宮花物語

日下奈緒

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第13話 国母の条件

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桂花は、首を傾げた。

「もしかしたら、黄杏様がこれを飲んで、お腹のお子が流れてしまったのを、見ているからかしら。」

他の女人が答えた。

「黄杏様が?この薬草で?」

「ええ。桂花様は、黒音様がお妃になってから、この屋敷に来られましたけど、黒音様は元々、黄杏様の筆頭女人だったのですよ。」

「黒音様が、黄杏様の!?」

桂花は、黄杏から届いた妊娠中に着る服と、薬草を見た。


「何でも黄杏様の懐妊中、この薬草を煎じていたのは、黒音様だったとか。」

「そう……」

桂花は目を細めて、その薬草を手に取ってみた。

表面はツルツルしていて、ただの草にしか見えない。

「そなた。この薬草が何なのか、調べてくれはしまいか?」

「は、はい。」

女人は薬草を少し持つと、手ぬぐいに包んで、屋敷の外に出て行った。


こんな物を送りつけて、黄杏様は何を考えているのか。

大人しい見た目なのに、恐ろしい。

だがその懸念は、思わぬ方向に向かう。

しばらくして、黒音は酷いつわりに、悩まされるようになった。


「大丈夫か?黒音。」

つわりの噂を聞きつけ、信寧王が昼間駆けつけてくれた。

「はい……せっかくお出で下さったのに、お相手もできずに申し訳ありません。」

「良いのだ。元気なお子を産んでおくれ。」

王は何かにつけ、黒音の元を訪ねてくるが、夜に来ることはない。

決まって明るい日中だ。

夜はまた別な妃の元で、逢瀬を楽しんでいるのだろう。

桂花は、そうにらんでいた。


「つわりが酷い時には、男の子が産まれると申しますよ。」

桂花はわざと、王に聞こえるように、黒音に言った。

「本当か?」

案の定、王は食いついてくる。

まだお子がいない状態で、男の子が産まれれば、間違いなくこの国の跡継ぎだ。

桂花が王宮に出社し、お妃の世話を受けたのも、跡継ぎを産んだ国母がまだ、誕生していないからだった。

桂花が見たところ、王のお子を産む可能性があるのは、黄杏と自分が仕える黒音だけ。

しかも黒音が先に懐妊するとは、桂花も運が良いと、己で思っていたところだ。

だが、黒音はそんな桂花を、白い目で見る。

「桂花。軽々しくそのような事、申すでない。」

黒音の器量がいい分、桂花はぞっとする。

「は、はい。申し訳ありません。」

慌てて頭を下げる桂花。


「黒音。そのように、女人を責めてはいけない。」

「信寧王……」

王は黒音のお腹を、そっと触った。

「そうか。男の子かもしれないのか。待ち遠しいなぁ。」

悲惨な少女時代を送った黒音。

今が一番、心安らぐ生活を送っていた。


「黒音。今はそなたの体調が、芳しくないようだから、これで私は帰るが、つわりが治まったら、もっとゆっくり一緒に過ごそう。」

それは今度は、黒音の元へ通って来てくれると言う宣言だった。

「王……なんてお優しい言葉。」

「私の子を産んでくれるんだ。当たり前だろう。」

自分を抱き寄せて、目を見ながら微笑んでくれる王。

黒音は、何にも代えがたい幸せを、手に入れた気がした。


「そろそろ行かねば。」

王が外を見ながら、立ち上がった。

「お見送りします、王。」

黒音も立ち上がる。

「いや、そなたはよい。」

「いいえ。ただ大人しくしていただけでは、お腹の子にも障ります。」

笑顔で黒音は答え、屋敷の入り口まで、王を見送った。

「お勤め、いってらっしゃいまし。」

「ああ。直ぐに戻ってくるよ。」

王はそう言って、黒音を抱きしめてくれた。


王宮に戻って行く王を、姿が見えなくなるまで見つめる黒音。

まるで自分の方が、正妻のように思えてきた。


「ふふふ……」

黒音は、お腹を撫でながら、微笑んだ。

「そうよ、この子は男の子。この国の跡継ぎよ。私は国母になるの。」

黒音の呟きを、桂花は聞き逃さなかった。

それからしばらくして、薬草を調べていた女人が、桂花の元へ戻ってきた。

「桂花様。あの薬草の事、調べて参りました。」

「おお、やっとあの薬草の事が分かったのか!」

女人は、手拭いに包まれている薬草を見せた。


「これはある村にしか、樹勢しない珍しい草だそうです。血の巡りを良くして懐妊しやすくし、懐妊中も体調を一定に保つ効果があるそうです。」

「それは確かなのか?」

「はい。王宮付きの医師に仕えている、薬師に調べて頂きました。今の今迄調べていたのですから、間違いないと思います。」

「そうか……」

桂花は改めて、その薬草を手に取った。

そんな女達にとって、夢のような薬効が、この草にあるなんて。


「黄杏様は、この薬草を使って、誰よりも早く懐妊したと言うのですね。」

「恐らくは……」

桂花はこの薬草さえあれば、黒音は一人とは言わず、何人も王の子を産めるのでは?と考えた。

「しかし黄杏様は、どこでこの薬草を、手に入れられたのか。」

「それが……」

女人は、黄杏が送ってきた包みを見た。

「この薬草が生えている場所は、黄杏様のご出身である、多宝村だそうです。」

「えっ!?」

「多宝村は、別名子沢山村。この薬草のお陰で、その村の女性は子宝に恵まれているのだとか。」


桂花は、考えこんでしまった。

黄杏の出身地で沢山この薬草が取れるのならば、黄杏にとってこの薬草は、秘伝であるはず。

それをわざわざ、足を引っ張りたい相手に、送るだろうか。

むしろその逆で、無事に出産してほしい。

そんな願いから、秘伝の薬草を黒音様に送ったのではないか。


ではなぜ黒音様は、その秘伝の薬草を、あんなに恐れるのか。


「桂花様……もう一つお耳に入れたい事が……」

「なに?」

女人は、桂花に近づいた。

「この薬草を調べる時、まずは他のお妃様に仕える女人達に、聞いて回ったのですが……」

「それがどうしたのです?」

女人は、もっと桂花に近づいた。

「特に青蘭様の女人が、陰でしていた噂で、黄杏様のお子が流れたのは、黒音様が毒薬を何かに混ぜて、黄杏様に飲ませていたからだとか。」

桂花は、息が止まった。


毒薬を何かに混ぜた?

黄杏様が懐妊中、薬草を煎じて出していたのは、黒音様。

効能のある薬草を、黒音様は異常なまでに、恐れている。

答えは、桂花の中で出た気がした。


「……証拠は?」

「いえ、ないそうです。」

「そうでしょう。そのような噂は、今後口にしないように。」

「は、はい。申し訳ありません。」

女人が自分の仕事に戻った後、桂花は寝台で休んでいる黒音を、見つめた。

大人しい振りをして、恐ろしい事をなさる。

それが今回、表に出なければいいが。

桂花は、気づかれないようにため息をついた。

桂花の心配を他所に、黒音はお腹が大きくなるにつれて、態度も大きくなってきた。

産まれてくる赤子が、男か女か、まだ分からないと言うのに、黒音は自分の子が、時代の王になる者だと言い始めたのだ。


「あなた達は幸せね。次の王がまだお腹の中にいる時を、見る事ができるのだから。」

自分に仕える女人にそう言って、挙句の果てに、自分の前を通る時は、お腹の中にいる赤子に、頭を下げて行けとまで言うようになった。


「本当に跡継ぎ様であれば、いいけれども。」

「姫様だった時は、どうされるんでしょうね。」

「この様子じゃあ、女王様にでもなさるおつもりなんじゃないの?」

あまりの態度の大きさに、仕えている女人達まで、そう言い放つ始末。

加えて毎晩訪れる信志の存在も、黒音にいらぬ自信を付けた。

「ああ。産まれてくる子は、皇子かな。姫かな。」

信志は、毎晩のようにやってきては、黒音のお腹に顔を付けてそう話かけていた。

「きっと、王によく似た皇子でございます。」

「そうか?もしかしたら、黒音によく似た美しい姫かもしれぬぞ。」

すると黒音は、首を横に振った。

「いいえ。産まれてくる赤子は、男の子ですわ。」

あまりにも自信たっぷりに言うものだから、信志もそれを信じてしまう。


信志は微笑みながら、黒音の横に寝そべった。

「……この子が皇子なら、武芸は勇俊に習わせたいな。」

「勇俊?ああ、いつもこの屋敷を警護してくれる、護衛長ですね。」

「ああ。あの男は、信用できる。」

将拓の命を救った勇俊の事は、忠仁を通して、信志の耳にも入っていた。

「……友の命も救ってくれた。その精神を、私の後を継ぐ皇子にも、受け継いでほしいのだ。」

「信寧王様……」


信志は今迄は、具体的にそんな事を考えた事がなかった。

自分の子が産まれてくるなんて、どこか夢物語だと思っていたからだ。

信志は毎晩、黒音に腕枕をして眠りについていた。

「日増しに大きくなるな。そなたのお腹は。」

「この中で、お子が育っているのですから、大きくなりましょう。」

信志は黒音のお腹を、触ってみた。

「こんなに大きくなっているのに、動かないのだな。」

信志がお腹の奥を触ろうと、グッと力を入れても、まったく反動もない。

「大人しいお子なのでしょう。」

黒音は、全く無関心だ。

「そういうものか。」

だが信志は、黄杏が懐妊していた時も、毎晩のように泊まって、黄杏のお腹を撫でていた。

同じくらいお腹が大きかったはずだが、黄杏の時は確かに、動いていたはずだ。


「それよりも、お名前など決めておりますか?」

黒音は、信志の首元に顔を埋めて、甘えてくる。

「ああ。女だったらもう、決めているのだが……」

信志がそう言うと、黒音は起き上がり叫んだ。

「絶対、男の子でございます!」
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