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優しい雨
⑥
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「菜摘さんは、敦弥さんの事が……好きなんですよね。」
少しだけ振り向いた時、黙ったまま菜摘さんは、泣いていた。
「だとしたら、敦弥さんを幸せにしてあげてください。」
最後の強がり。
私は菜摘さんに、深くお辞儀をすると、エレベーターに飛び乗った。
スーッと二人との道を別つように、エレベーターの扉は閉まる。
順調に1階へと下がって行く機械の箱は、本当に愛している人との別れも惜しませてくれなかった。
あっという間に1階に到着し、扉が開く。
呆気なく過ぎ去った時間は、私にとって何の役にも立たなかった。
やっと壁から身体を離して、ゆっくりと重い足を前に出し、エレベータを降りると、無情にも扉は勢いよく閉じた。
このままでいたい。
どこにも行きたくない。
そんな思いとは裏腹に、足は重いまま私を会社の外へと、連れ出した。
ビルの外に出ると、湿った空気。
まるで涙を堪えている私のようだった。
仕方がない。
ここにいつまでも立っていることなんでできない。
自分の足で、動かなければ。
私は気付くと、歩きながら涙を流していた。
これでいいのよ。
自分に言い聞かせる。
コツコツと、歩く音だけが響く。
さっき会った敦弥さん。
私の知らない人だった。
服はヨレヨレで、髭も生やしっぱなしで、少しやつれているようにも見えた。
「敦弥さん……」
私は涙を堪えるかのように、空を見上げた。
その先には、さっきまで敦弥さんと会っていた、あの社長室が見える。
敦弥さん。
もう、苦しまないでほしい。
敦弥さんにはもっと、楽しく生き生きとしながら、今の仕事をしてほしい。
自分の身を削りながら、やつれる程追い込まれて仕事をするなんて、敦弥さんには似合わない。
そうよ。
私には、今のあなたを救う力なんてない。
もし、菜摘さんと結婚することで、また仕事に生き生きしている敦弥さんを見れるのなら、私はこのままサヨナラを言える。
傷ついた心を潤すかのように、次から次へと涙がこぼれる。
もし、菜摘さんと敦弥さんの出会いが、最初から決まっているものだとしたら、私はなぜ敦弥さんと出会ってしまったんだろう。
「すみません。」
通りすがりの人にぶつかられて、私は道路に倒れ込んでしまった。
「大丈夫ですか?風邪ひきますよ?」
いつの間にか降り出した雨に、私はすっかりびしょ濡れになっていた。
「……大丈夫です。放っておいてください。」
傘を差したその人は、しばらく私を見ていたけれど、一向に動かないことに諦めたのか、そのまま私から離れて行った。
夢だったのかもしれない。
私と敦弥さんが過ごした時間、全てが夢だったのかもしれない。
菜摘さんは、森川社長のお嬢様。
だとしたら、私と敦弥さんが付き合う前に、私がプレゼントを用意した人が、そうだわ。
最初から二人は、結婚するはずだったのよ。
敦弥さんは、たまたま物珍しい女を見つけただけ。
私たちは、結ばれる運命じゃなかった。
「……っ!」
雨に混じって、涙も地面に降り続く。
一時の恋だと言い聞かせれば、納得もできるのに心がそれを受け付けない。
私は両腕を抱え込んだ。
だってそうよ。
あの人の温もりが、この体に染みついていて、今も無くなってはくれない。
敦弥さんの体温が。
敦弥さんの指が。
敦弥さんの体が、吐息が、言葉が。
二人の心を一つにするかのような、運命の恋だと、この体に刻みつけてくれたと言うのに。
私は全ての痛みを吐き出すように、泣きじゃくった。
雨に混じって、心が引き裂かれるような泣き声が自分の耳にも聞こえてくる。
その時だった。
遥か後ろの方から、敦弥さんの声が聞こえてきた。
「美雨!美雨!!」
私は立ち上がると、木の影に身を寄せた。
「美雨!どこにいるんだ!!返事をしろ!!!」
雨に濡れて、見たこともない程に取り乱しながら、敦弥さんは私を探していた。
「どうして……!さっきも俺の事を愛してるって言ったのに!どうしていなくなったり……するんだよ!!」
そう叫んだきり、敦弥さんはその場に倒れ込んでしまった。
たまらなくなって、木の影から身を乗り出した。
「敦弥さ……」
だけど、そんな敦弥さんに駆け寄ったのは、私ではなくて菜摘さんだった。
二人の様子を見て、私はまた木の影に隠れた。
「美雨…美雨……」
敦弥さんの私の呼ぶ声が、耳について離れない。
しばらく経って、敦弥さんは菜摘さんに抱えられるようにして、ビルの中に入っていった。
敦弥さんの熱い情熱が、私の身体を支配する。
もう無理なのに。
もう敦弥さんに抱かれることはないのに。
ねえ、振り続く雨よ。
このままずっと、優しくこの身を濡らすのなら、
私の身を焦がすような
あの人の熱を
この身体から全て
奪い去ってほしい
少しだけ振り向いた時、黙ったまま菜摘さんは、泣いていた。
「だとしたら、敦弥さんを幸せにしてあげてください。」
最後の強がり。
私は菜摘さんに、深くお辞儀をすると、エレベーターに飛び乗った。
スーッと二人との道を別つように、エレベーターの扉は閉まる。
順調に1階へと下がって行く機械の箱は、本当に愛している人との別れも惜しませてくれなかった。
あっという間に1階に到着し、扉が開く。
呆気なく過ぎ去った時間は、私にとって何の役にも立たなかった。
やっと壁から身体を離して、ゆっくりと重い足を前に出し、エレベータを降りると、無情にも扉は勢いよく閉じた。
このままでいたい。
どこにも行きたくない。
そんな思いとは裏腹に、足は重いまま私を会社の外へと、連れ出した。
ビルの外に出ると、湿った空気。
まるで涙を堪えている私のようだった。
仕方がない。
ここにいつまでも立っていることなんでできない。
自分の足で、動かなければ。
私は気付くと、歩きながら涙を流していた。
これでいいのよ。
自分に言い聞かせる。
コツコツと、歩く音だけが響く。
さっき会った敦弥さん。
私の知らない人だった。
服はヨレヨレで、髭も生やしっぱなしで、少しやつれているようにも見えた。
「敦弥さん……」
私は涙を堪えるかのように、空を見上げた。
その先には、さっきまで敦弥さんと会っていた、あの社長室が見える。
敦弥さん。
もう、苦しまないでほしい。
敦弥さんにはもっと、楽しく生き生きとしながら、今の仕事をしてほしい。
自分の身を削りながら、やつれる程追い込まれて仕事をするなんて、敦弥さんには似合わない。
そうよ。
私には、今のあなたを救う力なんてない。
もし、菜摘さんと結婚することで、また仕事に生き生きしている敦弥さんを見れるのなら、私はこのままサヨナラを言える。
傷ついた心を潤すかのように、次から次へと涙がこぼれる。
もし、菜摘さんと敦弥さんの出会いが、最初から決まっているものだとしたら、私はなぜ敦弥さんと出会ってしまったんだろう。
「すみません。」
通りすがりの人にぶつかられて、私は道路に倒れ込んでしまった。
「大丈夫ですか?風邪ひきますよ?」
いつの間にか降り出した雨に、私はすっかりびしょ濡れになっていた。
「……大丈夫です。放っておいてください。」
傘を差したその人は、しばらく私を見ていたけれど、一向に動かないことに諦めたのか、そのまま私から離れて行った。
夢だったのかもしれない。
私と敦弥さんが過ごした時間、全てが夢だったのかもしれない。
菜摘さんは、森川社長のお嬢様。
だとしたら、私と敦弥さんが付き合う前に、私がプレゼントを用意した人が、そうだわ。
最初から二人は、結婚するはずだったのよ。
敦弥さんは、たまたま物珍しい女を見つけただけ。
私たちは、結ばれる運命じゃなかった。
「……っ!」
雨に混じって、涙も地面に降り続く。
一時の恋だと言い聞かせれば、納得もできるのに心がそれを受け付けない。
私は両腕を抱え込んだ。
だってそうよ。
あの人の温もりが、この体に染みついていて、今も無くなってはくれない。
敦弥さんの体温が。
敦弥さんの指が。
敦弥さんの体が、吐息が、言葉が。
二人の心を一つにするかのような、運命の恋だと、この体に刻みつけてくれたと言うのに。
私は全ての痛みを吐き出すように、泣きじゃくった。
雨に混じって、心が引き裂かれるような泣き声が自分の耳にも聞こえてくる。
その時だった。
遥か後ろの方から、敦弥さんの声が聞こえてきた。
「美雨!美雨!!」
私は立ち上がると、木の影に身を寄せた。
「美雨!どこにいるんだ!!返事をしろ!!!」
雨に濡れて、見たこともない程に取り乱しながら、敦弥さんは私を探していた。
「どうして……!さっきも俺の事を愛してるって言ったのに!どうしていなくなったり……するんだよ!!」
そう叫んだきり、敦弥さんはその場に倒れ込んでしまった。
たまらなくなって、木の影から身を乗り出した。
「敦弥さ……」
だけど、そんな敦弥さんに駆け寄ったのは、私ではなくて菜摘さんだった。
二人の様子を見て、私はまた木の影に隠れた。
「美雨…美雨……」
敦弥さんの私の呼ぶ声が、耳について離れない。
しばらく経って、敦弥さんは菜摘さんに抱えられるようにして、ビルの中に入っていった。
敦弥さんの熱い情熱が、私の身体を支配する。
もう無理なのに。
もう敦弥さんに抱かれることはないのに。
ねえ、振り続く雨よ。
このままずっと、優しくこの身を濡らすのなら、
私の身を焦がすような
あの人の熱を
この身体から全て
奪い去ってほしい
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