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第13章 湯浴びの時
①
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さて、依楼葉が女御の位に近い、尚侍になった事で、藤壺の女御・桜子は居ても立っても居られない。
まだ、子供もできない身で、他の女が帝に近づくなど、腹が立って仕方ないのだ。
帝のお子、次の帝を産むのは自分だと、幼い頃から言われ続けてきたせいかもしれない。
「藤壺の女御様……」
そんな苛立った状態を、ずっと見続けてきた綾子は、桜子が不憫でならない。
本当は、心の底から優しい方なのに、煩わしい事が増えていくばかりで、心休まる時がないのだ。
「綾子。」
「はい。」
「私はあとどのくらい、帝の近づく姫を、押しのければよいのだろう。」
綾子は、胸が潰れそうになった。
「もう少しでございます。もう少しで、藤壺の女御様が、ご懐妊されれば……」
「それを聞くのも、飽きた……」
桜子は、豪華絢爛な御帳台を、手に取った。
「幼い頃から父上に、そなたにはこのような暮らしが待っているのだと、聞かされた。」
太政大臣・橘文弘は、桜子が小さい頃から、帝の元に入内させる気で教育を施していた。
「私も何も疑わず、この絵巻のような暮らしを、送れるものだと思っていた。」
綾子は、一歩前に出た。
「何を申されますか。今でも十分に、絵巻のようなお暮しを、なさっておいでですよ。」
すると桜子は、クスリと笑った。
「綾子は、この絵巻を見た事がある?」
「えっ?」
綾子が御帳台を見ると、たくさんの人がたくさんの色鮮やかな衣をまとい、きめ細やかに描かれている。
それは贅を限りを尽くした、この世で一つだけの、御帳台だ。
「この中には、帝と帝の女御と、その間に生まれた皇子が、描かれているの。」
桜子は、御帳台の真ん中に描かれている、その幸せそうな親子の絵の部分を触った。
「ずっとこの帝は主上で、この女御は私で、その間には当然、この可愛らしいお子が、産まれるものだとばかり、思っていた。」
その様子は、幼い頃の夢を語っていると言うのに、昔の忘れ去った夢を思い出しているようにも見えた。
その途端、綾子の目には桜子が、急に老けたように感じた。
「藤壺の女御様!私が、何とか致しますから!」
「綾子?」
鬼気迫った綾子に、桜子は怪訝そうな顔をする。
「誰が何と申しても、帝の女御様は、藤壺の女御様ただお一人でございます!」
もうすぐ落ちぶれるかもしれない自分に、励ましの言葉をかけてくれる綾子。
桜子は、胸が熱くなる程嬉しかった。
「だが、綾子。」
「はい。」
「もしかしたら、今までが間違いだったのかもしれない。」
「えっ?」
綾子は、眉をひそめた。
「本来、帝の後宮と言うのは、何人かの女御がいて当たり前の世界。子を成さない我一人の後宮と言うのが、珍しいのかもしれない。」
「そんな!」
綾子は、桜子の側に寄った。
「帝は、藤壺の女御様を恋い慕っておられます!それなのに、他の女御様など、いるはずもありません!」
桜子は、寂しく笑った。
「ああ、綾子。そなたがいてくれれば、私はこれからも、なんとか生きていけそうです。」
「何を仰います!」
桜子は、尚も励まし続ける綾子の手を、そっと握った。
「ありがとう、綾子。」
「藤壺の女御様……」
そして手を放した桜子は、ふと後ろに置いてある絵巻に、目をやった。
「そう言えば、和歌にも女房の時には、世話になりましたね。」
そう言って桜子は、目を閉じた。
「勿体ないお言葉。女房は、藤壺の女御様のお世話をするのが、お勤めでございますのに。」
綾子は、だんだん桜子が、憐れに思えてきた。
「綾子。一つ、頼まれてはくれまいか?」
「はい、何でしょう。」
「私の衣を一つ、和歌に持って行ってくれまいか。」
「えっ!?」
藤壺の女御様が着ていた衣を、和歌の姫君も、袖を通すと言うのか。
「和歌ももう、尚侍。帝の側にお仕えするのであれば、豪華な衣の一つも、必要でしょう。」
あまりの優しさに、綾子の目に、涙が溜まる。
「とは言っても、関白左大臣家の姫君に対して、余計なお世話かもしれませんね。」
「いえ。」
綾子は、首を横に振る時に、一緒に涙も拭いた。
「きっと和歌の姫君も、お喜びになるでしょう。」
そして、無理に笑って見せた。
「うん。では、そうしておくれ。」
「はい。」
綾子は早速立ち上がると、桜子の衣が置いてある場所へと、足を運んだ。
太政大臣の娘である桜子の衣は、右大臣家の姫である自分であっても、羨ましいくらいの豪華なモノばかりだ。
その中でも、桜子があまり、袖を通さない衣があった。
綾子はそれを畳むと、他の女房を連れて、尚侍になったばかりの和歌の姫君に、持って行くのだった。
まだ、子供もできない身で、他の女が帝に近づくなど、腹が立って仕方ないのだ。
帝のお子、次の帝を産むのは自分だと、幼い頃から言われ続けてきたせいかもしれない。
「藤壺の女御様……」
そんな苛立った状態を、ずっと見続けてきた綾子は、桜子が不憫でならない。
本当は、心の底から優しい方なのに、煩わしい事が増えていくばかりで、心休まる時がないのだ。
「綾子。」
「はい。」
「私はあとどのくらい、帝の近づく姫を、押しのければよいのだろう。」
綾子は、胸が潰れそうになった。
「もう少しでございます。もう少しで、藤壺の女御様が、ご懐妊されれば……」
「それを聞くのも、飽きた……」
桜子は、豪華絢爛な御帳台を、手に取った。
「幼い頃から父上に、そなたにはこのような暮らしが待っているのだと、聞かされた。」
太政大臣・橘文弘は、桜子が小さい頃から、帝の元に入内させる気で教育を施していた。
「私も何も疑わず、この絵巻のような暮らしを、送れるものだと思っていた。」
綾子は、一歩前に出た。
「何を申されますか。今でも十分に、絵巻のようなお暮しを、なさっておいでですよ。」
すると桜子は、クスリと笑った。
「綾子は、この絵巻を見た事がある?」
「えっ?」
綾子が御帳台を見ると、たくさんの人がたくさんの色鮮やかな衣をまとい、きめ細やかに描かれている。
それは贅を限りを尽くした、この世で一つだけの、御帳台だ。
「この中には、帝と帝の女御と、その間に生まれた皇子が、描かれているの。」
桜子は、御帳台の真ん中に描かれている、その幸せそうな親子の絵の部分を触った。
「ずっとこの帝は主上で、この女御は私で、その間には当然、この可愛らしいお子が、産まれるものだとばかり、思っていた。」
その様子は、幼い頃の夢を語っていると言うのに、昔の忘れ去った夢を思い出しているようにも見えた。
その途端、綾子の目には桜子が、急に老けたように感じた。
「藤壺の女御様!私が、何とか致しますから!」
「綾子?」
鬼気迫った綾子に、桜子は怪訝そうな顔をする。
「誰が何と申しても、帝の女御様は、藤壺の女御様ただお一人でございます!」
もうすぐ落ちぶれるかもしれない自分に、励ましの言葉をかけてくれる綾子。
桜子は、胸が熱くなる程嬉しかった。
「だが、綾子。」
「はい。」
「もしかしたら、今までが間違いだったのかもしれない。」
「えっ?」
綾子は、眉をひそめた。
「本来、帝の後宮と言うのは、何人かの女御がいて当たり前の世界。子を成さない我一人の後宮と言うのが、珍しいのかもしれない。」
「そんな!」
綾子は、桜子の側に寄った。
「帝は、藤壺の女御様を恋い慕っておられます!それなのに、他の女御様など、いるはずもありません!」
桜子は、寂しく笑った。
「ああ、綾子。そなたがいてくれれば、私はこれからも、なんとか生きていけそうです。」
「何を仰います!」
桜子は、尚も励まし続ける綾子の手を、そっと握った。
「ありがとう、綾子。」
「藤壺の女御様……」
そして手を放した桜子は、ふと後ろに置いてある絵巻に、目をやった。
「そう言えば、和歌にも女房の時には、世話になりましたね。」
そう言って桜子は、目を閉じた。
「勿体ないお言葉。女房は、藤壺の女御様のお世話をするのが、お勤めでございますのに。」
綾子は、だんだん桜子が、憐れに思えてきた。
「綾子。一つ、頼まれてはくれまいか?」
「はい、何でしょう。」
「私の衣を一つ、和歌に持って行ってくれまいか。」
「えっ!?」
藤壺の女御様が着ていた衣を、和歌の姫君も、袖を通すと言うのか。
「和歌ももう、尚侍。帝の側にお仕えするのであれば、豪華な衣の一つも、必要でしょう。」
あまりの優しさに、綾子の目に、涙が溜まる。
「とは言っても、関白左大臣家の姫君に対して、余計なお世話かもしれませんね。」
「いえ。」
綾子は、首を横に振る時に、一緒に涙も拭いた。
「きっと和歌の姫君も、お喜びになるでしょう。」
そして、無理に笑って見せた。
「うん。では、そうしておくれ。」
「はい。」
綾子は早速立ち上がると、桜子の衣が置いてある場所へと、足を運んだ。
太政大臣の娘である桜子の衣は、右大臣家の姫である自分であっても、羨ましいくらいの豪華なモノばかりだ。
その中でも、桜子があまり、袖を通さない衣があった。
綾子はそれを畳むと、他の女房を連れて、尚侍になったばかりの和歌の姫君に、持って行くのだった。
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