宮花物語

日下奈緒

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第14話 偽りの子

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部屋に戻ると、信志が手を広げて待っていた。

「どうだった?黒音の様子は?」

「ええ。何も……」

だが白蓮は、浮かない顔だ。

「何かあれば、直ぐに誰かが知らせてくれる。それまで、ここで静かに見守っていよう。」

信志の瞳が、優しく白蓮を見つめる。


「……先ほどの老人に、言われました。」

「なんと?」

「私は元々、信志様の妃になる者だったと。」

「元から?それでは白蓮は、王妃にはなれなかったというのか?」

「いいえ。最初から決まっていたのです。兄君様が亡くなり、あなた様が王になる事も。あなた様と結婚して、私が王妃になる事も。」

信志と白蓮は、お互いを見つめた。


「私達がこうなる事は、運命だったという事か……」

白蓮は、ゴクンと息を飲んだ。

跡継ぎは、必ず産まれると言う事を伝えるのは、今を置いて他にないと。


「そして……その老人は、こうも言っていました。」

「ん?」

「王に……跡継ぎは、必ず産まれると……」

白蓮の言葉に、信志は目を見開いた。

「それは、一度懐妊した妃から産まれるとか。だとすれば、黄杏か黒音のいづれかでございます。」

興奮した白蓮は、信志にしがみついた。

「王。これからしばらくは、黄杏の元へお通い下さい。黒音もいづれ体が回復したら……」

「白蓮。」

白蓮はハッとした。

「私がどの妃の元へ通うかは、私が決める。」

「王……」

「だから、あなたの元へも通う。いいね?」

真っすぐに見つめてくれる優しい瞳に、白蓮は罪悪感と幸福感が混ざり合う。


「それにしても、黒音の治療は終わっていないのか?」

信志は、侍従に尋ねるとまだだと言う。

「分かった。まだここで、待っていよう。」

そうは言ったが、3、4時間しても、まだ終わらない。

「遅い!まだ終わらないのか!」

しびれを切らした信志は、白蓮を連れて、黒音の処置が行われている治療室へと足を運んだ。

「医師よ。黒音はまだなのか?」

「は、はい。それがなかなか、お産の印も出てきませんでして……」

信志は、壁に拳を打ち付けた。

「王。黒音のお腹の子は死んでいるとしても、初めてお子を出産するのです。もうしばらく待ちましょう。」

信志は仕方なさそうに、廊下に出て、診察室の前にある椅子に座った。

「……もっと、簡単な事だと思っていた。」

信志は、クシャクシャと頭を掻きむしる。

「今頃は、全てが終わって、黒音と話ができるものだと、思っていた。」

その苦しみは、白蓮にだって分かる。

自分だって、こんなに時間がかかるものだと、考えもしなかった。


やがて夜になり、処置が始まって6時間経っても、黒音のお産は終わらなかった。

処置室の中からは、悲鳴に似た黒音の唸り声が聞こえてくる。

「黒音……」

信志は、その声に扉にしがみつく。

「まだなのか……」

それを聞いても、答えは知っている。

外にいる者は、ただただ、待つしかないのだ。


その時だ。

急に処置室の戸が開き、医師が廊下に出た。

「白蓮様……」

青い顔をして、医師は白蓮の側にくる。

「どうしました?」

白蓮が心配そうに声を掛けると、医師の額には汗が流れた。

「……いくら堕胎の薬を飲ませても、一向に産道が開く気配がありません。もしかしたら……」

医師の慌て振りに、信志は食らいつく。

「もしかしたら、何だと言うのだ!」

王の鬼気迫る表情に、医師は言葉を失う。

「王……」

白蓮はこれ以上、隠しておくことはできないと、信志を連れて処置室から、離れた場所に来た。

「実は黒音に、疑いがかかっています。」

「疑い?何の疑いだ!」

信志はやけに、興奮している。

「……想像妊娠の疑いです。」

「想像?あのお腹の子は、黒音が作り出したまがい物だと言うのか!」

「本当の事は分かりません。医師も区別がつかないと申しておりますし、何より黒音が、自分のお腹の子は、本当にいると言っているのです!」

信志は、白蓮に背中を向ける。


「黒音に、聞いてみる。」

「もう既に、私が聞いています。ですが、認めないのです。」

「私なら、本当の事を話してくれるかもしれない!」

信志は、全身を使って、怒りを示していた。

「……私だから、黒音は認めなかったと言うのですか?」

白蓮は、胸が痛かった。

「女同士には、分からぬ事だってある。」

そう言って信志は、黒音がいる診察室へ入って行った。

自分が一番だと言ってくれた夫が、今は他の女の味方をしている。

白蓮は、居たたまれない気持ちになりながら、その場に立ち尽くすしかなかった。

一方、診察室に入った信志は、全身のたうち回りながら、うんうん唸っている黒音の手を取った。

「黒音、しっかりしろ!」

だが黒音の元の耳には、自分の声すら届いていないようだ。

「黒音……」

なぜこのように、苦しまなければならないのか。

信志の目には、いつの間にか、涙が溜まっていた。


「……王、泣かないでください。」

黒音が、薄っすらと目を開けていた。

「黒音!」

「この子は、手放す事になりましたが、次は必ず……必ず……うっうううううう!」

のたうち回る黒音を見て、医師はまた白蓮の元へ、駆け寄った。

「白蓮様!これ以上は、無理です!」

「えっ?」

「黒音様の処置を中止しなければ、命が危のうございます。」

白蓮は、急いで処置室に入った。

中では黒音が、激しいお腹の痛みに、体をばたつかせている。

「お腹の子は、どうなるのです?」

「……もし本当に懐妊されているのであれば、御子はこのまま黒音様のお腹の中に居続ける事でしょう。」

「えっ?では?」

「はい。黒音様は、2度と御子を懐妊される事はなく……」

白蓮は、その場に座り込んだ。


「もういい!黒音に子ができなくなったとしても、命の方が大切だ!処置を止めてくれ!」

信志は、黒音の手を握りながら叫んだ。

そんな中、白蓮の頭の中で、あの骨と皮ばかりの老人の言った言葉が、響き渡る。


- 王の跡継ぎは、一度懐妊された妃から産まれる -


黒音の懐妊が、彼女の勝手な想像であれば、ここで処置を止めなければ命を落としてしまう。

だが、黒音の妊娠が本当ならば?

跡継ぎが産まれる可能性を、奪ってしまう事になる。


白蓮は、頭を抱えた。

「白蓮様!」

医師の声が、白蓮を追い詰める。

- 跡継ぎは、必ず産まれる -


「もっと黒音に薬を!」

白蓮は、医師の腕を掴む。

「黒音を、再び懐妊できる体にするのです!」

「は、はい!」

医師は慌てて、黒音に飲ませる薬を用意した。


「白蓮!」

それを聞いていた信志は、白蓮に詰め寄る。

「黒音が、どうなってもいいのか!」

「王よ!これは、我が国の為です!」

白蓮は、信志に臆することなく、言い放つ。

「王は……ご自分の代で、この国を終わらせるおつもりですか!」

「くっ……」

信志が、右手を強く握りしめた時だ。


「うわぁぁぁぁぁぁ!」

黒音の苦しそうな声が、二人の耳に聞こえてきた。

「王!黒音様が!」

側についていた桂花が、信志を呼ぶ。

「黒音!黒音!!」

そして信志は、白蓮を置いてまた、黒音の元へ行ってしまった。


「黒音、しっかりしろ!」

「うっ……ううううううう!」

背中をのけぞり、顔は苦しみに歪んでいる。

「黒音!」

「あっ……」

その瞬間、黒音は白目を向き、バタッと体から力が抜けた。


「黒音?黒音!」

「黒音様!黒音様!」

信志と桂花が、黒音を揺する。

「医師よ!黒音は、どうしたのだ!」

医師は、黒音に飲ませる薬を、その場に落とした。

「黒音様!」

急いで黒音の口に、自分の耳を近づけ、手を握り脈を診たが、全く脈は触れない。

呼吸も聞こえてこない。

黒音の胸に耳を当てても、心臓の鼓動は聞こえてこなかった。


「っ……!」

「医師よ!」

信志は、医師を起こした。

「黒音様は……息を引き取られました。」

「えっ!?」

信志はあまりの事に、言葉を失った。

「黒音様!黒音様!目を開けて下さい!黒音様……」

桂花は、黒音の体に泣きすがった。

「なぜ、こんな事に……あああああああ!」


それを見た信志は、フラッと立ち上がる。

「王……」

白蓮はそんな信志に手を伸ばしたが、手を振り払われた。

「私に障るな!」

信志は、これまでに見た事もないような、鋭い目で白蓮を睨んだ。

「……どうして、黒音を殺した!」

「王!」

「子を成す妃なら、他にもいただろう!なぜ黒音にだけ、その責を負わせたのだ!」

泣き叫ぶ信志に、白蓮は返す言葉もない。

「幸せな暮らしを約束したと言うのに……黒音が、何をしたと言うのだ。」


白蓮は、唇を噛み締めた。

黒音がした自分への侮辱。

嘘の懐妊でも、全く認めようとせず、そればかりか自分を陥れようとしているのかと、脅す顔。


「恐れながら黒音は……王を欺こうとしていたのです!」

「私を欺く?」

「これ程までに堕胎の薬を飲んでも、一向に産気づかないのは、黒音が嘘の懐妊を企んだからです。医師にも聞きました。間違いありません!黒音がこうなったのも、自業自得かと!」

すると信志は、白蓮の頬を強く叩いた。

「王……」

「だから、黒音の命を奪ってもいいと言うのか。」
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