宮花物語

日下奈緒

文字の大きさ
上 下
44 / 47
第16話 新しい家族

しおりを挟む
初めての子が産まれ、宮殿は祝賀で賑わいを見せていた。

特に赤子から離れないのは、王である信志で、公務の間も生まれたばかりの明梅の事を、気にしてばかりだった。

「王。ずっと明梅を抱いておられては、公務に差し支えます。」

明梅を連れて、信志の元へやってくる紅梅も、さすがに呆れ返る。

「いいではないか。年をとってから、ようやく生まれた子だからなのか、可愛くて可愛くて、仕方がないのだよ。」

信志はそう言って、また明梅をあやしている。


「王。そろそろ書簡に、お印を頂戴したく存じます。」

時間を見ながら、忠仁が耳元で囁く。

「おお、そんな時間か。」

すると信志は、明梅を母である紅梅に渡すどころか、忠仁に渡そうとしている。

「ほらほら。お爺様だぞ、明梅。」

「おおっと。」

拙い振る舞いで、小さな赤子を抱く忠仁。


「これはまた、紅梅とは逆で、小さな小さな姫君である事。」

「ほう。紅梅は、産まれた時は大きかったのか?」

信志は、自分の印を書きながら、忠仁に問いかける。

「はい。それはそれは大きくて、初めは男の子かと間違えました。」

すると紅梅は、軽く咳ばらいをする。


「ああ、どんな美しい姫に、育つのだろうなぁ。」

忠仁は、明梅をあやしながら、紅梅に背中を向けた。

「よし。全部書けたぞ、忠仁。」

信志が忠仁に声を掛けても、忠仁は初孫に夢中だ。

遂には、紅梅の雷が下った。

「もう!父上も王も、いい加減になさって下さい!!」

忠仁から赤子を受け取り、紅梅は自分の屋敷へと、戻って行った。


「はぁ……明日まで、もう会えぬのか。」

信志は、大きなため息をつく。

「子を産んだお妃は、産後1か月間、王の訪問は叶いませんからね。」

忠仁も、遠目で明梅の姿を追っている。

「しかし、我が娘ながら、母は強いですな。」

「忠仁には申し訳ないが、紅梅は母になる前から、強かった。」

そして一方の黄杏のお腹も、大きくなっていた。

「今日は外に出て、散歩でもしようかしら。」

黄杏は、窓から外を眺めた。

太陽の光が眩しいくらいに照っていて、清々しい風も吹いている。

「お体の具合は、大丈夫ですか?」

お付きの女人が、黄杏の体調を気遣う。

ここ最近まで黄杏は、つわりに悩まされていたからだ。

「ええ。今日は体調がいいの。それに、こんな天気がいいのに外に出ないなんて、勿体ないじゃない?」

黄杏はそう言うと、大きなお腹を抱えて、屋敷の外に出た。


思った通り、心地いい風が吹き抜ける。

日差しも思ったよりも、柔らかい。

黄杏は女人と共に、屋敷の周りを歩き始めた。

そこへ、女人を一人連れている白蓮の姿を、見つけた。

いつもは、大勢の共を引き連れていると言うのに。

黄杏はなぜか、白蓮に声を掛けてはいけないような、気がした。


「黄杏様?」

女人に声を掛けられ、ハッと我に返った黄杏は、白蓮に背中を向けた。

「黄杏。」

だがそんなところを、白蓮に気づかれてしまった。

「白蓮奥様。」

黄杏は、大きなお腹を押さえながら、頭を下げた。

「具合はどう?つわりが酷いと聞いたけれど。」

「はい。お陰様にて、なんとか治まってきました。」

「それはよかった。」

にっこりと笑った白蓮の手には、小さな花が握りしめられていた。

「奥様、それは……」

「ああ、とんだところを見せてしまったわ。」

そう言った白蓮は、少女のように照れている。

「実は私、子供の頃から小さな花が好きなの。屋敷に届けられる花は、皆、大きいものばかりでね。」

「まあ。」

白蓮の内側を、垣間見た気がした黄杏は、なんだか嬉しくなってきた。

「だから、こうして気の知れた女人を連れて、時々花を摘みに来ているの。」

よく見ると、白い花がたくさん摘まれていて、白蓮らしいと黄杏は思った。

「けれど、摘んでいる場所があなた達の屋敷の庭先でしょ?なんだか、申し訳ないような気がして……」

黄杏は白蓮の腕に、そっと手を添えた。

「いいえ。私の屋敷の庭先でよければ、いつでも花を摘みにいらっしゃって下さい。花もきっと喜びます。」

「有難う、黄杏。あなたは優しい気持ちの持ち主ね。」

黄杏と白蓮は、互いに微笑み合った。

「さあ、そろそろ行こうかしら。」

「奥様。せっかく天気も宜しいのですから、もう少し、ゆっくりされては?」

「ふふふ。そうは言っても、あなたは私がいれば、ゆっくり散歩もできないでしょう?」

白蓮はそう言うと、黄杏の隣を去って行った。


慌てて振り返る黄杏の目に飛び込んできたのは、今、赤子の明梅を抱いて屋敷に戻って来た紅梅を見つめる、白蓮の寂しそうな姿だった。

「白蓮奥様……」

聞かなくても分かる。

白蓮は子供がいる、紅梅が羨ましいのだ。


「今日はなんだか、見られては恥ずかしいところばかり、黄杏に見られてしまうわね。」

「申し訳ありません。」

謝った黄杏に、白蓮はそっと手を伸ばす。

「いいのよ、謝らないで。あなたが悪い訳ではないでしょう?」

黄杏は白蓮の気持ちが、痛い程分かるからこそ、頭を上げられなかった。

「それにね、黄杏。私は紅梅に子供が生まれて、どこかほっとしているのよ。」

「白蓮奥様?」

その言葉を聞いて、ようやく顔を上げた黄杏。

「王にはずっと、御子がおられなかったでしょう?姫でも、王が父親になられた事が、とても嬉しくてね。」

白蓮は目の前にいない信志に、想いをはせていた。


きっと信志は、赤子を目に入れても痛くない程、可愛がっている事だろう。

そして父親になったことで、人間的にもこれから成長していくのだろうと。


「黄杏。」

「はい。」

白蓮は、黄杏の手を握りしめた。

「今まで跡継ぎ跡継ぎと、口を酸っぱくして言ってきたけれど、元気に産まれてきてくれれば、皇子でも姫君でも、どちらでもいいのよ。」

「はい。」

黄杏は、それしか言えなかった。

「……本当は、私が王に、跡継ぎを産んで差し上げたかったのだけど。」

黄杏は、黙って白蓮の言葉に、耳を傾けた。

「国の為に、王を支えなければ……王妃の役目を懸命にこなさなければと思う気持ちが強くて、女として王に甘える事も、子供が欲しいと伝える事もできなかった。ましてや、他の妃の元へ行かないでなんて、口が裂けても言えなかった。」

白蓮の手が、黄杏から離れる。

「黄杏。あなたは、そんな失敗してはダメよ。お腹の御子が皇子であっても姫君であっても、どんどん王に甘えて、どんどん御子を産んでちょうだい。」

「……はい。」

そして白蓮は、小さく手を振りながら、屋敷へと帰って行った。


「黄杏様。今日も王は、黄杏様の屋敷にお泊りになられるそうですよ。御子様がお生まれになるまで、ずっと通われるおつもりなのでしょうか。」

黄杏付きの女人が、そっと伝えた。

「ええ……信志様は、そういうお方なのよ。」

黄杏も、そっと呟いた。

夜になり、信志が黄杏の屋敷を訪れた。

「お勤め、ご苦労様でございました。」

黄杏は、公務で疲れている信志を労う。

「ああ、黄杏。そなたの顔を見ると、疲れなど吹き飛んでしまうよ。」

信志は、お腹に負担をかけないように、少し横から黄杏を抱きしめた。

だが信志は、直ぐに黄杏から離れようとする。

それがなんだか寂しくて、今度は黄杏から信志を抱きしめた。

「黄杏?」

いつもとは違う黄杏の姿に、信志は不思議に思う。

「どうした?今日はいつになく、甘えてくるね。」

昼間の白蓮の言葉を、黄杏は思い出していた。


- 女として甘える事も、できなかった。ましてや、他の妃の元へ行かないでなんて、口が裂けても言えなかった -


「……信志様。今でも昼間は、青蘭様の元へ、通っていらっしゃるのですか?」

「えっ?」

知られていないと思っていた事を言われて、少し焦っているのか、信志はソワソワしだした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

警察官は今日も宴会ではっちゃける

饕餮
恋愛
居酒屋に勤める私に降りかかった災難。普段はとても真面目なのに、酔うと変態になる警察官に絡まれることだった。 そんな彼に告白されて――。 居酒屋の店員と捜査一課の警察官の、とある日常を切り取った恋になるかも知れない(?)お話。 ★下品な言葉が出てきます。苦手な方はご注意ください。 ★この物語はフィクションです。実在の団体及び登場人物とは一切関係ありません。

包んで、重ねて ~歳の差夫婦の極甘新婚生活~

吉沢 月見
恋愛
ひたすら妻を溺愛する夫は50歳の仕事人間の服飾デザイナー、新妻は23歳元モデル。 結婚をして、毎日一緒にいるから、君を愛して君に愛されることが本当に嬉しい。 何もできない妻に料理を教え、君からは愛を教わる。

社長室の蜜月

ゆる
恋愛
内容紹介: 若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。 一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。 仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

俺を信じろ〜財閥俺様御曹司とのニューヨークでの熱い夜

ラヴ KAZU
恋愛
二年間付き合った恋人に振られた亜紀は傷心旅行でニューヨークへ旅立つ。 そこで東條ホールディングス社長東條理樹にはじめてを捧げてしまう。結婚を約束するも日本に戻ると連絡を貰えず、会社へ乗り込むも、 理樹は亜紀の父親の会社を倒産に追い込んだ東條財閥東條理三郎の息子だった。 しかも理樹には婚約者がいたのである。 全てを捧げた相手の真実を知り翻弄される亜紀。 二人は結婚出来るのであろうか。

会社の後輩が諦めてくれません

碧井夢夏
恋愛
満員電車で助けた就活生が会社まで追いかけてきた。 彼女、赤堀結は恩返しをするために入社した鶴だと言った。 亀じゃなくて良かったな・・ と思ったのは、松味食品の営業部エース、茶谷吾郎。 結は吾郎が何度振っても諦めない。 むしろ、変に条件を出してくる。 誰に対しても失礼な男と、彼のことが大好きな彼女のラブコメディ。

処理中です...