宮花物語

日下奈緒

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第14話 偽りの子

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「えっ?王のですか?」

忠仁は困った顔をした。

「……いえ、私は王が皇太子になられてから、側にお仕えしましたので、詳しくはわかりません。そう言った方がいらしたと言うのは、風の噂でお聞きした事がありますが……」

「そうですか。変な事を聞きましたね。」

「いいえ。私でお答えできるような事であれば、何なりとお聞きください。」

忠仁はそう言って頭を下げると、紅梅の近くへと寄って行った。


あまりに幼くして亡くなられたせいか、王の兄の事は、誰も詳しく知らない。

でも王は、自分の後ろに、兄の姿を見ている。

白蓮は、小さくため息をついた。

その時だ。

しわがれた声が、白蓮に聞こえた。


「ああ、懐かしい。あの時の赤子だ。」

白蓮が声のする方を見ると、白髪で骨と皮ばかりの老人が、神殿の外の廊下に座っていた。

「あの……私の事ですか?」

「ああ……他に誰がいる?」

白蓮は周りを見たが、他に誰もいない。

あまりの姿に、白蓮は恐れを抱いたが、その目は骨と皮ばかりの老人にしては、黒々としている。

「……私を知っている方ですか?」

「よく知っているよ。そなたが産まれた時、王妃になると告げたのは、私だからな。」

白蓮はハッとし、その老人の近くに座った。

「ならば……信寧王に、兄君がいらっしゃった事は、ご存じですか?」

「ああ、知っている。」

「その方の事を、教えて頂きたいのです。」

白蓮は、真っすぐその老人を見たが、老人は何も言わずに黙っている。

「あの……その方は、幼い頃に亡くなったとお聞きしたのですが……私が、元々その方の妃になるはずだったと、王が申されて……」

それを聞いても、老人は黙っている。

「……私は、そのようなお話、耳にした事がないのです。なぜ王の兄君に嫁ぐと決まったいたのに、周囲はその事を私にお話し下さらなかったのか。」

白蓮は床を見ながら、王の悲しげな顔を思い浮かべた。

「それは最初から、信寧王に嫁ぐと分かっていたからだ。」

「えっ?」

白蓮は、顔を上げた。

「確かに信寧王には、兄君がいらっしゃった。とても聡明な方だった。誰もが次の王は、兄君だと思っていただろう。そしてその妃は、生まれながらにして、王妃の星の元に生まれたそなただと、皆思っていた。そこで私が進言したのだ。次の王はこの方ではない、姫君はこの方の妃にあらずと。」

「あなたが?……」

「だがそれは、王国に不吉をもたらす発言だとされ、私は捕らえられ、地下に放り込まれた。しかし、私の進言は当たった。兄君は流行り病にかかり、あっけなく命を落とされ、弟君である信志様が皇太子になった。そして、そなたは何も聞かされる事なく、信志様の妃になった。私の発言通りになったまでの事よ。」

途端に白蓮の周りが、ヒヤッとする。

地下に放り込まれていた者が、なぜ今、この神殿の外にいるのか。

そして、自分の運命どころか、信志様の運命さえも、予言していたこの老人に、白蓮は恐ろしくて恐ろしくてならなかった。

「そして、信寧王の跡継ぎは、一度懐妊した妃の腹から、必ず産まれる。」

「そ、それは……本当の事ですか!?」

「そうだ。全ては星の元に、決まっている事。」

そして白蓮が気が付くと、いつの間にか濃い霧が、神殿を囲っていた。

「そなたは、そなたの為すべき事をせよ。」

「あの……」

白蓮が手が伸ばした時には、その老人は姿を消していた。


「私が王の妃になる事は、私が産まれた時に、決まっていた?そして、跡継ぎは……必ず産まれる……」

白蓮は、老人が口にした事を、ゴクンと飲みほした。

「一度……懐妊した者……黄杏か、黒音のどちらかに……」

白蓮はそう言うと、何かに憑りつかれたかのように、フラフラと神殿から自分の屋敷に戻った。


「産まれる……跡継ぎが……王の……跡継ぎが……」

その事ばかりが気になって、夕食も忘れていた白蓮。

見かねて信志が、白蓮の部屋を訪れた。

「白蓮?」

何かをブツブツ呟いている白蓮を、不思議に思った信志は、気づかれないように白蓮の隣に座った。

「どうした?白蓮?」

信志は顔を近づけ、耳をすませた。

「……産まれる。跡継ぎが……産まれる……」

信志はなぜか恐ろしくなって、白蓮から離れた。

何かに憑りつかれたように、それだけを繰り返す白蓮。


まさかこの前の夜の事で、白蓮は気がふれてしまったのか。

結婚して、30年近くになると言うのに、子供が生まれない二人。

急に自分との子が欲しいと言われて、逆に思い余ってしまったのだろうか。

信志は急に、白蓮が哀れに思えて、後ろから抱きしめた。

「えっ?王?」

それを機に、正気に戻った白蓮。

「どうされたのですか?」

「どうしたのかって……夕食になっても、そなたが現れないから、こうして様子を見に参ったのだ。」

「ああ……そんな時間に……?」

白蓮は長い時間、跡継ぎの事を考えていた自分が、恥ずかしくなった。

こんな思いつめた白蓮の姿を、信志は見るのが初めてだった。

「白蓮。この前私がそなたとの子が欲しいと言った事……それ程に負担になるのなら、撤回しよう。」

白蓮は驚いて、後ろを振り返った。

「子を産まなくても、あなたは私の妻である事に、変わりはないのだから気に病む事はない。」

信志はそう言うと、白蓮から離れた。

「ち、違うのです!」

慌てて伸ばした白蓮の手は、信志の袖を掴んだ。


「それが……今日、不思議な老人にお会いして……」

「不思議とは?」

「その……私が産まれた時に、私が王妃になる事を知っていたとか……」

信志は、自分の袖から白蓮の手を取ると、また白蓮の隣に座った。

「王の……兄君様の事も、知っていらっしゃいました。とても聡明な方だったと。」

「兄君の事も?」

信志は、顎に手を置き、何かを考えた。

「兄君の事や、白蓮が産まれた時の事を知っているとなると、相当古い家臣なのだろうか。」

「いや……白蓮が王妃になると、告げた者……星見の者なのだろうか。」

星見とは、星の運行で世の中を占う者のことで、少し前までは歴代の王が、信頼のおける星見を、自分の側に付けるものだった。

「だが私には、星見がいない。先代の王……私の父が治めていた時、兄の死を予言したとして、星見は幽閉されたのだ。」


- それは王国に不吉をもたらす発言だとされ、私は捕らえられ、地下に放り込まれた -


あの骨と皮ばかりの老人も、そう言っていた。

「その老人も……同じ事を……」

信志は唖然としながら、白蓮を見た。

「本当に見たのか?父の星見は、地下牢で既に死んでいるところを、発見されたのだ。」

「えっ……」

「……夢か幻か?それとも……」

白蓮の背中が、一気に冷たくなる。

「きゃあああ!」

信志の腕の中で、ブルブルと震える白蓮。

「お、恐ろしい……」

信志が、白蓮を強く抱きしめた時だ。

「申し上げます。そろそろ黒音様の処置が、始まったようでございます。」

「そうか、ご苦労。」

信志が返事をした後、白蓮はまだ小刻みに震える体で、立ち上がった。

「どこへ行く?白蓮。」

「黒音の元へ……」

すると信志は、白蓮を自分の側に、座らせた。

「ここで待っていよう。」

「どうしても、黒音に聞いておかなければならない事があるのです。」

信志と白蓮は、しばらく見つめ合った。

「分かった。でもその答えを聞いたら、ここに戻ってくる事。いいね、白蓮。」

「はい。」

白蓮はもう一度立ち上がると、自分の部屋を出た。


白蓮の部屋と、処置室は同じ屋敷内にある。

処置室まで歩く間白蓮は、途方もない時間が流れているかのように思えた。

もし黒音が、自分の想像だと認めれば、堕胎の薬を使わずに済む。

苦しい事も悲しい事も、時間が流してくれるかもしれない。

でも黒音が、認めなければ?

答えは、もう決まっている。

白蓮は、ため息を一つついた。


処置室についた白蓮は、そっと中を覗いた。

寝台に座り、処置が始まるのを、今か今かと待っている。

その表情は、どことなく悲しげなだ。

「黒音。」

白蓮が声を掛けると、その表情は一変し、いつもの黒音に戻る。

「黒音。処置が始まる前に、一つだけ聞きたい事があるのです。」

「何でしょう。」

固い表情。

黒音は、自分に懐いてはいない。

「……そなたのお腹の子の事なのですが。」

「今更、何だと言うのですか?」

黒音の目は、更にキツイ目に変わった。

白蓮は、大きく息を吸った。

「……あなたの、想像だと言う事は、ないですか?」

「えっ?」

黒音と白蓮は、しばらく睨み合った。


「医師は、お腹が大きいのに、御子に触れないと申しています。もしかしたら、最初から御子はお腹に、いないのではないかと。」

「そんな事はありません!」

叫ぶ黒音。

「確かにこのお腹の中に、王の子はいたのです!」

黒音は、大きなお腹を両手で抱えた。

「私には分かります。この中に、小さな命が宿っていたのだと。」

他に何も見えない黒音は、ずっとお腹だけを見つめていた。

「いくら正妃様と言えども、この命を侮辱する事は、私が許しません!」

白蓮は、黒音との間に、大きな壁を感じていた。


「分かりました。医師よ。」

「はい。」

そこで医師はやっと、姿を現した。

「黒音の事、お願いします。」

「は、はい。」

医師はてっきり、黒音が想像であると認め、堕胎の薬は飲まずに済むと思っていた。

「いいのですか?」

「ええ……」

白蓮は、黒音に背中を向けた。

「私は部屋にいます。何かあれば、直ぐに知らせて下さい。」

「はい……」

白蓮は、後ろ髪引かれる思いで、処置室を出た。
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