月夜の砂漠に紅葉ひとひら

日下奈緒

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眠れない日

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待って!

ハーキムさんは悪くない‼

私は、宝石なんて盗んでない!


ジャラールさん!!


「紅葉!しっかりしろ!」

強く揺らされて、目を開けた。

「光……清?」

「よかった~どうなるかと思った。」

光清が後ろへ倒れ込む。

「本当にもう、心配したんだからね。」

その隣には、ときわもいる。

「ときわ……」

「ときわ~じゃないよ!いくら起こしても起きないし。泣き叫び出すし!」


泣き叫ぶ?

私が?

ああ、思い出した。


持っていたペンダントが、探していた宝石だと、疑われて。

ハーキムさんはそんな私をかばって、ジャラールさんに殺されそうになったんだ。


私は体を横にして、顔を両手で覆った。

後から後から涙が溢れてくる。

「紅葉?」

ときわが心配して、私の顔を覗く。

「ごめん。何でもないの。」

そう答えた私に、光清が低い声で尋ねる。

「また夢の中で、あいつらと会ったんだろう?」

光清の言葉に、涙が止まる。

「えっ?何?あいつらって。」

ときわだけが、まだ状況を飲み込めていない様子だった。

「前、紅葉が夢の中でイケメンと会っているって、言ってただろう?」

「うん、言ってた。」

「そいつらだよ。夢の中での出来事じゃない。紅葉は眠っている時に、本当に会ってるんだよ。」

ときわからは、返事がない。

多分唖然としているんだと思う。


「紅葉。何があったんだ。本当の事を教えてくれ。」


教えたくない。

だって分からない。

話す事全て信じて貰えるか。


「紅葉!」

顔を両手で覆っていても、光清が心配して私の顔を覗いてくれているのが分かる。

「お願いだ!紅葉!」

体を光清に揺らされる。

それでも返事ができない。


「……どうしてなんだよ。俺には話せない理由でもあるのかよ。」

光清の涙ぐむ声が聞こえる。

「なあ!紅葉!!答えてくれよ‼」

光清に激しく揺らされる中、急にそれが止まった。

「光清、私に任せて。」

ときわが止めてくれた。

「私なら紅葉も話せるかもしれないし。」

すると光清が私から離れ、部屋を出ていく音がした。


「さあて紅葉。光清、いなくなったよ。話してごらん。」

それでも私は、だったらと話せる気分にはならなかった。

「なあに気にしてんの?」

ときわは、いつもと同じように話しかけてくる。

「私は、紅葉の言った事、全部信じるよ。」

その一言が、私の固くなった心を解きほぐす。

「……嘘だとか、妄想だと思わない?」

「当たり前じゃん。だって実際、紅葉が見て経験してきたことでしょ?」

私はその言葉で、やっと起き上がる事ができた。


「ワオ!ひどい顔。相当な経験だね。」

私は少しだけ微笑んだ。

「じゃあ、最初から話して。」

「最初から?」

「うん。なんでそんな貴重な経験が、紅葉の身に起こるようになったのか。」

私は、図書室での出来事を思い出した。

「……修学旅行に来る前に、図書室で下見したでしょう?」

「うんうん、した。」

「その時に、図書室の奥で例の本をみつけたの。」

「ああ、アラビア語で書いてあるって言ってた?」

私は、小さく頷いた。


「帰り際、宝石の付いたペンダントを拾って……。」

「ペンダント……」

その時、枕の端からペンダントのチェーンが見えた。

それを手に取る。

「もしかして、それ?」

「うん。」


これを見た時の、ジャラールさんの顔を思い出す。

これがここにあると言う事は、ジャラールさんの元から、これは無くなってしまったんだろうか。


「これがいつの間にか、スカートの中に入っていて……それで夢を見たの。」

「イケメン二人に、会う夢ね。」

私は頷きながら、すっかりときわのペースに、はまりまくっていた。

「二人は将来の女王になる人を、病から救う為に、この宝石を探して、オアシスまで行く途中だった。」

イケメンの片方は王子で、もう一人は王子の付き人である事。

将来の女王は、王子の母親違いの妹だけれど、二人は愛し合っている事。

途中で穴の中に引きずり込まれたけれど、それは事前に本で読んでいたから、二人を救う事ができた事を話した。


「なんか不思議だね。本の中と経験がリンクしてるなんて。」

「うん。」

「しっかし、その王子も苦労人だね。妹を好きになって結ばれないのに、愛し合っちゃうなんてさ。」

「苦労人?」

「そう。恋が実らないなんて、この世の半分の苦労を背負っているみたいなもんだよ。」


ときわらしい言葉に、いつもなら笑っていた。

でも、今はジャラールさんの事を思い出してしまう。


「おおっと!どうしたあ?」

ときわが慌てて、背中を擦ってくれた。

「本当だよね。恋が実らないって、辛くて辛くて仕方ないよね。」

「ええ~ええ~それは~光清の事じゃないよね。」

「うん!」

私は、泣きじゃくりながら、心の内をときわに伝えた。

「わ、私の好きな人っっ、その王子様なの!」

「えっ?」

「普段は優しくて親切なのに、その女王様の事になると、人が変わったみたいにはりきって……ああ、私がどんなに頑張っても、その人には敵わないんだなあって思うと……悲しくて悲しくて。」

話しているうちに、嗚咽が止まらない。

「それで肝心のオアシスに着いたら、このペンダントの宝石が二人の探していたモノだって、分かって……」

「それまで知らなかったの!?」

「まさか自分が持っているモノだなんて!でも一番辛いのが、その好きな王子様に、私がその宝石を盗んだんじゃないかって、疑われて……」


その時、部屋の扉が開いた。

「光清……」

私が名前を呼ぶと、光清は部屋の中に入って来て、私を突然抱き締めた。

「ごめん。扉の外側で話聞いてた。」

「えっ!?」

「紅葉、もう寝るな!」

あまりにも突拍子のない提案に、私とときわは顔を合わせた。

「寝るからそんな辛い思いをするんだ。俺、紅葉を絶対に寝せない。」

「光清……」

「だからそんな男の事、忘れろよ!他の女を第一に考えているような奴、紅葉には相応しくない‼」


なんて力強い気持ちなんだろう。

まだ分からないけれど、これが男の人に愛されるって事なんだろうか。

朝からいい匂いがする光清の背中に、そっと腕を回そうとすると、光清の肩の向こうにときわのニヤついた顔が見えた。


「ときわ?」

「ぷぷぷっ。お二人さん、お熱いね。寝せないなんて高校生が言うセリフ?」

途端に光清と二人で恥ずかしくなって、すぐに体を離した。


「あっ、いや、ごめん。つい……」

「ううん。私の方こそ……」

なんだか光清の顔が見れない。


「それにしても、いつまで寝かせないつもり?」

「えっ、ああ……」

「紅葉は寝ているようで、違う世界に行っている。その間、脳みそは休んでいないから、いつもよりも眠気に襲われるはずよ。」

ときわに言われている隙に、私は生欠伸が絶えない。

「いつまでって……いつまでなんだ……」

光清が考え込む。

その間にコクっとなって、一瞬砂漠の世界が見える。


「紅葉!」

光清に起こされ、こっちの世界に戻ってきた。

「あっ……」

「危ない。」

そんな私と光清を見ても、ときわは冷静だ。

「そうやって紅葉が眠りそうになったら、起こし続けるわけ?」

「じゃあ、どうすればいいんだよ。」

半分逆ギレ気味な光清に、ときわは頭を抱えて考える。


「ずっと動き続けたら?」

「動き続ける?」

「立ちながらでも寝れるって言うけど、それって止まってるからじゃん。動きながら寝た人っていないでしょ。」

光清はポンッと手を叩いた。

「それ、いい。ときわ、頭いいな。」

二人は盛り上がっているけれど、私は何とも言えない。

眠るなって言うけれど、このとてつもなく眠い中で、眠らないでいるなんて有り得ない程難しい。


そんな中、担任の神崎先生が部屋に乱入。

「まだ着替えてないの?早くしないと、置いて行くわよ?」

いっそ置いて行ってほしいと思うけど、いかんいかん。

ここは旅館なのだ。

「すみません。急いで準備します。」

現れた光清の無駄な色気に、神崎先生もメロメロ。

「いいのよ。バスの中で待ってるからね。」

メロメロになりながら、神崎先生は行ってしまった。


「じゃあ二人共、準備ができたらバスで落ち合おう。」

「おう!」

ときわが右手を高く上げる。

「紅葉は?」

光清とときわが私をそっと見つめる。

「お、おう?」

私は小さく右手を上げた。


それを合図に、それぞれ行動を始める。

さしずめ、私とときわは着替えからだ。


「ごめんね、ときわ。面倒臭い事に巻き込んで。」

ときわは笑って見せた。

「そんなの言いっ子無し。友達なら当たり前じゃん。」

お互い着替えながら、二人で笑い合った。


ありがとう、ときわ。

ものすごく友情を感じるよ。


着替えが終わった私達は、クラスのみんなが待つ、バスに乗り込んだ。

「はい。じゃあ、みんな乗ったわね。出発!」

神崎先生の号令で、バスはホテルを離れて行く。


「今日はみんな、お待ちかねの金閣寺に向かうわよ~」

なせが神崎先生は、張り切っている。

「確か神崎ちゃんの実家、こっちだよな。」

「あらま。いいところに住んでいるのね~」

光清とときわは、途端に嫉妬の火花、バチバチ。

一般市民の私は、関わらないように知らない振り。


でもちょっと気が緩むと、瞼が重くなる。

本当はジャラールさんに会いたい。

疑われてても、ネシャートさんを思っていても、好きな気持ちには変わりない。


ジャラールさん……
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