宮花物語

日下奈緒

文字の大きさ
上 下
32 / 47
第12話 王宮の守人

しおりを挟む
黄杏と紅梅は、お互いを見合う。

「……兄のいる娘は、お妃になれない。あなたに、兄がいると世間に知られたら、どうする気なの?」

「何とかするわよ。」

「大方、信寧王がお助け下さると思ってるんでしょ?」

黄杏は、唇を噛んだ。

「あなたのお兄様を襲ったのは、白蓮様よ。」

「何ですって?」

「この王宮にはね。王の力が及ばない場所があるの。掟に背けば、王もあなたを庇いきれない。分かった?」

紅梅にそこまで言われ、黄杏は初めて、大きな力が渦を巻いている事を知った。


「で?お兄様がそんな事になって、あなたはそのままでいいの?」

「そのままで?」

「このまま、お子を諦めていいの?」

紅梅の言葉は、真っすぐに黄杏の胸に届く。

「……私は、一度流産してしまったから。」

「一度くらい何だって言うの?」

「でも、お子ができにくい体になってしまったし……」

「できにくのであって、全くできない訳ではない。」

紅梅は尚も、黄杏を責めるように言う。

「私がここまで言うのはね。あなたと私は、置かれている立場が一緒だからよ。」

「紅梅さん?」

「私の父はね。私が王の妃になったばかりに、出世の道を諦めなければならなかったのよ。」

「忠仁殿が?」

少しだけ俯く紅梅を見て、黄杏もつられて下を向く。


「あなたのお兄様も、あなたが王の妃になる事で、諦めた道があるのでしょう?私達の妃としての場所は、誰かの犠牲の上に、成り立っているの。」

「兄の犠牲、父の犠牲……」

黄杏の頭の中に、兄・将拓と紅梅の父・忠仁の顔が浮かぶ。

「だからこそ私達は、王のお子を産まなければならないのよ。そうじゃなかったら、犠牲になってくれた人が、浮かばれないわ。」

紅梅の声は、涙で揺れていた。

「黄杏さん。あなたがこれからどうしようと、私は必ず王のお子を産んでみせるわ。応援してほしいって思ってない。ただ……」

「ただ?」

「邪魔はしないで。」

それだけを言うと、紅梅は視線を前に変えて、またじっと祈り続けた。

黄杏はそれを邪魔しないように、そっと神殿を出た。


- 必ずお子を産む -


紅梅の力強い言葉に、黄杏は自分の妃としての心構えが、甘かった事を知る。

自分は、王のお子を産む為、村からやってきたのだ。

そしてそれは、兄・将拓が自分の人生を捨ててくれたから、与えられたものなのだ。

それを黄杏は、忘れていた。

怪我をしたことも、自分に伝えない兄。

将拓の気持ちを考えると、黄杏の胸は潰れそうだった。


屋敷に戻ってきた黄杏は、実家から届いた包みを、開けてみた。

昔から村に伝わる、お子が授かると言う薬草。

それを別な包みに取り、黄杏はまた屋敷を出た。


向かった場所は、紅梅がまだ祈りを捧げている神殿。

紅梅の低いお祈りの言葉を邪魔しないように、黄杏はそっと神殿の中に入った。

「黄杏さん?」

それでも黄杏の足音に気づく紅梅。

「また来たの?それとも、一緒に祈りを捧げに来たの?」

返事もなく、黄杏は紅梅の隣に座った。

「これを……届けに来たの。」


紅梅の前に、あの薬草が入った包みを置く。

「これは?」

「私の実家のある村に生えている薬草なの。一説ではこれがあるから、村は子宝に恵まれるんだって、両親は言ってたわ。」

紅梅は、そっと包みを開ける。

見れば、ただの草にしか見えない。


「これって、煎じて飲むの?」

「そうなの。それを飲むと、体全体が温まるの。それでお子ができやすくなって、子供も無事生まれてくるんだって。」

紅梅は、改めて黄杏を見つめた。

「どうして……私にそんな薬草を?」

「私、さっきの紅梅さんの話を聞いて、考え方が変わったわ。私ももっと、妃としての自覚を持たないとって。」

紅梅は、目をぱちくりさせた。

半ば、嫌味で言った話を、こんなに真っすぐ受け止めてくれるなんて。

「紅梅さん。私も、もう一度王のお子が欲しい。」

力強く言葉を発する黄杏に、紅梅は圧倒された。

「私は誰よりも、王を愛しています。だからこそ、愛している人の子供を産みたい。これからは、他のお妃様に遠慮する事なく、王のお子を望むわ。」

返って自信を付けさせてしまったかと、紅梅は複雑な思いにかられた。


「紅梅さんも一緒でしょ?」

「えっ?」

黄杏は、紅梅の手を握った。

「紅梅さんも、王を慕っているのでしょう?」

「ええ、そうよ。誰よりも尊敬し、傍にいてお支えしたいと思っているわ。」

「そんなお方のお子が欲しいと願うのは、女として当たり前よ。」

「黄杏……さん?」

黄杏は、紅梅の近くに寄った。


「紅梅さん。二人で頑張りましょう。」

「え、ええ……」

それだけを伝えると、黄杏は神殿から去ってしまった。

そして日も暮れ、紅梅が神殿から屋敷へ戻ってくると、今日の王の寝所は、紅梅の屋敷だと伝えられた。

「王が……いらっしゃる……」

紅梅は、黄杏から貰った包みを、女人に手渡した。

「この薬草を……煎じて頂戴。」

「畏まりました。」


女人が準備に取り掛かると、紅梅は鏡を見た。

王から寵愛を受けている青蘭も黄杏も、髪はおろしている。

「ねえ、この髪。結って貰っているのを、解いてくれるかしら。」

「はい。」

別な女人が、紅梅の丸く結い上がっている髪を、真っすぐにおろした。

「このままで、よろしいのですか?」

「ええ。このままでいいわ。」


髪をおろしただけで、なんだかいつもの自分と違う気がする紅梅。

席に座ると、丁度夕食が運ばれてきた。

紅梅がいつも髪を結いあげているのは、もちろん武術をやる程活発だからだ。

動く度に髪が邪魔をしていては、思い切り動く事もできない。

だが、これは黄杏から頂いた薬草。

子沢山村に伝わる、薬草。

一度は、王のお子を宿した黄杏も、飲んでいた薬草なのだ。


「飲まなきゃ……」

紅梅は鼻を抓みながら、一気に飲み切った。

するとなんだか、体がポカポカしてきた気がした。

「これで、効き目があるのかしら。」

紅梅がため息を一つすると、女人が王の訪問を、知らせてくれた。


「紅梅。邪魔するよ。」

久しぶりに夜に見た、王の姿。

「お邪魔だなんて。いつでも、いらしてください。」

そう答える紅梅が、いつもと違う雰囲気であることを、王は見逃さなかった。

「……今日は、雰囲気が違うね。髪をおろしているせいかな?」

「はい。青蘭さんや、黄杏さんの真似をしてみました。」

「二人の?」

それを聞いた王は、紅梅の隣に座った。

「二人の真似などしなくてもよい。紅梅には紅梅の、よいところがたくさんある。」

「……有難うございます。」

そう言われると、胸の奥がくすぐったくなる紅梅。

「ところで、このお茶は何だ?すごい匂いがするが……」

王が顔を近づけて匂いを嗅いでみると、やはり強烈な匂いに、顔を背けてしまった。

「それは……黄杏さんから頂いた、薬草でして。」

「黄杏から貰った薬草?」

「はい。何でも黄杏さんのご出身の村では、この薬草を飲んでいるから、お子ができるのだと……」

そう言って紅梅は、口を隠した。

「子ができる、薬草か……」

「……はい。」


微妙な空気が、二人の間を流れる。

「申し訳ありません。」

「何がだ?」

「これでは、せっかくの雰囲気が、台無しでございますね。」

紅梅が立ち上がり、薬草の入った瓶を持ち上げようとした時だ。

王が後ろから、紅梅を抱きしめた。

「そんな事はない。今日の紅梅は、いつもと違う雰囲気だからね。違う女を見ているようだよ。」

「お、王?」

戸惑う紅梅の滑らかな肌を、王が滑るように触れてくる。

「紅梅……」

耳元で囁かれ、ゾクッとする紅梅。

いつの間にか、女人もいなくなっている。

「さあ、おいで。」

王は紅梅を、軽々と持ち上げると、寝台へと紅梅を横たわらせた。


「私の子が、欲しいか?紅梅。」

「はい。欲しいです。」

どこか艶っぽくて、体も筋肉で引き締まっている。

誰よりも強い、この王のお子を、紅梅は欲しくてたまらなかった。

「では沢山、愛でなければならないな。」

「あっ……」

返事をする間もない程に、王は紅梅の服を脱がし、その肌を堪能する。

いつもと違う触り方だ。


「王……いつもと違う気が……」

「いつもと一緒だよ……紅梅……」

そう言われても、いつもよりも荒々しい気がする。

そう。

いつもは、よそよそしい。

まるで義務を果たしているかのようだ。

だが今日は、違う。

まるで自分の反応を、楽しんでいるかのようだ。


「王……もう……」

「紅梅は、おねだりさんだな。」

そんなつもりはないのに、耳元でそう言われると、恥ずかしくてたまらない。

だがそんな事は一瞬のことで、紅梅は直ぐに、女としての幸せを感じるようになる。

恋い焦がれた男が、今自分の目の前にいる。

その上、自分の体に欲情して、何とも言えない恍惚な表情を、浮かべている。

間近で香る、好きな人の匂い。


「王……」

紅梅は、王を強く抱きしめた。

「もっと、もっと……」

「紅梅……?」

「もっと……側に……」

訳が分からず、涙が出ていた。

それを王は、優しく拭った。


「……私は、いつも紅梅の側にいるよ。」

その言葉がウソだと分かっていても、紅梅にとっては嬉しかった。

そしてだんだん、王の息使いが荒くなってくる。

紅梅の気持ちも、高ぶってくる。


好きな相手が自分の体で、快楽に溺れている様は、何て美しいのだろう。

そう思うだけで、紅梅の心は満たされていくのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

俺を信じろ〜財閥俺様御曹司とのニューヨークでの熱い夜

ラヴ KAZU
恋愛
二年間付き合った恋人に振られた亜紀は傷心旅行でニューヨークへ旅立つ。 そこで東條ホールディングス社長東條理樹にはじめてを捧げてしまう。結婚を約束するも日本に戻ると連絡を貰えず、会社へ乗り込むも、 理樹は亜紀の父親の会社を倒産に追い込んだ東條財閥東條理三郎の息子だった。 しかも理樹には婚約者がいたのである。 全てを捧げた相手の真実を知り翻弄される亜紀。 二人は結婚出来るのであろうか。

夕陽を映すあなたの瞳

葉月 まい
恋愛
恋愛に興味のないサバサバ女の 心 バリバリの商社マンで優等生タイプの 昴 そんな二人が、 高校の同窓会の幹事をすることに… 意思疎通は上手くいくのか? ちゃんと幹事は出来るのか? まさか、恋に発展なんて… しないですよね?…あれ? 思わぬ二人の恋の行方は?? *✻:::✻*✻:::✻* *✻:::✻*✻:::✻* *✻:::✻*✻:::✻ 高校の同窓会の幹事をすることになった 心と昴。 8年ぶりに再会し、準備を進めるうちに いつしか二人は距離を縮めていく…。 高校時代は 決して交わることのなかった二人。 ぎこちなく、でも少しずつ お互いを想い始め… ☆*:.。. 登場人物 .。.:*☆ 久住 心 (26歳)… 水族館の飼育員 Kuzumi Kokoro 伊吹 昴 (26歳)… 海外を飛び回る商社マン Ibuki Subaru

俺から離れるな〜ボディガードの情愛

ラヴ KAZU
恋愛
まりえは十年前襲われそうになったところを亮に救われる。しかしまりえは事件の記憶がない。亮はまりえに一目惚れをして二度とこんな目に合わせないとまりえのボディーガードになる。まりえは恋愛経験がない。亮との距離感にドキドキが止まらない。はじめてを亮に依頼する。影ながら見守り続けると決心したはずなのに独占欲が目覚めまりえの依頼を受ける。「俺の側にずっといろ、生涯お前を守る」二人の恋の行方はどうなるのか

助けてください!エリート年下上司が、地味な私への溺愛を隠してくれません

和泉杏咲
恋愛
両片思いの2人。「年下上司なんてありえない!」 「できない年上部下なんてまっぴらだ」そんな2人は、どうやって結ばれる? 「年下上司なんてありえない!」 「こっちこそ、できない年上の部下なんてまっぴらだ」 思えば、私とあいつは初対面から相性最悪だった! 人材業界へと転職した高井綾香。 そこで彼女を待ち受けていたのは、エリート街道まっしぐらの上司、加藤涼介からの厳しい言葉の数々。 綾香は年下の涼介に対し、常に反発を繰り返していた。 ところが、ある時自分のミスを助けてくれた涼介が気になるように……? 「あの……私なんで、壁ドンされてるんですか?」 「ほら、やってみなよ、体で俺を誘惑するんだよね?」 「はあ!?誘惑!?」 「取引先を陥落させた技、僕にやってみなよ」

後宮物語〜身代わり宮女は皇帝に溺愛されます⁉︎〜

菰野るり
キャラ文芸
寵愛なんていりません!身代わり宮女は3食昼寝付きで勉強がしたい。 私は北峰で商家を営む白(パイ)家の長女雲泪(ユンルイ) 白(パイ)家第一夫人だった母は私が小さい頃に亡くなり、家では第二夫人の娘である璃華(リーファ)だけが可愛がられている。 妹の後宮入りの用意する為に、両親は金持ちの薬屋へ第五夫人の縁談を準備した。爺さんに嫁ぐ為に生まれてきたんじゃない!逃げ出そうとする私が出会ったのは、後宮入りする予定の御令嬢が逃亡してしまい責任をとって首を吊る直前の宦官だった。 利害が一致したので、わたくし銀蓮(インリェン)として後宮入りをいたします。 雲泪(ユンレイ)の物語は完結しました。続きのお話は、堯舜(ヤオシュン)の物語として別に連載を始めます。近日中に始めますので、是非、お気に入りに登録いただき読みにきてください。お願いします。

処理中です...