月夜の砂漠に紅葉ひとひら

日下奈緒

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きらびやかな宮殿

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このきらびやかな宮殿に相応しい程に、厳かで強くて、何よりも美しい。


ラナーが言っていた。

この人に愛されたくて、多くの女性が集まるのだと。

その気持ちが、痛い程に分かる。

だってほら、ジャラールさんが通りすぎた女性達は、自分は選ばれなかったと言うのに、その場を立ち去れず、まだジャラールさんに見とれているんだもの。


それにしてもジャラールさん、並んでいるお姉さん達を全く見ていないけれど、本当に連れて行くのかな。

そんな事を考えていると、ジャラールさんは私の目の前を通り過ぎる。

えっ?

ジャラールさん?

私に気付いてないの!?


どうしよう!

行ってしまう‼


「ジャラールさん!!」


名前を呼んで、ハッとした。

ヤバイ……

王子様をさん付けで呼んでしまった……

口を両手で覆っても、遅かった。


お姉さん達の刺すような視線。

光清といい、ジャラールさんといい、何でこんな怖い人達が、周りに集まるかな。

だけど収穫はあった。

ジャラールさんの口許が、"クレハ"と動いた。

やった!

気付いてくれた!


けれど喜びもつかの間。

私の前には、刀を持った人達が。

「何者だ‼王子を名前で呼ぶとは無礼だろう‼」

「す、す、すみません‼どうしてもジャラールさんに会いたくて‼……あっ!」

また慌てて口を塞ぐ。

私、また名前で呼んじゃったよ。

しかもジャラールさん、一番後ろで笑ってるし‼


「貴様……」

スーッと刀が抜かれる。

ひぃぃぃ!

ジャラールさん、笑ってないで助けて‼


「もうよい。」

刀は私の頭の上で止まっている。

「気に入った。今宵はこの者を連れて行く。」

「お、王子?」

刀は下げられ、私の前にジャラールさんが現れた。

そしてスーッと右手を差し出される。

「どうした?娘よ。私にどうしても会いたかったのだろう?」

私は返事も出来ずに、その手を取った。

久しぶりに見た、ジャラールさんの瞳。

宝石みたいで、吸い込まれそう。


ああ、そうだ。

初めてジャラールさんにドキドキしたのも、その瞳を見た時だっけ。


「行こうか。」

ジャラールさんの腕が、私の腰に回される。

「ジャラール……さん?」

するとジャラールさんは、私の唇に指を当てた。


さっきよりも胸がバクバク言いながら、ジャラールさんの隣を歩く。

後ろからはあのお姉さん達が、まだギャーギャー叫んでいる。


「おや、珍しい事があるものですな。」

声のする方へ向くと、そこにはハーキムさんと同じような黒い衣装を着た年配の人が。

「ザーヒル。」

心なしかジャラールさんの声が低くなった気がした。


「国務の事ばかりで、女には興味がないのかと思っておりました。」

「ハハハ。偶然面白い女を見つけたのだ。」

なんだかチラッと見られた気がして、ジャラールさんの後ろへ隠れた。

「面白い女ですか。覚えておきましょう。」

するとザーヒルと言う人は、一礼してどこかへ行ってしまった。

「あの人は?」

「父……現王の側近だ。」

なんだかザーヒルって名前、どこかで聞いた事あるような気がするんだけどな。


「クレハ、覚えているか?砂漠で敵に襲われた事を。」

「うん。」

「あれが黒幕だ。」

「えっ‼」

私はジャラールさんの背中越しに、そのザーヒルという人を見た。


わ、分からない。

全く悪人に見えない。


「あっ、でもあの人達、ザーヒルさんは関係ないって言ってなかったっけ?」

「関係ないわけないだろう。ザーヒルの指示がなければ、歩く事も許されない者達だぞ。」

「ええっ‼」


ああ、なんかここに来てから、驚く事ばっか。

って言うか、人間不信になりそう。


「ところでクレハ。私の部屋はあそこだ。」

ジャラールさんが指差したのは、一際大きな扉だった。

「さあ。」

カチャッと大きい割には、静かに開いた扉。

「わあ……」

高い天井。

大きなソファー。

広いテーブル。

豪華な絨毯とシャンデリア。

見るモノ全てに圧倒される。


「クレハは、そこに座るといい。」

ジャラールさんに言われた通り、大きなソファーに座る。

フカフカしていて、体が沈む。

「何か飲むか?」

するとジャラールさんは、グラスを2つ持ってきた。

「じゃあ、ジュースが飲みたいです。」

「……ジュース?」

「オレンジとかアップルとか。」

しばらく見つめ合う、私とジャラールさん。


「クレハは、お酒が飲めないのか?」

「お酒!?」

私は大袈裟に、両腕を横に振った。

「私、未成年です!」

「未成年?まだ大人ではないという意味か?」

「はい。」

なんとか分かってくれたのか、急に手を叩いて、大きな音を出した。


「はい、王子。」

「すまんが、オレンジかアップルのジュースを、持ってきてくれ。」

「畏まりました。」

白い服を着た人が、扉の外に出ていった。

「すまないが、用意するまで少し時間がかかる。」

「あっ、いえ。気を使わないで下さい。」

大きなソファーに、ジャラールさんと二人きり。

周りを見ると、さっきまで数人いたお付きの人達は、いなくなっていた。


「お付きの人、いないんですね。」

こんな、豪華な部屋を見てしまったせいか、急に敬語。

「ああ、ここはプライベートな空間だからな。こちらから呼ばない限り、お付きの者は入って来ない。」

「へえ。誰も来ないんですか?」

「そうだ。誰も来ない。ああ、ハーキムはたまに来るか。」


嬉しそうに語っちゃって。

今ハーキムさんは、あの寒い牢屋にいると言うのに。


「クレハだけだ。この部屋に通したのは。」

前屈みになりながら、私を見つめてくれるジャラールさん。

「嘘です。だって、セクシーなお姉さんを連れて来てるって。」

「ハハハッ!あの廊下に並んでいた女性達か?クレハは面白い冗談を言う。」

「えっ……だって……」

「クレハは俺が、不特定多数の女性と、遊んでいると思っているのか?」


今まで私なんて気取った言い方だったのに、急に俺になるなんて、不意討ち過ぎだ~。


「いえ、思っていないです。」

「よかった。」

ジャラールさんはニコッと笑うと、スッと立ち上がった。

「ジュースを持ってくるのが遅いな。」

「は、はい。」

「ジュースの代わりに、果物でも食べよう。オレンジもある。ああ、そうだ。グレープフルーツもレモンもある。」

ジャラールさんは棚まで行くと、バスケットの中から、いろいろな果物を持ってきた。

「待っていろ、クレハ。」

そう言ったジャラールさんは、ナイフを取り出すと、オレンジを切り始めた。

「ジャラールさん、果物切れるんだ。」

するとジャラールさんは、危なく指を切りそうになる。

「クレハは、俺が不器用だと思っているのか?」

「ち、違います!日本では男の人って、あまり果物切らないから!」

「へえ~」

しかもジャラールさん。

私と話をしながら、次から次へと皮を剥いていく。

少なくても私より器用だよ。


「はい、クレハ。」

切ったオレンジを、ジャラールさんは私にくれた。

「有難うございます。」

手に取ろうとしたら、ジャラールさんが手を引っ込める。


何のイジワル?


そう思ったら、ジャラールさんに"口、あ~んして"と言われた。

「えっ?ちょっと?」

「ほら、早く。」

恥ずかしさをこらえて、口を開けると、ジャラールさんがオレンジを食べさせてくれた。

「うっ、甘い‼」

こんな瑞々しくて、甘いオレンジ。

初めて食べた。

すると今度は、私にオレンジを食べさせてくれたその指を、ペロッとジャラールさんが舐める。

「本当だ。美味しい。」


あまりにも慣れた手つきでそんな事されるから、もう付いていけない。

「ぜぜ絶対ジャラールさん、女の人に慣れてる!」

「なんだ、バレたか。」

「バレたって、じゃあ、この部屋に女の子入れたのも、初めてって嘘なんだ~~!」

「それは本当だ。大抵女性は、直で寝室へ連れて行く。」

「はあああ~~?」

もう、いろんな事想像しちゃって、顔どころか頭まで茹でタコになりそう。


「ムクククッ!」

肝心のジャラールさんは、また笑っているし。

私が子供だと思って、面白がってるんだ!


「今から行ってみようか?」

「えっ!?」

「嘘だ。クレハを、無理矢理寝室に、連れ込むような事はしない。」

そしてまた、無邪気に笑ってるし。


もう!さっきから、ジャラールさんのペースに、はまりまくり。

「そんなに笑わなくてもいいでしょう?」

私は頬を膨らませて、反対を向いた。


すると後ろからジャラールさんに、そっと抱き締められた。

「ジャラールさん?」

なぜか寂しそうな表情を浮かべて、今度はギュウッと私を抱き締めてくれる。

「クレハ……」

ジャラールさんの切ない声。

体中が心臓になったみたいに、全身ドクンドクン言っている。

「クレハ。俺が好きか?」

「えっ?」

心臓がうるさくて、よく聞こえない。


「クレハがよければ、このままずっと、俺の側にいてくれないか?」


最後に大きくドキンと鳴って、今度は胸がキューッと締め付けられる。

何?

私の体、どうにかなっちゃったの?


その時、外から扉を叩く音がした。

するとジャラールさんの腕がスルッと外れた。

まるで何事もなかったように、扉に向かったジャラールさん。


向こう側で付き人の"ジュースをお持ちしました"と言う言葉が聞こえる。


一方の私は、あまりにも衝撃的な言葉を聞いて、その意味を理解するのに苦しんでいた。


ジャラールさんの事は好き。

でもジャラールさんの心の中には、ネシャートさんがいる。

それを知りながら、私に側にいろって言うの?
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