桜の下で会いましょう

日下奈緒

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第20章 入内へ

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そんな事を太政大臣から言われた帝は、何かと依楼葉の事を、チラチラと見るようになった。

「どうか、なさいましたか。」

「いや……」

依楼葉が尋ねても、黙ってしまう。

不思議に思うのは、依楼葉ばかりだ。


そして季節は冬を終え、春を迎えようとしていた。

「また今年も、桜の季節がやってくるのですね。」

庭の桜の木を見て、嬉しそうに話す依楼葉。

「……尚侍は、桜の木が好きなのだね。」

「はい。」

帝は、立ち上がると依楼葉の側に座った。


「……太政大臣殿の隠居を、お止めしたのは尚侍だそうだね。」

「はい。」

「私でもできなかった事を、よくやってくれた。」

「恐れ多いお言葉でございます。」

依楼葉は、帝に向かって頭を下げようと、少しだけ体をずらした。


その時だった。

「尚侍。」

依楼葉の手を、帝がそっと握った。

「……主上?」

「今回の事で、そなたが如何に大事か、痛い程分かった。やはり、私の元へ入内してくれまいか。」

依楼葉は、体を細かく震わせた。

「申し訳ありません。」


また、駄目だったか。

帝が依楼葉の手を、離そうとした時だ。

太政大臣の言葉が、頭を過った。


- 頼むのではなく、はっきりと伝えるです -


帝はゴクンと息を飲むと、今度は両手で依楼葉の手を握った。

「主上……どうか、お許し下さい。」

「いや、許さない。」

依楼葉と帝は、互いに見つめ合った。

「和歌の尚侍。もう私は待てない。桜の季節になったら、我が元へ入内せよ。」

その真剣な目に、依楼葉は息をするのも忘れるくらいだった。


すると影の方から、すすり泣く声が聞こえてきた。

依楼葉が影の方を見ると、それは父である藤原照明だった。

「父上様!」

「関白左大臣か……」

ほっとした二人の前に、藤原照明が泣きながら来た。

「うぅ……主上……よくぞ、よくぞ……申し上げて下さった。」

そして、また藤原照明はすすり泣く。

「我が娘が、主上をお慕いしていると知ってから、この日が来る事を、どんなに待ち望んでいた事やら。」

「父上様。」

依楼葉が父の元へ近づくと、藤原照明は嬉しさのあまり、おいおいと泣いた。


「では、関白左大臣殿も賛成してくれるのだな。」

「はい!我が家から入内が決まるとは、最上の誉れでございます。」

藤原照明は、もう入内させる気は、満々だった。

「和歌の尚侍。よいね。」

後は、依楼葉の気持ちだ。

「まさか、そのように仰っていただけるとは、夢にも思いませんでした。」

依楼葉の目にも、薄っすら涙が溜まっている。

「はい。喜んで主上の元へ。」

「和歌の君……」

帝は嬉しさのあまり、父・藤原照明の前で依楼葉を抱きしめてしまった。

慌てたのは、藤原照明の方で、急いで背中を向けた。


「そう言えば、私達が出会ったのも、桜の季節だった。」

「はい。もう客人が帰られた後に、主上が庭で桜の木を愛でておりましたね。」

二人は、あの時の事を思い出した。

「そして、こう約束した。」

「そうでしたね。」













「桜の下で、会いましょう。」









こうして依楼葉は


桜の季節に五条帝の元へ入内し


清涼殿に近い梅壺に部屋を賜った事から


梅壺の女御と言われるようになった。



二人は仲睦まじく、末永く幸せに暮らした。









- End -
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