情熱的に愛して

日下奈緒

文字の大きさ
10 / 30
第3章 引っ越し

しおりを挟む
「だから、潔癖症じゃないって。」

カビ取り剤を置いて、手を洗った門馬は、急に私の手を握ってきた。

その温かい手に、力が入らない。

「な?」

顔を上げると、門馬と私は目と目が合った。


門馬の涼し気な目が、私を見つめる。

私は、ゴクンと息を飲んだ。


「どうした?俺のカッコよさに、息もできないってか?」

「何言ってんのよ!」

手を放さそうとしても、門馬がわざと放さない。

「早く放せって。」

「放さないのは、門馬の方でしょ!?」

腕を上下に激しく振ると、門馬はようやく手を放してくれた。

あまりにも激しく振ったものだから、髪の毛までボサボサになってしまった。

「はははっ!」

そんな私を見て、門馬は笑っている。

でもなんだろう。

どうして、門馬に腹が立たないんだろう。

むしろ、ほのぼの感が込み上げてきて、顔がにやけてくる。


「なんかさぁ。」

門馬が、お風呂場に置いていた、カビ取り剤を持った。

「偽装結婚だけど、誰かと一緒に暮らすのも、楽しいよな。」

「……うん。」

素直に返事をした私に、門馬はニコッと笑っている。


待って。

相手は、門馬雪人だよ?

会社では、クールなイケメンで通っている門馬が、私の前ではこんなに笑ってくれるなんて。

静かに胸の奥が、トクントクンと鳴る。

落ち着け、落ち着け。

私は深呼吸をした。

そんな門馬と一緒に暮らしている事は、会社の人はもちろん、秋香にも内緒な訳で。

当然秋香は私を、合コンに誘ってくる。

「行こうよ。今度は企業している人ばかりだから、間違いなく社長よ。」

「うん……」

お手洗いで、秋香と一緒に髪の毛を直す。

「なんか夏海、最近、ノリ悪くない?」

「そんな事ないよ。ただ……」

「ただ?」

「……社長って言っても、いろんな人がいるって言うか。」


なぜかその時、門馬の顔が私の頭の中に浮かんだ。

いやいや。

門馬は、社長じゃないし。


「もしかして夏海って、大会社の社長を狙っているの?」

「違うわよ。」

「だったらいいけど。私達が狙える社長なんて、小会社の社長がいいところよ。」

私達が廊下に出ると、偶然門馬が向こう側からやってきた。

「あっ、門馬。」

秋香が門馬の側に、走っていく。

「また、合コン行こうよ。門馬を連れていくと、女の子が喜ぶんだよね。」

「あのな。人をだしにするな。」

門馬はチラッと私を見た。


その瞬間、ドキンとした。

一瞬、目が合った?


「そんな事言って。本当は行きたいんじゃないの?ねえ、夏海。」

秋香が私の方を振り向く。

「……そうだね。」

私の覇気のない返事に、二人共目が点になる。

「どうしたの?夏海。やっぱ変だよ。」

「おかしな物でも、昼に食ったんじゃないか?市川の事だから。」

そう言って門馬と秋香は、顔を見合わせて笑っている。


いや。

門馬の隣で、そんなに笑わないで。

胸の中が、モヤモヤしてくる。


「ねえ、秋香。」

「なに?」

どうしてこんなにも、門馬の隣で笑っている秋香に、嫉妬するんだろう。

「行こう。門馬だって、忙しいんだから。」

「あっ、ごめん。」

秋香は軽く門馬に謝って、私のところに来た。

そして私も、門馬に背中を向けて歩き出す。


「合コン、いつにしようね。」

「明日は?」

「いいね。夏海、ノッてきたじゃん。」

秋香の隣で、無理に笑ったけれど、本当は門馬に見られたくなかった。

こんな、友達に嫉妬している姿なんか。


オフィスに入る瞬間、少しだけ後ろを振り返った。

まだ、門馬がいる。

こっちを見ている。

それだけで嬉しくなる私は、どうにかなってしまったんだろうか。


その日の夜。

なんなく夕食を終えて、私はキッチンで、皿を洗っていた。

そんな時だった。

「今日は、もう一本飲もうかな。」

門馬が、私のいるキッチンに、入ってきた。

冷蔵庫を開けて、私の方をドア腰に見ている。


これは、”もうダメ。飲み過ぎなんだから”と言われる事を待っているのか。

それとも、”もう一本ぐらい、いいんじゃない?”と言われるのを待っているのか。

いづれにしても、私の背中への視線が痛い。

ちなみに冷蔵庫には、【ビールは一日2缶まで】と書いてある。


「ねえ、夏海ちゃん。」

背中にぞわわと、悪寒が走った。

「な、何よ。」

「もう一缶、ビール飲んでもいい?」

「いいわよ。いいから、早く冷蔵庫閉めて。」

冷蔵庫の閉まる音がして、ビール缶がプシュッと開く。


「なんか、今日の市川。変。」

「変?」

洗い物が終わった私は、さっさと手を拭いて、リビングに戻った。

「俺と若林が話していた時、急に不機嫌になるし。」

ドキッとした。

嫉妬していたの、バレていたんだ。

「そんなに、俺と若林が仲良くしてる事、嫌かよ。」

「えっ……」

門馬と顔を見合わせる。


ビール缶の上から覗く、あのクールな目元が、私をクラクラさせる。

「でも、俺に嫉妬したって、仕方ないぜ?」

「はい?」

私はポカーンと、口を開けた。

「どうせ俺は、合コンの招き猫ぐらいにしか思ってないよ、若林は。」

この男は……

この男は………

私が、秋香と仲良くしている門馬に、嫉妬していると思っているのか。


「なに?」

「いや、門馬って……幸せな人だなって思って。」

「俺が?」

もしそうだとしたら、誰も喧嘩せずに済むんだろうなぁ。

罪な男だ。


「何だよ、それ。」

門馬は、ソファに座っている私の隣に、腰を降ろした。

「じゃあ、逆に若林に嫉妬してたって事かよ。」

図星をつかれた私は、クッションを抱きかかえた。

「ま、まさか……」

まずい。

声が、上ずった。

「市川?」

名前を呼ばれても、振り向けない。

だって絶対、私、顔が赤くなってるもん。


その時だった。

門馬が、ビール缶をテーブルに置いた。


「市川。」

艶のある声で、門馬が私を呼ぶ。

「な、な、なに?」

恐ろしくて、クッションを顔の近くに持って来た。


案の定、ソファの音で、門馬が私に近づいているのが分かる。

「あのさ。」

私の下に、門馬の影が映る。

「もしかしてだけど……」

門馬の声が、門馬の声が近くなる。

「嫉妬してくれたの?」

クッションをそっとどかせて、門馬の方を見た。


体全体が波を打つように、ドクンッと鳴った。

息をゴクンと飲みこんだけれど、上手く息ができない。

呼吸に苦しんでいる金魚みたいに、口をパクパクさせていた。


あの門馬雪人が、私を見降ろしている。


「も、もも門馬?」

上手く言えない私を、じーと見つめる門馬。


その瞬間だった。

「ははははっ。」

門馬は、笑い声と一緒に私から離れた。


「なんだか、金魚みてぇ。」

そう言って、私を指さしながら、笑っている。

「ちょっと!からかったの?」

「いや、どんな反応するのかなって。」

そしてまた、笑っている。

「飲み過ぎだ!門馬!」

私はクッションを、門馬に投げつけた。


何よ。

そりゃあ、押し倒されたみたいになって、ドキドキしたわよ。

それを見て楽しんでいるなんて、この男。

悪趣味!!


「そうだよなぁ。市川が嫉妬する訳ないよな。」

「えっ?」

私と門馬は、見つめ合った。

「合コン。楽しんできたら?」

「あ、うん……」

その時、なぜか。

言い知れない寂しさに、襲われた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

離婚すると夫に告げる

tartan321
恋愛
タイトル通りです

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

降っても晴れても

凛子
恋愛
もう、限界なんです……

甘い束縛

はるきりょう
恋愛
今日こそは言う。そう心に決め、伊達優菜は拳を握りしめた。私には時間がないのだと。もう、気づけば、歳は27を数えるほどになっていた。人並みに結婚し、子どもを産みたい。それを思えば、「若い」なんて言葉はもうすぐ使えなくなる。このあたりが潮時だった。 ※小説家なろうサイト様にも載せています。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

時間を止めて ~忘れられない元カレは完璧な容姿と天性の才能を持つ世界一残酷な人でした 【完結】

remo
恋愛
どんなに好きになっても、彼は絶対に私を愛さない。 佐倉ここ。 玩具メーカーで働く24歳のOL。 鬼上司・高野雅(がく)に叱責されながら仕事に奔走する中、忘れられない元カレ・常盤千晃(ちあき)に再会。 完璧な容姿と天性の才能を持つ世界一残酷な彼には、悲しい秘密があった。 【完結】ありがとうございました‼

イケメン御曹司、地味子へのストーカー始めました 〜マイナス余命1日〜

和泉杏咲
恋愛
表紙イラストは「帳カオル」様に描いていただきました……!眼福です(´ω`) https://twitter.com/tobari_kaoru ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 私は間も無く死ぬ。だから、彼に別れを告げたいのだ。それなのに…… なぜ、私だけがこんな目に遭うのか。 なぜ、私だけにこんなに執着するのか。 私は間も無く死んでしまう。 どうか、私のことは忘れて……。 だから私は、あえて言うの。 バイバイって。 死を覚悟した少女と、彼女を一途(?)に追いかけた少年の追いかけっこの終わりの始まりのお話。 <登場人物> 矢部雪穂:ガリ勉してエリート中学校に入学した努力少女。小説家志望 悠木 清:雪穂のクラスメイト。金持ち&ギフテッドと呼ばれるほどの天才奇人イケメン御曹司 山田:清に仕えるスーパー執事

処理中です...