寄り添う花のように私はあなたの側にいたい

日下奈緒

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第1話 妾にならないか

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人生は、いつ何時、何が起こるか分からない。

それが、いい方向に向くかも、悪い方向に向くかも。

それでも、好いたお方と一緒にいられる事は、良かったのかもしれない。


私には、病気の母がいた。

「はい、お母さん。お薬。」

「悪いね、いつも。」

咳が止まらない母は、薬が手放せなかった。

父は、本妻の家にいる。

いわゆる、母は妾だった。

それでも、街の外れの家で、母と二人きりで暮らせるのは、幸せだった。

父は時々、顔を出すけれど、母をいい病院に入れようとはしてくれない。

素性がバレると、もう会えなくなるからと言って。


「あっ、お薬無くなってきたね。買ってくるね。」

私は立ち上がると、棚の中にあるお金を出した。

「小花。お金はある?」

「あるよ。無くなったら、お父さんに言えばいいし。」

父は、母を病院に入れない代わりに、お金だけはくれる。

だから、お金には困らない。

「……小花。ごめんよ、お母さんが病気で。」

「いいよ。別に困らないし。」

そう言って私は、家を出た。


時代は、明治から大正に移っていて、新しい時代だと皆、浮足立っていた。

私は中学を卒業してからは、母の看病に明け暮れていて、気がつけば18の歳になっていた。

同級生は、どんどんお嫁に行っているけれど、私にはそういう話は来ていない。

父は、母の事を公にしたくないから、私の嫁ぎ先も、公に探さないらしい。

でもそれでいいんだ。

母と二人きり、穏やかに暮らしていくのが、私の望みなのだから。


「はい、いつもの薬ね。」

「ありがとう、おじさん。」

薬屋さんの店主とは、仲が良かった。

「ところで、小花ちゃんはいくつになった。」

「18です。」

「そっか。そろそろと嫁ぎ先を決める頃合いだね。」

「はぁ。」

薬屋には、武坊という私よりも2歳年上の跡継ぎがいた。

「どうだい、ウチに来るかい?」

「えっ!?」

「冗談だよ。お前さんの父親は、貴族だからね。ウチなんざ、畏れ多くて貰えないよ。」

そうなのだ。

父は、実は貴族で、この辺では偉い人で通っている。

だからこそ、母の事を隠したいのだ。

「だからってなぁ。いつまでも、嫁に出さない訳にはいかないからな。」

薬屋の主人は、私の事を親身になって、気遣ってくれていた。

でも時々思う。

そんなに、嫁に行く事が大事なのかって。

「じゃあ、私行くね。」

「ああ。また待ってるよ。」

私は薬屋を出ると、また大通りに出た。


たぶん、嫁入りの話をされたせいか、ボーっとしていたのかもしれない。

自分に危機が迫っているのも、気が付かなかった。

「危ない!」

その声に振り返った時には、大きな馬が私の上に迫ってきていた。

咄嗟に目を瞑って、その場にしゃがんだ。

轢かれる!

もしかして、私、死ぬかも!


周りがガヤガヤしてきた。

「おい、大丈夫か?」

誰かに肩を叩かれ、私の身体はビクついた。

「えっ……私、」

腕や足、身体を見てみた。

何も怪我していない。

周りを見ると、大きく道を反れた馬車が、私の側に停まっていた。


「坊ちゃま、怪我はないようです。」

坊ちゃま?

私は馬車の中を覗いた。

そこには、目鼻立ちがスッとしている、美男子の人が座っていた。

私は失礼なくらいに、その吾人に見惚れていた。


「そのお嬢さんを中へ。」

「へい。」

私の隣に立つ人が、馬車のドアを開けてくれた。

「坊ちゃまが、中に入れと仰っています。」

「私が馬車の中に?えっ!?」

私は、手の中の薬を、ぐしゃりと握った。

「さあ、早く。」

背中を押され、私は急いで馬車の中に乗った。

「お嬢さん。驚かせてしまって、申し訳ない。お詫びに家まで送らせてくれないか。」

「家まで!?」

あんなあばら屋に、こんな素敵な馬車が来たら、お母さんびっくりしちゃう!

「いえ、近くまででいいです。」

「そうか。じゃあ、近くまでとしよう。」

そして馬車は、動き始めた。


私はそっと、吾人を見た。

長い髪を、一つに結わえていて、身体も細い。

ずっと馬車から外を眺めていて、その横顔も美しかった。


「あっ、ここで。」

私がそう言うと、馬車はゆっくりと停まった。

「まだ大通りじゃないか。」

「いいんです。ここの近くなので。」

そう言って私は、馬車を降りた。

「ありがとうございました。えーっと、お名前は……」

すると吾人は、ニコッと笑った。

「小沢保だ。また会おう。」

そして、馬車は言ってしまった。


「はぁー。」

私はため息をつくと、大通りの裏手にある家に向かって、歩き出した。
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