月夜の砂漠に紅葉ひとひら

日下奈緒

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きらびやかな宮殿

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修学旅行2日目も、無事終了。

私達はホテルに戻ってきた。


「あ~今日も満足の一日!」

背伸びをしているときわは、晴れ晴れしている顔をしている。

そりゃそうだ。

あれだけの男子生徒を従えて、逆ハーレムをかましているときわが、満足しないわけがない。


「で?光清とはどうだった?」

同じ部屋の離れた場所で、膝がガクッとなる。

「どうだったって……」

「途中いい感じになったじゃん!ほら、金閣寺の山の方に登っていった時?」

ときわは、ワクワクした顔でこっちを見る。

「何で知ってるの?」

「後ろから見てたから~」

「だったら助けてよ。大変だったんだから。」

「光清がいるから、心配ないかと思った。」

ったく。

ホント呑気なんだから、ときわは。


「で?何が大変だったの?」

さりげなく聞いてくるときわは、すごいと思う。

「あのさ。嘘だって思わずに聞いてくれる?」

その質問に対して、ときわは余裕綽々。

「今まで紅葉の話を嘘だって言った事がある?」

「ないかも。」

私とときわは、お互い頷くと向かい合って座った。


そして、あの金閣寺で体験した出来事を、ときわに話した。

「う~ん。難しいところだね。」

「でしょう?ときわならどうする?」

「私なら迷わず行くよ。」

「だったら……」

私は一筋の希望をかけて、ときわの手を握った。


「でも今回は別。」

「えっ?」

おちゃらけたときわの、珍しい真剣な顔。

「親友となると、話は別。しかも光清が言う通り、今の紅葉は弱っているよ。そんな人を危険にさらすなんて、できない。」


自分はどうなってもいいけど、親友は危険にさらしたくない。

そんなときわがカッコ良く見えた。

「ありがとう、ときわ。でも私、どうしても行かなきゃならない気がするの。」

「紅葉……」

私は、ポケットからあのペンダントを取り出す。

「ジャラールさんもハーキムさんも誤解している。しかもネシャートさんが助かる命は、他にある。それを伝えられる人は、私しかいないの。」

ときわはその話を聞いて、深いため息をつく。

「言ってる事は分かるけどさ。その為に自分が廃人になったらどうするの?」

「廃人?」

「息はしているけれど、他は何にもできない人。」


私はそんな人を想像して、息を飲む。

「ほらね。止めときな。」

ときわが、立ち上がった。

「それでもいい!」

私はときわの腕を掴んだ。


「私はどうなっても、私一人の問題だからいい。でもジャラールさん達は、一国の行く末の事なの。何十万、何百万の人の事なの。」

「要するに放っておけないって事ね。」

「うん。」

ときわはその場に座ると、頭を抱えた。


「そりゃあ私も、紅葉の事は応援したいんだけどさ。どのくらいまで許せるか、分からないんだよね。」

それを聞いて、何も言い返せない。

もしかしたら、2度と起きないかもしれない。

起きたとしても、普通の生活に戻れないかもしれない。

「いいんだよ、ときわ。」

「紅葉?」

「これは私が勝手にやった事だから、私に何が起こっても、ときわのせいじゃない。」

私が微笑むと、ときわは厳しい顔で、私の肩を掴んだ。


「ダメだよ、紅葉。」

さすがはときわ。

私の親友。

私がやる事を察しているんだね。


「もしこの世界に戻れなくても、私の事忘れないでね。」

「紅葉!」

「ときわ。最高の友達だよ。」

「紅葉!ダメ!!」


ときわの声を聞きながら、私は目を閉じる。

暗い中に吸い込まれていって、やがて柔らかい光が私を包む。


ああ……やってきた。

砂漠の宮殿へ。

そう思ったら、ふとまた暗闇へ引きずりこまれた。

気づいたら、宮殿の一室で私は横になっていた。

起き上がって、部屋の外に出る。

「どちらへ行かれるのですか?」

体がビクッとなって、後ろを振り向く。

背が小さい女の子。

「あなたは?」

「ラナーです。」

「ラナー?」

聞いた事がある名前に、顔をマジマジと見てしまう。

「ええっと確か……」

「王女の付き人です。」

頭を下げる仕草一つとっても、気品に満ちている。


そして思い出す。

このラナーって言う子。

確か、ハーキムさんの恋人だ。


「ラナーさん。」

「ラナーとお呼び下さい。」

私はゴクリと、息を飲んだ。

「……ラナー。ハーキムさんはどこへ?」

一瞬、ラナーの表情が曇る。


「知らないのですか?」

「えっ?」

「ハーキム様は、地下牢にお入りになりました。いつ出られるのかは分かりません。」


恋人の事なのに、淡々と話すラナー。

その事に違和感を覚える。

「ラナー。」

私は彼女の背中をそっと撫でた。

「私をその地下牢に案内してくれる?」

「えっ?」

ラナーは驚いた顔で私を見る。

「お願い。伝えなければいけない事があるの。」

私は両手を合わせて、ラナーにお願いをした。


「分かりました。その代わり、私が案内したと言う事は、内密に願います。」

「……分かったわ。誰にも言わない。」

するとラナーは小さく頷いて、廊下の端をスルスルと走り出した。


何も言わずに急に?

胸の中で突っ込みながら、ラナーの後を追いかけた。

大きな廊下を渡り、小さな道に出ると、ラナーは壁の一部を取り外した。

「えっ?ここ!?」

「シー!秘密の抜け穴です。誰にも見つからずに、地下牢まで行けます。」

「はあ……」

そんな抜け道があるなんて、さすが宮殿。


そして私が抜け道に入ると、ラナーはすかさず入り口の扉を閉める。

用意周到。

それが彼女の第一印象になった。

下に降りる階段を、タタタッと駆けて行く。

やけに慣れている。

「待って……ラナー。」

途中で息が切れて、立ち止まる。

「大丈夫ですか?」

振り返った彼女は、全く呼吸が乱れていない。


「あとどのくらい?」

「まだ半分です。」

私は元来た道を振り返った。

遥か上の方に、入口が見える。

まるで地獄まで、続いているような階段だ。


「いつもここを通っているの?」

ラナーは、ピクリとも動かない。

「知ってるよ。ハーキムさんの恋人だって。」

息を切らした私を、じっと見つめるラナー。

「……あなたは一体何物なんですか?」

「えっ?」

「ここでハーキム様の内情を知る者は、ごくわずかです。ハーキム様のお相手が私だと知る者は私達二人を除いては王女のみです。」


おっとハーキムさん。

そんな機密事項を私にあっさり教えたのか。


「ハーキムさんが教えてくれたんだよね。一緒に旅している間に、いろいろ話てくれてさ。」

次の瞬間、ラナーの視線が鋭く刺さった。

「変な意味じゃないよ。」

慌てて両手を左右に振る。

「……当たり前です。」

そう言うとラナーは、また階段を降りて行った。


こわ~

どれだけハーキムさんの事が好きのさ。


背中がブルッと震えたけれど、彼女を見失ったら、ハーキムさんに会えない。

なんとかラナーの後を付いて行った。


階段を一番下まで降りると、また扉があった。

「隠れて下さい。」

小声でラナーに言われ、彼女の後ろに回った。

その後、扉の向こうに衛兵が何人か通り過ぎる。


「もういいでしょう。」

ラナーはそっと扉を開けると、また小走りで行ってしまう。

待ってと言う気力もなく、ただラナーの後を追いかけた。

「一番奥がハーキム様です。」

ラナーが指差した鉄格子の中に、ハーキムさんの姿が。


やっとの思いで、ハーキムさんの目の前に、膝を着く。

「クレハ!」

「シッ!」

私は唇に人指し指を当てた。

「なぜここに?」

「ラナーに連れて来て貰いました。」

「ラナーに?」

ハーキムさんは、私の後ろにいるラナーを見ると、じっと彼女を見つめた。

眉一つ動かさない。

ラナーは二人と、ネシャートさんしか付き合っていることを知らないと言ってたけれど、本当に二人は恋人なのか、疑ってしまう。


「ハーキムさん。実は教えたい事があるの。」

するとハーキムさんは、私を鉄格子の一番端に、連れて来た。

「なんだ?」

「実は"碧のオアシス"の妖精に会ったの。」

「何?お前が?」

ハーキムさん、真面目に驚いているよ。


「妖精が言っていたの。もうこの国は、宝石はいらない。そんな物、無くても一つにまとまるって。」

ハーキムさんの手に、力が入る。

「あともう一つ!ネシャートさんの病気は、あのペンダントのせいじゃないって!違う原因が近くにあるって‼」

ハーキムさんは、私の話にボーッとしている。 

「クレハ……君は一体何者なんだ?」

どこかで聞いたような質問。

「さっき同じ質問、ラナーさんにされました。」

すると、ハーキムさんは珍しく笑っている。  

「だろうな。」

ククッといつまでも笑っているハーキムさんに、少しイラつく。

「笑っている場合じゃないですよ。 どうするんですか?」

我慢できなくて、ハーキムさんを問い詰めた。


「そうだな。まずはジャラール様に伝えなければならないだろう。」

「まあまあ、そうだよね。」

ありきたりな答えに、ありきたりな返事。


「しかしここで、ジャラール様にお会いできるのは、限られた側近だけ。」

「私は会えないの?」

「まず難しいだろう。」

あっさり否定。


「ラナーは?」

「ラナーは、ネシャート様の側近だ。ジャラール様本人に会えるわけではない。」

ガクッとくる。

どこまで厳しいだ!この宮殿!
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