月夜の砂漠に紅葉ひとひら

日下奈緒

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夢物語の代償

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「紅葉!」

聞き覚えのある声に、私はパチリと目を覚ます。

「ときわ?」

「もう京都へ着いたよ。みんな降りちゃってるよ、もう~~」

辺りをキョロキョロすると、同じクラスの人はほとんどいなく、光清がせっせと私の荷物を降ろしている。

「ほらほら、行こう。紅葉もときわも。」

光清の誘導で、なんとか新幹線を降りる私達。

「次はバスだよ。」

「また乗り物か。少しは京都の空気も吸いたいよ。」

光清は長い両腕を、空に向かって伸ばす。


「あ~あ、暇だよね。誰かさんは新幹線に乗っている中、ずっと寝てるし。」

光清とときわが、じーっとこっちを見ている。

「ごめん。私もなんでこんなに眠いのか、分からなくて。」

「寝不足?」

「う~ん。」

「眠りが浅いんじゃない?なんだかしょっちゅう動いてたし、口ごもごもしてたし。」

「そうなのかな。」

ときわと光清の意見にも、曖昧な返事。

「みんな~こっちよ~~」

担任の神崎先生の元、京都駅を出てバスに乗り込む。

駅の近くにバスは停車。

直線だと言うのに、私はこっちへふらふら、あっちへふらふら。

「紅葉、こっち。」

その度に、光清が連れ戻してくれる。

「紅葉は、光清がいないと真っ直ぐも歩けないのか。」

ときわが、呆れながら言う。

「そんなんじゃないよ。」

光清が照れながら答えるが、私にとっては一大事。


えっ?何?

私、こんなにも並行バランスのない人だった?

ヤバイでしょ。

真っ直ぐ歩けないって。


「紅葉、バス乗れる?」

「そりゃ乗れますよ。」

「今のあんたには、信憑性がない。」

うう~~

たくっ。

ときわは口が悪いんだから。


そうは言っても、言い返せない。

実際、バスの乗り口の階段、一段上がる度に体はふらふら。

「ゆっくりでいいよ、紅葉。」

光清に後ろから、支えてもらう始末。

なんとか乗り込んだバスでも、私の隣には光清が陣取る。

また女の子達の歯軋りが聞こえてきそうだ。

「全員いるわね~~。出発しま~す。」

神崎先生の号令で、バスは動き出す。

「これからどこへ行くんだっけ?」

「清水寺だよ。」

優しく教えてくれた光清が隣で、少しほっとする。


バスは京都市内を通過。

「今回は眠いって言わないんだね、紅葉。」

「ははは!そうだね。あんだけ寝ればね。」

笑って誤魔化したけれど、本当はボーッとしてたまらない。

でも新幹線の時みたいに、砂漠へ行けない。

思い浮かぶのは、ジャラールさんの笑顔。

会いたいのに、会えない。

別に好きとか言わないし、好きになって欲しいとか思ってないし。


ただ、会いたい。


「紅葉、なんだか寂しそうな顔してる。」

こう言う時、光清はすぐ気付く。

「そんな事ないよ。」

「そう?悩み事なら、いつでも聞くよ。」

「ありがとう、光清。」

私は寂しさを隠して、精一杯笑った。


バスは四条通りを過ぎ、清水寺へ。

まだ大きな道路しか通っていないけど、通りすぎる風景は、テレビで見たことがあるものばかりだ。

バスを降りて、団体で清水寺まで歩いて行く。

途中には、たくさんのお店があった。

「すごい。いろんなお店があるんだね。」

「お土産にいいかもね。帰りに買っていこうよ。」

歩く時も光清と一緒。

ときわはどうしたのさ。

ふと後ろを見ると、クラスの男子を従えているときわを発見。

く~!

モテる女は、羨ましい!


「紅葉?聞いてる?」

「えっ?何?」

「ほんと、ボーッとしてるな。ここの道を行くと、高台寺だよ。」

「高台寺?」


そう言われても、なんの事かさっぱりわかりません。

光清も、軽くため息をつく。

「高台寺は、北の政所ねねが、豊臣秀吉の死後建てたお寺だよ。」

「へえ。光清、詳しいんだね。」

ううんと、首を振った光清だけど、元気がない。

あちゃ~

私、光清にサジ投げられた?

「あっ!光清、門が見えてきたよ!」

さりげなく、光清の腕を掴む。

「待って、紅葉。」

心なしか光清、元気が出たみたい。


「ここで写真撮ろう!」

スマホ片手に、光清とポーズ。

だけどポーズを撮った途端、目の前がふっと暗くなる。

「紅葉!」

気付くと、私は足元に倒れいた。

「宮津さん!?」

神崎先生も駆けつけてくれた。

「大丈夫?」

「は、はい……」


何が起きたのか、分からない。

「紅葉。スマホは壊れてないようだよ。立てる?」

光清が、スマホを渡してくれた。

「うん……ありがとう。」

光清の手を握って、立ち上がる。


なんで私、倒れちゃったんだろう。


「はい、じゃあポーズ。」

「えっ?」

顔を上げた時に、パシャっと写真を撮られた。

「あっ!光清!」

「だって紅葉。気を抜くと、すぐボーッとするし。」

「言ったな~~」

光清の背中をポカポカ叩きながら、光清のその一言が、私の頭から離れない。

ちょっとでも気を抜くと、ボーッとする。


まるで寝不足の時の、授業中みたい。

私、眠いの?

寝不足?


すると光清が、私の背中にそっと、手を置いてくれた。

「大丈夫だよ。また倒れるような事があったら、俺が支えるって。」

「光清……」

すると光清は、照れながら私の二、三歩前を歩いた。

「何言ってるんだろうな、俺。」

頭をかきながら歩く姿は、光清らしい。

でも……


『何かあったら、私がクレハを守る。』


ジャラールさんの言葉を思い出して、胸が切なくなる。

「紅葉?」

やばい。

光清が見ている。

「ごめん。」

私は光清に顔を見られないように、少し背中を向けた。

「俺こそごめん。なんか俺変な事言ったから、紅葉元気無くすし。」

「そんな事ない!」

私は振り返って、光清を見つめた。

「変な事なんて言ってないよ!私、嬉しかったもん。」

「え……」

光清の顔が茹でタコみたいに、真っ赤に染まった。

「あっ、うん。わかった。頑張る。」

そう言うと光清は、茹でタコのまま、門の中に入って行った。


ここまできたら、いくら鈍感の私だって分かる。

光清が、私の事。

好きなんじゃないかって。


私は空を見上げた。

ジャラールさんやハーキムさんがいる場所は、本当に私の夢の中?

もし本当に存在する人なら、この空の向こうに、ジャラールさん達がいるって、思っていいのかな。


「紅葉。またボーッとしてる。」

「ときわ!」

男子に囲まれたときわが、前を歩く私に追い付いてきた。

「何よ。空を見上げながらため息なんてついちゃって。恋患い?」

「ん?……」

「そっかそっか。紅葉にも春がきたのね~」

ときわはお母さんみたいに、私の肩を叩く。

「で?光清にはなんて告白されたの?」
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