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第9章 スタート
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雪人は、黙ったままだった。
私も、椅子に座ったままだった。
「……とにかく、寝よう。」
静寂を打ち破ったのは、雪人の方だった。
「今は、おじいちゃんのお葬式に、気持ちを向かせるのが正解。」
私は、頷いた。
そして私達は、シングルベッドに寄り添って、横になった。
私のすぐ横で、雪人が寝息を立てている。
この景色が、私は好きだ。
好きな人が、隣で安心して眠っている、この景色が好きだ。
「雪人……」
「ん?」
「……好きだよ。」
雪人は、私を抱き寄せてくれた。
「俺もだよ。」
狭いシングルベッドの上で、気持ちを確かめ合ったのに、なぜか涙が出てきた。
翌日。
雪人は、朝早く起きて、会社へ行った。
私達は、戸籍上結婚していないから、雪人が会社を休む理由がない。
それに、新しい企画も気になる。
だから、雪人には気にしないで、仕事に集中してと伝えた。
『どう?おじいちゃんのお通夜は?』
「うん。大丈夫。」
雪人は、昼休憩の時間に、電話を架けてきてくれた。
「近所の人達が来てくれて、何とかやってるから。」
『そうか。それなら、よかった。』
雪人の声が、温かった。
『こっちも、順調だよ。そうだ、夏海の企画。実は、店長にデザインをお願いする事になったんだ。』
「店長に?」
私の頭の中に、あのちょっと冷めた店長の顔が浮かぶ。
「店長さんは、どんな顔してた?」
『うん。嬉しそうな顔してたよ。』
よかった。
あの店長さんだったら、もう一度デザインの仕事したいんじゃないかと思って、企画書に盛り込んでいたんだ。
『それに、清水係長から言付けなんだけど。』
「係長?」
雪人の元カノだと言う清水係長。
なんだか、悪い予感がした。
『夏海に、申し訳なかったって、言っておいてだって。』
「えっ?」
『二人の仲を、邪魔して悪かったって。』
私の頬が、自然に上がる。
「清水係長、やっぱりいい人だね。」
『まあ、そこがあの人の悪いところでも、あるんだけど……』
私は、フッと笑えた。
「言いますね。」
『まあ、元彼氏ですから。』
そんな会話ができるようになったのも、私がある決心をしたからなのかもしれない。
「雪人。」
『なに?』
「今日、一緒に夕食食べない?」
『いいよ。』
会話は、それで終わった。
私は、一息ついた。
そして、空を見上げた。
雲一つない快晴。
唇を真一文字に結んだ。
もう、泣かない。
自分で決めた事だ。
私は、奥の部屋にスッと消えた。
その日の夜は、両親に断って、雪人の元に帰らせてもらった。
「おかえり。」
雪人が、玄関で待っていてくれた。
「ただいま。」
この瞬間の幸せは、毎日でも飽きなかった。
「夕食、有り合わせの物でいい?」
私は、早速キッチンに立った。
「夏海の作るモノなら、何でもいいよ。」
いつもと同じセリフ。
だけど今は、それが居心地がいい。
有り合わせの物で作るって言うと、できる主婦みたいに聞こえるが、なんてことない、野菜炒め。
我ながら、もっと料理を習っておけばよかったと、後悔した。
「シンプルでいいじゃん。」
何を作っても、雪人は美味しそうに、食べてくれる。
その時、一緒に住んでいる人が、雪人でよかったと、ふと思った。
「ねえ、雪人。話があるんだけど。」
「なに?」
夕食を食べ終わって、私は雪人にお茶を淹れた。
もう迷わない。
決心した事なんだから。
「私、実家に戻ろうと思う。」
雪人は、お茶を飲む手を止めた。
「……それは、一緒に住む事を止めるって事?」
「うん。」
私は、大きく頷いた。
「この前の、『結婚しよう。』って言う返事が、それ?」
「うん。」
私はもう一度、頷いた。
「理由は?」
「おじいちゃんが、亡くなったから。」
私と雪人は、見つめ合った。
「……雪人が私と、偽装結婚してくれたのは、おじいちゃんの為でしょう?」
「そうだったけれど……」
「だから、おじいちゃんが亡くなった今、雪人をここに縛り付けるのは、ダメだと思うの。」
雪人は、黙っている。
「今まで、ありがとう。」
私は、改めてお礼を言った。
「雪人のおかげで、私、おじいちゃん孝行ができたと思う。おじいちゃんも、安心して天国へ行ったんじゃないかな。」
雪人は、黙ったまま顔に両手を当てた。
「明日は、おじいちゃんのお葬式だから引っ越しできないけれど、2~3日の間に、ここを出て行くね。」
「夏海は、新しいスタートを切るんだね。」
ようやく口を開いてくれた雪人は、感情を表に出さずに、冷静でいる。
「……そうなるかな。」
「よし!分かった!」
雪人は、顔から両手を放すと、テーブルをバンと叩いた。
「俺も、新しいスタートを切るよ。」
「雪人……」
前向きに私の意見を、受け入れてくれる。
雪人のそう言うところが、好き。
ここを出て行ったら、自分磨きでもしよう。
雪人に、もう一度選んでもらえるかどうか分からないけれど、彼の隣に立って、恥ずかしくないように。
私も、椅子に座ったままだった。
「……とにかく、寝よう。」
静寂を打ち破ったのは、雪人の方だった。
「今は、おじいちゃんのお葬式に、気持ちを向かせるのが正解。」
私は、頷いた。
そして私達は、シングルベッドに寄り添って、横になった。
私のすぐ横で、雪人が寝息を立てている。
この景色が、私は好きだ。
好きな人が、隣で安心して眠っている、この景色が好きだ。
「雪人……」
「ん?」
「……好きだよ。」
雪人は、私を抱き寄せてくれた。
「俺もだよ。」
狭いシングルベッドの上で、気持ちを確かめ合ったのに、なぜか涙が出てきた。
翌日。
雪人は、朝早く起きて、会社へ行った。
私達は、戸籍上結婚していないから、雪人が会社を休む理由がない。
それに、新しい企画も気になる。
だから、雪人には気にしないで、仕事に集中してと伝えた。
『どう?おじいちゃんのお通夜は?』
「うん。大丈夫。」
雪人は、昼休憩の時間に、電話を架けてきてくれた。
「近所の人達が来てくれて、何とかやってるから。」
『そうか。それなら、よかった。』
雪人の声が、温かった。
『こっちも、順調だよ。そうだ、夏海の企画。実は、店長にデザインをお願いする事になったんだ。』
「店長に?」
私の頭の中に、あのちょっと冷めた店長の顔が浮かぶ。
「店長さんは、どんな顔してた?」
『うん。嬉しそうな顔してたよ。』
よかった。
あの店長さんだったら、もう一度デザインの仕事したいんじゃないかと思って、企画書に盛り込んでいたんだ。
『それに、清水係長から言付けなんだけど。』
「係長?」
雪人の元カノだと言う清水係長。
なんだか、悪い予感がした。
『夏海に、申し訳なかったって、言っておいてだって。』
「えっ?」
『二人の仲を、邪魔して悪かったって。』
私の頬が、自然に上がる。
「清水係長、やっぱりいい人だね。」
『まあ、そこがあの人の悪いところでも、あるんだけど……』
私は、フッと笑えた。
「言いますね。」
『まあ、元彼氏ですから。』
そんな会話ができるようになったのも、私がある決心をしたからなのかもしれない。
「雪人。」
『なに?』
「今日、一緒に夕食食べない?」
『いいよ。』
会話は、それで終わった。
私は、一息ついた。
そして、空を見上げた。
雲一つない快晴。
唇を真一文字に結んだ。
もう、泣かない。
自分で決めた事だ。
私は、奥の部屋にスッと消えた。
その日の夜は、両親に断って、雪人の元に帰らせてもらった。
「おかえり。」
雪人が、玄関で待っていてくれた。
「ただいま。」
この瞬間の幸せは、毎日でも飽きなかった。
「夕食、有り合わせの物でいい?」
私は、早速キッチンに立った。
「夏海の作るモノなら、何でもいいよ。」
いつもと同じセリフ。
だけど今は、それが居心地がいい。
有り合わせの物で作るって言うと、できる主婦みたいに聞こえるが、なんてことない、野菜炒め。
我ながら、もっと料理を習っておけばよかったと、後悔した。
「シンプルでいいじゃん。」
何を作っても、雪人は美味しそうに、食べてくれる。
その時、一緒に住んでいる人が、雪人でよかったと、ふと思った。
「ねえ、雪人。話があるんだけど。」
「なに?」
夕食を食べ終わって、私は雪人にお茶を淹れた。
もう迷わない。
決心した事なんだから。
「私、実家に戻ろうと思う。」
雪人は、お茶を飲む手を止めた。
「……それは、一緒に住む事を止めるって事?」
「うん。」
私は、大きく頷いた。
「この前の、『結婚しよう。』って言う返事が、それ?」
「うん。」
私はもう一度、頷いた。
「理由は?」
「おじいちゃんが、亡くなったから。」
私と雪人は、見つめ合った。
「……雪人が私と、偽装結婚してくれたのは、おじいちゃんの為でしょう?」
「そうだったけれど……」
「だから、おじいちゃんが亡くなった今、雪人をここに縛り付けるのは、ダメだと思うの。」
雪人は、黙っている。
「今まで、ありがとう。」
私は、改めてお礼を言った。
「雪人のおかげで、私、おじいちゃん孝行ができたと思う。おじいちゃんも、安心して天国へ行ったんじゃないかな。」
雪人は、黙ったまま顔に両手を当てた。
「明日は、おじいちゃんのお葬式だから引っ越しできないけれど、2~3日の間に、ここを出て行くね。」
「夏海は、新しいスタートを切るんだね。」
ようやく口を開いてくれた雪人は、感情を表に出さずに、冷静でいる。
「……そうなるかな。」
「よし!分かった!」
雪人は、顔から両手を放すと、テーブルをバンと叩いた。
「俺も、新しいスタートを切るよ。」
「雪人……」
前向きに私の意見を、受け入れてくれる。
雪人のそう言うところが、好き。
ここを出て行ったら、自分磨きでもしよう。
雪人に、もう一度選んでもらえるかどうか分からないけれど、彼の隣に立って、恥ずかしくないように。
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