月夜の砂漠に紅葉ひとひら

日下奈緒

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眠れない日

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コクっといった時だ。

一瞬見えた砂漠の世界。

恐らく二人は帰路についているはずなのに、なぜか大きな建物の中にいる。

どこ?ここ……


「紅葉!」

光清に起こされて、現実に戻った。

「よかった。また寝たかと思った。」

バスの中で相変わらず光清は、私の隣に座っている。

でもあの場面を見てしまったら、そのまま知らない振りはできない。

「光清。」

「ん?」

「物語の世界が……」

私は頭を押さえた。


「どうした?紅葉。」

心配してくれている光清は、私の顔を覗く。

「今、二人は砂漠の中を、帰っているはずだと思っていたのに……」

「えっ?」

「もう宮殿に帰っているの。」

光清は状況が分からないのに、必死に理解してくれようとしている。

「それは……」

「私がいないのに、物語が進んでいるの。」


光清はバッグの中から、あの物語の本を出し、ペラペラと本を捲り始めた。

「一番最後は確か……宝石が見つかったところって言ってたよね。」

「うん。」

光清があるページで、手を止めた。


「ここだ。」

光清はそのページを、私に見せてくれた。

「本では、ハーキムと言う人物が、その宝石を隠し持っていたとされている。」

「えっ?」

私は、その本を手に持つと前後のページも捲って見た。


「ハーキムさんが!?」

そして思い知らされる。

そこには、私が存在していない事を。

「私がいない。」


あんなに二人と話したり、助け合ったり、胸が苦しくなったりした事が、実際ここではなかった事にされている。

悲しい。

所詮ここでの私の存在は、何だったんだろう。


「この後、二人はハーキムって人が持っていた宝石を持って宮殿に帰ったとされている。」


確かジャラールさんが、時間がかかるけれども付いてきてほしいと言ってたって。

でもそれも、私のいない間に、簡単に進んでいたなんて。

「もういいよ、光清。」

私は、持っている本を光清に返した。

「光清の言うとおり、私はこの世界に行かない方がいいのかもね。よし!とりあえず修学旅行が終わるまで、私、寝ないように頑張る。」

振り切ったかのように見せかけて、次の目的地の準備をした。


着いた場所は金閣寺。

さすが修学旅行。

これぞザ・京都って言う場所を回る。


「はい、紅葉。」

光清が缶コーヒーをくれた。

「えっ!どこで買ったの?」

「あそこ。」

指差したのは、近くにある自販機。


「眠気覚まし。」

そう言って、ぐびぐびっと飲み始める。

自由過ぎるよ、光清。

だけど眠気には勝てない。

私も一緒に、缶コーヒーを飲み始めた。

「あっ、美味しい。」

「だろう?俺、ここの缶コーヒー、好きなんだよ。」

光清が屈託のない笑顔を見せてくれる。


この笑顔に、どれくらいの人が、心を奪われてるんでしょうね。

すると光清の肩越しに、見た事がある顔が、私をじっと見つめている。

あれは確か、昨日の夜。

光清と浴衣デートをした子じゃないか?


「あのさ、光清。」

「ん?」

「昨日の夜、女の子と一緒にいなかった?」

「うん。」

あっさり認めた。

と言うか、女の子とデートに行く瞬間に、チラッとこっちを見ていたのは知っているけどね。


「どこに行ったの?」

「最上階のロビー。」

「何しに?」

「星、見てた。」

好きな人と見る星空。

さぞかしロマンチックだったろうな。


あの女の子にとっては。


「で?どうだったの?」

その時、光清がニヤリとする。

「気になる?」

これ、光清の作戦?


「う~ん。気にはならないけど、さっきから視線が痛いんだよね。」

「えっ?」

光清が振り返ると、女の子もどこかに行ってしまった。

「ごめん。気がつかなかった。」

「いや、別に光清のせいじゃないし。」

「あの子とは何にもないよ。星見て終わっただけ。」

光清の真剣な顔。

好きじゃなくても、キュン死するだろう、これ。

「うん。」

とりあえず返事をして、これ以上キュン死しないようにクラスのみんなと一緒に移動。


敷地の中を歩いて、ついに金閣寺の前に到着。

あの誰しもが写真で見ている、あの光景だ。

「綺麗……」

黄金で飾られたお寺は、見る者を圧倒する。

「見るのは初めて?」

「うん、初めて。」

そう言って、じっと光清と二人、黄金のお寺を見ていると、一瞬それが黄金の宮殿に切り替わる。


「おっと!」

光清の一声に、宮殿はお寺に戻った。

「えっ?」

自分が信じられなくて、目を擦る。

「危なかったね。」

隣にいる光清は、ニコニコ。

どうやら私は、また眠りそうになったらしい。


「そうだ。お寺の裏側に行けるんだ。見に行こうよ。」

そう言うと、光清は私の腕を引いて、池の端にやってきた。

ドキッとする。

この風景、あの"碧のオアシス"に似ているから。


「ここから登るんだよ。」

そこには階段があって、光清の後に続いて、登り始めた。

少しずつ、湖面が遠ざかっていく。

金閣寺の側面も見えてきた。

そこだけが、別世界。

昔の人もそれを望んで、金閣寺を建てたのかな。


「紅葉。どう?」

「うん。綺麗だよ。連れて来てくれて有難う。」


やがて金閣寺の裏側が、目に飛び込んできた。

「ええ!全然印象が違う。」

「でしょう?驚いた?」

日差しが金閣寺に当たって、キラキラ光っている。

「眩しい……」

右手で顔を覆った時だ。


左下に沼の中で動く物を、見つけた。

魚?

だけどそれが、こっちを向いた時、背中がゾッとした。



人……

長い髪の女性が、沼の中から私を見ている。


「きゃああ!」

怖くて両手で顔を覆う。

「紅葉!」

光清が私の肩を掴んでくれた。

ふと力が抜け、暗い視界の中に、オアシスが見える。


『目が覚めましたか?』

その声に体を起こすと、鳥肌が立った。

沼の中で見た女性が、目の前にいるからだ。

しかもオアシスの中に、浮いている。


『怖がる事はありません。私は、遥か昔からこの中に住む者。そなた達には妖精と呼ばれています。』

「あなたが、オアシスの……本当にいたんだ。」

『見える者と見えない者がいるそうです。そなたには私が見えるようでよかった。』

心無しか、微笑んでいるように見えた。


『それよりも、そなたに伝えてほしい事があるのです。』

「私に?」

自分を指差すと、その女性は頷く。

どうやら嘘では、なかったようだ。


『この前、ここに来た若者に伝えてほしい。』

「……ジャラールさんにですか?」

『もう私に忠誠を尽くさなくてもよいのです。私を信じてくれた人々の国が無くなってしまった事は、既に分かっているのです。』

「えっ?」

『だからもうよいのです。これからは、私の為ではなく自分達の国を大事にして下さいと……』

そう言うと、その女性はだんだん、オアシスの中に沈んでいく。


「待って‼だとしたら、宝石のペンダントは!?」

『必要ありません。それがなくても皆の心は、一つにまとまる事ができるでしょう。』

女性は更に沈んでいく。

「ネシャートさんは‼ペンダントがないと、彼女は‼」

私は有りたっけの力を振り絞って、手を伸ばす。

『あの者が病に伏せっている理由は、他にあります。』

「えっ!」

『彼女の回りにあるはずです。』

そう言って、その女性は消えてしまった。

「…………そんな、私に言われても。」

そして、足元に手を付いた時だ。


何かが、砂に埋もれている。

掘り起こしてみると、それはジャラールさん達が持っていったはずのペンダントが。


『伝えて下さい。』

私は涙を流しながら、そのペンダントを手に取った。

「はあっ!!」

まるで溺れた後目が覚めた時のように、急に現実に戻された私。

「紅葉……」

側にいた光清は、目が覚めた私を見て、安心したのか後ろへ倒れ込んだ。

「よかった……いくら呼んでも動かないから、どうにかなってしまったのかと思った……」


光清。

また心配かけてごめんね、と言おうとした時だ。

手に何かある。

恐る恐るそれを見ると、やはり"あのペンダント"だった。


あの伝言は、本当だったんだ。

私はペンダントを、顔に当てた。


「光清。私、もう一度ジャラールさんに会わなきゃいけない。」

「えっ……」

「伝えてと、頼まれた事があるの。」

「ダメだ!!行くな!」

光清が大声を出す。

周りの人が、私達をジロジロと見ていく。


「もう寝るなって、あっちの世界に行くなって、言ったよな。」

「でも光清、」

「でもじゃない‼絶対にダメだ‼」

光清は厳しい顔しながら、涙ぐんでいた。

「紅葉、気づいてないかもしれないけど、眠りそうになる回数、前よりも増えた。修学旅行の前夜から例の夢を見ているんだったら、もう2日寝ていない事になる。人間の限界まできてるよ。」

眠っているのに、寝ていない。

それが確実に私の体を蝕んでいた。


「今は辛いけど、修学旅行が終わるまでだよ。頑張ろう。」

光清に手を引かれ、私は立ち上がる。

「行こう。ごめん、変な場所に連れて来た。」

「ううん。とっても綺麗な場所だよ。来てよかった。」

「そう。ならよかった。」

光清と二人で、また歩き出す。


金閣寺の前の沼は、普通に戻っている。

あれは、遠い異国からのメッセージ。

本当は伝えるべき。


でも私の体は限界に近い。

どちらを取ればいいか分からない。

その前に再び眠りについたら、私はどうなってしまうのか、それすらも分からない。


「ねえ、光清。全く寝れなくなった人って、どうなるのかな。」

光清は黙ったまま、私の手をギュウッと握った。
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