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罠をクリアする方法
①
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数分経った頃だろうか。
瞼を眩しい物が覆った。
ゆっくりと目を開けると、そこは新幹線の中だった。
「目が覚めたの?」
声のする方を見ると、見た事ある顔。
「ジャラールさんは?……」
「はっ?」
反対側を見ると、窓があり建物や景色が高速で移動する。
頭がボーッとする。
新幹線の中だとわかっていても、状況がつかめない。
「寝ぼけてんの?クレハ。」
「う……ん……」
何でこんなに頭が重いんだろう。
まるで一晩中寝てない時みたい。
「もう一回寝たら?京都までは、まだ時間あるし。」
「うん。」
椅子に体を預け、光清が言う通り、目を閉じる。
けれどいつまで経っても、眠れない。
明るい陽射しのせいだと思い、右の手のひらで瞼を押さえても、まだ目が冴えている。
「今度は眠れないの?」
「うん……」
面倒くさい。
普通ならそう思う。
「あのさ。そんな時に聞くのもあれだと思うけど、」
光清はバッグの中から、ごそごそと何かを取り出した。
「さっきのジャラールさんって……この本に出てくる人?」
「えっ‼」
私は一変に病気が治った人みたいに、体を真っ直ぐに起こした。
光清が持っていたのは、あの日、私が図書室で手に取った本だ。
「その本、どうして!?」
「あの後、すぐに借りた。」
私は光清は、じっとお互いを見つめ合った。
「どうして……」
「ごめん。なんだか気になって。」
光清はそう言うと、その本をペラペラとめくり始めた。
「ほら、ここに。」
開かれたページには、ジャラールさんとハーキムさんの名前が。
「この本の夢を見てたの?」
「夢?」
夢と言うには、あまりにも現実的過ぎる。
ハーキムさんと乗ったラクダの感触も、二人の声も私には生々しい。
けれどそんな事言ったって、光清には通じない。
「あはははっ!そうそう!この人達の夢。」
「にしては、あまりにも強烈だね。2日連続で見るなんて。」
光清の目は、笑っていない。
疑っている?
何を疑っているの?
「光清?」
「ごめん。あの日、紅葉が図書室でこの本に見入っている姿を見てから、なんだか頭から離れないんだ。」
苦しそうに額を押さえる光清。
そんなに私の事を、心配してくれているなんて。
「大丈夫だよ、光清。」
「紅葉……」
「書いてある挿し絵がさ、すっごいイケメンに書かれていたから、忘れられなくて。ただそれだけ。所詮夢だよ。」
「……そうだね。」
ようやく光清に、笑顔が戻った。
「ねえねえ、その本貸して。私も気になってたんだよね。」
私は光清から、その本を見つけた。
そこには、あの日と同じアラビア語が書いてある。
「ところで、光清。なんでこれがジャラールとハーキムだって分かったの?」
「ああ……知り合いにアラビア語が分かる人がいてね。その人に頼んで訳してもらったんだ。」
「ははは……知り合いの人、ね。」
そうか。
そんな手段があったのか。
光清の家の、スケールの大きさに驚きながら、私は本の中を見た。
砂の城を後にした旅人二人は、砂の嵐に遭遇する。
そして、それに視界を遮られている間に、一人が砂の中に引きずり込まれる。
もう片方が刀を砂に立て、なんとか仲間を助け出そうとするが、自分もだんだん、砂に飲み込まれていく。
「これって……」
ただ単に、物語の一部だと思えば、ハラハラドキドキもしただろう。
でもなまじ、その挿し絵がジャラールさんとハーキムさんの姿に重なって、ページをめくる手が震える。
そして、ページをめくった途端、誰かがロープを投げて二人を救う。
こうして二人は、助かったようだ。
「よかった。助かって。」
「えっ?」
「あっ、ううん。こっちの事。」
私は誤魔化しながら、ちらっと最後の方に書かれている挿し絵を見た。
そこには、あの日。
図書室で見た、王子様とお姫様のイラスト。
何一つ、変わっていない。
この王子様がジャラールさんならば、お姫様は誰なんだろう。
もしこのお姫様がネシャートさんだったら、この王子様は、ジャラールさん以外の人なんだろうか。
二人は兄妹で、従兄妹。
そんな関係を、お伽噺はハッピーエンドにするだろうか。
疑問はつきない。
つきないのに、また眠くなってくる。
「紅葉?」
光清が私の肩を揺らす。
「大丈夫か?紅葉。」
体が揺れるけれど、瞼が重い。
「光清。私、また寝る。」
「え?あっ、ああ。」
光清の返事を最後に、私はまたウトウトし始める。
あれだけ眠れなかったのに。
この本を読んだ途端に、眠くなるなんて。
"クレハ!"
どこかで誰かに、私は呼ばれている気がした。
「……ハ!クレハ!」
「ンニャ……」
ボーッとしながら、また目を開ける。
「光清。私、寝るって言ったじゃん。」
すると、誰かにおでこをペチッと、叩かれた。
「痛い!」
「そなたは、誰と間違えているのだ。」
「えっ?」
目を覚ますと、そこにはハーキムさんと、ジャラールさんが。
「ここは砂漠……?」
「見ての通りだろ。」
辺りを見回すと、夜まで話を聞いていたあの、宮殿の跡だった。
「顔を拭け。すぐに出発するぞ。」
私はハーキムさんから、少し湿らせただけのタオルを渡された。
「有難うございます。」
それで顔を拭きながら、化粧してなくてよかったと思った。
その間、二人は荷物を次々と、ラクダに縛り付けていく。
「クレハ。今日は私の前に乗るか?」
ジャラールさんが、手を差し伸べてくれた。
「えっ!本当?」
視界がパーっと開けた。
「じゃあ、お言葉……」
"に、甘えて"と、言おうとした時、ジャラールさんの向こう側にいるハーキムさんが、私を睨んでいるのが分かった。
「い、いえ。私はハーキムさんに、乗せてもらいま~す。」
そのままジャラールさんをすり抜け、ハーキムさんのラクダに近づいた。
「これでいいんでしょう。」
「ああ。いい娘だ。」
あっかんべーしながら、ハーキムさんのラクダに乗せて貰う。
「今日はどこまで行くんですか?」
ハーキムさんに尋ねると、ラクダは一回りして、ジャラールさんの乗るラクダに、寄っていく。
「ジャラール様。今日はオワシスの近くまで行きますか?」
「そうだな。なんとか急ごう。」
ジャラールさんのその一声で、2頭のラクダは勢いよく飛び出した。
速い。
昨日初めてラクダに乗った時よりも、はるかに速く走っている。
「大丈夫か?クレハ?」
後ろから耳元に、ハーキムさんの低い声が、響き渡る。
「な、なんとか~~」
前からの強い風に吹き飛ばされそうだ。
「手綱を強く握っていろ。」
言われた通り、手綱をギュッと握った。
すると心なしかハーキムさんの体が、私の背中にぴたっと張り付く。
いいっ!
男の人の体を触った事もないのに!
でも心なしか、強い風に当たっても、私の体は揺れる事はなく、安定している。
もしかして、私の為に?
なんだかハーキムさんの優しさを、背中越しに感じる。
「ハーキムさん。」
「どうした?」
「こんなに急いで、オワシスに行く理由って、何なんですか?」
案の定、ハーキムさんは黙りだ。
「すみません。」
私はすぐに謝った。
そう言えばこの人。
話しちゃまずい事は、口に出さないんだっけ。
するとハーキムさんは、私の顔の横に、自分の顔を近づけた。
「いいか。一度しか言わぬぞ。よく聞いておけ。」
「は、はいっ!」
私は息を飲んだ。
「昨日の夜、ジャラール様には、ネシャート様と言う妹君がおられると話したろ。」
「はい。」
「そのネシャート様がご病気なのだ。」
「病気!?」
私達の前を走るジャラールさんの背中が、必死そうに見える。
「ネシャート様は、昨晩泊まった宮殿に住まう一族の血を引いている。一族は近くにある"碧のオワシス"の力を借りていた。」
「碧の……オワシス………」
「この砂漠にあるオワシスの中で、一番木々が青々としていて、湖の水はどこまでも澄んでいる。砂漠の領域が広がる中、他のオワシスは消え去っていったと言うのに、碧のオワシスだけは、木々も水も枯れる事はなかった。」
「すごい!」
「一説には、湖の中に小さな宮殿があり、そこに住む精霊の力だと言う者もおる。だが実際は分からない。一族の血を引く者しか見えないそうだ。」
ものすごく真面目に語ってくれているハーキムさんには悪いんだけど、さっきから私はドキドキが止まらない。
数あるオワシスの中で唯一特別な存在。
その中に住む精霊に、その力を借りて繁栄する一族。
なになに!?
そんな壮大なファンタジーのお話なの?
ただの旅の本だと思っていたのに‼
「聞いているか?クレハ。」
「もちろん‼」
「……一族は年に一度、その湖の宮殿に忠誠を誓う事で、砂漠の中に身を潜める事ができたと伝えられている。だが一族が滅んだ今、誰も湖の宮殿に忠誠を誓う者はいなくなった。その影響がネシャート様に現れたのだ。」
「ネシャートさん……女性の方に?」
「忠誠を誓うのは男子だが、誓う事を忘れた犠牲は、女性にくるらしい。子を産む存在を徐々に奪う事で、一族の繁栄をも奪われていくのだ。」
「そんな……」
なんだか重い運命の狭間にいるような人達。
「ネシャート様の衰弱を止めるのは、同じ一族の血を引く男子のジャラール様しかおられなかった。もし宮殿に無事たどり着いたとしても、一族が滅び、再び忠誠を誓うのは難しいと言えば、ジャラール様の命も危ないと言うのに。」
私の背中にゾクッと、寒気が走った。
もしかしたら、ジャラールさんは殺される?
「ジャラールさんは、その事を知っているの?」
「ああ。承知で志願された。」
胸が張り裂けそうだった。
自分の命を犠牲にしてでも、守りたい人がいる。
それが、母親違いの妹?
それとも同じ一族の血を引く者?
「ジャラールさんは、ネシャートさんの事、好きなの?」
ハーキムさんは、黙ってしまった。
「ネシャートさんは、ジャラールさんの事、どう思っているの?」
やはり返事はない。
わかっているのは、この旅の結末が、あの本の最後に書いてあるイラストのように、二人が笑って終わると言う事だけだ。
だけどそれは、本当にハッピーエンドなのか。
それは、分からないけれど。
その時だ。
遠くにベージュ色の壁が見えた。
「砂嵐だ。」
ハーキムさんが、呟いた。
瞼を眩しい物が覆った。
ゆっくりと目を開けると、そこは新幹線の中だった。
「目が覚めたの?」
声のする方を見ると、見た事ある顔。
「ジャラールさんは?……」
「はっ?」
反対側を見ると、窓があり建物や景色が高速で移動する。
頭がボーッとする。
新幹線の中だとわかっていても、状況がつかめない。
「寝ぼけてんの?クレハ。」
「う……ん……」
何でこんなに頭が重いんだろう。
まるで一晩中寝てない時みたい。
「もう一回寝たら?京都までは、まだ時間あるし。」
「うん。」
椅子に体を預け、光清が言う通り、目を閉じる。
けれどいつまで経っても、眠れない。
明るい陽射しのせいだと思い、右の手のひらで瞼を押さえても、まだ目が冴えている。
「今度は眠れないの?」
「うん……」
面倒くさい。
普通ならそう思う。
「あのさ。そんな時に聞くのもあれだと思うけど、」
光清はバッグの中から、ごそごそと何かを取り出した。
「さっきのジャラールさんって……この本に出てくる人?」
「えっ‼」
私は一変に病気が治った人みたいに、体を真っ直ぐに起こした。
光清が持っていたのは、あの日、私が図書室で手に取った本だ。
「その本、どうして!?」
「あの後、すぐに借りた。」
私は光清は、じっとお互いを見つめ合った。
「どうして……」
「ごめん。なんだか気になって。」
光清はそう言うと、その本をペラペラとめくり始めた。
「ほら、ここに。」
開かれたページには、ジャラールさんとハーキムさんの名前が。
「この本の夢を見てたの?」
「夢?」
夢と言うには、あまりにも現実的過ぎる。
ハーキムさんと乗ったラクダの感触も、二人の声も私には生々しい。
けれどそんな事言ったって、光清には通じない。
「あはははっ!そうそう!この人達の夢。」
「にしては、あまりにも強烈だね。2日連続で見るなんて。」
光清の目は、笑っていない。
疑っている?
何を疑っているの?
「光清?」
「ごめん。あの日、紅葉が図書室でこの本に見入っている姿を見てから、なんだか頭から離れないんだ。」
苦しそうに額を押さえる光清。
そんなに私の事を、心配してくれているなんて。
「大丈夫だよ、光清。」
「紅葉……」
「書いてある挿し絵がさ、すっごいイケメンに書かれていたから、忘れられなくて。ただそれだけ。所詮夢だよ。」
「……そうだね。」
ようやく光清に、笑顔が戻った。
「ねえねえ、その本貸して。私も気になってたんだよね。」
私は光清から、その本を見つけた。
そこには、あの日と同じアラビア語が書いてある。
「ところで、光清。なんでこれがジャラールとハーキムだって分かったの?」
「ああ……知り合いにアラビア語が分かる人がいてね。その人に頼んで訳してもらったんだ。」
「ははは……知り合いの人、ね。」
そうか。
そんな手段があったのか。
光清の家の、スケールの大きさに驚きながら、私は本の中を見た。
砂の城を後にした旅人二人は、砂の嵐に遭遇する。
そして、それに視界を遮られている間に、一人が砂の中に引きずり込まれる。
もう片方が刀を砂に立て、なんとか仲間を助け出そうとするが、自分もだんだん、砂に飲み込まれていく。
「これって……」
ただ単に、物語の一部だと思えば、ハラハラドキドキもしただろう。
でもなまじ、その挿し絵がジャラールさんとハーキムさんの姿に重なって、ページをめくる手が震える。
そして、ページをめくった途端、誰かがロープを投げて二人を救う。
こうして二人は、助かったようだ。
「よかった。助かって。」
「えっ?」
「あっ、ううん。こっちの事。」
私は誤魔化しながら、ちらっと最後の方に書かれている挿し絵を見た。
そこには、あの日。
図書室で見た、王子様とお姫様のイラスト。
何一つ、変わっていない。
この王子様がジャラールさんならば、お姫様は誰なんだろう。
もしこのお姫様がネシャートさんだったら、この王子様は、ジャラールさん以外の人なんだろうか。
二人は兄妹で、従兄妹。
そんな関係を、お伽噺はハッピーエンドにするだろうか。
疑問はつきない。
つきないのに、また眠くなってくる。
「紅葉?」
光清が私の肩を揺らす。
「大丈夫か?紅葉。」
体が揺れるけれど、瞼が重い。
「光清。私、また寝る。」
「え?あっ、ああ。」
光清の返事を最後に、私はまたウトウトし始める。
あれだけ眠れなかったのに。
この本を読んだ途端に、眠くなるなんて。
"クレハ!"
どこかで誰かに、私は呼ばれている気がした。
「……ハ!クレハ!」
「ンニャ……」
ボーッとしながら、また目を開ける。
「光清。私、寝るって言ったじゃん。」
すると、誰かにおでこをペチッと、叩かれた。
「痛い!」
「そなたは、誰と間違えているのだ。」
「えっ?」
目を覚ますと、そこにはハーキムさんと、ジャラールさんが。
「ここは砂漠……?」
「見ての通りだろ。」
辺りを見回すと、夜まで話を聞いていたあの、宮殿の跡だった。
「顔を拭け。すぐに出発するぞ。」
私はハーキムさんから、少し湿らせただけのタオルを渡された。
「有難うございます。」
それで顔を拭きながら、化粧してなくてよかったと思った。
その間、二人は荷物を次々と、ラクダに縛り付けていく。
「クレハ。今日は私の前に乗るか?」
ジャラールさんが、手を差し伸べてくれた。
「えっ!本当?」
視界がパーっと開けた。
「じゃあ、お言葉……」
"に、甘えて"と、言おうとした時、ジャラールさんの向こう側にいるハーキムさんが、私を睨んでいるのが分かった。
「い、いえ。私はハーキムさんに、乗せてもらいま~す。」
そのままジャラールさんをすり抜け、ハーキムさんのラクダに近づいた。
「これでいいんでしょう。」
「ああ。いい娘だ。」
あっかんべーしながら、ハーキムさんのラクダに乗せて貰う。
「今日はどこまで行くんですか?」
ハーキムさんに尋ねると、ラクダは一回りして、ジャラールさんの乗るラクダに、寄っていく。
「ジャラール様。今日はオワシスの近くまで行きますか?」
「そうだな。なんとか急ごう。」
ジャラールさんのその一声で、2頭のラクダは勢いよく飛び出した。
速い。
昨日初めてラクダに乗った時よりも、はるかに速く走っている。
「大丈夫か?クレハ?」
後ろから耳元に、ハーキムさんの低い声が、響き渡る。
「な、なんとか~~」
前からの強い風に吹き飛ばされそうだ。
「手綱を強く握っていろ。」
言われた通り、手綱をギュッと握った。
すると心なしかハーキムさんの体が、私の背中にぴたっと張り付く。
いいっ!
男の人の体を触った事もないのに!
でも心なしか、強い風に当たっても、私の体は揺れる事はなく、安定している。
もしかして、私の為に?
なんだかハーキムさんの優しさを、背中越しに感じる。
「ハーキムさん。」
「どうした?」
「こんなに急いで、オワシスに行く理由って、何なんですか?」
案の定、ハーキムさんは黙りだ。
「すみません。」
私はすぐに謝った。
そう言えばこの人。
話しちゃまずい事は、口に出さないんだっけ。
するとハーキムさんは、私の顔の横に、自分の顔を近づけた。
「いいか。一度しか言わぬぞ。よく聞いておけ。」
「は、はいっ!」
私は息を飲んだ。
「昨日の夜、ジャラール様には、ネシャート様と言う妹君がおられると話したろ。」
「はい。」
「そのネシャート様がご病気なのだ。」
「病気!?」
私達の前を走るジャラールさんの背中が、必死そうに見える。
「ネシャート様は、昨晩泊まった宮殿に住まう一族の血を引いている。一族は近くにある"碧のオワシス"の力を借りていた。」
「碧の……オワシス………」
「この砂漠にあるオワシスの中で、一番木々が青々としていて、湖の水はどこまでも澄んでいる。砂漠の領域が広がる中、他のオワシスは消え去っていったと言うのに、碧のオワシスだけは、木々も水も枯れる事はなかった。」
「すごい!」
「一説には、湖の中に小さな宮殿があり、そこに住む精霊の力だと言う者もおる。だが実際は分からない。一族の血を引く者しか見えないそうだ。」
ものすごく真面目に語ってくれているハーキムさんには悪いんだけど、さっきから私はドキドキが止まらない。
数あるオワシスの中で唯一特別な存在。
その中に住む精霊に、その力を借りて繁栄する一族。
なになに!?
そんな壮大なファンタジーのお話なの?
ただの旅の本だと思っていたのに‼
「聞いているか?クレハ。」
「もちろん‼」
「……一族は年に一度、その湖の宮殿に忠誠を誓う事で、砂漠の中に身を潜める事ができたと伝えられている。だが一族が滅んだ今、誰も湖の宮殿に忠誠を誓う者はいなくなった。その影響がネシャート様に現れたのだ。」
「ネシャートさん……女性の方に?」
「忠誠を誓うのは男子だが、誓う事を忘れた犠牲は、女性にくるらしい。子を産む存在を徐々に奪う事で、一族の繁栄をも奪われていくのだ。」
「そんな……」
なんだか重い運命の狭間にいるような人達。
「ネシャート様の衰弱を止めるのは、同じ一族の血を引く男子のジャラール様しかおられなかった。もし宮殿に無事たどり着いたとしても、一族が滅び、再び忠誠を誓うのは難しいと言えば、ジャラール様の命も危ないと言うのに。」
私の背中にゾクッと、寒気が走った。
もしかしたら、ジャラールさんは殺される?
「ジャラールさんは、その事を知っているの?」
「ああ。承知で志願された。」
胸が張り裂けそうだった。
自分の命を犠牲にしてでも、守りたい人がいる。
それが、母親違いの妹?
それとも同じ一族の血を引く者?
「ジャラールさんは、ネシャートさんの事、好きなの?」
ハーキムさんは、黙ってしまった。
「ネシャートさんは、ジャラールさんの事、どう思っているの?」
やはり返事はない。
わかっているのは、この旅の結末が、あの本の最後に書いてあるイラストのように、二人が笑って終わると言う事だけだ。
だけどそれは、本当にハッピーエンドなのか。
それは、分からないけれど。
その時だ。
遠くにベージュ色の壁が見えた。
「砂嵐だ。」
ハーキムさんが、呟いた。
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