3 / 18
第2話 活動写真
しおりを挟む
ある日、美和子は征太郎から、聞きなれない言葉を聞いた。
「活動写真?」
「なんでも写真が動くそうだよ。」
征太郎は、美和子の部屋の前にある、縁側に座る。
「へえ…」
美和子は注いだお茶を、兄の隣に置いた。
家の敷地内で、剣道を教えている征太郎は、休憩になると、決まって美和子のところへと、足を運んだ。
美和子もその頃までには、習い事の琴の練習を終え、お茶を淹れる準備をしていた。
「明日は学校が休みだろ?一緒に行ってみよう。」
「明日…」
今日誘われて、明日行こうと言う兄の誘いに、美和子は考え込む。
そこへ、母の瞳子(トウコ)が現れた。
「あらあら、相変わらず仲がいいのねえ。」
そう言って瞳子は、美和子の隣に座った。
「何を話してたの?」
「活動写真のことです。」
征太郎が答える。
「動く写真のことだそうです。明日、美和子は学校が休みなので、一緒に行かないかと誘っていたのです。」
母は美和子を見た。
「もちろん、美和子は行くわよねえ。」
そう言って、美和子の腕を突っつく。
「美和子は征太郎さんと出掛けるのなら、どこへだって付いていくもの。」
「お母さん!」
美和子は母にからかわれて、恥ずかしかった。
「じゃあ、決まりだな、美和子。」
「うん。」
美和子の返事を聞いて、征太郎はまた道場へと消えて行った。
「さあ、私は掃除の続きをしなくては。」
母は何しに来たのか。
兄が道場へ戻るのを見届けると、母も立ち上がって、部屋の奥へと消えて行った。
次の日。
美和子を誘って街に来た征太郎は、活動写真の会場を指差した。
珍しいもの見たさに 会場はこれでもかと言う程、人で溢れ返っていた。
「中身は、どんなものなの?」
美和子は、ワクワクしながら征太郎に聞いた。
「確か恋愛物だって、言ってたな。」
「恋愛?」
その言葉に、美和子の心も踊る。
自由恋愛が広く認知され、自分の好きな人と結婚することができる世の中だったが、実際それはほんの一部の人間で、まだまだ政略結婚の残る時代。
美和子の学校の同級生も、みんなと恋愛の話をするのは大好き。
だがほとんどの人が、本当の恋愛も知らず、卒業と同時に、親が決めた相手と結婚するのが、彼女たちの道だった。
だからこそ、好きな人との恋模様をつづった活動写真は、若い女性に人気があった。
「美和子、ここに座ろう。」
「うん。」
美和子と征太郎は、会場の右端の椅子に、二人並んで座った。
そして、美和子と征太郎が観た映画は、正に大恋愛のお話。
主人公の女の子は、美和子よりも少しだけ年上。
学校に行く途中で出会った青年と、恋に落ちる。
だが、親が決めた結婚相手と結婚を迫られ、泣き崩れる毎日。
それでも、青年との恋を貫き、最終的にはその青年と結ばれると言うお話。
映画が終わり、みんなため息をつきながら、上映会場から順番に出てくる。
征太郎と美和子も、順番に上映会場を、後にした。
「ぐすっ…ぐすっ…ひっく…」
活動写真を見終わっても、しばらく美和子は、ハンカチを目に当てながら歩く。
前を向いて歩いてないのだから、つまづいて転びそうものなのに、なぜか器用に歩いている。
「美和子、まだ涙が止まらないのか?」
「だって……終わったのに、まだ感動してるんですもの。」
征太郎にとっては、ありきたりな内容でも、まだ17歳の美和子にとっては、感動しっぱなしのお話だった。
「はははっ…それはよかった。美和子を連れてきて、正解だったな。」
征太郎は美和子の言葉に、満足そうだ。
「兄さんは、感動しないの?」
「えっ!?」
「主人公の二人は試練を乗り越えて、結ばれるのよ?感動しないほうがおかしいわ!」
あんなの、ウケを狙ったお話だとバレバレなのに、しかしこんなにも感動している妹の前で、そんな事は言えないし。
「ああ…あれはいい映画だよ。美和子が感動して、泣く気持ちも分からなくない。」
兄の言葉を聞いた美和子は、突然兄の腕を掴んだ。
「でしょう!!」
「あ、ああ…」
美和子は、真っ赤に腫れた目で、すっきりした顔をしている。
その顔が可愛くて、征太郎は思わず微笑んでしまうのだった。
「私もあんな恋愛、してみたいなあ…」
「えっ!!美和子が!」
征太郎は、息が止まりそうになるくらい、驚いた。
「何よ~。私だってもう、そんな年頃なのよ。」
美和子は、半分怒っている。
「そう言えば、そうだったな。」
これでも美和子は、もう17歳の乙女だ。
「もう!兄さんは~。」
すねる美和子は、ふとあることが気になった。
「ねえ、兄さん?」
「なんだい?」
「兄さんは私より、8歳も年上でしょう?そういうお相手はいるの?」
「そういう相手?」
「恋愛なさってる相手よ。」
征太郎は、頭をポリポリかいた。
「まあ…なあ……年も年だし…」
「どっちなの?いるの?いないの?」
美和子は、征太郎の腕を引っ張った。
「ん?うん…」
「はっきりしない、兄さんね。」
そこで美和子は思った。
否定しないっていうことは、いるっていう意味だと、友達は言っていたが、兄さんに限ってそれはない。
兄さんは私には、正直に言ってくれるもの。
はっきり言わないってことは、今はそういう人がいらっしゃらないんだわ。
「可哀想な兄さん…」
「はあ?」
美和子は頬に、手を当てながら首を振った。
「活動写真?」
「なんでも写真が動くそうだよ。」
征太郎は、美和子の部屋の前にある、縁側に座る。
「へえ…」
美和子は注いだお茶を、兄の隣に置いた。
家の敷地内で、剣道を教えている征太郎は、休憩になると、決まって美和子のところへと、足を運んだ。
美和子もその頃までには、習い事の琴の練習を終え、お茶を淹れる準備をしていた。
「明日は学校が休みだろ?一緒に行ってみよう。」
「明日…」
今日誘われて、明日行こうと言う兄の誘いに、美和子は考え込む。
そこへ、母の瞳子(トウコ)が現れた。
「あらあら、相変わらず仲がいいのねえ。」
そう言って瞳子は、美和子の隣に座った。
「何を話してたの?」
「活動写真のことです。」
征太郎が答える。
「動く写真のことだそうです。明日、美和子は学校が休みなので、一緒に行かないかと誘っていたのです。」
母は美和子を見た。
「もちろん、美和子は行くわよねえ。」
そう言って、美和子の腕を突っつく。
「美和子は征太郎さんと出掛けるのなら、どこへだって付いていくもの。」
「お母さん!」
美和子は母にからかわれて、恥ずかしかった。
「じゃあ、決まりだな、美和子。」
「うん。」
美和子の返事を聞いて、征太郎はまた道場へと消えて行った。
「さあ、私は掃除の続きをしなくては。」
母は何しに来たのか。
兄が道場へ戻るのを見届けると、母も立ち上がって、部屋の奥へと消えて行った。
次の日。
美和子を誘って街に来た征太郎は、活動写真の会場を指差した。
珍しいもの見たさに 会場はこれでもかと言う程、人で溢れ返っていた。
「中身は、どんなものなの?」
美和子は、ワクワクしながら征太郎に聞いた。
「確か恋愛物だって、言ってたな。」
「恋愛?」
その言葉に、美和子の心も踊る。
自由恋愛が広く認知され、自分の好きな人と結婚することができる世の中だったが、実際それはほんの一部の人間で、まだまだ政略結婚の残る時代。
美和子の学校の同級生も、みんなと恋愛の話をするのは大好き。
だがほとんどの人が、本当の恋愛も知らず、卒業と同時に、親が決めた相手と結婚するのが、彼女たちの道だった。
だからこそ、好きな人との恋模様をつづった活動写真は、若い女性に人気があった。
「美和子、ここに座ろう。」
「うん。」
美和子と征太郎は、会場の右端の椅子に、二人並んで座った。
そして、美和子と征太郎が観た映画は、正に大恋愛のお話。
主人公の女の子は、美和子よりも少しだけ年上。
学校に行く途中で出会った青年と、恋に落ちる。
だが、親が決めた結婚相手と結婚を迫られ、泣き崩れる毎日。
それでも、青年との恋を貫き、最終的にはその青年と結ばれると言うお話。
映画が終わり、みんなため息をつきながら、上映会場から順番に出てくる。
征太郎と美和子も、順番に上映会場を、後にした。
「ぐすっ…ぐすっ…ひっく…」
活動写真を見終わっても、しばらく美和子は、ハンカチを目に当てながら歩く。
前を向いて歩いてないのだから、つまづいて転びそうものなのに、なぜか器用に歩いている。
「美和子、まだ涙が止まらないのか?」
「だって……終わったのに、まだ感動してるんですもの。」
征太郎にとっては、ありきたりな内容でも、まだ17歳の美和子にとっては、感動しっぱなしのお話だった。
「はははっ…それはよかった。美和子を連れてきて、正解だったな。」
征太郎は美和子の言葉に、満足そうだ。
「兄さんは、感動しないの?」
「えっ!?」
「主人公の二人は試練を乗り越えて、結ばれるのよ?感動しないほうがおかしいわ!」
あんなの、ウケを狙ったお話だとバレバレなのに、しかしこんなにも感動している妹の前で、そんな事は言えないし。
「ああ…あれはいい映画だよ。美和子が感動して、泣く気持ちも分からなくない。」
兄の言葉を聞いた美和子は、突然兄の腕を掴んだ。
「でしょう!!」
「あ、ああ…」
美和子は、真っ赤に腫れた目で、すっきりした顔をしている。
その顔が可愛くて、征太郎は思わず微笑んでしまうのだった。
「私もあんな恋愛、してみたいなあ…」
「えっ!!美和子が!」
征太郎は、息が止まりそうになるくらい、驚いた。
「何よ~。私だってもう、そんな年頃なのよ。」
美和子は、半分怒っている。
「そう言えば、そうだったな。」
これでも美和子は、もう17歳の乙女だ。
「もう!兄さんは~。」
すねる美和子は、ふとあることが気になった。
「ねえ、兄さん?」
「なんだい?」
「兄さんは私より、8歳も年上でしょう?そういうお相手はいるの?」
「そういう相手?」
「恋愛なさってる相手よ。」
征太郎は、頭をポリポリかいた。
「まあ…なあ……年も年だし…」
「どっちなの?いるの?いないの?」
美和子は、征太郎の腕を引っ張った。
「ん?うん…」
「はっきりしない、兄さんね。」
そこで美和子は思った。
否定しないっていうことは、いるっていう意味だと、友達は言っていたが、兄さんに限ってそれはない。
兄さんは私には、正直に言ってくれるもの。
はっきり言わないってことは、今はそういう人がいらっしゃらないんだわ。
「可哀想な兄さん…」
「はあ?」
美和子は頬に、手を当てながら首を振った。
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
再会したスパダリ社長は強引なプロポーズで私を離す気はないようです
星空永遠
恋愛
6年前、ホームレスだった藤堂樹と出会い、一緒に暮らしていた。しかし、ある日突然、藤堂は桜井千夏の前から姿を消した。それから6年ぶりに再会した藤堂は藤堂ブランド化粧品の社長になっていた!?結婚を前提に交際した二人は45階建てのタマワン最上階で再び同棲を始める。千夏が知らない世界を藤堂は教え、藤堂のスパダリ加減に沼っていく千夏。藤堂は千夏が好きすぎる故に溺愛を超える執着愛で毎日のように愛を囁き続けた。
2024年4月21日 公開
2024年4月21日 完結
☆ベリーズカフェ、魔法のiらんどにて同作品掲載中。
さんかく片想い ―彼に抱かれるために、抱かれた相手が忘れられない。三角形の恋の行方は?【完結】
remo
恋愛
「めちゃくちゃにして」
雨宮つぼみ(20)は、長年の片想いに決着をつけるため、小湊 創(27)に最後の告白。抱いてほしいと望むも、「初めてはもらえない」と断られてしまう。初めてをなくすため、つぼみは養子の弟・雨宮ななせ(20)と関係を持つが、―――…
【番外編】追加しました。
⁂完結後は『さんかく両想い』に続く予定です。
捨てる旦那あれば拾うホテル王あり~身籠もったら幸せが待っていました~
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「僕は絶対に、君をものにしてみせる」
挙式と新婚旅行を兼ねて訪れたハワイ。
まさか、その地に降り立った途端、
「オレ、この人と結婚するから!」
と心変わりした旦那から捨てられるとは思わない。
ホテルも追い出されビーチで途方に暮れていたら、
親切な日本人男性が声をかけてくれた。
彼は私の事情を聞き、
私のハワイでの思い出を最高のものに変えてくれた。
最後の夜。
別れた彼との思い出はここに置いていきたくて彼に抱いてもらった。
日本に帰って心機一転、やっていくんだと思ったんだけど……。
ハワイの彼の子を身籠もりました。
初見李依(27)
寝具メーカー事務
頑張り屋の努力家
人に頼らず自分だけでなんとかしようとする癖がある
自分より人の幸せを願うような人
×
和家悠将(36)
ハイシェラントホテルグループ オーナー
押しが強くて俺様というより帝王
しかし気遣い上手で相手のことをよく考える
狙った獲物は逃がさない、ヤンデレ気味
身籠もったから愛されるのは、ありですか……?
副社長氏の一途な恋~執心が結んだ授かり婚~
真木
恋愛
相原麻衣子は、冷たく見えて情に厚い。彼女がいつも衝突ばかりしている、同期の「副社長氏」反田晃を想っているのは秘密だ。麻衣子はある日、晃と一夜を過ごした後、姿をくらます。数年後、晃はミス・アイハラという女性が小さな男の子の手を引いて暮らしているのを知って……。
【完結】その男『D』につき~初恋男は独占欲を拗らせる~
蓮美ちま
恋愛
最低最悪な初対面だった。
職場の同僚だろうと人妻ナースだろうと、誘われればおいしく頂いてきた来る者拒まずでお馴染みのチャラ男。
私はこんな人と絶対に関わりたくない!
独占欲が人一倍強く、それで何度も過去に恋を失ってきた私が今必死に探し求めているもの。
それは……『Dの男』
あの男と真逆の、未経験の人。
少しでも私を好きなら、もう私に構わないで。
私が探しているのはあなたじゃない。
私は誰かの『唯一』になりたいの……。
同期の御曹司様は浮気がお嫌い
秋葉なな
恋愛
付き合っている恋人が他の女と結婚して、相手がまさかの妊娠!?
不倫扱いされて会社に居場所がなくなり、ボロボロになった私を助けてくれたのは同期入社の御曹司様。
「君が辛そうなのは見ていられない。俺が守るから、そばで笑ってほしい」
強引に同居が始まって甘やかされています。
人生ボロボロOL × 財閥御曹司
甘い生活に突然元カレ不倫男が現れて心が乱される生活に逆戻り。
「俺と浮気して。二番目の男でもいいから君が欲しい」
表紙イラスト
ノーコピーライトガール様 @nocopyrightgirl
鬼上司は間抜けな私がお好きです
碧井夢夏
恋愛
れいわ紡績に就職した新入社員、花森沙穂(はなもりさほ)は社内でも評判の鬼上司、東御八雲(とうみやくも)のサポートに配属させられる。
ドジな花森は何度も東御の前で失敗ばかり。ところが、人造人間と噂されていた東御が初めて楽しそうにしたのは花森がやらかした時で・・。
孤高の人、東御八雲はなんと間抜けフェチだった?!
その上、育ちが特殊らしい雰囲気で・・。
ハイスペック超人と口だけの間抜け女子による上司と部下のラブコメ。
久しぶりにコメディ×溺愛を書きたくなりましたので、ゆるーく連載します。
会話劇ベースに、コミカル、ときどき、たっぷりと甘く深い愛のお話。
「めちゃコミック恋愛漫画原作賞」優秀作品に選んでいただきました。
※大人ラブです。R15相当。
表紙画像はMidjourneyで生成しました。
【完結】貴方が好きなのはあくまでも私のお姉様
すだもみぢ
恋愛
伯爵令嬢であるカリンは、隣の辺境伯の息子であるデュークが苦手だった。
彼の悪戯にひどく泣かされたことがあったから。
そんな彼が成長し、年の離れたカリンの姉、ヨーランダと付き合い始めてから彼は変わっていく。
ヨーランダは世紀の淑女と呼ばれた女性。
彼女の元でどんどんと洗練され、魅力に満ちていくデュークをカリンは傍らから見ていることしかできなかった。
しかしヨーランダはデュークではなく他の人を選び、結婚してしまう。
それからしばらくして、カリンの元にデュークから結婚の申し込みが届く。
私はお姉さまの代わりでしょうか。
貴方が私に優しくすればするほど悲しくなるし、みじめな気持ちになるのに……。
そう思いつつも、彼を思う気持ちは抑えられなくなっていく。
8/21 MAGI様より表紙イラストを、9/24にはMAGI様の作曲された
この小説のイメージソング「意味のない空」をいただきました。
https://www.youtube.com/watch?v=L6C92gMQ_gE
MAGI様、ありがとうございます!
イメージが広がりますので聞きながらお話を読んでくださると嬉しいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる