宮花物語

日下奈緒

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第11話 命の見返り

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「護衛長、落ち着いて下さい。」

狼狽えるはずの将拓に、返ってなだめられる勇俊。

そうだ。

自分よりこの人の方が、心穏やかではないはずなのに。


「……すみません。ですが、私は……どうしてもあなたを、失いたくないのです。」

「護衛長……そんなにも、私の事を……」

勇俊がそっと顔を上げると、そこには将拓の真っすぐな瞳があった。

その人を信じようとする美しい瞳に、勇俊は打ち崩されてしまって、その場に膝を着いた。

「将拓殿!」

「はい。」

勇俊は、右手の拳で地面を叩いた。

「あなたを襲えと命じられた刺客は、この私です!」

「護衛長殿が?どうして、刺客なんて……」

そこまで言って将拓は、ハッとした。

「……命じたのは、正妃様なのですね。」

「はい!……」

もう隠しきれない勇俊は、将拓の前で地面に頭を付けた。


「黄杏様にお子が生まれれば、有能なあなたは必ず、政治に参加すると仰せられて……」

「なぜ、そのような在りもしない事を!」

将拓は、唇を噛んだ。

「だから今のうちに、あの者の片目を奪えと。そうすれば、政治に参加できまいと。」

「私の……片目を?……」

将拓は、初めて背中が凍る思いをした。


「もちろん、断りました。私には無理だと。しかし正妃様は、だとすれば、他の者に襲わせるまでだと……」

将拓は、見えない大きな陰謀に、勇俊の前に崩れ落ちた。

「そうですか……だとすれば、あなたに襲われた方が、私は……」

「いいえ!」

勇俊は、目の前にいる将拓を両肩を掴んだ。

「まだ諦めるには、早すぎます!」

「護衛長?」

「私は、あなた様をお守りします!生きて!怪我一つ負わずに、宮中を出られるように!」

勇俊の目は、真剣だった。

「外に出れば、外にさえ出られれば、後は嘘の話を流せばいいだけです。今夜だけ耐えて下さい!」

「分かりました。では私はこの話を聞かなかった振りをして、黄杏の屋敷に泊まりましょう。」

「はい。」

「護衛、お頼み申します。」

将拓は一礼をすると、黄杏の屋敷に戻って行った。

それを見届けた勇俊は、屋敷の裏手に回る。

屋敷の作り上、どこから入ろうとしても、必ず裏手から入らなければならないからだ。

勇俊は潜む位置を決め、身を隠した。


それから数時間後。

すっかり灯りが消えた屋敷に、静寂が訪れた。

一向に何者かが動く気配もなく、護衛長はしばしの仮眠を取った。

よく考えてみれば、将拓が泊まっているのは、お妃様の屋敷なのだから、簡単に手出しはできないはず。

今夜襲うかもしれないと言うのは、自分の思い過ごしだったのかもしれない。

勇俊はすっかり、眠りに入ってしまった。


どのくらい経っただろうか。

勇俊の目に、朝日が舞い込んできた。

「……朝か。」

目を覚ました勇俊は、黄杏の屋敷の中を覗いた。

いつものように、女人達が朝ご飯の用意をしている。

将拓は?

将拓はどこにいる?

その時、ガラッと黄杏の屋敷の扉が開いた。

「ふぁーあ。」

そこには、背伸びをする将拓の姿があった。


「お早うございます、護衛長殿。」

その元気な姿に、勇俊はゆっくりと、将拓の元に歩み寄った。

「……ご無事でしたか。」

「はい、お陰様で。」

二人は、お互いの肩を掴んで、微笑み合った。


「どうですか?一緒に、朝ごはんでも。」

「いいえ。ここはお妃様の屋敷。私は、それに仕える者。まさか、ここで朝ご飯を共に頂く事はできません。」

「そうですか……」

そして、中から女人が呼ぶ声がした。

「では、将拓殿。私は、持ち場に戻ります。」

「はい。一晩中の護衛、有難うございました。」

そう言って挨拶を交わした勇俊は、自分の寝泊りする屋敷へと、戻った。


屋敷周辺を護衛をする者達の住処は、白蓮の屋敷の隣にあった。

武器を置いた勇俊は、そのまま湯殿に向かった。

髪を洗い体を洗い湯に浸かり、一晩の疲れを癒した。

「あれ?護衛長、こんな時間に湯殿ですか?」

部下の一人が、湯殿に入ってきた。

「ああ、おまえは?」

「はい。外の門の警備で。今、交代してきたばかりです。」

そして部下も、湯に浸かった。

「そうか。ご苦労だったな。」

「いいえ。」


屋敷に帰れば、大部屋に大勢で寝泊りする護衛達。

こうして湯に浸かっている時が、一番疲れを癒すと、勇俊は知っていた。

だから湯殿にいる時は、部下には何も指示しない。

できるだけ、放っておいてやる事にしていた。


「ところで、黄杏様の客人、とても偉い方なのですか?」

「そう言う訳でもない。南方の商人だ。」

そう。

お妃様の兄上だと言う事は、秘密だ。

「へえ。じゃあ、俺の勘違いかな。」

「どうした?何か気になる事でもあったのか?」

勇俊は、部下の方を向いた。

「いえ。客人が発つ時の護衛を任されたと、第8部隊が出て行きましてね。てっきり黄杏様の客人だと思ったのですが、他の客人だったようですね。」

「客人の……護衛?」


勇俊は、ハッとした。

『おまがやらなければ、他の者に頼むだけです。』

白蓮の言葉。

第8部隊は、別名”影の暗殺者”だ。


「しまった!」

勇俊は、慌てて湯から出た。

「えっ?えっ?護衛長?」

部下が驚いている間に、勇俊は濡れた髪をそのままにして、屋敷との境の門に急いだ。


途中で黄杏の屋敷から、女人が一人出てきた。

「そこの女人殿!」

「は、はい!」

勇俊は、女人の前に立ち止まった。

「客人は、今どこに!?」

「客人の方でしたら、今先ほど旅発たれました。」

「遅かったか!」

勇俊は、急いで走り出した。

「女人殿!急いで忠仁様を、呼んで頂きたい!」

「は、はあ……」

何がなんだか、訳が分からなくぽかんとしている女人を置いて、勇俊は、将拓の後を追った。

門の外に出たが、護衛以外誰もいない。

「護衛長、どうされましたか?」

息を切らして走ってきた護衛長に、門の外を守っていた護衛達が驚く。

「ここを……黄杏様の客人が、通らなかったか?」

「はい。お妃様の客人でしたら、つい先ほど行かれたばかりです。」

そう言って護衛は、宮中の外に出る一本道を指さした。

「有難う。」

勇俊は一本道の先を、目を凝らしながら見ると、ゆっくりと走りだした。


つい先ほどだと言うのなら、まだ間に合うはず。

勇俊は、祈るような気持ちで、将拓の姿を探した。

だが早いもので、既に宮中の出入り口まで、来てしまった。

そこにも、護衛の者が門を守っていた。

「護衛長!このような場所まで、お出ましになるとは。」

上司の突然の登場に、護衛達は揃って武器を降ろす。


「ここに黄杏様の客人は、来たか?」

「客人ですか?」

「背の高い商人だ。言葉に南方訛りがある。」

護衛達は、目を合わせた。

「そのような方は、まだいらっしゃってないですが……」

勇俊はクルッと振り返ると、元来た道をまた小走りで戻った。


見逃した?

一本道だと言うのに、どこか建物の裏側に、引きずり込まれてしまったのか。

護衛長は、道の両側にある建物と建物の間を、一つ一つ見て回った。


どこなんだ?

無事なのか?

「将拓殿!!」

勇俊が名前を叫んだ時だ。

後ろ側の建物の奥で、人が動く気配がした。

それを見逃さなかった勇俊は、ためらいなく動いた。


勘は当たった。

第8部隊が、将拓を囲んでいた。

「護衛長殿!」

建物の後ろで狭い中、将拓は何とか荷物で、攻撃を防いでいた。

「退け!退け!!」

勇俊が第8部隊の面々に言っても、誰一人命令に従わない。

勇俊は、攻撃をかわしながら、将拓の前まで来た。

「来て下さったんですね。」

「ええ!間に合ってよかった!」

だが二人共、再会を喜んでいる時間はなかった。

「護衛長殿、お下がりください。」

部隊をまとめる男が、部隊長に刀を向けた。

「お前こそ、下がれ!この方を、どなたと心得るのだ。お妃様の兄君なるぞ!」

「だからこそ、このまま宮中の外へ、逃がす訳には行きません。」


護衛の者達が、勇俊に切りかかる。

「護衛長!」

「大丈夫です!」

勇俊は一気に、5人もの護衛達を退けた。

「こんな事でやられていたら、護衛長など勤まるか!」

その後も刀と刀が、激しく合わさる音が、辺りに響き渡る。

「馬鹿め!例え護衛長と言えども、一人で勝てると思っているのか!」

部隊を率いる者が、数人と一緒に勇俊に襲い掛かった。

最初は、次々と倒していた勇俊も、さすがに最後の一人に、腕を切り裂かれた。

「護衛長!逃げて下さい!」

将拓が叫ぶ。

「何の!これしきの事で!」

勇俊は、切り裂かれた方の腕の袖を引きちぎると、傷の部分を覆った。

「あなたも、惨めな方だ。」

「なに?」

部隊長が冷たい視線を、勇俊に投げかけた。

「このような一商人。放っておけばよいものを。いや、さっさと正妃様が仰る通り、致命傷を負わせておけば、あなたがこのように傷つく事もなかった。」

「おまえ~!」

勇俊は腕を抑えながら、部隊長の前に立ちはだかった。

「この方はな!この方はな!!」

勇俊は、部隊長の胸倉を掴んだ。

「この国の為に!妹君の為に!自分の立身出世の道を、自ら捨てられた、尊いお方なのだ!!」

「ほう。ならば、今回もお国の為に、その身を捧げて頂ければ、よいものを。」

「何だと!!」

勇俊は、部隊長を殴り飛ばした。


「止めて下さい!」

そんな勇俊の足を、将拓は両腕で掴んだ。

「護衛長殿!どうか!私の片目を、あなたの手で潰して下さい!」

「何ですって!」

自分の足を掴む将拓に、勇俊は叫んだ。
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