月夜の砂漠に紅葉ひとひら

日下奈緒

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叶わない想い

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ハーキムさんは、ジーっと私を見ている。

「ハーキムさん?」

「いや、そんな考え方をする者がいたとは。全く予想もしていなかった。」

「そうなの?」

「ネシャート様は、幼い頃よりそう育てられたのだ。その大変な事が、当たり前の事だと思っているだろう。それに……」

「それに?」

「ネシャート様には、ジャラール様がいる。二人ならば、どんな困難も乗り越えられる。」


私の胸の中でまた、何かがチクッと刺さった。

二人ならば。

そこまで二人の絆は、強いモノなの?


それほどまでに、二人は愛し合っているの?


「何で?だってジャラールさん、ネシャートさんとは結ばれないって言ってたよ。結ばれないんだったら、いつかお互いの他に、大事な人ができるじゃん。」

「そう……だな。」

そう言ったハーキムさんの瞳は、揺れ動かない。

「ねえ。何で二人ならって思うの?」

私の質問に、ハーキムさんは目を閉じた。

「ジャラール様は幼い頃、王妃様すなわちネシャート様の母君に育てられた。以前話したが、ジャラール様の母君は、王妃様の実の姉君。ジャラール様もネシャート様も、従兄妹同士だと思っていたらしい。」

「従兄妹……」

「そして7歳になり、教育の為にジャラール様は、ネシャート様と引き離された。だからと言って現王は、ジャラール様とあまり接点を持とうとせず、ジャラール様は、寂しい思いをしていた。」


前に聞いた話。

王様は、ジャラールさんが自分と血が繋がっていない事に苦しい思いをしていたのよね。


「そんな時、ジャラール様を支えたのは、ネシャート様だった。いつしかジャラール様は、夜毎ネシャート様の元へ通うようになり、二人は恋人同士になった。」


なぜかその情景が浮かぶ。

「だがそれは、王妃様の知るところになった。王妃様は、ジャラール様がネシャート様の部屋を訪れる際、待ち伏せして告げた。二人は形式上同じ父親を持つ兄妹になっている事を。」

私は首を横に激しく振った。

「だって、二人は血は繋がっていないじゃない!形式上なんてこの際気にしなくたって!」

「違うんだ、クレハ……」

「えっ?」

「現王は、ジャラール様を同盟国の婿にするつもりだった。その為には、形式上でも自分の息子だとしておかなければならなかった。」

「そんな!自分の勝手で‼」


現代の日本にはない政略結婚が、ここでは目の前に広がっている。

ううん。

政略結婚でも、お互いが幸せになるんだったら、まだ報われるよ。

でも好き同士を引き離して、政治の道具にするなんて!!


「それ以降、ジャラール様は、ネシャート様の元へ通うのを止めた。他の女と遊び仕事に熱中するようになった。」

「あのジャラールさんが!?」

「誰もがジャラール様を通じて、同盟国との結束が強くなると思った。家臣の中には同盟国が、この国のモノになるのも近いと言う者もいた。女遊びも返って、そのくらいの方が頼もしいとも。」

ハーキムさんは、ジャラールさんの事を、とても凄い人のように語るけれど……

なんでだろう。

話を聞けば聞く程、ジャラールさんが、寂しい人に思えてきてならない。


「その後時は流れ、ジャラール様の成人の儀の時だ。ネシャート様との事を、王妃様より密かに聞いていた現王は、残酷な選択をさせた。一つは王子のまま、同盟国へ行き、その国の姫……つまりネシャート様以外の人と結婚する事。」

「……それと?」

「もう一つは……」

ハーキムさんの手に、力が入る。


「ハーキムさん?」

「もう一つは、ネシャート様の臣下に下り、民の一人としてこの国の発展に尽くす事。」

「えっ‼それって、どういう事?もしかしたら、ネシャートさんと結婚できるかもしれないって事?」

「まさか。ネシャート様は、女王になられる方。臣下に下ったら余計にネシャート様との結婚はなくなる。」

「……一体、王様は何を考えているの?」

「現王は、ジャラール様の強さや我慢強さが、自分ではなく敵国の王から来たのだと、疎ましく思う事があった。
ネシャート様との事もそうだ。事実上兄妹の立場にあっても、本当に愛し合っているのであれは、裏で通じる事もできるだろうに、ジャラール様はそれをしなかった。
現王は、そんなに我慢が好きならば、ネシャート様が他の男と結婚する事も、自分が兄から臣下に下る事もなんてことないだろうという考えなのだ。」


ひどい。

そんな風にジャラールさんを、思っているなんて!!


「ジャラールさんは、何て答えたの?同盟国へ行くと言ったんでしょ?」

ネシャートさんとの結婚を断たれて、他の男と結婚するのを近くで見なきゃいけないなんて。

だったら遠くに行って、一からやり直した方がマシじゃない!

「俺もそう思っていた。いや、俺だけではなく、ネシャート様もラナーも。現王も王妃様とてそうだ。だか、ジャラール様だけは違っていた。」

「まさか……」

「そうだ。ジャラール様は、臣下に下り一生ネシャート様の側で仕えると王に誓ったのだ。」


目から涙が溢れた。

どんなに辛い事があっても、ネシャートさんの側にいる。

なんて強い想いなのだろう。


「そう……だね。それじゃあ何があっても、二人は乗り越えていけるね。」


なんか負けちゃった。

羨ましいくらいの二人の絆に。

あ~あ、バカらしい。

そんな恋人一途な人を好きになるなんてさ。


「クレハは、ジャラール様の事になると、すぐ泣く。」

「別に。感動しただけです!」

ゴシゴシと目を擦ると、ザバッと言う音がした。


「ジャラール様!」

湖から上がったジャラールさんを、ハーキムさんは急いで迎い入れた。

「ご無事で何よりです。」

「ああ……」

思い詰めた表情で、ジャラールさんは、駱駝が繋がっている木までやってきた。

「ジャラールさん!お帰りなさい‼」

私が言っても、頷くだけ。

なんか変だ。

「ジャラールさん?」


おかしく思ったハーキムさんは、ジャラールさんの隣に行く。

「ジャラール様。宝石はどこに。」

だけどジャラールさんは、何も言わない。

「ジャラール様……」

疲れた顔をしたジャラールさんは、ハーキムさんにこう言った。

「ハーキム。宝石はなかった……」

「宝石がない!?」

ジャラールさんはそう言うと、その場に倒れこんでしまった。


「言い伝え通り、湖の底には妖精の住む場所があった。招き入れられた中は、別世界のように美しくて。一番奥にある宮殿に現れた女神は、俺が着くなりこう言った。"もうお前達一族が来る場所ではない。宝石はここにはない。"と。」

「どういう事なんですか……」

ネシャートさんを助ける為の宝石がない。

それじゃあ、ここに来た意味がないじゃない!


「いくつか質問したのだが、黙ったままで何も答えてはくれなかった。」

「手強い相手になりそうですね。」

「ああ。また明日、湖に行ってくる。」

そう言うとジャラールさんは、私の前に来た。


「クレハ。衣服をくれ。」

「は、はい。」

ジャラールさんが着ていくのを見ながら、一つ一つ渡す。

「今日はここで野宿だな。」

「はい。」

ハーキムさんが、ラクダから荷物を降ろして、野宿の用意を始める。


沈んだ雰囲気。

重い空気を感じる。

つけられたばかりの火は、パチパチ言い始めた。


いつもは二人でいろんな話をしているのに、今は二人とも一言も話さない。

きっとジャラールさんは、宝石の事をずっと考えているんだろうな。


ところで今さらに疑問。

ジャラールさんやハーキムさんが探している宝石って、どんなモノ?

「ハーキムさん。」

「ん?」

「今更なんですけど、宝石ってどんなモノなんですか?」

ハーキムさんは、目をぱちくり。

「そう言えば、話してなかったな。」

ハーキムさんは、火の中に薪を入れると、ゆっくりと口を開いた。


「宝石は少し大きめだ。厚みはそんなにないが握りこぶしよりも少し小さめなのだ。湖から帰って来た人が言うには、中は深いエメラルドグリーンになっていて、同じような深い緑色をしている事から"妖精の心臓"とも言われている。」


深い緑色。

少し大きめ。


私の脳裏にあるモノがかすめる。

それは、修学旅行に行く前。

図書室で見たあの本から、落ちたペンダント。

そのペンダントのトップに飾ってある物が、今さっき教えて貰った深い緑色で少し大きめの石なのだ。


「それって……」

私はスカートの中から、そのペンダントを取り出した。

「これの事ですか?」

「私、盗んでなんかいない‼」

「ではなぜクレハがそれを持っているのだ!」

ジャラールさんは、初めて見るくらいに、取り乱していた。

「学校の図書室で拾ったんです!」

「嘘だ!本来なら、湖の中の宮殿にあるはずのモノ。ただの人間が、手に入るものではない!」

ジャラールさんは、私達に背中を向けた。

「本当です!信じて下さい!」


必死のお願いも虚しく、ジャラールさんはそのまま、横になってしまった。

「明日、湖に潜ってこれを妖精に見せてくる。」

「ジャラールさん……」

「だがクレハ。これがもし本物だとしたら、私は君を捕らえなければならない。」

「えっ?」


捕らえる?

ジャラールさんに!?

びっくりし過ぎて、体が震えてきた。


「ジャラール様、申し訳ありません。この宝石を持っていたのは、この私です。」

何を思ったのか、ハーキムさんは膝をついてとんでもないことを言い出した。

「あまりの美しさに、これを持って来てしまったのです。まさかネシャート様が病に臥せる事になり、あなた様がそれを見つける旅に出るなど全く知らずに。」

「ではなぜ、クレハが宝石を持っているのだ。」

「恐ろしくなって、こっそり服の中にいれたのです。クレハならば、ジャラール様はお許しになるだろうと。」


するとジャラールさんは起き上がり、刀を鞘から抜いた。

「ジャラールさん!ハーキムさんは悪くない。嘘を言っているの!」

「黙っていろ、クレハ。」

低い声と共に、ジャラールさんの刀が、ハーキムさんのな首元に添えられる。

「ハーキム。私を騙せると思ったのか?」

「……思ってはいませんが、真実を述べただけです。」

「そこまで言うのであれば、覚悟はできているんだろうな。」

「はい。」

するとジャラールさんは、刀を鞘に収めると、焚き火の前に座った。

「今夜は眠れそうにないな。」

そう言ったきりジャラールさんは珍しく、口を閉じてしまった。
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