月夜の砂漠に紅葉ひとひら

日下奈緒

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叶わない想い

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「ギャアア!」

黒づくめの男の腕が離れた瞬間、誰もいない場所に向かって走った。

「この女!」

「危ない!クレハ!」

後ろを振り返った途端、短剣が刺さったままの男が、私に向かって刀を振り上げている。


殺される!


恐ろしくてぎゅっと目を閉じた。

しばらくして、ドサッと言う音がする。


あれ?

私、痛くないよ。

何が起こったのか、そっと目を開けた。


「ジャラールさん……」

私の前には、ジャラールさんがいて、私を殺そうとしていた人を倒してくれていた。

「大丈夫か?クレハ。」

「は、はい。」

「怖い思いをさせた。」


優しい笑顔。

それだけで、怖い思いなんて吹き飛んでしまう。


「ジャラール様。お怪我はございませんでしたか?」

「ああ。ハーキムは?」

「私は無事です。」

「それはよかった。」

二人とも、刀を鞘に納める。


「早く宝石を手に入れよう。」

そう言うと、ジャラールさんは私に背中を向け、離れた場所にいる、駱駝へ歩いて行く。


私の方に、向いてくれたと思ったのにな……

ああ、そうか。

これが今までジャラールさんの側にいた、女の人達の気持ちなんだ……


心なしか下を向いてしまった私に、ハーキムさんが肩をポンっと叩く。

「我々も行こう。」

「……はい。」

私とハーキムさんは、 ジャラールさんを追った。


駱駝に戻った私は、大事な事を思い出した。

「あっ!ハーキムさんの短剣!」

敵に刺したままだ。

「気にするな。」

ハーキムさんが、私をラクダに乗せる。

「でも……!」

「取りに行くと言うのか?わざわざ?」

ハーキムさんは、飽きれ顔だ。

「相手の男が、最後の力を振り絞って、襲ってきたらどうするんだ。」

「えっ‼そんな事あるの!?」

「俺は何度もある。人間とはそんなモノだ。」


ハーキムさんは駱駝に乗って、私を乗せて後、ゆっくり走り始めた。

既に視界に入っている"碧のオワシス"に向かって、ジャラールさんがスピードをあげる。

それを必死に追いかけるハーキムさん。

「ジャラールさん。私達が見えていないのかな。」

「かもな。」

「言わないの?じゃないと、一人でどんどん行ってしまう。」


だけどハーキムさんは、だんまり。

「やっぱりそう言う事は、主人に言えない?」

「俺とジャラール様の間には、そんな事はないが……ジャラール様の気持ちも分かるからな。」

「ジャラールさんの気持ち?」

「敵の奴等が言ってただろう。ネシャート様が王位を継ぐ事を、皆が望んでいると思ったかと。あれは近臣の中に反対派がいると言う事だ。病に臥せっている今だからこそ、ネシャート様が危ない。」

「だからジャラールさん、急いでいるのね。」


ジャラールさんの気持ちが分かっても、私の心は晴れない。

無意識に、小さくため息が出る。

「辛いか?」

「あっ、いや……」

「近づくな。好きになるな。辛い思いをするだけだといっても心を奪われてしまう。仕方がない。それが恋と言うものだ。」

淡々と恋を語るハーキムさんに、違和感を感じないのはどうしてだろう。

「前にも聞いた気がするんですけど……ハーキムさんって、恋人いるの?」

「一応な。」

「一応って……好きで付き合っているんじゃないの?」

「そんな感情を、持つ暇などない。」


そんな感情って。

さっきまでそんな感情の事を、語っていたでしょうに。


「どんな方なんですか?」

「ネシャート様のお付きの者だ。」

「へえ~。同じ立場同士で付き合うって素敵。」

「そうか?ネシャート様がお決めになったのだ。断るわけにもいかないだろう。」


上司に言われたから、断れなくて付き合うって。

何?それ。


「何か……可哀想。」

「何がだ。肝心なのは相手を大切にするかだろう。恋愛感情を持ったとて、報われなかったらその方が辛い。」

グサッと何が胸に刺さる。

そりゃあそうだけどさ。

そりゃあそうだけどさ!


「とは言っても、落ちてしまうのが、恋と言うモノなのだろう?」

ゆっくりと後ろを振り向く。

そこには、ハーキムさんのニヤニヤした笑顔があった。

「そうです。分かっているじゃないですか。」

「お前を見ていればな。何せ自分の身分をわきまえず、一国の王子に恋をしているんだからな。」

「悪かったですね!身分違いで‼」

そこまで言うか!


「反対にハーキムさんは、同じ身分でよかったですね!」

嫌みたっぷりに言ったはずなのに。

「ああ、そうだな。」

と、ハーキムさんは照れ笑い。

あ~あ、幸せそうに。


「ところで、恋人さん。何て名前なんですか。」

「名前?ラナーだ。」

「それって、ハーキムさんみたいに、意味があるんでしか?」

「さあ……」

「そんな勿体ぶんなくても~」

「さあ、お喋りはここまでだ。」

「えっ?」

ハーキムさんの指差す方に、オワシスが見えてきた。

まるで砂漠とは違う世界。

ここだけは、全く別な場所だと思えた。


「何て綺麗なところ……」

ジャラールさんとハーキムさんは、木々がたくさんある場所にラクダを停めた。

「この場所のどこかに、ネシャートさんを救う宝石があるのね。」

「ああ。」

ジャラールさんは、ラクダから離れると、真っ直ぐ湖を見つめた。


大きく深呼吸をした後、ジャラールさんは持っている刀を全て外した。

それを黙ってハーキムさんへ渡す。

「ハーキム、行ってくる。」

「ご無事にお戻りください。」

「ああ。」

そして、ジャラールさんは上半身を覆う服を脱ぐ。


現れた筋肉質の体に、思わず両手で顔を隠した。

反則だ。

細い体に、そんな筋肉があるなんて。


「はははっ!」

ジャラールさんの笑い声が聞こえる。

「新鮮な反応だ。さてはクレハ。まだ男の体を見た事がないのか?」

「えっ……」

顔から火が出そうになるのが分かる。

するとジャラールさんは、脱いだ服を私に差し出す。

「クレハ、持っていてくれ。」

「は、はい!」

カチコチになりながら、なんとかジャラールさんの服を受けとる。

するとジャラールさんは、早足で湖に行き、中へ飛び込んだ。

しばらく湖面に、ジャラールさんの吐いた息の泡が見えたけれど、それも次第に無くなっていく。


「ジャラールさん、大丈夫かな。」

「大丈夫さ。」

「それにしてもこの湖、結構深いの?」

ハーキムさんは、湖を見ながらじっと待っている。

「深くはない。私も潜った事があるが、すぐ底が見えるくらい浅かった。」

「えっ?」

「恐らく言い伝えは本当だったんだ。妖精の住む場所は、太陽の光りが届かない程深くにあり、妖精に愛された一族にしか見えないものだと。」


私は湖の側に行った。

ジャラールさんには、その妖精が住む場所が見えているのかな。

湖の中を見ると、深いエメラルドグリーンが広がる。

そしてその中に、キラキラと光るものが見えた。

「クレハ?」

ハッとして、ハーキムさんの元へ戻った。

「なんか吸い込まれそう。」

「吸い込まれる?」

ハーキムさんも、湖の中を覗きに行った。

だけど黙って、すぐ帰って来てしまった。


「ハーキムさん?」

「なあ、クレハ……」

そっと振り向く私に、ハーキムさんは不審な顔。

何?私、何かした?

「……いや、何でもない。」


そう言ったハーキムさんは、大きな木の下の根本にジャラールさんから預かった刀を置き、駱駝達をその幹に繋ぎ始めた。

「それはそうと、お前がそんなに純粋だったとはな。」

「はい?」

「男の裸を見て、顔を赤くするなんて、可愛らしいところもあったもんだ。」

その台詞に、ガクッとくる。

私、まだ高校生なんですけど‼


「じゃあラナーさんやネシャートさんは、男の裸を見てもじっと見ているんですか?」

「そうだな。ラナーは最初、見て見ぬ振りをしていた。」

「ほら。」

「だがすぐ慣れた。程よい筋肉を持つ男を恋人に持つのは、女の誉れだからな。」

「ええっ?」

「その為に、男の裸を見てから、恋人にするかどうか決める女もいる。」

なんちゅう国だ。

そんな事で恋人を決めるなんて。


「ははは。それには訳がある。年に一度、武術の大会があるのだ。良い成績を修めれば、王国お抱えの兵隊になれる。兵隊に選ばれている間は、有り余る金品を貰える。男も女も必死になるはずだ。」


みんなの国をどうのこうの言うのは、どうかと思うけれど、戦いが全てみたいな国には、ちょっと付いていけない。

「どうした?」

「ううん。ジャラールさんやハーキムさんも、その兵隊に選ばれているの?」

「いや。ジャラール様は、王位を継げないとは言っても、この国の王子。兵隊を率いる方だ。俺も王子付きとして、何かあれば兵隊を率いる。」

「それだけの理由で選ばれた人達を率いるなんて。兵隊さん達からは、不満は出ないの?」

「出ない程強く有る為に、日々鍛練している。兵隊達を率いる方法や、戦いに勝つ術も学ぶ。」

さすが王族の人達。

「ネシャートさんやラナーさんも?」

「二人は武術はやらない。その代わり、護身術は学ぶそうだ。その上ネシャート様は、民を統治する帝王学を学んでいる。」

「帝王学……」

私は息を飲む。

「生まれながらにして、女王になる方だ。先ほどの話に戻るわけではないが、王国お抱えの兵隊を選ぶのも現王と次期女王のネシャート様だ。男の裸にいちいち恥ずかしがっていては、兵隊を選べないだろうし、威厳も保てないだろう。」


生まれながらの女王か。

大変なところに生まれたなって思う。


「ネシャートさん。元気になって、本当にいいのかな。」

「はっ?」

「だって。ネシャートさん、元気になったらいづれ王位を継がなきゃいけないんでしょ?その方が大変じゃない?」
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