憧憬坂~薄紅の頃~

日下奈緒

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第3話 出会い

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ある日の学校帰りの事。

突然の雨に降られた美和子は、佐樹子の傘に入れてもらい、途中まで一緒に帰ってきた。

「本当にここでいいの?美和子さん。」

「ええ。ここまで来れば、後は楽ですもの。」


佐樹子の家は、美和子の家とは逆方向にあった。

自分を送って、帰りが遅くなったら危ない。

美和子の本音は、そうだった。


「じゃあ、美和子さん。気を付けてね。」

「ええ、佐樹子さんも。ここまで送って下さって、助かったわ。ありがとう。」

「いいえ。いつでもおっしゃって。」

佐樹子は気にしてないという顔で、笑顔になる。

美和子にとって佐樹子は、本当にいい友達だ。


佐樹子と別れて、しばらくは雨の中を走った。

途中でお地蔵様が祀ってある、お堂を見つけた。

「あそこで、雨宿りさせてもらおう。」

美和子は急いで、その場所に向かった。


「はあ~、疲れた。」

美和子はお堂に入ると、手で袖の雨を払う。

「お地蔵様。雨が止むまで、雨宿りさせて下さい。」

美和子はそう言って、手を合わせた。


それから、どのくらい時間が過ぎただろうか。

遠くから走ってくる、足音が聞こえる。

あの人もこの雨の中、急いで家に帰るんだわ。

美和子がそう思った時だった。


美和子が雨宿りしているお堂に、その足音が入ってきた。

美和子と一緒で、服についた雨を払っている。


男の人だ。

美和子は、そのまま体が固まった。

そっと横目で、隣の人を見てみる。


黒い帽子に、黒い上着。

学生さんだ。

年は同じ頃だろうか。


「あなたも、雨宿りですか?」

その学生さんの突然の質問に、美和子は、息が止まりそうになった。

「はい…」

「それなら直に、この雨も止みますよ。」

「えっ?」

「ほら。向こうの空は、もう明るくなっている。」

美和子は、学生さんが指差す方向を見た。

「本当だわ…」

「ね?」

そう言われて、美和子は初めて、その学生さんの顔を見た。


笑顔だった。

美和子は征太郎以外の男の人と、こんなに近づいたのも初めて。

話すもの初めて。

笑顔を見るのも、初めてだった。


「雨、上がりましたね。」

学生はお堂から手を出し、雨が降っていないのを確認すると、そのままお堂から出た。

それを見た美和子も、お堂から身を乗り出した。

「家は、どちらですか?」

「え…あの…」

美和子は、恥ずかしくて下を向く。


「あ、すみません。突然そんな事聞かれても、答えられないですよね。」

「いえ…」

どうしたらいいのか。

美和子には、分からなかった。

「それにまだ、名前も名乗っていませんでした。僕は、矢坂直之と申します。」

「一ノ瀬…美和子です…」

「美和子さんですね。よろしくお願いします。」

学生さんは、帽子を取って、勢いよく頭を下げた。

「こちらこそ…」

美和子は逆に、体を曲げるのが精一杯。


「こちらの方向だと、四つ坂の方ですか?」

「あの…」

「僕は四つ坂の隣の、三木町なんですが、途中まで送りますよ。」

「え…いや……」


さっきから自分の名前を名乗った以外、まともに返事もできていない。

「さあ、行きましょう。」

直之は、美和子の前を歩き始めた。


美和子が照れながら、直之の後ろを歩いている時だ。

向こうから、知っている人が歩いてきた。

「兄さん…」

「えっ?」

間違いない。

あの姿は、兄の征太郎だ。


一方征太郎は、遠くにいる美和子の姿を見つけた。

「誰だ?美和子の隣にいるのは。」

征太郎は、足早に歩いた。

「美和子!」

「兄さん。」

美和子の声を聞いた征太郎は、走ってこちらに来る。


「美和子さんのお兄さん?」

だが征太郎は直之の前に来ると、その前に立ちはだかった。

「はじめまして。矢坂直之と申します。」

「で?」

「えっ?」

絶対に、征太郎は不機嫌だった。

「ちょっと、兄さん!」

「美和子は、黙っていなさい。」

美和子は、居ても立ってもいられなくなった。


「直之さんは、私の事を送って下さろうとしていたのよ!」

「どうしてこいつが、美和子を送らなければいけないんだ?」

「兄さん!」

見ると直之は、顔をひきつらせている。

「ああ~……ではお兄さんがいらっしゃったのなら、僕は帰りますね。」

「直之さん!」

「ではまた。美和子さん。」

そう言って直之は、一人で帰って行った。


「美和子、気安く他の男と話をするんじゃない。」

征太郎は、いつもと雰囲気が違う。

「気安くって…直之さんは優しい人よ。」

「最初は、みんなそうなんだ!」

「悪い人じゃないわよ!」

美和子も負けじと、征太郎に食い掛る。

「じゃあ、何なんだ!」

「私と直之さんは、傘を忘れてしまったの。それで雨が止むまで、お堂にいただけよ。」

「あいつと?二人で?あのお堂に?」

征太郎は、後ろに見える小さなお堂を指さした。


「そうよ…」

「何もされなかっただろうなあ。」

「だから、そんな人じゃないわよ!」

「さあっ!帰るぞ、美和子。」

征太郎は美和子の話など、聞かないと言った感じで歩き出した。

「もう~。兄さんは都合が悪くなると、すぐこれだから。」

美和子は、兄の後ろを歩きだした。


「直之さん、絶対誤解したわ。」

「何を誤解するんだ。」

「私と直之さんの関係を、兄さんが反対しているって。」

「はははっ!その通り!」

征太郎は、わざと大きな声で笑った。

「兄さんったら。直之さんはお友達よ。」

「友達ねえ…」

征太郎はもっと、不機嫌になった。


結局それから家に帰るまで、征太郎と美和子は、一言も口を利かなかった。
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