラールさん達の言葉で書かれていて、私は読めなかったけれど。」

ジャラールさんは、うまく状況が飲み込めず、ポカンとしている。

「私は、現実の世界で眠っている時に、こっちの世界へ。こっちで寝ている時には、現実の世界にいるの。」

「えっ?……」

そりゃあ、そんな事言われたって、すぐに信じられないよね。
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