月夜の砂漠に紅葉ひとひら

日下奈緒

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図書室の奥

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それは何気ない日常から、始まった。


「修学旅行、京都だってよ。」

「うっそ~、だっさ~い!海外じゃないの~」

朝礼が始まる前、友達の加茂ときわと、源光清がこっそり教えてくれた。

「紅葉(クレハ)。どう思う?」

「どう思うって……学校で決めたんだから、しかたないじゃない。」


そりゃあ私だって、海外に行きたかった。

でも決まってしまったものは、どうしようもない。



「はい。静かに。」

担任の神崎先生が、教室に入ってきた。

「さあ、皆さん。お楽しみの修学旅行が、もうすぐに迫ってきましたね。」

先生はやたら、テンション高めだ。


「神崎ちゃん。今回の修学旅行で、実家の旅館、使って貰えるみたいだよ。」

「どうりでね~」

椅子に反り返ったり、机に伏せたり、二人は自由だ。

「って言うか、光清もときわも、なんでそこまで先生の事知ってんの?」

グテグテしている割りには、二人とも細かいところを知っている。


「はい。そこで先生から提案があります。修学旅行の前に、訪れる場所を下調べしましょう。」

「ええ~!!」

教室中にブーイングが飛ぶ。

「騒がない‼これから図書室に移動しますよ。」

旅館の一人娘なのに、こんなうるさい高校生達を上手に仕切っているのを見ると、人間は一人立ちすると変わるんだなと思う。

なんだかんだ言って、生徒達は神崎先生の言う通り、図書室に移動した。


「それでは、修学旅行のグループ事に、修学旅行で行く観光地をリサーチして下さいね。」

神崎先生の一声で、生徒達が本棚へと向かって行く。

図書室には、思ったよりも観光向けの本が置いてあって、みんなはすぐに盛り上がった。


私と同じときわと光清は、それでもテンションが低い。

「俺の家、ばあさん家が京都だから、観光地は結構把握してんだよね。」

あぐらをかく光清。

「私の家は、別荘が京都にあるのよ。毎年行ってるわ。第二の故郷的な感じよ。」


爪を観察するときわ。

ちなみに一般ピーポーの私は、恥ずかしながらまだ京都へ行った事がない。

みんなは海外へ行きたがっていたようだか、私は心の中じゃ嬉しがっていた。


「紅葉は調べた方がいいでしょ?」

ときわの無邪気な嫌みに堪える。

「そうだね。私、京都の本持ってくるね。」

立ち上がって、本棚へと向かった。

「俺も行くよ。」

光清が付き添ってくれた。


図書室は奥側半分が、本棚になっていた。

「へえ。図書室って、いろんな本あるんだ。」

あまり来た事のない私は、興味津々。

「うちの学校の図書室、結構本は多いよ。」

光清が後ろから付いてくる。

「よく知ってるね。」

「俺、結構図書室来るんだ。」

見た目+学校の成績も上位に入る光清。

"図書室によく来る"と聞いても、全く驚かない。


二人で本棚を見ながら歩いていると、ある一帯に人が集中していた。

おそらくあそこに、京都関係の本が、あるのだろう。


「あっ、源君!」

ルックスのいい光清は、隙を見せるとあっと言う間に、クラスの女子に囲まれる。

一緒にいたはずの私は、その輪の中から弾き飛ばされた。

輪の中から、光清が"ごめん"と手を合わせている。


しょーがない。

女子達が落ち着くまで、他を探索するか。


私は、ため息つきながら、元来た道を戻った。

本棚の端に着いて、周りをキョロキョロする。

左側から来たから、右側に行くか。


右に曲がって、隣の本棚を見て回った。

そこには、小説や物語の本が、たくさん置いてあった。

「こっちの方が、面白そう。」

ちょっとワクワクしながら、一つ一つ本のタイトルを見ていた。

それだけでも、どんな物語なのか想像できて楽しい。


そして、丁度本棚の真ん中に来た時だ。

アラビア語で書かれている本を見つけた。

「なんて読むんだろう。」

恐る恐るその本を手にし、表紙を開いてみた。


砂漠のイラストが書かれている。

ラクダに乗った人が二人。

月夜も書かれていた。


「旅のお話?」

全く読めない文字を横目に、想像だけが膨らんだ。

ページを捲る度に、その量は増えていった。

次々に現れる砂漠のイラストも、その手伝いをした。

やがて砂漠にオワシスが描かれ、そこに辿り着いた旅人は、綺麗な宝石を手にする。

その宝石を手に入れた二人は、王宮らしき豪邸に帰り、旅人の一人は、美しい女の人にその宝石を渡す。


「何、これ?このお姫様に、宝石探してあげるお話?」

それはそれで、めでたいのか?

最後は渡した旅人と、美しいお姫様は結ばれてるようだし、ハッピーエンドじゃん。

うんうん。

バットエンドは、読んでて悲しいし、あんまり面白くないよね。

やっぱり物語は、ハッピーエンドじゃなきゃ!


「ごめんごめん、紅葉。」

光清が慌てて、側に来た。


「なんとか京都の本、持って来れたよ。これで調べよう、紅葉。って、何?その本?」

「ああ……」

私はチラッと、主人公二人が結ばれるイラストを見た。


ジャラールとネシャート。


アラビア語はわからないはずなのに、それだけは読めた。

「紅葉?」

「うん。旅のお話だったみたい。」

「へえ。」

私は本棚も見ずに、その本を押し込もうとした。

するとカシャーンと、何かが落ちた音がした。

「あちゃー。」

床を見ると、それは本ではなくペンダントらしき物。

しかも綺麗な緑色の石が付いていた。


「えっ、どこから落ちたんだろ。」

拾って辺りを見回したけれど、そこは図書室の本棚。

思い当たる場所は、見つからない。

「紅葉?」

光清に呼ばれ、ハッとする。

「今行く。」

私はそのペンダントをスカートのポケットに入れ、光清の元に戻った。









そしてこのペンダントが、全ての始まりだった。
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