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疑問③

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「美奈子ちゃんの?」

「はい。」

勝村が教師だと知ると、近所の人は途端に、態度を変えた。

「すみません。お庭から中をのぞいていたので、てっきり泥棒かと……」

「いえ、そういえばそうですね。」

勝村はわざと笑った。

「ところで、高月さんのお宅、どなたもいらっしゃらないみたいですね。」

その人は難しい顔をした。

「ここのところ、ずっとなんです。夜も電気がつかなくて……近所の噂では、夜逃げしたのかしらって。」


夜逃げ?

少なくても、そんな事するような家庭には、見えなかった。

それに、さっき覗いた限りでは、夜逃げしたにしては、荷物があり過ぎる。

あれは夜逃げなんかじゃない。


「ありがとうございます。」

勝村は近所の人にお礼を言うと、学年主任に電話をかけた。

「もしもし、勝村です。ちょっと、ご相談したいことがありまして……」

その日の夕方。

美奈子の家には警察が来て、玄関のドアを開けてくれた。

家族が行方不明になり、事件に巻き込まれた可能性も視野にいれての、捜索ということになった。


「勝村先生。」

学年主任の村上も、かけつけてくれた。

「村上先生、すみません。無理を言ってしまって。」

「いえ、勝村先生のお気持ちも、分からんでもないです。受け持ちの生徒の家が、こんな事になるなんてねえ。」

二人は、美奈子の家を見上げた。

「入れますかね。」

勝村はつぶやいた。

「聞いてみましょう。」

村上は警察へ聞きに行った。

「大丈夫みたいですよ、勝村先生。」

勝村は村上の元へ近寄ると、二人で美奈子の家に入った。

「中の物には、なるべく触らないように、お願いします。」

警察官にそう言われ、廊下の壁に触れることすら緊張した。

確か、美奈子の部屋は二階だと母親は言っていた。

勝村は何も言わずに、二階への階段を昇った。


少し薄暗い、二階の一番奥の部屋。

ゆっくりと、ドアを開けると、シンプルな部屋が目に飛び込んできた。

派手な飾りはなかったが、美奈子らしい部屋。

真っ直ぐ机に向かった勝村は、椅子の隣に立ち、机の上に手をそっと置いた。


「ここで勉強してたんだな。」

前を見ると、2年4組の時間割が貼ってある。

春休みに自分が作ったもの。

”担任”と打ってある隣に、自分の名前“勝村哲也”と入れた時は、新しく始まる生活に胸を躍らせたものだ。

春に渡したこの紙も、夏になった今は、周りが少し色褪せてきていた。

それを触ろうとした勝村に、ドサッと音がした。


「あちゃ~」

美奈子が使っていたカバンを、落としてしまった。

「ごめんな、高月。」

そう言って、勝村は腰を降ろした。

バラバラになった中身を、一つ一つ手にとって、カバンの中に入れた。


そして一番最後に手に取った物は、美奈子の生徒手帳だった。

何気なく中身をパラパラめくると、一枚の写真が出てきた。

「この写真……」

去年、一年生の文化祭の時に撮った、美奈子と一緒に写っている写真だった。


甘い匂いに誘われて入った、調理部のブース。

冷たい飲み物と、部員が作ったというお菓子が、配られていた。

「どうぞ。」

そう言って、飲み物とお菓子をくれたのは、美奈子だった。

「ああ、君は確か1年3組の……」

「はい、高月美奈子です。」

時々、部活で作ったお菓子を余ったからと言って、職員室に持ってきてくれる子だ。

「これも高月さんが作ったの?」

「はい。」

そう言ってにこっと笑った顔は、初めて見る美奈子の笑顔だった。

「すみません。文化祭の写真を撮ってるんですが、一枚いいですか?」

写真部の生徒だった。

「あ、私は……」

勝村は困った顔をして離れていく、美奈子の背中をそっと支えた。


「いいじゃん。一緒に写ろうよ。」

そう言って、美奈子の隣に立った。

「いきますよ。」

その時に撮った写真だった。

文化祭の時に撮った写真は全て、廊下に張り出されて希望すれば一枚100円で売っていた。

そうか。

あの子はこの写真を買ってたんだ。

自分は今の今まで、この時のことを、忘れていたというのに……


「勝村先生。」

後ろから、村上の声が聞こえた.

「はい。」

勝村は手に持っていた写真を、咄嗟にポケットに入れた。

「そろそろ出ましょうか。」

「はい。」

勝村は美奈子の生徒手帳を、カバンの中にいれ、机の上に置いた。

「私は真っ直ぐ学校へ戻りますが、先生は?」

「私は家で、着替えてから行きます。」

勝村は黒いスーツを着ていたが、なんとなくそのままで学校には行きたくなかった。

「分かりました。」

村上が玄関で靴を履いていると、勝村はちらっと、茶の間に視線を移した。
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