月夜の砂漠に紅葉ひとひら

日下奈緒

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叶わない想い

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その日の夜。

同じ部屋のときわと、お風呂に入った。

「へえ。光清がそんな興奮するなんて。よっぽど紅葉の事、心配だったんじゃない?」

「う~ん……」

私は湯船のお湯に、顎まで浸かった。

「でも不思議だね。本の中にトリップするなんて。」

「そう!物語りの中だよ?あり得なくない?」

水面を叩いたせいで、お湯がときわにかかる。


「でもさ、なんかきっかけがあるんじゃない?」

「それが全く分かんないんだよね。」

何がどうなって、そんな事になったのか。

ちっとも検討がつかない。


「でさ、ぶっちゃけどうなの?そのイケメン。」

ときわがニヤニヤしている。

忘れてた。

ときわもイケメンが好きなんだっけ。

「うん……なかなかだよ?」

「くわ~~私も行きたい!」

悔しがっているときわを見ると、複雑だ。


もしトリップするのが、私じゃなくてときわだったら。

あのジャラールさん、いやハーキムさんなんてとっくの昔に、落ちていたと思う。

「で?どの辺まで行ったの?」

「えっ?」

「ほら!あるでしょ?いいところまでとか、最後までとさ。」

ときわはテンションが、明らかに上がっている。

「いや、私達恋人じゃないし、最後までってちょっと……」

照れながら前髪をかき上げる私に、きょとんとするときわ。


「はい?私は物語りの事、言ってるんだけど。」

私はズルッと、湯船の中に。

「あっ、物語りね。」

「当たり前でしょう?まさか物語りの中の登場人物と、恋に落ちるわけじゃないし。」

私は更にお湯の中へ。

「えっ?もしかして?」

ちらっと、ときわを見たけれど、ワクワクしてるみたいだから、答えない。

「ええ~~!ねえ、どんな人?」


ねえ、ほら。

そう言う勘だけは、鋭いんだから。

「どんな人って言われても……」

「もしかして、さっきのイケメンの人?」

「よくそんな事、覚えてたね。」

私は先に、お風呂場から出た。

「待ってよ!」

ときわも急いで、後を追ってくる。

「いいじゃんいいじゃん。イケメンが相手なんて。」

「そうかな。」

いくらイケメンに恋したって、相手には好きな人がいる。

「で?あとどのくらい会えそうなの?」

私は、歩みを止めた。

「どのくらい?」

「うん。だって物語りの中の人なんでしょ?物語りには終わりがあるじゃん?」


頭の中は真っ白。

私は、そんな肝心な事まで、忘れていたのだ。


「今、物語りのどの辺?」

「分からない。アラビア語で書かれているから。」

私はすぐ浴衣を着て、髪を乾かす。

「ん~アラビア語か。そう言えば光清の知り合いにアラビア人がいたような。」

「らしいね。」

「らしいねって?」

「光清、図書室からその本借りて、知り合いに翻訳して貰ったみたい。」

するとときわは、私の腕を掴んだ。

「紅葉。光清のとこ、行こう。」

私はそのまま、ときわに連れて行かれた。

「本の内容?」

「そう!知り合いに翻訳して貰ったんでしょ?どんな話か教えてよ。」

「知らん。」

「はあ?」

光清とときわの話を真横で聞きながら、改めて光清に見とれてしまった。


洗いざらしの黒髪。

前髪が目にかかって、ミステリアスさ倍増だし。

長身の細身の体を覆う浴衣から、ちらっと見える筋肉が、ほどよい色気を放っている。

これをクラスの女子が見たら、誰か寝込みを襲う人が現れてもおかしくはない。


そんな事考えてたら、光清と目が合った。

ドキンとして、後ろに下がったけれど、光清はそんな私をまるでいないかのように無視。

「ところで光清。やたら色気が垂れ流しされてるんだけど。」

「別にいつもと同じだし。」

ときわのナイスコメントにも、素っ気ない返事。


そんな時だ。

遠くから女の子のキャーっと、黄色い声が。

「源君、カッコいい‼」

「鼻血出そう‼」

女の子達が、光清の色気にやられる瞬間を見てしまった。

「あ~あ。光清、気を付けなよ?ああ言う人達に捕まったら、餌食にされるよ。」

「う~ん……」

なぜか光清は、満更でもない。

「じゃ光清。何か分かったら教えて。」

「了解。」

手を上げて答える姿も、様になっている。


「あれは役に立つのかね。」

「う~ん。」

ときわと二人、部屋に向かって廊下を曲がろうとした時だ。

光清の側に女の子、二人が立っているのが見えた。

背が高くて大人っぽい子。

「おっ!あれは隣のクラスのモデル風美人。」

「モデル風美人?」

「実際、将来の夢がモデルなんだって。」

全くときわの情報収集能力には、叶わないよ。

「そして光清を、本気で狙ってるんだよね。」

「はっ?」

思わず大きな声を出すと、光清がちらっとこっちを見た。

すると光清は、そのモデル風美人を連れて、どこかへ行ってしまった。

「ありゃあ~光清、バカだね。紅葉の前で。」

ときわは気を使ってくれたけど、光清が女の子と一緒いるのは当たり前過ぎて、驚きもしない。

「紅葉はなんとも思わないの?」

「うん。別に。」

「ありゃ。光清も可哀想。」

「何で?」

「だってあれ、紅葉に見せつけてるだけじゃん。焼きもち妬いて貰いたいんだよ。」

私は軽くため息。

言っている事は分かるけれど、実際嫉妬なんてないし。

そこで改めて、光清は友達なんだと分かる。


「難しいね、人の気持ちって。」

ときわだけが、面白そうにスリッパをペタペタと、音を立てながら歩いている。

一方の私は、足取りが重くスリッパを引きずって歩く。


あんなに心配してくれた光清が、遠くに行ってしまう。

ジャラールさん達にも、いつまで会えるか分からない。

一人で寂しい気持ちを持て余しながら、私はときわより早く布団に入った。


その日の夜。

起き上がると、そこには睡眠を取っているジャラールさんと、見張りをしているハーキムさんがいた。

「クレハ。今日はやけに早い目覚めだな。」

「ハーキムさん……」

やっとこの世界に来れた。

その嬉しさが込み上げてくる。


その他、突然誰かが腕を掴む。

「ひっ!」

「シッ!何かあったか?」

私の腕を腕を掴んだのは、ジャラールさんで、私をじっと見つめてくれている。


ああ、ジャラールさんって、やっぱりカッコいい。

目鼻立ちもいいけど、この瞳がなんとも言えず……


「ジャラール様。敵の攻撃ではございません。気にせずお休み下さい。」

「そうか。ハーキムがそう申すのなら、安心だ。もう少し眠るとしよう。」

さっき起きたばかりだと言うのに、またジャラールさんは、眠ってしまう。


もう!余計な事して‼

私が睨んでも、ハーキムさんは全く知らんぷり。


でもまあ、いいか。

ジャラールさんの寝顔見れるし。


「クレハ。これを持て。」

ジャラールさんの寝顔に見とれている私に、ハーキムさんは、何かを投げた。

砂の上に、ドスッと言う音がする。

よく見ると、短剣だ。

「えっ!いいです、こんな恐ろしいモノ。」

「では、他に身を守る道具があるのか?」

「いや、ないですけど、」

「ならば、持っていろ。」


近くで焚き火がパチパチ鳴っている。

「……危険な事でも迫っているの?」

「そう思っていろ。」

「いつ?」

「たぶん先だとは思うが……備えておく分にはいいだろう。」


渡された短剣を持つと、想像以上に重い。

「使う時が来るの?」

「来ない事を祈るが、恐らく無理だろう。」

背筋が凍る。

これを使う時が来ると言う事は、相手も私に向かってこれを使うと言う事だ。

「どうして?ジャラールさんとハーキムさんは、誰かに狙われているの?」


「狙われているか。ある意味狙われているだろうな。」

「えっ?」

ハーキムさんの冷静な答え方が、余計現実味を帯びさせる。

「我々ではなく、宝石の方だ。」

「宝石……」

「あの石は、持つモノの願いを叶える。持っている限り何度でも。」

「ええっ!」


一度じゃなくて、何度でも。

それは欲しいって言う人が、たくさん出てきてもおかしくないわ。


「もちろん、砂漠の宮殿の民でもそれは知られていた。だからこそ、手に入れる者も吟味した。無論、身に付ける者もだ。私利私欲に使う者に渡れば、この世を破滅させる事も簡単だからな。」

また背中がゾクッとする。

ううん。

全身に寒気が走る。


ハーキムさんが言う通り、恐ろしい人にその宝石が渡れば、この私がトリップしてきた世界が破滅する。

そんなの嫌!


「……その宝石、取られないように気を付けないとね。」

「ああ。だが心配するな。襲われるとすれば、宝石を手にいれてからだ。」

その安心しての意味が分からないよ。

私はぶつぶつ言いながら、また体を横にした。

「ハーキムさんは、まだ寝ないんですか?」

「そうだな。ジャラール様が起きてからだ。」

「ジャラールさんは、いつも何時くらいに起きるの?」

「何時?決まっていないが、大抵夜明けの少し前だ。」

夜明けの少し前。

なんともアバウトな答えだ。


「じゃあ、ジャラールさんが、その時間に起きなかったら?」

「うるさい女だ。黙って寝ていろ。」

ま~た答えたくない質問がくると、不機嫌だよ。

唇を尖らせながら、私は目を閉じた。


でも眠りたくない。

もし寝てしまって、また現実の世界に戻されて、ジャラールさん達と会えなくなったら、それこそ嫌だ。


眠りたくない。

眠りたくない。

声に出さずに、呟いた。


しばらくして、横でムクッと起き上がる音がする。

「ハーキム。交代しよう。」

「はい。」
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