宮花物語

日下奈緒

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第1話 子沢山村

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ある晴れた日。

信寧王は、庭先にたくさん咲く花々を、筆頭家来・忠仁と愛でていた。

「今年も、たくさんの花が、咲き誇りましたな。」

「ああ。まるで咲かない花など、この王宮にはないように思える。」

「その通りでございます。全ての花は、王の物。花だけではございません。この世に、王が手に入れられない物など、ございますでしょうか。」

信寧王は、後ろにいる忠仁を、チラッと見た。

「それは言いすぎだ。私とて、手に入れられない物もある。例えば、世継ぎだ。」

「王……」

俯く忠仁。

忠仁は、幼い頃から信寧王に、武術を教えてきた守人であり、第3王妃・紅梅の実の父であった。

「我が娘の紅梅が、王の元にお仕えして3年。未だ子ができず、父親としても申し訳なく思っております。」

忠仁は、庭に膝を着き、王に頭を下げた。

「よいのだ。紅梅は私を、慕ってくれている。それだけで、心が休まる。あれはいい娘だ。」

「恐れ入ります。」

益々、頭を下げる忠仁。

「少しだけ、元気が良すぎるが、な。」

「あっ……」

忠仁が武勇に優れているせいか、娘の紅梅も幼い頃から、武術に長けていた。

今でもたまに、王の武術の相手をする程だ。

「こればかりは、お恥ずかしい。」

「はははっ!」

信寧王は笑いながら、忠仁と共に、王の間へと入って行った。


王の間には、別な家来が控えていた。

横には、信寧王が署名しなければならない書類が、山程ある。

「今日は一段と、仕事があるな。紅梅の元へ行くのは、いつ時になるのだろう。」

「今夜も、紅梅の元へ行かれるのですか?」

忠仁が問う。

「ああ。今朝、紅梅と約束をした。」

信寧王が、書類の一枚を、手に取った時だ。

忠仁が、王の側に来た。

「本日は、紅梅の元へ行くのは、お止めになってください。」

「どうしてだ。」

「仲が良すぎると、子はできにくいと言われています。」

信寧王は、書類を机に上に置いた。

「分かった。青蘭の元へ行く。」

「あっ、いえ。それは……」

それも止めようとする忠仁。

「その……2日続けて、枕を共にするのは……」

続けてため息をつく信寧王。

「心配せずともよい。青蘭とは、枕を交わさない。」

「失礼しました。」

顔を両手で覆い、後ろに下がる忠仁。


信寧王の第2妃・青蘭は、元は緊張状態にあった隣国の姫だった。

ふとしたきっかけに、隣国と争いになり、勝利した信寧王。

落ち掛けている敵の宮殿の中で、信寧王は青蘭に一目惚れしたのだ。

半ば強引に連れて来た事を、青蘭は敵に凌辱される為と、勘違いしてかなかなか、心を開いてはくれなかった。

それでも、信寧王はいつかは、自分の事を見てくれると、尽くしてきたが、夜を共にする時は、人形を抱いているようで、だんだんと期待も薄れていった。

たまに青蘭の元へ訪れるのは、やはり一目で心落ちた女に、会う為だけだった。

その時だった。

外から、家来の一人が入って来た。

「王。ぜひ、お耳に入れたき事がございます。」

「なんだ?」

「もしかしたら、王に世継ぎが誕生するやも、しれません。」

信寧王は顔を上げ、側にいた忠仁と、顔を見合わせた。

「話してみなさい。」

忠仁が、家来に伝えた。

「はい。我が国の外れに、通称子沢山村と言う場所があるのです。」

「子沢山村?」

信寧王は、顔をしかめた。

「あまりに子が生まれるので、そういうふうに、呼ばれているのだとか。噂が本当か確かめてみると、どこの家も、3人~5人の子供がおります。更に村ができてからは、子供を産まずに死んだ女性は、いないとの事です。」

信寧王の顔に、笑みがこぼれた。

だが直ぐに、難しい顔に戻ってしまった。

「だが、子供を生む為に、これ以上妃を迎えるなど……」

「何を仰せですか。」

忠仁が、王の前に歩みを進めた。

「王は、まだ3人しか妃は、おらぬではありませんか。まだまだ少ない方でございます。それに、世継ぎを作るのも、王の大事な勤めですぞ。」

「忠仁……そなた、紅梅の事はよいのか。」

「私が守るべきは娘ではなく、あなた様であり、この国でございます。」

忠仁の真っ直ぐな目に、信寧王も首を縦に振らずには、いられなかった。

「どうでしょう。一度、その子沢山村を訪ねてみては?」

「私が出向くのか?」

「はい。その中で王の目に止まる娘がいれば、妃に迎えればいいでしょう。いなければ、そのまま帰ってくればよろしいのです。」

これにはさすがの信寧王も、納得する意見であった。


「そうしよう。早速その村に使いを出し、村中の娘と会わせよと知らせを。」

「はい。かしこまりました。」

王の間を出た家来に、忠仁が近づいた。

「忠仁様。」

「静かに。村に知らせを出す際、村長に娘を選ぶ条件を伝えろ。」

「条件ですか?」

家来は、不思議に思いながらも、書き留める紙を胸元から出した。

「まずは、背が高く肉付きのいい女。」

「はい?」

「いいから、書け。王が一目で気に入った青蘭様がそうなのだ。」

家来は、仕方なくその条件を、紙に書いた。

「そして、これが一番重要だ。兄弟に兄がいない事。」

「はい。将来、お子が王になったら、年上の叔父は、多大な権力を持ちますからね。」

「よく知っているな。行け。」

「はい。」

こうして、忠仁の出した条件を持って、家来は子沢山村に向かった。


2週間後、王がお忍びで休養の為に、この村を訪れる為、盛大にもてなす事。

その際、村の娘に王の世話をさせる事。

娘の条件は、兄がいない事、背が高い事、痩せ細ってない事。


そんな条件を、小さな村に課して。


一方、勝手に条件を出された通称“子沢山村”である多宝村では、滅多にないお祭りに、村中騒ぎ立てた。

「もしかしたら、その娘の中から、新しい妃が決まるんじゃないかい?」

「きっとそうだよ。でなければ、背の高い女とか、か細い女はダメとか、接待する為だけに出さないだろう、そんな条件。」

村の女達は、我こそはとはしゃぐ。


「兄のいない娘って、これは一体なんだ?」

「娘が生んだお子が、万が一王にもなってみろ。国母様の兄の、やりたい放題だ。」

「でもよ、こんな田舎の男に、国の政治なんて、できねえよな。考えすぎなんじゃねえのか?」

村の男達は、あーでもない、こーでもないと、違う意味で騒ぎ立てた。


そんな騒ぎを端で見ていたのは、村の若人・将拓だった。

将拓は、子供の頃から頭が良く、地方の大きな都市で学問を学び、そのまま役人になっていた。

出身である多宝村に、王が訪れる事を誰かが噂に聞き、粗相のないように一時帰宅していたのだ。

そんな将拓には、妹と弟が一人ずついた。

「お帰りなさい、兄様。久しぶりの村の景色は、如何でした?」

「ああ。いつ見ても、素晴らしい物だよ。ここは長閑で、絶景だらけだ。王がお忍びで訪れるのも、よく分かる。」

すぐ下の妹の黄杏は、将拓にお茶を出した。

「なあ、黄杏。尊重の家の壁に貼られている、知らせを見たかい?」

「ええ。王がいらっしゃったら、村中の娘でもてなせって言うやつでしょう?」

黄杏もこの村の娘の一人ではるはずなのに、どこか知らん顔だ。

「黄杏は、興味がないのか?村の女達皆、我こそはと息んでいるぞ。」

「兄様は、ちゃんと条件を読んではいないの?兄のいない娘と、書いてあるでしょう?」

将拓は、不適な笑みを浮かべた。

「そうであったな。残念。黄杏は、背も高いし格好も良いのだがな。」

尚も笑い続ける将拓に、黄杏は飽きれ顔だ。

「それに、王の妃になるなんて、それこそ見目麗しい女がなるものでしょう?」

「そんな事は、書いていなかったぞ。」

「当たり前過ぎて、書く程でもないのよ。」

そう言ってた黄杏だが、何やら出掛ける支度をしている。

「どこかに行くのか?」

「ええ。条件に合わない娘も、台所仕事をしなければならないんですって。その衣装の打ち合わせよ。」

黄杏は、髪を軽く解かすと、手荷物を持って、外に出た。


外では隣の家に住んでいる同じ年の美麗が、化粧の練習をしていた。

「美麗、衣装の打ち合わせに行かなくてもいいの?」

「ああ、私はもう終わったわ。」

美麗は、筆を持ちながら答えた。

「あら、早いのね。」

「そうね。お妃候補だから。」

しれっと答える美麗。

だが美麗も、背は高く、決してか細くなかった。

その上、村一番の美人と称えられていた。

「美麗、美麗!」

中から美麗の母親が、出てきた。

「美麗、接待の日に着ける髪飾りが、できたわよ。」

そう言って、化粧をしたばかりの美麗の髪に、豪華な髪飾りをした。

「高かったんじゃない?」

「高くてもいいさ。自慢の娘が、王の妃になるかもしれないんだよ?もしかしたら、孫がこの国の王様になるかもしれないんだ。これくらい、何だと言うんだい。」

美麗の母は、一生に一度の好機とばかりに、この接待に力を注いでいた。

美麗の母ばかりではない。

この村の、条件に合う娘を持つ、親全てだ。


「あら、黄杏。これから接待の打ち合わせかい?」

「はい。」

「黄杏は残念だね。何と言っても、優秀な兄様がいるから。美麗が王に選ばれても、恨まないでおくれよ。」

美麗の母は、王が来る前から、選ばれるのは自分の娘だと、確信している。

「そうだ、黄杏。美麗をよく助けてやっておくれ、ね。」

「はあ……」

黄杏は、早く接待が終わって欲しいと、願うばかりであった。
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