月夜の砂漠に紅葉ひとひら

日下奈緒

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夢物語の代償

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「何でそこで、光清が私に告白する事になるのよ。」

「あれ?告白されてない。これは失礼。」

ときわは自分のおでこをぺちっと叩いて、私から逃げようとする。

「待ってよ、ときわ。」

私はときわの肩を掴んだ。

「光清が私を好きだって、知ってたでしょ。」

ときわは、ゆっくりこっちを向く。

「ああ、別に本人から直に聞いたわけじゃないよ?ただなんと言うか~~側にいたら気づいちゃった感じ?」

私は軽くため息をついた。

「この話、光清には言わないで。」

「ラジャー!」

ときわは小さく敬礼。

だからときわは、憎めない。


「じゃあ私は一団に戻るから。」

「はあ?」

同じグループのはずなのに、ときわは私達から離れ、また男子に囲まれに行った。


仕方なく光清を追いかける私。


「あっ、来た。紅葉!」

光清が本堂の前で、私を待ってくれていた。

「待たせてごめん。」

「ううん、さあ行こう。」

光清が私を手招きしながら連れて行ってくれた場所。

そこは山に付き出した、正に「清水の舞台」だった。

しかも紅葉真っ盛りで、周りは一面赤く染まっている。

「綺麗……」

「そうだろ?この景色を、紅葉と一緒に見たかったんだ。」



言葉もいらない。

ただただ、その景色を感じる。

その瞬間を、一緒に感じてくれる人がいる。

それは………


私はそっと、光清を見た。

涙がスーっと零れる。


「また泣いてるの?俺、なんかした?」

私は涙を拭いながら、首を振る。

しっかりしなきゃ。

これで何回目なの?

光清に心配かけさせるのは。


「なんか感動しちゃって。」

「そうなの?ごめん。俺、デリカシー無くて。」

なんか光清の言葉に、笑いが込み上げた。

「えっ?」

「さっきも同じような事、言ってたよ。」


その時、私は思った。

光清はいい人だって。


雑踏の中で、静かに落ち葉が枚散る。

それがだんだん、砂漠の廃れた宮殿で見た、月に見えてきた。


ああ、砂漠へ帰りたい。


「紅葉……」

隣で光清が、私の手を握る。

「えっ?あのっ、手、手!」

「だって。こうしてないと、紅葉がどこかに行ってしまいそうだから。」

真剣に答える光清に、胸がきゅうっと締め付けられる。


光清の気持ち、すごく分かる。

でも今の私には、答えられない。

私の心の中には、ジャラールさんがいるから。


「な~んちゃって。ホント、俺って懲りないよね。こうしても、紅葉を困らせるだけだって言うのにね。」

光清は、パッと手を離した。

「でも、これだけは知ってて欲しいんだ。俺、決して紅葉を困らせたいわけじゃなくて、力になりたいんだ。守りたいんだ。その……た、た、大切な……」

「うん。分かってる。」

私と光清は、顔を合わせた。

「光清は、ここぞと言う時に、頼りになるもん。」

「……ありがとう。」

光清が笑ってくれると、私もほっとする。

やっば、大事なのは笑顔だね。

私も笑顔でいられるように、頑張ろう!


「そうだ。紅葉、音羽の滝に行こうよ。」

「うん。行こう。」

光清と二人、本堂の脇の下にある滝を目指す。


「ひゃあ~人がいっぱいいるね。」

そりゃ私達の学校以外にも、修学旅行で来ている人達はたくさんいるし、他にも観光客とかいるし。

「これは、相当な時間、並ばないとね。」

「うん。」

光清は、私の後ろに並んだ。

「眠くなったら言って。俺、後ろで支えておくから。」

「ははは!」

もう笑うしかないわ。

こんなに人がいる前で、眠くて倒れるなんて。


でも光清が言った事が、現実になる。

目の前がボーッとして、歩く度にフラフラする。

「わっ!紅葉!」

意識を失う寸前に、光清が後ろで押さえてくれた。

そして、私の顔を覗き込む人達。

その向こう側には………



「ジャラールさん?……」




意識を取り戻した時に、真っ先に目に飛び込んできたのは、天井だった。

「どこ?」

倒れた場所は、清水寺だった。

砂漠へ来たなら、天井はないはずだ。


「今日、俺たちが泊まるホテルだよ。」

声のする方を見ると、そこには光清が。

「紅葉、病院に運ばれそうになったんだよ。」

「えっ‼ただの寝不足で!?」

私は、慌てて口を塞いだ。

「そう思って、病院じゃなくてホテルに運んで貰った。よかったよ。チェックインの時間、過ぎてて。」

何から何まで世話してくれた光清を、いっそ拝みたくなる気持ちだ。

「本当にご迷惑お掛けしました。」

私は、布団の上で正座し、光清にお辞儀。

私からの精一杯の感謝の気持ち。


「いいよ、そんな事。顔、上げて。」

「うん。」

顔を上げて見た光清は、神妙な顔。

「代わりと言っちゃあ、なんだけど。」

「えっ?」

「ジャラールさんの事、好きなの?」

突然の事に、息が止まる。

「な……にを、言って……るの?ジャラールさんは……本に、出てくる……」

「それだけじゃあ、ないよね。」


怖い。

端正な顔立ちの人の、無表情な顔って、何を考えているのか分からない。


「どうして、そんな事………」

「最初は俺も、夢の中のお話だと思ったよ。でも紅葉。音羽の滝で倒れた時、確かに『ジャラールさん』って、言ったよね。」

「私が?」

「それに新幹線で紅葉がうなされている時、この本、勝手にページを捲っていた。」

私は、両手をぎゅっと握った。


「なんか変だよ!本の中の台詞を紅葉、夢の中で呟いているし!」

光清は、自分のバッグから、あの本を取り出した。

「こんな本があるから、おかしくなるんだ‼」

光清はその本を持って、窓に向かって行った。

「何をするの?」

「こんな本、捨ててやる‼」

光清が窓を開けた。

「止めて‼」

私は光清の手から、その本を奪い返した。

「紅葉……」

光清が、一歩ずつ近づいてくる。

「それをよこせ。」

「嫌よ!」

「何故だ?ただの本なら、捨てたっていいだろう‼」

光清の叫び声を聞いて、神崎先生が部屋に入って来た。


「あなた達、何をしてるの!?」

女子生徒に迫る男子生徒。

当然、神崎先生は私の元へ駆け寄る。

「大丈夫?宮津さん。」

「……はい。」

私は本をぎゅうっと、抱き締めた。


それを見て、光清は部屋を飛び出して行く。

「あっ、こら!源君!待ちなさい!」

続いて神崎先生も、部屋から出ていく。


部屋に一人になった私は、一つの仮説を立てた。

私は眠ると、この本の世界へトリップしている?


だから夢の中で終わらず、ジャラールさんやハーキムさんは、現実的に思えるのだ。

私は急いで本を開いた。

だけどアラビア語で、全く内容が分からない。

「誰か教えて。今、この中はどうなっているの?」


描かれているイラストには、ただ綺麗な月が浮かんでいるだけだった。
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