宮花物語

日下奈緒

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第11話 命の見返り

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「私が致命傷を負えば、この場は収まります!」

「ですが!」

「お願いです!私は、あなた様であれば、片目を潰されても本望です!」

将拓はじっと、勇俊を見つめた。

「将拓殿……」


将拓と勇俊のやり取りを聞いていた部隊長は、高笑いを始めた。

「友情ごっこを見ているのも、面白いものだ。それがどこまで通じるかな。」

「なに~!おまえと言う奴は!」

勇俊は、一歩前に出ようとした。

「護衛長殿!」

それを将拓が阻む。

「はははっ!」

その隙に、勇俊が刀を振り上げる。

「危ない!」

将拓は立ち上がって、勇俊の前に立った。


「うわあああ!」

部隊長の刀が、将拓の胸を切り裂いた。

「将拓殿!」

「うぅぅぅぅ……」

ガクッと膝を着いた将拓に、護衛長は後ろから近づいた。

将拓の胸からは、大量の血が流れ出ていた。

「大変だ。早く傷の手当てをしないと。」

勇俊は、将拓の肩に腕を入れ、起き上がらせた。

「逃がしはしません。」

「馬鹿を言うな!怪我をしているんだぞ!見れば分かるだろう!!」

だが部隊長は、刀を降ろさなかった。


その時だ。

立ち上がっていた将拓が、再び膝を着いた。

「護衛長殿……後生です。」

「将拓殿?」

「早く私の目を、潰して下さい。」

それを聞いて部隊長が、笑いだす。

「どうやら護衛長よりも、その商人の方が、助かる道を知っているらしい。」

勇俊は何度も何度も、息を吸ったり吐いたりした。


「お願いです……もう、私の意識が持ちません……」

そして、将拓の体がグラッと、前に倒れそうになった。

「将拓殿!」

それを勇俊が、左手で支えた。

見れば将拓の顔は、青白い。


早く手当てをしなければ、将拓は本当に死んでしまう!


勇俊は、腰に吊るしておいた短剣を、右手で取り出した。

「将拓殿……許してください……」

「許すも……何も……私が……あなたに……頼んだ事……です……」

将拓の意識は、半分無くなっていた。

「うわあああああ!」

勇俊は、右手を振り上げると目を瞑り、将拓の左目を目がけて、一気に短剣を振り落とした。


「ぎゃああああ!」

意識を半分失っていた将拓でさえ、左目に走る熱い痛みに、その場にのたうち回った。

「うぅぅぅぅ……」

そして両手で左目を押さえたが、溢れ出した血は、地面を赤く染め上げていく。

「よし、いいだろう。退け!」

それを見た部隊長率いる第8部隊は、サーっと風のように引いて行った。


「将拓殿!」

勇俊は急いで、懐にしまってあった布で、将拓の左目を覆った。

「敵はいなくなりました。早く忠仁様の元へ行きましょう!」

「……かたじけない。」

「何を言うのか!今すぐ治療すれば、左目は回復するかもしれません!」

将拓を肩に抱え、勇俊は一刻も早く、元来た道を戻った。

もうすぐで、屋敷への門に着くという頃。

忠仁が、現れた。

「護衛長!どうした?」

「忠仁殿!医者を呼んで下さい!将拓殿が!」

「将拓殿?」

忠仁は勇俊に抱えられている男を見て、愕然とした。

胸は切り裂かれ、左目に巻かれた布は、真っ赤に染まっている。

「将拓殿!なぜこのような事に!!」

忠仁も、将拓に一目置いていた人間の一人だった。


「医者を呼べ!早くだ!」

「はっ!」

門の護衛に命じた忠仁は、急いで将拓の元へ駆け寄った。

「護衛長。将拓殿を抱えてくれ!私は足元を持つ!二人で抱えた方が、早く運べる!」

「はい!」

勇俊は肩から将拓を降ろすと、直ぐに将拓の両脇に自分の腕を入れて、上半身を抱えた。

「黄杏様の屋敷が、一番早い!そこへ運ぼう!」

「はい!」

だが将拓は、忠仁の手を掴んだ。

「黄杏の……元へは……行かないでください。」

「しかし、一刻を争う事態なのに……」

「お願いです……黄杏にだけは……黄杏にだけは……」

将拓は魘されるように、何度も何度も呟いた。

「……仕方ない。紅梅の屋敷へ。」

「はい。」

二人は将拓を、黄杏の屋敷の隣にある、紅梅の屋敷へと運び入れた。


「きゃああああ!」

紅梅の女人が驚いて、水の入った徳利を落としてしまった。

「どうかしたのですか?」

寝所から紅梅が顔を出す。

「……お父上様が……」

「父上が?」

胸騒ぎを覚えた紅梅が、隣の部屋に行くと、床には血まみれの男が、倒れていた。

「こ、これは!」

「紅梅!すまぬが、場所を借りるぞ!」

忠仁は、将拓の服を剥がしていく。

「酒は?酒はあるか!」

「は、はい!」

女人が奥から酒を持ってくると、忠仁はそれを口に含み、将拓の腹の傷へと吹きかけた。

「うううううっ!」

傷口が染みる将拓は、唸り始める。

「次は、頭の方か。」

忠仁は、左目に巻いてある布を取ると、あまりの惨劇に、顔を反らした。

「……左目が……潰れている……」

あの有能な将拓が、片目だけになるなんて……

忠仁は、床を思いっきり拳で叩いた。


その時ようやく、医者が紅梅の屋敷へと辿り着いた。

「怪我人は?」

「ここです!」

勇俊が、床を指さす。

「ほう、腹に左目か。直ぐに縫い合わすか。熱湯を用意してくれ。それと、寝台を借りる事はできますかな。」

「どうぞ。」

紅梅は、自分の寝台へと招き入れた。

「すまぬ、紅梅。」

「何を。このような事は慣れております。」

紅梅は、忠仁に微笑んで見せた。


「ところで、どなたなのです?」

紅梅の質問に、忠仁と勇俊は、顔を合わせた。

「……紅梅。誰にも言わないでくれ。黄杏様の兄君だ。」

「兄君!?」

紅梅は、口を手で覆った。

「……まさか。妃は、兄を持たない娘に限るはず。」

「いろいろ訳があってな。だが、それが白蓮様のお耳に入ったのだ。」

「白蓮奥様に?では……襲った相手と言うのは……」

「恐らく、白蓮様の命令を受けた者だ。」

勇俊はその場に、崩れ落ちた。

「襲ったのは、護衛の者達です。」

「護衛?そうか……第8部隊に、白蓮様は頼んだのか。」

そして勇俊は、涙を止めどなく流した。

「私の責任です!」

忠仁は、勇俊の肩を掴んだ。

「そなたの責ではない。第8部隊は、護衛長のそなたでも、命令が及ばぬような輩達なのだ。」

「いえ!忠仁様。私が、私が……」

「護衛長?」

「私が!将拓殿の左目を潰したのです!」

忠仁は驚きのあまり、声が出なかった。


「最初に、正妃様から命令を受けたのは、この私です。ですが、無理だとお伝えしたのです!」

「それで白蓮様は、第8部隊に命じたのだな。」

「はい。私は、先回りをして将拓殿に、その事をお教えしました。将拓殿は……」



『そうですか……だとすれば、あなたに襲われた方が、私は……』

忠仁は、紅梅の寝所で横たわっている将拓を、見つめ続けた。


普通なら、死にたくないと、襲わないでくれと、醜い程に頼み込むだろうと言うのに。

その上、疑心暗鬼になった者は、その状況を教えたくれた人まで、隙を見て殺してしまうかもしれないと言うのに。

ただ冷静に……

目の前の、危険を教えてくれた者を信じて……


「将拓殿……あなたと言う人は……」


忠仁の目にも、涙が光った。

「父上……」

紅梅はなぜ、兄のいる黄杏を妃にさせたのか、自分の父親が許せなかった。

例え信寧王と深く愛し合っていると言えど、いや、愛し合っているからこそ、それを理由に撥ね付ければよかったのに。

そうすれば、こんなにも王からの愛情を薄い事に、嘆き悲しむことはなかったのに。


その時、寝所の方から医者が出てきた。

「先生。将拓殿は?」

医者は俯いたままだ。

「命に別状はありません。しかし……左目は、一生見えないままでしょう。」

それを聞いた勇俊は、ここがお妃の屋敷だと言う事を忘れ、泣き叫んだ。

「泣かないでください、護衛長。」

今治療が終わったばかりとは思えない程、しっかりとした口調で、将拓の声が聞こえてきた。

「あなたのお陰で、私の命は助かりました。どうか、自分を責めないでください。」

勇俊は、床に着いた手を、震えるくらいに強く握りしめた。

そこに、涙がボタボタ落ちた。

だが今度は、将拓に気づかれないように、声を押し殺してだ。


「護衛長。いつまでもここにいる訳にはいかない。私の屋敷へ、将拓殿を運ぼう。」

忠仁に背中を叩かれ、勇俊は涙を拭いた。

驚いたのは、紅梅だ。

「父上。この者を父上の屋敷に、連れて行くのですか?」

「そうだ。」

「気はお確かか?我が家の禍に、なるやもしれぬと言うのに。」

紅梅の言葉にも耳を貸さず、忠仁は部下に、将拓を乗せた担架を運ばせた。


「お妃様。」

将拓は、紅梅に手を伸ばした。

「ご心配なさいますな。怪我が治り次第、私は直ぐに立ち去ります。」

「兄君殿……」

今日会ったばかりだと言うのに、なんという気の使い方。

その上、自分は瀕死の状態であると言うのに。


「紅梅。」

「は、はい。」

忠仁はじっと、紅梅を見つめた。

「私は決めた。あの者を、私の側に置く。」

「えっ!?」

紅梅の胸がざわつく。

「……白蓮奥様に知られたら、如何されるのですか?いえ、もし黄杏さんの兄君様と世間に知られたら?お咎めを受けるのは、黄杏さんだけではなくなりますよ?」

「だとすれば、私の養子にするまでだ。」

「養子!」

紅梅はあまりの事に、体がふらつき始めた。

「……なぜそこまで、あの者を……」

忠仁は、にこっと微笑んだ。

「無論、あの者に惚れたからよ。一介の商人にしておくには、勿体無い。」

「父上?」

紅梅は、高らかに笑う父親が、返って気の毒に思えてきた。
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