月夜の砂漠に紅葉ひとひら

日下奈緒

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きらびやかな宮殿

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「じゃあ、ジャラールさんはどうやって、外の人と会ってるの!!」

「それは……」

ハーキムさんの顔は、苦痛に歪んでいる。

「普段は俺が仲介している。だが今は、ここにいる以上会わせてやる事ができない。」

胸が詰まる。

そう言えば、ハーキムさん。

私をかばって牢屋に入れられたんだよね。


「ごめんなさい。」

「あっ、いや……そう言う事ではないのだ。」

急に顔を上げたハーキムさんと、目が合う。


綺麗な瞳。

なぜジャラールさんは、ハーキムさんをあっさり疑ったのだろう。


「ねえ、どうして……私をかばったの?」

「クレハ……」

「どうしてジャラールさんは、一番信頼していたハーキムさんを、疑いも無しに牢屋に入れたの?」


分からない。

少なくても、二人は兄弟や親友のように、信じ合っていた。


「ジャラール様には、何かお考えがあるのだ。」

疑われているのに、尚もジャラールさんを信じているなんて。

その時のハーキムさんのニヤリとした笑顔が、旅の時みたいでほっとしてしまった。

「よかった。クレハが元気になってくれて。」

「はは……」

「帰ってくる途中のクレハは、まるで魂が抜けたように眠っていたからな。」


ハーキムさんの言葉を聞いて、体がドクンと脈打つ。

「眠っていた?私が?」

「ああ。」

この世界にいる時は、現実の世界では眠っていて、現実の世界にいる時、ここでは眠っている。

そうやって、私は現実とこの世界を行き来しているんだ。


それが本当なら、もしかしたらもしかしたら……

現実の世界で朝が来れば、この世界にいられなくなる。


「ハーキムさん。」

「ん?」

「ジャラールさんの側近は、どれくらいいるの?」

「どれくらいって……俺を入れて数人しかいないが?」


それじゃあ、入れ代わってもバレるかな。

時間がないのに。

どうしても、ジャラールさんに会わなければいけないのに。

「そう言えば、思い出した。」

ハーキムさんが鉄格子をつかんでいた手で、今度は腕組みをする。

「ジャラール様は独身であるから、たまに女性を寝室へお通しするのだ。」

「えっ?それって……」

「まあ、そう言う事だ。」


うわ~!

ジャラールさんのイメージ変わる。

俺はネシャートだけだみたいに振る舞っていたのに、女遊びしてたなんて~


「それでだ。クレハがその女に変装して、ジャラール様の寝室に行けば会える。」

「はあ?」

待って待って‼

「私、まだ高校生だよ?」

「高校生?なんだそれは。」

「まだ男の人と付き合った事なんてないよ!」


まさか異世界で、こんな事をカミングアウトするとは思っていなかった。


「何か?夜の相手は無理と言う事か?」

激しく頷く。

「心配するな。ジャラール様は、お前に手を出したりはしない。あれで結構美女好きなのだ。」

あっ、私倒れてもいいかな。

そりゃあ私、美人じゃないけど、全く相手にされないって悲しくない?

「そうと決まったら実行あるのみだ。」

「えっ?」

いや、やるって言ってないし。


「ラナー。」

ハーキムさんがラナーを呼ぶと、彼女はスーッと近づいてきた。

「はい、ハーキム様。」

「頼みがある。この者を、ジャラール様の寝室へ送り届けてほしいのだ

「畏まりました。」

何の迷いもなく返事をしたラナー。

「頼んだぞ、クレハ。」

「あっ、はい。」

返事をすると、ラナーは私の腕を付かんで、元来た道に向かった。


「ハーキムさん!」

「また会える!」

鉄格子越しに言われた言葉。

小さく頷いて、ドアの向こうに走った。


それからはもっと大変。

あの階段を死ぬような思いで、駆け上がらないといけないのだから。

運動不足が祟っているのか、息は切れるは足は上がらないは、とにかく止まってばかり。

そして私が止まる度に、ラナーは少し上で待ちぼうけ。

「ラナー……先に行って……」

全く息が切れていないラナーに、気を使ってしまう。


若いからなのか、この階段を昇り慣れているか、それは知らないけれど、本当に感心してするわ。

「お気になさらないで下さい。」

「ラナー?」

「ここで一緒に待つのも、上で一人待つのも、同じ事ですから。」

そう言ってラナーは、また軽快に階段を昇り始めた。


あっ、そう。

ラナーのクールさについていけないと思いながら、その後ろ姿にはついて行く。

ようやく一番上まで昇った時には、足がガクガク言っていた。


「クレハ様。こちらでお着替えを。」

「着替え?本格的だね。」

するとラナーは、ジーッと私の制服を見ている。

「恐れ入りますが、そのお召し物ではジャラール様の元へ辿りつけないと思います。」


うわ~~

可愛い顔して、言う事言うな~


「分かった。その代わり、この服ちゃんと返してよ。」

「勿論です。」

するとラナーは、私の手を取って、廊下の奥にある部屋の中に入った。


きらびやかな宮殿にしては、少し地味な部屋。

ベッドと机。

そして小さな衣装棚だけのシンプルなモノ。


「ここは?」

「……私の部屋です。」

「ラナーの?」

驚いた。

王女付きの侍女だと言うから、もっと豪華な部屋に住んでいると思ったのに。


そしてラナーは、自分の衣装棚から、1着キラキラした服を出した。

「私が持っている衣装の中で、一番の服です。」

「えっ!?そんな大事な服、貸してくれるの?」

今までのイメージでは、そんな事絶対しなさそうなのに。


「ジャラール様に伝えなければいけない事が、あるんですよね?」

「う、うん。」

「ネシャート様の病も、救って下さるんですよね?」

ラナーの瞳には、必死に訴えるモノがあった。

「うん。」

私はラナーの目を見ながら、大きく頷いた。

「出来る限りの事は、協力します。」

「有難う、ラナー。」

思わず彼女を抱き締めると、ラナーは顔を赤くした。

あまり人の温もりとかに、慣れていないのかな。

な~んてね。


そんな事考えながら、ラナーに貸して貰った衣装を着た。

上半身がチューブトップになっていて、露出高!!

下はヒラヒラしたロングスカートだけど、スリットが入っているから、チラチラ足が見えるし、なんかエロい。


「ラナー、この衣装着た事あるの?」

「はい。毎年一年に一度の舞踏会の時に。」


うひゃ~

ラナーみたいな童顔でこの衣装着たら、目立つだろうな~

「男の人達に、たくさん声掛けられるでしょ?」

「どうでしょうか。周りはもっとセクシーな方がたくさんいますから。」

要するに、こんな衣装を着たお姉ちゃん達が、ごろごろいるって言うわけね。

「さあ、出来ました。他の方に先を越される前に行きましょう。」

「えっ?」

薄いベールを肩に羽織らせ、ラナーはまた私の腕を掴んで、どこかへ走って行く。


「他の人って?」

するとラナーは、ぴたっと止まった。

「ラナー?」

呼び掛けた彼女は、疑いの目で私を見る。

「まさかご自分お一人だけだと思っていたのですか?」

「えっ?」

「お相手は、この国一番の美少年と謳われた人ですよ?例え結婚できないと知っていても、その寵愛を受けたいと思う女達は、山ほどいらっしゃいます。」

ラナーの言葉に、まずいところへ来てしまったと感じる。

「私、選ばれるのかな。」

「さあ?私はどのような基準で、女達を選んでいるのか、分かりませんから。」

ラナーは冷たいのか優しいのか、その方が分からない。


「さあ、行きましょう。」

再び走り出したずっと先には、同じ様な衣装を着た女性がたくさんいた。

「いいですか。ジャラール王子がいらっしゃったら、あの廊下に一列に並ぶのですよ。」

「えっ?一列に?」

見ると、スタイルのいい、やたら美人なお姉さん達が、ソワソワしながら待っている。

「王子から声を掛けられますから、そうしたら王子の後に付いていって下さい。」

「やたら詳しいね。」

「毎日見ていれば、嫌でも分かりますよ。」

ラナーはイヤらしいモノを見るように、お姉さん達を見ている。


「あっ、いらっしゃった!」

するとラナーは、私をお姉さん達の輪の中に押し込んだ。

「ギャー‼ジャラール様!!!」

金切り声をあげなから、お姉さん達は一列に並んで行く。

私も負けないように、その列に並ぶ。


ジャラールさん!

お願いだから、私に気付いて‼


そう心の中で叫んだ後、ジャラールさんをそっと見た。


そして、思わず息を飲んだ。

砂漠で旅をしていた時は、たくましいって言うイメージだったけれど、今のジャラールさんは違った。
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