天使の階段

日下奈緒

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第1章 小さな命の対価

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するとその人も、車を降りた。

「紗香ちゃん!」

やばい。

私は必死に逃げようと、背中を向けた。

「ごめん!もうあんな事、しないからさ!」

無視して歩き続ける。

「なあ、車に戻れよ。ここから歩いて帰るなんて、無理だぜ?」

私は急に立ち止まって、相手を見た。

「周りのヤツラもジロジロ見てくるし……恥ずかしいから、さあ、早く……」

仕方ないという顔をして、私はもう一度車に戻った。


車のエンジンをかけて、その人はため息をつく。

「参ったな……てっきり大人しい子だと思っていたのに。」
だから簡単に、できると思ってたわけだ。

「君みたいな子、初めてだよ。」

ここまでくると、もう私のペース。

相手は次も会いたくて、お金を置いていく。


私は柊子みたいに、体は売らない。

でもしっかりお金は稼ぐ。

だから一度会った人とは、二度と会わない。

その時の私は、変なルールに囚われていたんだ。


今日は日曜日。

柊子と街に出かけた。


「紗香、その服かわいい!」

柊子が私の袖を引っ張った。

「そう?バイト代で買ったんだ。」

「うんうん。似合う似合う!」

話をするだけで、1万円貰えるという浅はかなアルバイトをしているせいか、男の人から貰ったお金は、ほとんどが洋服代か、外食代に消えてきた。

柊子と街の中を歩いていると、ある店のショーウィンドウに、目が止まった。

有名なスポーツメーカーのシューズ。

”より早く走る”為には、個人の努力が必要だけど、頼りになる”道具”も不可欠だ。

「ああ…このシューズ?」

一緒に長距離を走る柊子は、こういうところも解ってくれる。

「最新の型でしょ?いいよ、このシューズは。踵の部分は柔らかいし、脇もしっかりしてるから、いくら走っても安定するし。」

「……柊子、持ってるの?」


「持ってるよ。ただ高いから、大会前後の時しか履かないけど。」

私のは、高校に入学する時に買ってもらったモノで、毎日の練習でボロボロだ。

【29,800円】

私はぎゅうっと、手を握り締めた。


その時、カランカランと音が鳴り響いた。

「ありがとうございました。」

お店の人に、丁寧に頭を下げられて、中から出てきたのは、あの統吾君だった。

「あれ?岩崎と松川?」

統吾君は、すぐに私達に気付いた。

「大宮君!こんなところで会うなんて、偶然だね。」

そんな事を言いながら、柊子は私の体を肘で突く。

「買い物?」

私は統吾君の手にある、袋を指差した。

「うん……実は二人を見習って、走り始めようかなあって思って。」

「へえ~いいじゃない!」


柊子は興奮気味だ。

「まずは形から入ろうと思って、買っちゃったよ。」

統吾君が袋の中を見せてくれた。


私はそれを見て、固まった。

あのシューズだったからだ。

「あ……さすが大宮君。いい物選んだね。」

柊子は私に気を使いながら、そう一言。

「行こう、柊子。」

私は、一時でも早くその場を、離れたかった。

「あっ、待ってよ。紗香!」

柊子は統吾君に挨拶しながら、こっちに走ってきた。


私が走る為に必要な物を、統吾君は趣味で買える。

自分が酷く惨めに思えた。


その一方で、毎日毎日繰り返される、部活のハードな練習。

走り終わって足元を見ると、その度にショーウィンドウに飾ってあったシューズと、今履いているシューズを比べてしまう。

私は頭を振ると、タオルを置いてある場所に移動した。


その近くでは、女子と男子のマネージャー同士が、こそこそと話をしていた。

「なあ。今度の大会、誰が出ると思う?」

「意外に松川とか選ばれるかもよ?」

「松川?岩崎じゃなくて?」

「ああ。確かに岩崎も速いけど、ムラがあるし……その点松川は、いつ走っても安定している。」

私はその言葉に、全身が重くなった気がした。


柊子の方が信頼されている。

安定……

あんてい……

アンテイ……

やけにその言葉だけが、頭の中で繰り返された。
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