桜の下で会いましょう

日下奈緒

文字の大きさ
上 下
54 / 74
第14章 尚侍の危機

しおりを挟む
「やはり……双子なのですね。」

依楼葉は、ビクッと体が反応した。


「春の中納言殿とは、病から復帰した後、少しの間だけ一緒にお勤めをした事があります。とてもたおやかなお方であった。」

その時の春の中納言・藤原咲哉は、依楼葉が扮した者だったが、亡くなった者を思い出してくれる夏の右大将・橘厚弘に、依楼葉は胸が温かくなった。


「ここまで呼び寄せた事、許して下さい。妻から、春の中納言殿の妹君と一緒に、帝にお仕えしていると聞いて、一度会うてみたかったのです。」

「いえ。お気になさらないで下さい。兄君も、そのように仰っていただいて、嬉しく思っているはずです。」

依楼葉は、顔を見せないようにしながら、お礼の言葉を述べた。


「では、お願い致します。」

「はい。」

依楼葉は、夏の右大将から文書を受け取ると、それを持って自分の部屋に戻った。

「尚侍。主上のお食事が終わりました。」

「分かりました。」


依楼葉は、一旦部屋に行き、文を置くとお湯殿に行った。

帝がお湯殿に入られる前に、一度は温度を確認しているが、気を使って多少熱くても、”いい湯だった”と言うかもしれない。

その為に、お湯殿に入った後も、依楼葉は温度を確認していた。


その日も、お湯殿の温度は、入る前とあまり変わっておらず、依楼葉はほっとしながら、帝の元へと参った。

帝が一つずつ、文書を読み裁可を下す。

最後に依楼葉は、夏の右大将から預かった文書を、帝に渡すつもりだった。


「帝、これを……」

文書を渡そうとして、手元を見てハッとした。

夏の右大将から預かった文書が、そこにないのだ。

もしかしたら、途中で落としてきたのではないか。

どこで?

廊下で?

お湯殿で?

依楼葉は、自分が通った場所を、思い返した。


「どうした?尚侍。」

帝は、心配そうに依楼葉を見つめた。

「いえ、夏の右大将から帝に渡して頂きたいと、直々に預かった文書があるのですが……」

「夏の右大将から?」

側近の中でも、一番の側近からの文書ともなると、帝も気がかりだ。

だが依楼葉の、懐にも衣の下にもない。


「もしかして……ないのか?」

依楼葉は冷や汗をかいた。

「申し訳ありません。探して参ります。」

慌てて立ち上がり、依楼葉は今歩いて来た場所を、探した。


お湯殿から清涼殿までの廊下、お湯殿、自分の部屋。

「どうしました?和歌の尚侍。」

偶然、藤の君が通りかかった。

「ああ、藤の君。どこかに、文など落ちてはいませんでしたか?」

「文?はて、見ませんでしたが。」

依楼葉は、またウロウロと、いろいろな場所を探し始めた。


「和歌の尚侍。何をお探しになっているのです?」

藤の君がいる反対側から、声が聞こえてきた。

「ああ、そなた……」


依楼葉が顔を上げると、そこには橘の君がいた。

少し顔を伏せた依楼葉。

「……そなた、どこかで文書を見ませんでしたか?」

「いえ。見ませんでした。」

「そうですか。ありがとう。」

依楼葉は、橘の君に背中を向けた。


すると橘の君は、そっと依楼葉の腕を掴んだ。

「和歌の尚侍。もしや、その文書と言うのは……」

依楼葉は、血の気が引いて行くのが、分かった。

「やはり、そうなのですね。」

そう言うと橘の君は、部屋中を探し始めた。

「橘の君?」

「和歌の尚侍。こういう時は、一緒に探した方が、見つかるものですよ。」


その真剣に探す様子を見て、依楼葉は、橘の君を誤解していたのかもしれないと思った。

「和歌の尚侍。一体、どういう事なのです?」

藤の君も、依楼葉に近づいた。

「実は、夏の右大将様から、帝へ渡してくれと、文書を預かったのですが、いざ帝の前でお渡ししようとして、近くにないのです。」

「まあ!大変!私も一緒に、探しましょう。」

こうして、依楼葉、橘の君、藤の君で文書を探したが、見つからなかった。

もちろん、お湯殿やその近辺を探してもだ。


「仕方ありません。もう一度、主人に頼んでみましょう。」

橘の君が、立ち上ろうとした。

「待って下さい、橘の君。」

それを依楼葉が止めた。

「これほど探してもないとは、仕方がありません。それに帝への文書なら、一刻も争う内容かもしれません。」

橘の君が言うのも、尤もだった。

「……そうですね。では、私が直にお願いにあがります。」

「和歌の尚侍……」

橘の君は、とても不安そうだ。

「無くした私が悪いのです。誠心誠意謝り、もう一度書いて頂くしかありません。」


依楼葉は直ぐに夏の右大将の元へ、駆けて行った。

「これはこれは、どうしたと言うのでしょう。」

夏の右大将も、そんな依楼葉の姿を見て、驚きだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

私を犯してください♡ 爽やかイケメンに狂う人妻

花野りら
恋愛
人妻がじわじわと乱れていくのは必読です♡

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

ミックスド★バス~家のお風呂なら誰にも迷惑をかけずにイチャイチャ?~

taki
恋愛
【R18】恋人同士となった入浴剤開発者の温子と営業部の水川。 お互いの部屋のお風呂で、人目も気にせず……♥ えっちめシーンの話には♥マークを付けています。 ミックスド★バスの第5弾です。

【完結】お義父様と義弟の溺愛が凄すぎる件

百合蝶
恋愛
お母様の再婚でロバーニ・サクチュアリ伯爵の義娘になったアリサ(8歳)。 そこには2歳年下のアレク(6歳)がいた。 いつもツンツンしていて、愛想が悪いが(実話・・・アリサをーーー。) それに引き替え、ロバーニ義父様はとても、いや異常にアリサに構いたがる! いいんだけど触りすぎ。 お母様も呆れからの憎しみも・・・ 溺愛義父様とツンツンアレクに愛されるアリサ。 デビュタントからアリサを気になる、アイザック殿下が現れーーーーー。 アリサはの気持ちは・・・。

【R18】散らされて

月島れいわ
恋愛
風邪を引いて寝ていた夜。 いきなり黒い袋を頭に被せられ四肢を拘束された。 抵抗する間もなく躰を開かされた鞠花。 絶望の果てに待っていたのは更なる絶望だった……

【R18】幼馴染な陛下は、わたくしのおっぱいお好きですか?💕

月極まろん
恋愛
 幼なじみの陛下に告白したら、両思いだと分かったので、甘々な毎日になりました。  でも陛下、本当にわたくしに御不満はございませんか?

友情結婚してみたら溺愛されてる件

鳴宮鶉子
恋愛
幼馴染で元カレの彼と友情結婚したら、溺愛されてる?

処理中です...