6 / 18
第5話 恋人
しおりを挟む
学校が休みの日。
美和子は家で、ゆっくり庭の花を眺めていた。
ふと母親を見ると、忙しそうに廊下を行き来している。
「お母さん、今日何かあるの?」
美和子は呑気に尋ねた。
「お客様が来るのよ。」
「お客様?」
美和子は、首を傾げた。
「あら、聞いてないの?」
「聞いてないって……誰がいらっしゃるの?」
美和子が改めて聞いた。
「征太郎さんのお相手よ。」
「お相手って?」
「恋人よ。」
「恋人!?」
美和子は、口を開けて驚いた。
「何をそんなに、驚いているの?」
「だって恋人よ!」
美和子の手に、力が入る。
「征太郎さんのお年だったら、いてもおかしくないでしょう?」
「……そうだけど。」
美和子にはいまいち、ピンとこない。
「兄さん、結婚するつもりなのかしら。」
美和子がそう言うと、母は笑っていた。
「美和子は本当に、征太郎さんが好きなのね。」
美和子は笑っている母を他所に、玄関へと向かった。
兄の恋人だという人。
どんな人なのかしら。
美和子は今、それだけが気になっていた。
玄関へ向かう途中、美和子は廊下から、征太郎と恋人らしき人を見た。
清楚で、水色の着物が似合う人。
どこかしら、母の瞳子を思わせる人だった。
玄関が開き、二人が家の中へ入ってきた。
「美和子。」
征太郎はちょうど、玄関へ着いた美和子に気づく。
「美和子、こちら高部雪子さん。雪子、妹の美和子だよ。」
「はじめまして、美和子さん。」
「はじめまして…」
そう挨拶を交わすと、征太郎と雪子は客間へと、歩いて行った。
見た目だけではなく、挨拶をする仕草も、雪子は母に似ている。
「どう?なかなかいい方でしょう?雪子さん。」
振り返ると、瞳子が後ろに立っていた。
「お母さん、前にお会いしたことがあるの?」
「何回かね。あなたが学校へ行ってる間よ。」
「そう。」
「いつも道場で、お見かけしてたの。だから一度、家に遊びにいらっしゃいとお誘いしたのよ。」
美和子は、自分だけが知らなかったことに、胸が痛くなった。
「美和子、早く客間に来るのよ。」
瞳子はお茶とお菓子を持って、客間へ行ってしまった。
美和子もそれに続いて少し歩くと、そこからは客間を覗く事ができた。
自分が知らない人。
自分が知らない二人の関係。
自分の知らない兄。
美和子は一人だけ、取り残された気分になっていた。
そんな美和子に、征太郎は客間から、手招きをした。
「美和子、そこに立っていないで、こちらに来なさい。」
征太郎に言われるまま、美和子は客間に入り、瞳子の隣に座った。
「可愛らしい方ね。美和子さんは、おいくつでいらっしゃるの?」
「17になります。」
「じゃあ、来年で学校は終わり?」
「はい。」
雪子は次々と、美和子に質問を投げかけた。
「美和子さんは、学校を卒業なされたらどうするの?」
「え?」
美和子にとっては、思ってもいない質問だった。
学校を卒業すれば、そのまま結婚すると、思っていたからだ。
「雪子はね、女性では珍しく、洋裁の学校に通ってるんだよ。」
征太郎は、雪子を自慢げに語った。
「洋裁の学校…」
「そうよ。これからは、お着物だけの時代ではなくなってくるわ。」
美和子は急に、雪子が芯の強い女性に見えた。
「まあ、雪子さんはしっかりなさっているのね。美和子にも何かさせようかしら。」
瞳子が笑ったことで、その場は和やかな雰囲気になったが、美和子は心の底から笑えなかった。
「雪子さんは、おいくつなんですか?」
美和子は逆に、雪子に尋ねた。
「私?私は二十歳になったばかりよ。」
「兄とはどこで、知り合ったんですか?」
征太郎と雪子は、お互い顔を見合わせた。
「美和子、そんなこと…」
隣にいた瞳子が、美和子を止める。
「いいでしょう?だって気になるんだもの。」
征太郎が照れながら、雪子を見るのも気になる。
「うちの道場で、知り合ったんだよ。」
征太郎が答えた。
「雪子の弟が、うちの道場に通っていてね。ある日、弟に用があって雪子が道場に来たんだ。それが知り合った、きっかけかな。」
二人がその時の事を思い出して、顔を合わせた時だ。
美和子の心が、ズキンと痛んだ。
まだ見合い結婚が多いこの時代。
この二人は、本当にお互いを好きになり、一緒にいるのだ。
「私、用事を思い出したわ。」
美和子はその場に、居ても立っても居られなくなり、立ち上がった。
「美和子?」
征太郎の声がしたのに美和子は、聞こえないふりをして客間を出た。
美和子は自分の部屋に着いた途端、大粒の涙を流し始めた。
なぜそんなものが、零れ落ちるのか。
美和子には、理由すら分からなかった。
しばらくして、瞳子の声がした。
「美和子、ご飯よ。」
ああ、もうそんな時間なのか。
ずっと泣いていた美和子は、どのくらいの時間が過ぎたのか分からなかった。
しかし美和子は、食事が喉を通るような状態ではなかった。
美和子はそのまま、部屋でうずくまっていた。
しばらくして、征太郎が美和子の部屋の前に、やってきた。
「美和子?」
優しく声をかけたが、美和子から返事はない。
「入るぞ。」
征太郎は部屋に入ると、美和子は背中を見せて、横になっていた。
「美和子、ご飯だぞ。」
「うん…」
美和子は元気がなかった。
「早く来なさい。」
美和子は黙ったままだった。
「食べたくないのか?」
「うん…」
「どうした?珍しいじゃないか。」
征太郎にそう言われても、美和子は黙ったままだ。
美和子は具合が悪くて、伏せっているんじゃない。
征太郎には、分かっていた。
「後でお腹が空いても、知らないぞ。」
征太郎はそう言って、部屋を出て行ってしまった。
「兄さんのばか…」
征太郎は悪くない。
美和子には、それが分かっていた。
だが兄が、誰かのものになるなど思いもしなかった。
兄を誰にも渡したくない。
そんなことを考えると、美和子はまた、涙が出てくるのだった。
美和子は家で、ゆっくり庭の花を眺めていた。
ふと母親を見ると、忙しそうに廊下を行き来している。
「お母さん、今日何かあるの?」
美和子は呑気に尋ねた。
「お客様が来るのよ。」
「お客様?」
美和子は、首を傾げた。
「あら、聞いてないの?」
「聞いてないって……誰がいらっしゃるの?」
美和子が改めて聞いた。
「征太郎さんのお相手よ。」
「お相手って?」
「恋人よ。」
「恋人!?」
美和子は、口を開けて驚いた。
「何をそんなに、驚いているの?」
「だって恋人よ!」
美和子の手に、力が入る。
「征太郎さんのお年だったら、いてもおかしくないでしょう?」
「……そうだけど。」
美和子にはいまいち、ピンとこない。
「兄さん、結婚するつもりなのかしら。」
美和子がそう言うと、母は笑っていた。
「美和子は本当に、征太郎さんが好きなのね。」
美和子は笑っている母を他所に、玄関へと向かった。
兄の恋人だという人。
どんな人なのかしら。
美和子は今、それだけが気になっていた。
玄関へ向かう途中、美和子は廊下から、征太郎と恋人らしき人を見た。
清楚で、水色の着物が似合う人。
どこかしら、母の瞳子を思わせる人だった。
玄関が開き、二人が家の中へ入ってきた。
「美和子。」
征太郎はちょうど、玄関へ着いた美和子に気づく。
「美和子、こちら高部雪子さん。雪子、妹の美和子だよ。」
「はじめまして、美和子さん。」
「はじめまして…」
そう挨拶を交わすと、征太郎と雪子は客間へと、歩いて行った。
見た目だけではなく、挨拶をする仕草も、雪子は母に似ている。
「どう?なかなかいい方でしょう?雪子さん。」
振り返ると、瞳子が後ろに立っていた。
「お母さん、前にお会いしたことがあるの?」
「何回かね。あなたが学校へ行ってる間よ。」
「そう。」
「いつも道場で、お見かけしてたの。だから一度、家に遊びにいらっしゃいとお誘いしたのよ。」
美和子は、自分だけが知らなかったことに、胸が痛くなった。
「美和子、早く客間に来るのよ。」
瞳子はお茶とお菓子を持って、客間へ行ってしまった。
美和子もそれに続いて少し歩くと、そこからは客間を覗く事ができた。
自分が知らない人。
自分が知らない二人の関係。
自分の知らない兄。
美和子は一人だけ、取り残された気分になっていた。
そんな美和子に、征太郎は客間から、手招きをした。
「美和子、そこに立っていないで、こちらに来なさい。」
征太郎に言われるまま、美和子は客間に入り、瞳子の隣に座った。
「可愛らしい方ね。美和子さんは、おいくつでいらっしゃるの?」
「17になります。」
「じゃあ、来年で学校は終わり?」
「はい。」
雪子は次々と、美和子に質問を投げかけた。
「美和子さんは、学校を卒業なされたらどうするの?」
「え?」
美和子にとっては、思ってもいない質問だった。
学校を卒業すれば、そのまま結婚すると、思っていたからだ。
「雪子はね、女性では珍しく、洋裁の学校に通ってるんだよ。」
征太郎は、雪子を自慢げに語った。
「洋裁の学校…」
「そうよ。これからは、お着物だけの時代ではなくなってくるわ。」
美和子は急に、雪子が芯の強い女性に見えた。
「まあ、雪子さんはしっかりなさっているのね。美和子にも何かさせようかしら。」
瞳子が笑ったことで、その場は和やかな雰囲気になったが、美和子は心の底から笑えなかった。
「雪子さんは、おいくつなんですか?」
美和子は逆に、雪子に尋ねた。
「私?私は二十歳になったばかりよ。」
「兄とはどこで、知り合ったんですか?」
征太郎と雪子は、お互い顔を見合わせた。
「美和子、そんなこと…」
隣にいた瞳子が、美和子を止める。
「いいでしょう?だって気になるんだもの。」
征太郎が照れながら、雪子を見るのも気になる。
「うちの道場で、知り合ったんだよ。」
征太郎が答えた。
「雪子の弟が、うちの道場に通っていてね。ある日、弟に用があって雪子が道場に来たんだ。それが知り合った、きっかけかな。」
二人がその時の事を思い出して、顔を合わせた時だ。
美和子の心が、ズキンと痛んだ。
まだ見合い結婚が多いこの時代。
この二人は、本当にお互いを好きになり、一緒にいるのだ。
「私、用事を思い出したわ。」
美和子はその場に、居ても立っても居られなくなり、立ち上がった。
「美和子?」
征太郎の声がしたのに美和子は、聞こえないふりをして客間を出た。
美和子は自分の部屋に着いた途端、大粒の涙を流し始めた。
なぜそんなものが、零れ落ちるのか。
美和子には、理由すら分からなかった。
しばらくして、瞳子の声がした。
「美和子、ご飯よ。」
ああ、もうそんな時間なのか。
ずっと泣いていた美和子は、どのくらいの時間が過ぎたのか分からなかった。
しかし美和子は、食事が喉を通るような状態ではなかった。
美和子はそのまま、部屋でうずくまっていた。
しばらくして、征太郎が美和子の部屋の前に、やってきた。
「美和子?」
優しく声をかけたが、美和子から返事はない。
「入るぞ。」
征太郎は部屋に入ると、美和子は背中を見せて、横になっていた。
「美和子、ご飯だぞ。」
「うん…」
美和子は元気がなかった。
「早く来なさい。」
美和子は黙ったままだった。
「食べたくないのか?」
「うん…」
「どうした?珍しいじゃないか。」
征太郎にそう言われても、美和子は黙ったままだ。
美和子は具合が悪くて、伏せっているんじゃない。
征太郎には、分かっていた。
「後でお腹が空いても、知らないぞ。」
征太郎はそう言って、部屋を出て行ってしまった。
「兄さんのばか…」
征太郎は悪くない。
美和子には、それが分かっていた。
だが兄が、誰かのものになるなど思いもしなかった。
兄を誰にも渡したくない。
そんなことを考えると、美和子はまた、涙が出てくるのだった。
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
さんかく片想い ―彼に抱かれるために、抱かれた相手が忘れられない。三角形の恋の行方は?【完結】
remo
恋愛
「めちゃくちゃにして」
雨宮つぼみ(20)は、長年の片想いに決着をつけるため、小湊 創(27)に最後の告白。抱いてほしいと望むも、「初めてはもらえない」と断られてしまう。初めてをなくすため、つぼみは養子の弟・雨宮ななせ(20)と関係を持つが、―――…
【番外編】追加しました。
⁂完結後は『さんかく両想い』に続く予定です。
同期の御曹司様は浮気がお嫌い
秋葉なな
恋愛
付き合っている恋人が他の女と結婚して、相手がまさかの妊娠!?
不倫扱いされて会社に居場所がなくなり、ボロボロになった私を助けてくれたのは同期入社の御曹司様。
「君が辛そうなのは見ていられない。俺が守るから、そばで笑ってほしい」
強引に同居が始まって甘やかされています。
人生ボロボロOL × 財閥御曹司
甘い生活に突然元カレ不倫男が現れて心が乱される生活に逆戻り。
「俺と浮気して。二番目の男でもいいから君が欲しい」
表紙イラスト
ノーコピーライトガール様 @nocopyrightgirl
鬼上司は間抜けな私がお好きです
碧井夢夏
恋愛
れいわ紡績に就職した新入社員、花森沙穂(はなもりさほ)は社内でも評判の鬼上司、東御八雲(とうみやくも)のサポートに配属させられる。
ドジな花森は何度も東御の前で失敗ばかり。ところが、人造人間と噂されていた東御が初めて楽しそうにしたのは花森がやらかした時で・・。
孤高の人、東御八雲はなんと間抜けフェチだった?!
その上、育ちが特殊らしい雰囲気で・・。
ハイスペック超人と口だけの間抜け女子による上司と部下のラブコメ。
久しぶりにコメディ×溺愛を書きたくなりましたので、ゆるーく連載します。
会話劇ベースに、コミカル、ときどき、たっぷりと甘く深い愛のお話。
「めちゃコミック恋愛漫画原作賞」優秀作品に選んでいただきました。
※大人ラブです。R15相当。
表紙画像はMidjourneyで生成しました。
再会したスパダリ社長は強引なプロポーズで私を離す気はないようです
星空永遠
恋愛
6年前、ホームレスだった藤堂樹と出会い、一緒に暮らしていた。しかし、ある日突然、藤堂は桜井千夏の前から姿を消した。それから6年ぶりに再会した藤堂は藤堂ブランド化粧品の社長になっていた!?結婚を前提に交際した二人は45階建てのタマワン最上階で再び同棲を始める。千夏が知らない世界を藤堂は教え、藤堂のスパダリ加減に沼っていく千夏。藤堂は千夏が好きすぎる故に溺愛を超える執着愛で毎日のように愛を囁き続けた。
2024年4月21日 公開
2024年4月21日 完結
☆ベリーズカフェ、魔法のiらんどにて同作品掲載中。
身代わりお見合い婚~溺愛社長と子作りミッション~
及川 桜
恋愛
親友に頼まれて身代わりでお見合いしたら……
なんと相手は自社の社長!?
末端平社員だったので社長にバレなかったけれど、
なぜか一夜を共に過ごすことに!
いけないとは分かっているのに、どんどん社長に惹かれていって……
好きな男子と付き合えるなら罰ゲームの嘘告白だって嬉しいです。なのにネタばらしどころか、遠恋なんて嫌だ、結婚してくれと泣かれて困惑しています。
石河 翠
恋愛
ずっと好きだったクラスメイトに告白された、高校2年生の山本めぐみ。罰ゲームによる嘘告白だったが、それを承知の上で、彼女は告白にOKを出した。好きなひとと付き合えるなら、嘘告白でも幸せだと考えたからだ。
すぐにフラれて笑いものにされると思っていたが、失恋するどころか大切にされる毎日。ところがある日、めぐみが海外に引っ越すと勘違いした相手が、別れたくない、どうか結婚してくれと突然泣きついてきて……。
なんだかんだ今の関係を最大限楽しんでいる、意外と図太いヒロインと、くそ真面目なせいで盛大に空振りしてしまっている残念イケメンなヒーローの恋物語。ハッピーエンドです。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりhimawariinさまの作品をお借りしております。
推活♡指南〜秘密持ちVtuberはスパダリ社長の溺愛にほだされる〜
湊未来
恋愛
「同じファンとして、推し活に協力してくれ!」
「はっ?」
突然呼び出された社長室。総務課の地味メガネこと『清瀬穂花(きよせほのか)』は、困惑していた。今朝落とした自分のマスコットを握りしめ、頭を下げる美丈夫『一色颯真(いっしきそうま)』からの突然の申し出に。
しかも、彼は穂花の分身『Vチューバー花音』のコアなファンだった。
モデル顔負けのイケメン社長がヲタクで、自分のファン!?
素性がバレる訳にはいかない。絶対に……
自分の分身であるVチューバーを推すファンに、推し活指南しなければならなくなった地味メガネOLと、並々ならぬ愛を『推し』に注ぐイケメンヲタク社長とのハートフルラブコメディ。
果たして、イケメンヲタク社長は無事に『推し』を手に入れる事が出来るのか。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる