宮花物語

日下奈緒

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第15話 子を成す意味

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その姿が、なんだか侘しい感じに見えて、信志は思わず、黄杏を後ろから抱き寄せた。

「……もう二度と、寂しい思いはさせないよ。」

「ええ……」

気が抜けた返事。

まるで黄杏は、違う人になってしまったようだ。


「なんだかそなたは、世捨て人のようだね。」

「世捨て人……ですか?」

その言葉に、ようやく黄杏は、笑顔を見せた。

「ああ。まるで、一切の欲を浄化したかのようにね。」

そう言って、信志も笑った。

「欲なら……まだございます。」

黄杏は、信志の手を握ると、体を離し向かい合った。

「私は、あなた様のお子が、欲しいのです。」

「黄杏……」

あまりの真剣な黄杏の瞳に、信志の方が、気恥ずかしくなる。


「……そう言えば、紅梅に薬草をあげたのは、そなただったね。紅梅に先に子ができたから、自分も欲しくなったのかな。」

「それも、あるのかもしれません。」

普通なら、違うと否定するところだと言うのに、正直に認める黄杏。

それはそれで、可愛らしいとも思える。

「それよりも、好いた方のお子が、私は欲しいのです。」

信志は、それを聞いて、目から鱗が落ちた気がした。


今迄の自分は、妃達が競って子が欲しいと言うのは、自分の確固たる地位を、誰よりも早く築きたいが為だと思っていた。

王に仕える妃達は、子がいるかいないかで、死に場所さえも天と地程変わってしまう。

祖父王や父王の妃達の末路を、身近で見てきたからこそ、そう分かるのだ。


好きな男の、子が欲しい。

それは、王である自分の妃になっていなければ、黄杏は故郷の村で、当然そのような人生を送っていたかもしれない。

それなのに、自分を好きになってしまったせいで。

自分が黄杏を、王宮に連れて来てしまったせいで。

女として、当たり前のような人生も、黄杏にはまるで宝石を探し当てる程、遠い夢のようになってしまった。


「ああ、そうだな。」

信志は、黄杏をぎゅっと、抱きしめた。

「でも、私は……あなた様の事が、誰よりも好きだから……あなた様とのお子を、私が産みたいと思うのです。」

それを聞いた信志は、黄杏の肩を掴む。

「嬉しいよ、黄杏。」

信志は、黄杏を壊れる程、強く抱きしめた。

「私も、そなたに私の子を、産んでほしいと思う。」

「信志様……」

見つめ合った信志と黄杏は、どちらからともなく、寝台へと横になった。


久しぶりの、二人の情事。

朝がくるのも分からない程、何度も何度も情熱的に抱き合った。


「愛してるよ、黄杏。」

「私もです、信志様……」


それから、2か月後。

黄杏に、懐妊の兆しが現れた。

医師が診断したところ、黄杏は子を身ごもっていった。

直ちに、忠仁は黄杏の懐妊を宣言した。


その事を誰よりも喜んだのは、愛し合う信志と、

黄杏の為に、人生を捧げた兄・将拓だった。


黄杏の懐妊を聞きつけた紅梅は、たくさんの祝い品を連れて屋敷へとやってきた。

「まあ、こんなに?」

「意外と必要な物って、多いのよ。」

そう言いながら、紅梅は大きなお腹を抱えて、椅子に座った。

「それにしても、あなたってちゃっかりしてるわね。」

「私が?」

黄杏は、自分を指さした。

「ええ、そうよ。久しぶりに王が訪れたと思ったら、いつの間にかお子ができてるし。」

「それは、紅梅さんも一緒だと思うのだけど。」

黄杏と紅梅は、顔を見合わせて、笑いあった。


「ところで、私達の産まれてくるお子だけれど。」

お茶をすすりながら、紅梅は大きく息を吸った。

「先に皇子を産んだ方が、国母になるのね。」

黄杏は、目を大きくしながら、紅梅を見つめた。

「……ええ。」

「あら、なんだか他人の話みたいに、感じているようね。」

黄杏は、紅梅にお茶を注いだ。

「白蓮様のお話だと、一度懐妊したお妃から、跡継ぎは産まれると言う事だから、今の時点ではあなたの方が、確率は高そうだけれどね。」

紅梅は、お茶を飲みながら、ちらっと黄杏を覗いた。

「それは、産まれてみなければ、分からないじゃない。姫君の可能性だってあるわ。」

黄杏は、ずっと下を向いている。

「あのね、黄杏さん。私、何もあなたを差し置いて、私が国母になりたいって、言ってる訳じゃないのよ。」

紅梅は黄杏の手に、自分の手をそっと添えた。

「私がお子を授かったのは、あなたが薬草をくれたお陰だし。それにね、黄杏さんにもお子ができて、私、ほっとしているのよ?」

「そうなの?」

「そうじゃない。私一人だけお子を産んだら、黄杏さんが流産したのも、黒音さんが亡くなったのも、私が何かしたからだって、思われるじゃない!」

紅梅は、ハッとして口を押えた。

「ごめんなさい。嫌な事、思い出させて。」

「ううん。」

黄杏は一度目を閉じた。

「そうね。どちらが先に男の御子を産んでも、恨みっこなしね。」

「そうよ。」

黄杏と紅梅は、手を取りあった。


「どんな名前が、つけられるのかしら。」

「きっと、王と同じような名前が、つけられるわよ。」

二人は一緒に、空を眺めた。

「どちらにしても、王にとっては、初めての御子なのね。」

「そうだわ。やっと王も、お父上になられるのね。」

それが自分の手で叶えられるとなると、紅梅も黄杏も、誇らしく感じられた。

「無事に生まれる事を、願っています。」

黄杏は、紅梅に一礼をした。

「私も。願わくば、皇子が産まれる事を。」

「まあ。紅梅さんったら。」


それから、1か月した後。

紅梅は産気づき、屋敷の中に産婆が駆け付けた。


だが、2日経っても生まれない。

業を煮やした信志は、紅梅の屋敷を訪れた。

「まだ生まれないのか!」

「もう少しでございます。」

うんうん唸る紅梅を他所に、女人達は産まれた時の産着や、産湯の準備で大忙しだ。

「ああ、紅梅。無事であってくれ。」

信志は、ずっと手を握りしめ、御子が無事生まれてくる事を祈った。

だが二日目の夜になっても、まだ御子は産まれない。


「王よ。今日のところは、一旦引き上げた方が……」

女人が気を利かせて、王に休むよう申し伝えた時だ。

「産まれます!」

産婆が叫んだ。

「紅梅!がんばるんだ!」

今にも産所に入りそうな勢いの信志を、女人達が止める中、紅梅の唸り声と共に、御子は産声を上げた。


「御生まれになりました!」

産湯につかった御子が、産婆の手で信志の元へ、届けられた。

「姫君でございます。」

信志の腕の中で、元気よく動き回る御子は、紅梅によく似ていた。

「王……男の御子でなく、申し訳ありません。」

紅梅の目には、涙で濡れていた。

「どうして謝るのだ。こんなにも、元気な御子を、産んでくれたと言うのに。」

信志は、紅梅の頬を軽く撫でた。

「よく……やってくれた、紅梅。」

「王?」

「よく……産んでくれた。感謝しても、感謝しきれない。紅梅、ありがとう。」

信志は涙ぐみながら、産まれた御子を抱きしめた。


「そうだ。御子の名を、決めなければな。」

信志は涙を拭くと、じっと御子の顔を眺めた。

「……明梅はどうだろう。」

紅梅は、手で顔を覆った。

「私の一文字を、授けて下さるのですか?」

「ああ。紅梅のように、美しくて強い女性になってほしいからな。」

紅梅は、うんうんとただ、頷くしかできなかった。


しばらくして、紅梅の父・忠仁も屋敷を訪れた。

「姫君でしたか。」

両手に抱いた忠仁も、涙目になっていた。

「紅梅を初めて抱いた日の事を、思い出します。」

信志にとっても初めての御子だが、忠仁にとっても、初めての孫がこの日、産声をあげたのだった。
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