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第1話 妾にならないか

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しばらくして、母の様態が悪くなった。

「お父さんに言って、病院に入れて貰おうよ。」

「いいのよ。」

咳も酷くなっている。

「お父さんに迷惑かけたらダメよ。」

「そんな……」

自分の身体よりも、お父さんの事。

なんで、お母さんはそんな人生しか送れないのだろうと思った。


「せめて、薬だけでも買ってくる。」

私は居たたまれなくなって、お金を持って家を飛び出した。

早く、薬を買って飲ませなきゃ。

お母さんが、死んじゃう!


その時だった。

誰かに、腕を掴まった。

「きゃっ!」

振り返ると、あの吾人だった。

「小沢さん……」

「やあ、再び会えたね。」

小沢さんは、私が泣いているのを見ると、馬車の中に入れてくれた。

「どうしたの?」

小沢さんの優しい声を聞いて、また涙が出た。

「僕でよければ、力になるよ。」

小沢さんはそう言って、ニコッと笑った。

私はそんな小沢さんを、信じてみようと思った。


「母の病気が、酷くなってしまって……」

「病院には行ってるの?」

「父に知られるのが嫌だって、行かないんです。」

私が涙を拭いているのを見て、小沢さんは私の手を握ってくれた。

「どうして……お父さんに知られると良くないのかな。」

「父は、この辺じゃ名の通った貴族なんです。母は、そのお妾さんで……世間体を気にしているんです。」

すると小沢さんは、私の涙を拭ってくれた。

「僕が、お母さんを病院に入院させてあげるよ。」

「本当に!?」

私はすごく驚いた。

だって、小沢さんとはこの前知り合ったばかりなのに。

なのに、どうしてそんな事を?

「その代り、僕のお願いも聞いて欲しいんだ。」

「何ですか?何でも聞きます!」

私は本当に、母の為なら、何でもしようと思った。


だけど、その願いは意外なものだった。

「僕の妾になってくれないか。」

私は、ハッとした。

「この前会ってばかりだけど、一目で君だと思った。君が欲しい。」

驚いている私を、小沢さんはそっと抱き寄せた。

「って言ってもね。カモフラージュなんだ。」

「かも……ふらー?」

「カモフラージュ。見せかけって事だよ。」

小沢さんの優しい目が、私を射抜く。

「僕は25歳になるんだけど、まだ結婚をしていないんだ。早く結婚をして、跡継ぎを作れとうるさくてね。そこでだ。君という妾がいると知ったら、父もうるさく言わなくなると思うんだよ。」

私は下を向いた。

妾って事は、母と同じように、父が来るのを待つ身。

決して、報われない関係だって、知っている。

でも、それで……お母さんが入院してくれれば!


「本当に、母を入院させてくれますか。」

「ああ、約束する。」

小沢さんは、小指を出した。

「約束げんまんだよ。」

「はい。」

私はドキドキしながら、小沢さんの小指に、自分の小指を絡ませた。

「指切りげんまん、嘘ついたら針千本のーます。指切った!」

子供の遊びみたいな約束。

でも私にとっては、未来が切り開けた指切りだった。


「これで、君はもう僕のものだよ。小花ちゃん。」

「どうして、私の名前を……」

すると小沢さんは、クスクス笑った。

「薬屋の亭主に聞いた。小花ちゃんの歳も。いい人がいない事もね。」

「ええー!」

あの薬屋さん、いろいろしゃべって~。


「ところで小花ちゃん。このまま君とお母上を、我が屋敷に招待したいのだが、どうだろう。」

「今からですか?」

「善は急げというからね。」

まさか、屋敷に着いた途端、私、襲われたりしないよね。

決まった途端に、不安でいっぱいになった。

「大丈夫。全部、僕に任せて。」

すると馬車は、私の家に向かって、走りだした。

「あっ!薬を買わないと!」

「もっと、良い薬を買ってあげるよ。小花。」

ドキンとした。

急に、名前を呼び捨てにされたから。


そして馬車は、私の家の前に停まった。

小沢さんは、先に馬車を降りて、降りる私の手を取ってくれた。

こんな扱い、初めて。


「ご免下さい。」

戸を開けると、近所のおばさんが、母の側にいた。

「小花ちゃん、どこに行ってたんだい!お母さん、大変だったんだよ。」

「えっ!」

急いで家の中に入って、母の顔を見ると、真っ青になっている。

「お母さん!お母さん!」

すると小沢さんがやってきて、お母さんを抱き起した。

「直ぐに病院へ連れて行こう。」

「はい!」

小沢さんは母と私を乗せると、一目散に走り去った。


「お母さん……死んだらダメだよ。」

そういう私に、小沢さんは隣にいてくれた。

「大丈夫だよ。僕が信頼している医者に見せるからね。」

「お願いします。」

私はいつの間にか、小沢さんにすがっていた。
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