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王の取り計らい

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こうして私達は、モルテザー王国の皇太子夫妻として、新たなスタートを切る事になった。

なになに?

じゃあ、医者の仕事はって?

それは……


「はい!診て貰いたい人、手を挙げて。」

「はーい!」

私は、手をチョコンと挙げた男の子の前に座った。

「具合が悪いのかな。ちょっとお姉ちゃんに、身体を見させてちょうだいね。」

肺の音を聞くと、かなりヒューヒューと言う音が聞こえる。


私は相変わらず、バスで1時間かけてこのサハルに来て、医者を続けている。

「ったく。未来の王妃が、へき地で医者をやっているなんて、日本人が聞いたら、腰を抜かすよ。」

「全くだ。」

皇太子妃になっても、仕事を辞めようとしない私に、土井先生と津田先生も呆れ顔だ。

「で?いつ式を挙げるんだ?」

「来月です。」

「来月!?アムジャドもさっさと式を挙げればいいものを。」

「皇太子の挙式となると、大掛かりな準備が必要なんですよ。」

「なんだか、他人事みたいだな。」

津田先生が、後ろから話しかけてきた。

「アムジャドの挙式と言う事は、千奈ちゃんの挙式でもあるんだろ。」

「まあ、そうですけど。」

他人事だと思えるのは、私の中にまだ皇太子妃と言う自覚がないから。

挙式をしたら、そんな自覚も芽生えてくるのかな。


「それにしても、千奈ちゃんとアムジャドが結婚か。」

津田先生が感慨深そうに、涙を拭う。

「千奈ちゃん、辛かったらいつでも、戻ってきていいんだよ。」

「はい。って言っても、ずっとここにいますけど。」

医者になった時は、こんな私でいいのかと悩んだ時もあったし、この治療方針でいいのか、土井先生ともぶつかり合った時もあった。

でも今では、そんな時間さえ愛おしいと思う。

「ところで、同じ皇太子妃候補だったジャミレトさんは、どうするんだ?」

「それが……」

国王が、私達の結婚を告げると、ジャミレトさんは意気消沈で、今にも倒れそうだった。

それもそうだ。

小さい頃から王妃になる事を、信じ込まされ、今になってなれませんなんて、これからどうすればいいか、分からなくなるよね。

「……皇太子の妾妃にもなれないんですよね。」

「ジャミレト。すまない。妃はチナだけだと誓っている。」

鼻をすするジャミレトさんは、そのまま部屋を去った。

あまりにも悲しい別れに、私が後を追いかけると、イマードさんがジャミレトさんの腕を掴んでいた。

「放して!」

「放さない。俺はずっと、あなたに恋焦がれていた。」

おっ!

私は柱の陰に隠れた。

「あなたが皇太子の花嫁にならなければ……ずっと、そう思っていた。」

「イマード。」

イマードさんは、ジャミレトさんを抱き寄せた。

「あなたを手に入れるのは、今しかないと思う。どうか俺の花嫁になってくれ。」

うそおおお!

イマードさんが、ジャミレトさんにプロポーズしている。

「今は考えられないわ。」

「そうか。」

うー。断られて、悲しい顔をしているよ。イマードさん。

「でも……これからは、有り得そうだけどね。」

「ジャミレト……」

もう二人の間に流れるラブラブな雰囲気に負けて、私は戻ってきてしまった。

「ジャミレトの様子はどうだった?」

「私達が心配する事はないみたい。」

私は両手を挙げて、参ったのポーズ。

「そうか。ジャミレトは意外に強いからなぁ。」

「そんな訳ないでしょ。好きな人に振られて。」

そう言うとこは鈍感なアムジャドに、教えてあげた。

「イマードさんが、ジャミレトさんにプロポーズしていた。」

「イマードが!?」

アムジャドはすごく驚いている。

「あいつ、上手く隙をついてやったな。」

「知っていたの?イマードさんが、ジャミレトさんを好きだって。」

「ああ、知っていたよ。あいつは不器用だからな。」

アムジャドは、そう言って笑っていた。

「イマードさんとジャミレトさん、結婚するのかな。」

「おいおい、まだ早いだろ。」

アムジャドが私の妄想を止める。

「早いって事はないわよ。女にとって、愛されている男の人と結婚するのは、幸せな事よ。」

するとアムジャドは、子供みたいに難しい顔をした。

「ジャミレトは、少し前まで僕の婚約者だったんだぞ。そう簡単に、他の男を好きになってたまるか。」

「はいはい。」

要するに、嫉妬なんだよね。

自分の所有物を取られたくない、子供の我が侭?

「チナは、そんな事ないな。」

「どうかな。」

「おい、チナ。」

「嘘だよ。」

私達は、顔を見合わせて笑った。

1カ月後。

私とアムジャドの挙式が催され、国民にみんなが私達の結婚を祝ってくれた。

「アムジャド皇太子!」

「チナ皇太子妃!」

快くこの国に受け入れられたのは、サハルの一件が、国中に伝わったからだと思う。

「今度の皇太子妃は、お医者様みたいよ。」

「しかも、皇太子妃になられても、サハルでお医者様を続けていらっしゃるんでしょ。」

集まってくれた人の視線が痛い。

みんな、私に期待しすぎだよ。


「チナ。僕は君に出会えた事、神様に感謝するよ。」

「私も。あの時、アムジャドに出会えてなければ、こんなにも素晴らしい人生は、待っていなかったわ。」


思えば、まだ医学生だった頃。

津田先生に、ふいに紹介されたアムジャド。

一目で恋に落ちた。

あの瞬間が、夢のよう。


「これからも、チナを愛し続けるよ。」

「私の方こそ。あなたを第一に想うわ。」


これから始まるシンデレラストーリー。

でも私は、敢えていう。

誰にでも訪れる、ラブストーリーだと。



ーEND-
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