月夜の砂漠に紅葉ひとひら

日下奈緒

文字の大きさ
上 下
6 / 32
砂漠の中の城

しおりを挟む
「他には?」

「えっ?」

お腹を押さえながら、ジャラールさんを見た。

「日本がどんな国か教えてくれ。」

「ああ……」

心なしか、ジャラールさんの瞳が、キラキラ光っている。


「日本は四季があって、それぞれの季節を楽しんでいます。」

「四季?」

「春、夏、秋、冬と4つの季節があるんです。」

「へえ……砂漠は一年中、こんな感じだ。季節とはどんなものなのだろうか。」

季節がない。

そんな人達に、上手く伝わるかな。


「春は花の季節です。たくさんの種類が咲き乱れます。夏は太陽の季節。この砂漠のよう。秋は、木の葉かな。冬は雪の季節なんです。」

こうして話してみると、季節があるって、とても有り難い事みたい。

「こうして聞くと、日本は美しい国なんだな。」

「はい。色々な季節に囲まれて、とてもいい国だと思います。」


今までそんな事意識した事なかったのに、この時は素直にそんな言葉を言えた。

「そうだ。私の名前も季節を表す言葉なんですよ!」

「クレハが?」

あれ? なんだかこの話題は、食い付きがよさそうだ。


「えっと……さっき日本には四季があるって言ったんですけど、その秋という季節なんです。」

「アキ……」

「一番暑い季節から、一番寒い季節になるまでの間の名前なんです。木の葉が地面に落ちる前に、緑色から赤や黄色に色づくんです。それを"紅葉"と言って……それが私の名前の由来なんです。」

ちょっと自分の名前を、こんな風に説明するなんて、恥ずかしくて照れる。


「季節の名か。素敵な名前だ。」

「ありがとうございます。」

ジャラールさんだったら、そう言ってくれると思ってた。

素敵な名前って、顔がニンマリする。


「我々の名前にもちょっとした意味がある。例えばハーキムは"督智あふれる者"だ。」

「えっ‼ハーキムさん、すごい!!」

ハーキムさんは、それでも表情一つ、動かさない。

「じゃあ、ジャラールさんは?」

「私か?」

ジャラールさんは、寂しそうに微笑んだ後、こう言った。

「私の名は、大したものではない。」

名前にそんな事あるのかなと思ったけれど、ジャラールさんがあまりにも寂しそうだったから、それ以上は追及しないようにした。


「それよりも、もっと日本の事を聞かせてくれ。」

そう言ったジャラールさんの顔に、少しだけ笑顔が戻ったから、ここぞとばかりに日本の事を話して、その笑顔を絶やさぬようにした。

その成果が実ったのか、ジャラールさんとハーキムさんは、終始笑顔。

私は夢の中で、更に夢のような時間を過ごした。


しばらくして、ハーキムさんがウトウトし始めた。

「そろそろ休もうか。」

ジャラールさんのその一言で、ハーキムさんが目を覚ました。

「はい。」

返事をしたハーキムさんは、近くにあった木を、火の中に投げ入れた。

「ハーキム、先に休め。」

「いえ、私は起きてます。ジャラール様がお休み下さい。」

するとジャラールさんは、ハーキムさんの肩にそっと触れた。

「最近ずっと休んでいなかっただろう。疲れているんだ。今日は先に休め。」

「ジャラール様……」

二人には悪いけれど、イケメン二人。

しかも一方は、美少年。

勝手ながら、BLみたいなものを想像してしまう。


「ではすみません。今日は先に休ませて頂きます。」

するとハーキムさんは、荷物を枕にすると体を横にした。

スースーと聞こえる寝息。

横になってものの数秒で、ハーキムさんは寝てしまった。


「ハーキムさん、寝るの早い。」

「ハーキムは、数時間しか寝ていないのに目覚めも早い。それが習慣になっていると言えばそうだが、それでも凄い。」

すぐ近くで、火がパチパチ言っている。

ハーキムさんがぐっすり眠っているのを見て、ジャラールさんは軽く微笑んでいる。


またもや、有らぬ想像が私の頭の中を駆け巡る。

すみません、二人とも。

私は頭の上をパタパタと、手で振り払った。

「クレハ。」

「はっ、はい!」

変な想像してたのが、バレたかな。

「クレハも休め。明日も強い日差しの中を移動するぞ。」

「はい……」


私もハーキムさんの真似をして、荷物を枕にした。


頭や頬に、ゴツゴツした物が当たる。

いつも寝ているあのフカフカの枕とは、全く違う。

ハーキムさん、よくこんな物を枕にして、スヤスヤ眠れるな。


「どうした?クレハ。」

こんな時、優しく話しかけてくれるのは、決まってジャラールさんだ。

「あっ、いや。何でもないです。」

だけどジャラールさんは、私の些細な変化も見逃さなかった。


「眠れぬのなら、私と一緒に起きているか?」

私はそっと体を起こした。

「いいんですか?」

「ああ。それに敵が攻めてくるのであれば、夜更けだ。側にいてくれていた方が助かる。」

背中がヒヤッとする。

「て、敵?」

現実にはあまり聞かない言葉に、改めてここは別世界なのだと思い知る。

そんな私を見て、ジャラールさんは、にっこり微笑んだ。

「安心しろ、クレハ。何かあったら私がクレハを守る。」

心臓がドキッとした。

さっきまで背中が冷たかったのに、今は体が熱い。


美少年に守るって言われて、ドキドキしない女はいないと思う。


「そうだ、クレハ。上を見てごらん。」

「えっ?」

ジャラールさんに言われるがまま、上を見上げると、壁に開いている穴からたくさんの星空が。

「うわ~……綺麗。」


満天の星空。

きっとこの事を言うんだなと、思った。


そして、その満天の星空に、アクセントをつけているのが、ぽっかり浮かぶ金色の月。

あまりにも美し過ぎて、勝手に涙が出てきた。


「あっ、ごめんなさい。泣いたりして。」

するとジャラールさんの指が、私のこぼれ落ちる涙を拭ってくれた。

「ジャラールさん。」

「いいんだ。クレハの気持ちはわかる。」

そしてその笑顔に、また吸い込まれそうになった。

どうしてジャラールさんは、こんなにも人の気持ちに寄り添えるんだろう。

その気持ちが温かくて、胸がジーンとする。


その時、ハーキムさんがムクッと起き上がった。

その瞬間、ジャラールさんが刀を持つ。

思わず体が、ビクッと反応する。

「……敵か?」

「いえ、ジャラール様。今度は私が起きていますから、お休みになって下さい。」

「数時間しか寝ていないだろう。もっと休め、ハーキム。」

「私は元々、数時間寝るだけで、事足ります。」


私は膝を抱えた。


「そうか……じゃあ悪いが、休ませて貰うよ。」

「はい。」

そして、ハーキムさんとジャラールさんは交代。

ジャラールさんも、荷物を枕にして、寝てしまった。

「えっと……私も、そろそろ寝ますね。」

「ああ。」

ハーキムさんは、私相手だと素っ気ない。


またゴツゴツした荷物を枕にして、目を閉じた。

なんだかまだ、ジャラールさんとお話したかったな。


「ジャラール様は、何か仰ってたか?」

急に聞こえてきた、ハーキムさんの声。

「えっ……」

無視することもできずに、それとなく起き上がる。

「何も話しては、おられなかったか。」


なぜ、そんな事聞くのかわからなかったけれど、たぶんハーキムさんは、ジャラールさんの事、心配しているんだと思う。

「えっと……星が綺麗だとか、月が綺麗だとかそんな話はしましたけど……」

「星?月?」

「はい。」

ハーキムさんは、しばらくした後、フッと笑みを浮かべた。


「そうか。少しでもジャラール様の気持ちが、癒されればよろしいのだが。」

癒される?

私は気になって、ハーキムさんの隣に陣取った。

「ジャラールさんは、星とか月が好きなんですか?」

「はははっ。」

静かに笑うハーキムさんは、ゆっくりと辺りを見回した。


「この場所は、ジャラール様の母君様の故郷なのだ。」

「お母さんの?ここが?」

改めて周りを見たが、どう見たって白い壁しか見当たらない。

「ここに来る前に、昔は支配者の宮殿だったと、お前に教えただろう。」

「そうでした。」

私はおでこをペチっと叩いた。

ちらっとハーキムさんを見たけれど、また表情一つ変えない。

ときわや光清だったら、笑ってくれるのに。

プチホームシック。


そして、ちょっとした事に気づく。

「ここが宮殿だったって事は、ジャラールさんのお母さんもお姫様だったの?」

「ああ。母君様のお美しさは、アラブ諸国でも群を抜いていた。」

「だからジャラールさんは、美少年なのね。」

ハーキムさんは、うんと頷いた。


「ジャラール様の父君である現王がまだ、王子だった頃。たまたま訪れたこの宮殿で、母君と恋に落ちた。小国の姫君だったが、父君が前王を説得し、妃に迎えたのだ。」

「ひゃあ!何その大恋愛。」


砂漠の中での運命的な出会い!

しかも身分違いを乗り越えるなんて!
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

私の入る余地なんてないことはわかってる。だけど……。

さくしゃ
恋愛
キャロルは知っていた。 許嫁であるリオンと、親友のサンが互いを想い合っていることを。 幼い頃からずっと想ってきたリオン、失いたくない大切な親友であるサン。キャロルは苦悩の末に、リオンへの想いを封じ、身を引くと決めていた——はずだった。 (ああ、もう、) やり過ごせると思ってた。でも、そんなことを言われたら。 (ずるいよ……) リオンはサンのことだけを見ていると思っていた。けれど——違った。 こんな私なんかのことを。 友情と恋情の狭間で揺れ動くキャロル、リオン、サンの想い。 彼らが最後に選ぶ答えとは——? ⚠️好みが非常に分かれる作品となっております。

王太子妃は離婚したい

凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。 だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。 ※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。 綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。 これまで応援いただき、本当にありがとうございました。 レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。 https://www.regina-books.com/extra/login

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

逃げて、追われて、捕まって

あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。 この世界で王妃として生きてきた記憶。 過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。 人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。 だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。 2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ 2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。 **********お知らせ*********** 2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。 それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。 ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!

ペトラ
恋愛
   ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。  戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。  前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。  悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。  他サイトに連載中の話の改訂版になります。

処理中です...