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第4章 もう決めた

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翌日、目覚ましが鳴ったのは、7時だった。

「……眠れなかった。」

あまりの緊張に、一睡もできなかった。

「あー。初日から遅刻できない。」

なんとかベッドから這いあがって、朝ご飯を食べた後に、身支度を整えた。

「こんな感じでいいかな。」

黒のストライプのスーツに、薄い化粧。

あまり派手な物ではない方が、得策だ。

「よし!」

私は両頬を両手で叩いて、気合を入れた。

黒のパンプスを履くのも、1か月ぶりだ。


昨日、会社のビルから帰って来た逆方向を歩き、乗って帰って来た地下鉄に乗る。

3番目の駅で乗り換えて、次の駅だ。

地下鉄を降り駅を出て地上に上がると、みんな一斉に、同じビルを目指して歩いている。

きっと、折橋さんの会社の人達なんだろう。


何かに吸い込まれるように、みんなガラス張りのビルの中の入り、エレベーターに乗って、それぞれの持ち場に散っていく。

そんな中、私は最上階までエレベーターで行った。

予想はしていたけれど、最上階まで来た人は、私一人。

あんなに、人込みでざわついていたエレベーターの中は、シーンと静まり返っていた。


エレベーターの扉が開き、社長室まで行く。

「おはようございます。」

そーっと社長室に入ると、既に折橋さんと内本さんが、打ち合わせをしている最中だった。

「おはよう、つむぎさん。」

「おはよう、ございます。」

何だか場違いなところに来たみたいで、私は無意識にドアの横に、直立不動になった。


「今日から、宜しく頼みます。」

「こちらこそ……宜しくお願い致します。」

なんかまたヘコヘコしちゃって、私、昨日と変わらないじゃん。

「では、内本君。頼むよ。」

「はい、社長。」

折橋さんに言われ、内本さんがツカツカと私の元へやってきた。


「おはようございます。」

「おはよう……ございます。」

「挨拶はもっと、キビキビと元気よく!」

「はい!おはようございます!」

まさか挨拶で初日から怒られるなんて、社会人1年目を思い出す。


「では、これからの注意事項ですが。」

「えっ!!」

そして、初日から注意?

なに、私問題児扱い!?

「出社は、8時30分までにお願いします。それから、社長室のテーブルを拭いて、花を生けます。」

「花!?」

私は、両手で口を覆った。

「あなた、まさか生け花を知らないんじゃないでしょうね。」

「うっ!」

何でしょう、それは。

社長秘書ともなれば、生け花は必須!?


「まあいいでしょう。これからおいおい、習って頂きます。それから、社長に一日のスケジュールをお伝えします。」

ほっ。

それだったら、私にもできるや。

「但しこちらは、間違えると先方にご迷惑をかける事、一人で行った方が効率がよいので、私の担当とさせて頂きます。」

私はそれを聞いて、ガクッときた。

唯一、できそうな仕事だったのに~。

「朝の仕事は、ここまで。後は、社長に頼まれた書類作成や、出張の手筈、会議の準備等。そうそうあなた、パーティードレスは、お持ちですか?」

「パーティー、ど、どれす?」

「社長は、他の社長との会合で、夜お出かけになる事もあります。その際、付き添いの女性は、ドレスを着用する事になっておりますので、お持ちでないのなら、あらかじめご準備下さい。」

「は、はい。」

「以上。では、ここまで質問は?」

「……ないです。」

って言うよりも、生け花とパーティードレスの印象が強くて、他の事が頭に入らなかった。


「それでは、早速仕事に取り掛かりましょう。」

「はい!」

目まぐるしい説明の中で、内本さんの後をついて行く。

そんな中、クククッと笑い声が、聞こえてきた。

声のする方を見ると、私をこの世界に引き込んだ折橋さんが、お腹を抱えて笑っている。

「折橋さん?」

「社長!」

「は、はい。」

内本さんに、また叱られ背中が伸びる。

「いやあ、新人が来るのっていいよね。内本君、お手柔らかにお願いするよ。」

「承知しました、社長。」

本当に、お手柔らかにしてくれるのかなと思いつつ、折橋さんをチラッと見る。

笑顔で、手を振る折橋さん。

のん気な顔をしている。

人の気も知らないで。


「水久保さん。行きますよ。」

「はい!」

私はロボットみたいに、カクカク歩きながら、内本さんの後をついて行った。

そしてまた後ろから、クククッと言う声がする。

もう敢えて、振り向かずにおこう。


そして私と内本さんは、社長室を出てエレベーターホールで、待つ事になった。

「今から下の階に行って、今日の会議の書類の原稿を貰ってきます。」

「はい!」

「それと。」

内本さんは、気取った感じで私を、チラッと見た。

「水久保さんは、社長と仲がよろしいようですが。」

「え、ええ。」

仲がいい。

ここは、社長からプロポーズされた事は、黙っておいた方がいいのだろう。

「ここは会社です。公私混同は、止めて下さい。」

すると、エレベーターの扉が開き、無駄のない動きで、内本さんはその中に入った。

「早く。」

「はい。」

もはや、私は危機感を感じている。


言う事は当たっているのだろうけど、勤務初日にここまで言いたい事をズバズバ言う人と、私はこれからやって行けるのだろうか。


内本さんとの間に、微妙な隙間を保ったまま、エレベーターは1階まで辿り着いた。

エレベーターの扉が開くと、内本さんはツカツカと、部署の方へ歩いて行く。

それについて行くのに、私は精一杯だ。

「あの……」

「何でしょう。」

私はもう息が切れていると言うのに、内本さんは立ち止まってもくれない。

「こんなに……早く……動かなきゃ……ならないので……しょうか。」

「これから各階を回って、資料を集める事までは、お話しましたね。」

「は……い……」

「その後に、社長室へ戻ってそれをコピー。製本、会議室の準備となります。それだけならまだしも、私達は他にも仕事を抱えています。ゆっくりと、のんびりしている暇は、はっきり言ってありません。」

私は心の中で、ひぃーっと叫んだ。


私がそんな状況になっている中、内本さんはさっさと、オフィスの中に入って行く。

「部長。今日の会議の書類、受け取りに参りました。」

「ああ、内本ちゃん。ご苦労様ね。」

部長と言われた人は、内本さんの後ろにいる、私に気づいた。

「内本ちゃん、その子は?」

「この方は、今日から社長秘書になりました、水久保つむぎさんです。どうかよろしくお願いします。」

私が言わなきゃいけない事を、内本さんはスラッと言って、頭を下げている。

「へえ。秘書は、忙しいからね。例えば、こんなおじさんの面倒とか。」

部長は、内本さんの体を触ろうとしている。

ウワォ!

この昨今、堂々とセクハラしようとする人がいるの!?

なのに、慣れた手つきで内本さんは、部長の手を交わしている。

「いいえ。では、また来月お願いします。」

そしてあっという間に、1階のオフィスを出た。


「次は、2階です。」

直ぐにエレベーターに乗り、2階へ。

「あの……いつも、あんな風なんですか?」

「あんな風とは?」

「その……体、障ってきたり……」

その途端、エレベーターの扉が開く。

「さあ、行きますよ。」

「あっ……」

って、私まださっきの答え、聞いてないんだけど。


そして内本さんは、さっきのように、資料の受け取り、私の紹介を終えると、また部長の魔の手を交わして、2階のオフィスを出た。
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