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第6章 あの時の姫君
①
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数日後、帝の元へ太政大臣・橘文弘、関白左大臣・藤原照明・右大臣・藤原武徳が集まった。
「そろそろ、野行幸を行おうと思う。」
「おお!」
帝の一声に、蔵人達も混じって、感嘆の声を上げた。
「それは宜しい。皆も、喜ぶでしょう。」
関白左大臣も右大臣も、心躍っている。
「狩場までの行列は、若者を腰の左右に随行させましょう。」
「ああ、それもよい。で?どの若者に、随行させましょう?」
すると太政大臣・橘文弘が、扇を広げた。
「一人は冬の君、左大将・藤原崇文殿は、如何でしょう。」
崇文の叔父・右大臣の藤原武徳は、鼻を高くする。
「では、もう一人は夏の右大将殿ですかな。」
関白左大臣が、笑顔で言った。
「いえ……我が息子は、帝の横に。もう一人は、関白左大臣家の春の中納言殿に。」
これには、依楼葉の父・藤原照明も驚いた。
なにせ春の中納言が、文武両道と謳われたのは、咲哉が生きている時だ。
「あっ、いや……その……我が息子の春の中納言は、病み上がりでして……」
父・藤原照明の額から、嫌な汗が出る。
「なんの。我が息子夏の右大将は、春の中納言殿と冬の左大将殿に比べて、少し歳が上でございます。お上も、若くて美しい公達の方が、宜しいでしょう。」
「……そうよのう。」
帝は、ニヤッとした。
「夏の右大将も美しい公達だが、たまには若い者に、華を持たせてやりたい。」
帝にそう言われ、父・藤原照明は縮こまる。
「それに、ゆくゆくは春の中納言殿が、左右の大将、いづれかになるでしょうから、今のうちに肩慣らしでもしておいた方が、よかろうと思うのです。」
「えっ……そ、そうなのですか?」
そんな話まであるとは、父・藤原照明も想像はしていなかった。
「春の中納言が、勤めてくれるとなれば、私も楽しみだ。関白左大臣。」
そう言って帝は、笑顔になる。
帝直々にそう言われてしまえば、受けるしかない。
「……本人に、伝えてみます。」
関白左大臣の答えに、太政大臣・橘文弘は扇の裏で、微笑んだ。
その日の夜。
父・藤原照明は、務めが終わって帰って来た依楼葉に、この一件を話した。
「はい!喜んで、お受け致します。」
依楼葉は、やけに嬉しそうだ。
「依楼葉、大丈夫なのか?男に混ざって、狩りに行くとは。」
「ご心配なく、父上様。弓矢でしたら、幼い頃から咲哉と共に、鍛錬してきました。」
「そうで……あったな……」
小さい頃、あまりの腕の良さに、”左大臣家には、男の子が二人いるようだ”と言われていた。
だがそれでも、父は心配で仕方がない。
「……今のうちなら、病だと申して、断る事もできるぞ。」
「父上様。後々は左右の大将のいづれかになる者と、そこまで言われましたら、退くは咲哉の評判を落とします。」
「うーん……」
今回ばかりは、折れるしかないと思う父だった。
しばらくして、その野行幸の時が、やってきた。
他の公卿達と同じ衣装を着た依楼葉が、馬の元へやってきた。
「春の中納言殿。今日は、宜しくお願い申す。」
「夏の右大将殿。」
この前、帝の前で会った時以来だが、依楼葉は何故か、この公達と仲良くなれる気がしていた。
「まあ、春の中納言殿よ!」
「こっち向いて!」
遠くから女御達が、依楼葉目がけて手を振る。
「さすが、春の中納言殿。このような時まで、女房達を魅了するとは。」
「はははっ……放っておきましょう。」
咲哉と違って依楼葉は、手を振られても、うっとおしいとしか思えない。
「これは、夏の右大将殿!春の中納言殿!」
遅れて、冬の君・藤原崇文が、やってきた。
「おお。春の中納言殿は、そういう衣装も、お似合いになる。」
「あ、有難うございます。」
依楼葉を気に入っていると言う、藤原崇文。
何となく、距離を置く依楼葉だった。
「そう言えば、和歌の姫君には、私の事伝えて頂けましたか?」
「えっ?」
依楼葉は、目を丸くした。
やんわりと、それとなく断ったはずなのに。
「ああ……文で伝えたのですが、まだ返事がなく……申し訳ない。」
依楼葉は、嘘をついた。
「そうですか。今頃、私の事を考えておられるのでしょうか。」
だが反って藤原崇文は、勝手な妄想をしている。
「あの……冬の君殿は、なぜそこまで、妹の事を?まだ、一度もお会いした事は、ないと思いますが……」
「お会いした事なら、ございますよ。」
「えっ?」
依楼葉は、遠い記憶を遡った。
「桜の君様……帝と、花見の祝宴をしていた時に。」
依楼葉は思わず、声を出しそうになった。
帝と見つめ合った時……
『桜の君様?』
帝を呼んだ、あの公達だ。
「この前は、叔父や関白左大臣の手前、一度は引き申したが、桜の君様であれば、相手に不足なし。まだ諦めはしません。」
「そろそろ、野行幸を行おうと思う。」
「おお!」
帝の一声に、蔵人達も混じって、感嘆の声を上げた。
「それは宜しい。皆も、喜ぶでしょう。」
関白左大臣も右大臣も、心躍っている。
「狩場までの行列は、若者を腰の左右に随行させましょう。」
「ああ、それもよい。で?どの若者に、随行させましょう?」
すると太政大臣・橘文弘が、扇を広げた。
「一人は冬の君、左大将・藤原崇文殿は、如何でしょう。」
崇文の叔父・右大臣の藤原武徳は、鼻を高くする。
「では、もう一人は夏の右大将殿ですかな。」
関白左大臣が、笑顔で言った。
「いえ……我が息子は、帝の横に。もう一人は、関白左大臣家の春の中納言殿に。」
これには、依楼葉の父・藤原照明も驚いた。
なにせ春の中納言が、文武両道と謳われたのは、咲哉が生きている時だ。
「あっ、いや……その……我が息子の春の中納言は、病み上がりでして……」
父・藤原照明の額から、嫌な汗が出る。
「なんの。我が息子夏の右大将は、春の中納言殿と冬の左大将殿に比べて、少し歳が上でございます。お上も、若くて美しい公達の方が、宜しいでしょう。」
「……そうよのう。」
帝は、ニヤッとした。
「夏の右大将も美しい公達だが、たまには若い者に、華を持たせてやりたい。」
帝にそう言われ、父・藤原照明は縮こまる。
「それに、ゆくゆくは春の中納言殿が、左右の大将、いづれかになるでしょうから、今のうちに肩慣らしでもしておいた方が、よかろうと思うのです。」
「えっ……そ、そうなのですか?」
そんな話まであるとは、父・藤原照明も想像はしていなかった。
「春の中納言が、勤めてくれるとなれば、私も楽しみだ。関白左大臣。」
そう言って帝は、笑顔になる。
帝直々にそう言われてしまえば、受けるしかない。
「……本人に、伝えてみます。」
関白左大臣の答えに、太政大臣・橘文弘は扇の裏で、微笑んだ。
その日の夜。
父・藤原照明は、務めが終わって帰って来た依楼葉に、この一件を話した。
「はい!喜んで、お受け致します。」
依楼葉は、やけに嬉しそうだ。
「依楼葉、大丈夫なのか?男に混ざって、狩りに行くとは。」
「ご心配なく、父上様。弓矢でしたら、幼い頃から咲哉と共に、鍛錬してきました。」
「そうで……あったな……」
小さい頃、あまりの腕の良さに、”左大臣家には、男の子が二人いるようだ”と言われていた。
だがそれでも、父は心配で仕方がない。
「……今のうちなら、病だと申して、断る事もできるぞ。」
「父上様。後々は左右の大将のいづれかになる者と、そこまで言われましたら、退くは咲哉の評判を落とします。」
「うーん……」
今回ばかりは、折れるしかないと思う父だった。
しばらくして、その野行幸の時が、やってきた。
他の公卿達と同じ衣装を着た依楼葉が、馬の元へやってきた。
「春の中納言殿。今日は、宜しくお願い申す。」
「夏の右大将殿。」
この前、帝の前で会った時以来だが、依楼葉は何故か、この公達と仲良くなれる気がしていた。
「まあ、春の中納言殿よ!」
「こっち向いて!」
遠くから女御達が、依楼葉目がけて手を振る。
「さすが、春の中納言殿。このような時まで、女房達を魅了するとは。」
「はははっ……放っておきましょう。」
咲哉と違って依楼葉は、手を振られても、うっとおしいとしか思えない。
「これは、夏の右大将殿!春の中納言殿!」
遅れて、冬の君・藤原崇文が、やってきた。
「おお。春の中納言殿は、そういう衣装も、お似合いになる。」
「あ、有難うございます。」
依楼葉を気に入っていると言う、藤原崇文。
何となく、距離を置く依楼葉だった。
「そう言えば、和歌の姫君には、私の事伝えて頂けましたか?」
「えっ?」
依楼葉は、目を丸くした。
やんわりと、それとなく断ったはずなのに。
「ああ……文で伝えたのですが、まだ返事がなく……申し訳ない。」
依楼葉は、嘘をついた。
「そうですか。今頃、私の事を考えておられるのでしょうか。」
だが反って藤原崇文は、勝手な妄想をしている。
「あの……冬の君殿は、なぜそこまで、妹の事を?まだ、一度もお会いした事は、ないと思いますが……」
「お会いした事なら、ございますよ。」
「えっ?」
依楼葉は、遠い記憶を遡った。
「桜の君様……帝と、花見の祝宴をしていた時に。」
依楼葉は思わず、声を出しそうになった。
帝と見つめ合った時……
『桜の君様?』
帝を呼んだ、あの公達だ。
「この前は、叔父や関白左大臣の手前、一度は引き申したが、桜の君様であれば、相手に不足なし。まだ諦めはしません。」
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