月夜の砂漠に紅葉ひとひら

日下奈緒

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砂漠の中の城

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私が勝手に砂漠の大恋愛に盛り上がっているのに、ハーキムさんは沈んでいる。

「だがアラブの絶世の美女を、他の国が見逃す事はなかった。」

「えっ?どういう事?」

「アラブでは、気に入った女を奪えば、自分の物にできる。アラブ諸国一の美姫を巡って争いが起こった。」


そんな!

結婚している人を奪うって‼

そんな事が許されるの!?


私は物語を読んでいる時のように、一人で地団駄を踏んでいた。

「しかし現王は強かった。妃を奪おうと向かって来た相手は、全て倒した。誰もアラブ諸国一の美姫を奪えなかった。」

ハーキムさんの語りが上手いせいか、私はすっかりジャラールさんの両親のラブストーリーに魅せられていた。


「ある日現王は、どうしても遠くの国へ、向かわねばならなかった。それでも三日間で帰ってくると約束した王は、お妃をこの宮殿に預けた。」

「へえ~ここに。実家だもんね。」

「それがまずかった。お妃様を狙っていた隣国の王が、砂漠の中の宮殿を探し当ててしまったのだ。」

「えっ?」

「小国だったせいか、あっという間に攻め滅ぼされ、お妃様は連れ去られた。」

私は両手を口元に当てた。

「どうしてお父さんは、実家とは言え、小国の宮殿にお母さんを預けてしまったの?」

「小国ではあったが、砂漠の中に埋もれていた宮殿は、"幻の宮殿"と語り継がれていた。誰もその宮殿の姿を見てはいなかった。お妃様の一族はその中で、ひっそりと生き抜いていた。現王でさえこの宮殿を発見できたのは、奇跡だったのだ。」

「そんな!なぜその隣国の王は、幻の宮殿を見つけられたの?」

「わからない。一説には内通者がいて、その者が幻の宮殿まで導いたとも。」

私はスヤスヤと寝息を立てているジャラールさんを見た。

可哀想。

お母さんが連れ去られるなんて。


「それで?お母さんは救出されたの?」

「ああ。連れ去られてからたったの3日間で、救出された。その後、助けられたお妃様に新しい命が宿った。現王もお妃様もその命が産まれてくるのを楽しみにしていた。やがて二人の間に、王子が生まれたのだ。」

「それがジャラールさんなのね。」

だけどハーキムさんの顔に、明るさはない。

普段表情がなく、冷静沈着だと言っても、主人が産まれた時の話くらい、ニコッとするものでは?


「……生まれた王子は、父君とは似てもにつかなかった。たまりかねてお妃様に問うたところ、連れ去られていた3日間、敵の王に凌辱されていた事を告白した。」

「それは……」

頭から血の気が引いた。

「……そう。ジャラール様は、父君の血ではなく、敵の王の血を引いていたのた。お妃様は何度も何度も王子の命乞いをした。王は……惚れ込んでいるお妃様の願いを無下にはできず、後継ぎにはしないと言う条件で、王子は生き残った。」

胸が苦しい。

理不尽。

それがまかり通る世界。

でも唯一の救いは、お父さんがジャラールさんを殺さなかった事。


ー 愛した人の子供 ー と言う理由で。


「その後は?ジャラールさんは、妹さんが一人いるって言ってたけど……」

それを言ったら、ハーキムさんは、口を閉ざしてしまった。

「ハーキムさん?」

「……ジャラール様は、妹君をなんと仰っていた?」

「えっ?ああ……確か母親が違うって。」

「そうか……」

そしてまた沈黙が流れる。

隣でパチパチ言っている焚き火が、その沈黙を軽くしてくれた。


「うまくいかなかったの?ジャラールさんのお父さんと、お母さん。」

私は側にあった小枝で、焚き火の中にある燃えている木を動かした。

「母親が違うって事は、他の奥さんもいるって事でしょう?」

動かした木は、火から少しだけ離れて、点いていた火も少しずつ小さくなっていった。

「教えて。日本でも昔は何人も奥さんがいるのが、当たり前だったし。それくらいだったら、大丈夫。」

ハーキムさんは、そっとこちらを見た。

私もそっと見つめ返す。


「……その後、しばらく王とお妃様は、会わずにいた。王は、愛しているからこそ王子の本当の父親が、自分では無いことに苦しんでいた。時間が解決してくれる。周りの皆はそう思った。」

「でも、実際はそうじゃなかった。」

「そうだ。会わずにいる間、お妃様は王の寵愛を失ったと絶望したのだ。そしてお妃様は、幼い王子を残して自ら命を絶ってしまった。」


言葉が出てこなかった。

せっかくこの世に生まれたって言うのに、お父さんとは血が繋がっていない上に、お母さんは物心つく前に亡くなっているなんて。


「お妃様を失い、王は何も手に付かない程、悲しみにくれた。だがその隙をついて攻め入ってくる国もある。近臣は悩んだ末に、一人の女性を連れて来た。」

「その女性はお妃様の妹君で、お妃様の面影を色濃く残していた。王もその方のお陰で立ち直れた。そして産まれたのが、ネシャート様だ。」

「ネシャート様?」

「ああ。ネシャート様は母親違いの妹君である上に、母君同士が姉妹という事から、従兄弟でもある。」


ネシャート。

ジャラールさんと同じように、本に出てくる主人公の一人。

でも確か本の中では、ジャラールさんが宝石をネシャートさんに届けて、ハッピーエンドになるんじゃなかったっけ?

兄妹で従兄妹同士って、結ばれる要素0じゃん。


ん?待てよ。

もしかして禁断?

結ばれないのに、愛し合っちゃうとか?

美少年王子とお姫様の禁断ラブ。

やばっ!


「おい。話を聞いているか?」

「あっ、はい。」

ハーキムさんに悟られてはまずい妄想を、頭の中から取り払う。

「なぜ俺がこの話をしたかと言うとだな。」

何が急に"俺"よ。

ジャラールさんの前では、私~とか言ってるくせに。

「ジャラール様とお近づきになるな。」

「は?」

テレビでしか聞いた事がない単語が、宙を舞う。


「どういう事ですか?」

「必要以上に、ジャラール様と仲良くなるなと、申しているのだ。」

その言葉に、私は絶句。

私、そんなにジャラールさんと仲良かった?


「……何か不都合な事でもあるんですか?」

別にカッコいいとは思うけれど、ジャラールさんと仲良くして、なんか気にくわない事でも?


「ジャラール様は、王族の人間だ。そなたのような一般人が気安く言葉を交わせるお方ではない。無論、ジャラール様に気持ちを寄せたところで……」

「待った‼」

私はハーキムさんの目の前に、右手を差し出した。


「私は……ジャラールさんの事、本気で好きじゃないよ。」

それを聞いて、ハーキムさんは眉をピクリと動かす。

「本気ではないとは、どういう事だ。」

私とハーキムさんが、目を合わせる。

「それは……ただ単に憧れって言うか、王子様に出会えて、舞い上がっていると言うか……」

「要するに、妃の座を狙っているわけではないのだな。」

「き、妃?」


それって、ジャラールさんと結婚するって事?


「うわっっ!」

恥ずかしくて、顔を両手で隠した。

「どうした?」

「い、いや‼ちょっと妄想が過ぎただけ。」


ひゃあ~~

勘弁してよ、そんなに恋愛経験もないって言うのに。


「疑って悪かった。」

その時、私は初めてハーキムさんの険しい顔以外の表情を見た。

「ハーキムさん……」

「あの容姿と財産だ。己の私利私欲で手に入れたがる者は、たくさんいる。」

「はあ……」

だからと言って、私が手に入れても、なんら変わらないし、最悪、その有り難みもわからないと思うよ。

私はハーキムさんを他所に、自分の田舎草さを呪った。


それどころか、異常な眠気が私を襲う。

「そろそろクレハも眠るといい。ジャラール様のお話と、俺の話に付き合ったんだ。疲れただろう。」

「いえ。返って興味深いお話を有難うございます。」

「そうか?」

ハーキムさんに一礼しながら、ゴツゴツした枕に頭を乗せ、体を横にする。

今日はなんだか、いろんな事を知った。


でも忘れよう。

どんな生い立ちであれ、ジャラールさんはジャラールさんなんだから。


「安心して寝ろ。何かあれば俺がお前を助ける。」

「なんかそれっぽい事、ジャラールさんにも言われました。」

「はははっ!」

ハーキムさんの笑い声をバックに、私は目を閉じた。


異国の国。

知らない人達。

ベッドもない。

お腹いっぱいのご飯もない。

なのに私の胸の中は、いっぱいだった。


明日も灼熱の太陽の下、あの二人とラクダの背に乗って、旅をしているのかしら。
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