【R18】Gentle rain

日下奈緒

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求めあう気持ち

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そんな事を勝手に思って、胸が痛んだ。


支払いをする階堂さんを待つ間、大輪の華を咲かせる夜空の花火を見たのは、そんな時。

私、この花火を一生、忘れないだろうなって。

この花火を思い出す時、そこには必ずあなたがいるはず。

そう思っていた。


だからあなたに、『もっと花火が綺麗に見える場所に連れていってあげようか。』って言われた時は、夢に続きがあるのかと可笑しかった。

あなたに手を引かれて、飛び乗ったエレベーターの中。

夢の中なのか、現実の世界なのかわからなくて。

少なくてもあなたの顔を見てしまったら、この夢は覚めてなくなってしまうじゃないかって。

そう思うと、全身を動かすことなんて、できなかった。


そんな中で見た、部屋一面のガラスから見る大きな花火。


何気ない会話の後に、ふとあなたを見ると、その瞳には私が映っていた。

「階堂さん?」

まるでそのまま息が止まってしまったかのように、ずっと私を見つめていた。


「あの…こんなに近い場所で見つめられると、困ります……」

「どうして?」

もう、あなたの熱い眼差しに耐えられなくなってしまって、私は思わず顔を両手で覆った。

あなたと会えると思ったら眠れなかったとか、そのせいでクマができちゃったとか、そんな言い訳をして、その視線から逃れたかったのに、あなたは……


「どこに?」

そう言って、今度は私の顎に、その手をあてた。

「階……堂……さん。」

逃れられない。

きっとあなたは、こんなシチュエーションには慣れているのだと、自分に言い聞かせても、胸がドクンドクンとうるさく鳴って、その手を振り払う事は出来なかった。


重なる唇。

欲情のくちづけ。


でもあなたは違った。

私が出したSOSのサインに気づいてくれた。

大人の女性なら、黙って受け入れる事もできたのだろうけれど、今の私にはそれができなかった。

一時の遊びなんか嫌。

この状況に流されて、誰にでも同じような事をしているなんて、もっと嫌だった。


でもあなたは、私のそんな気持ちをわかってくれて、自分の欲情を、必死に抑えてくれていた。

そんな姿を、真横で見ていて、私は確信したの。

ああ、この人は私の事を、考えてくれているって。

嬉しかった。


それと同時に、なぜ私があなたに見合うような、大人の女性じゃないんだろうって、悲しかった。

私とあなたなら、もっと人生を分かち合えたような気がするのに。

でも、運命は残酷だ。



あなたには、結婚を約束した人がいるんでしょう?

それが悲しかった。

こんなにも、階堂さんが好きなのに、それを伝えてはいけないなんて。

「嫌なら、嫌だって断れば……」

そうあなたに言われて、咄嗟に出た言葉。

「嫌じゃない!」


どうして、好きな人に抱かれる事が嫌だと言う人がいるの?

私はそう、叫びたかった。

でもその想いは真っ直ぐ届いたのか、あなたは私の身体に、たくさんの熱いくちづけをくれた。

あなたの温かい手が、あなたの柔らかい唇が、私の身体に触れる度に、幸せが広がっていって、二人の身体が一つになった時の快感は、味わったことがないものだった。

ふと目を開けて、あなたを見た時の、その真剣な表情。


その表情に、胸が締め付けられて、私は思わずあなたの体を抱き寄せた。

それなのに、あなたの身体と私の身体に、隙間なんてないくらいに、強く抱いてくれて。


あなたの下でないている私は、心の底から思った。

女に生まれてきて、よかったって。


私は思わず自分の身体を、ぎゅうっと抱え込んだ。

「美雨?」

私の異変に気づいた兄さんは、不思議そうに私を覗き込む。

「大丈夫か?」

「ううん…何でもないの。」

あの日の事を思い出すと、胸がキュウっと締め付けられる。


階堂さんに出会えた事が、愛おしくて。

階堂さんと二人きりで、食事ができた事が、嬉しくて。

階堂さんと花火を見た事が、夢のようで。

階堂さんが結婚すると聞いて、切なくて。

たった一日でいろんな感情が、私を襲った。


「なんだか…俺の知っている美雨じゃないみたいだ。」

「えっ?」

兄さんは、相変わらずワインを飲みながら、私を見て寂しく笑った。

「彼氏でもできたのか?」

「どうして?」

「美雨の今の表情。完全に恋愛している女の顔だよ。」

そこまで、私の顔は今の心情を写していたのか。

自分でもわからなかった。

「でもなぜか少し……苦しそうだな。」

兄さんの言葉に、私はうつむく。


「うまくいってないのか?相手と。」

私は返事をする事ができなかった。

だって上手くいくもなにも、その前に私たちは始まっていないのだもの。


「美雨?」

再び心配そうに聞いた兄さんに、もうこれ以上、心配させる事はできないと思った。

「兄さん、私、彼氏なんていないよ。」

「えっ?」

「ただ……思うことがあっただけ。心配しないで。」

兄さんのワインを飲む音が聞こえる。

「片思いなのか?」

「だから、恋愛の事じゃないよ。」

なんとか、兄さんの視点を、私たちから反らしたかった。

「そうか……美雨もそういう年頃になったのかと思ったのにな。」

「そういう年頃って?」


止せばいいのに、ムキになって兄さんをまた困らせた。

「……人を好きになって、相手と真剣に向き合う年頃だよ。」

そして、バカ正直に答える兄さん。

「美雨。俺は、美雨に人並みに恋愛をして、人並みに結婚して、人並みに幸せになってほしいんだ。」

「人並に?」

「ああ。」

人並みって何なんだろう。

「私、無理かもしれない。」

「どうして?」


人並みがわからない。

他の人はどんな恋愛をしているの?

どんな人と恋愛するの?


「なあ、美雨。本当は好きな男がいるんだろう?俺にはわかる。」

私は、顔をあげて兄さんを見た。

「いいんだ、片思いでも。いいんだよ、うまくいっていないくても。美雨が幸せなら、俺はそれでいいんだ。」

「兄さん……」

私はその言葉が、何よりも嬉しかった。

兄さんだけは、何があっても私の味方なのだと思えたから。

「だってそうだろう。相手を想う気持ちは、誰にだって止められはしない。無理なんだ、無かったことにするなんて。」

私はなぜか、兄さんが自分の事を語っているような気がした。

「ねえ、兄さん。」

「ん?」

「兄さんも、辛い恋をしているの?」

兄さんもじっと私を見ると、途端に噴き出した。


「兄さんもって……」

「あっ……」

思わず口を片手で覆った。

「やっぱり美雨は、好きな男がいるんじゃないか。」

「あの…」

「正直に言わないと、俺の話はしないぞ。」


久しぶりに見る、兄さんの意地悪そうな顔。

「もう、わかったわ。いるわよ、好きな人。」

「どんな奴?」

「どんなって…」

まさか階堂さんだなんて、兄さんには言えない。

「優しくて、カッコよくて、背が高い人。」

「ありきたりだな。」

「それでもいいの!」

それ以上話すと、兄さんに知られてしまうかもしれないし。

「ねえ、兄さんは?兄さんのお相手は、どんな方なの?」

「う~ん……」


兄さんは天井を見て、考える振りをした。


「優しくて、美人で、スタイルのいい人。」

「兄さんだって、ありきたりじゃない。」

「だってその通りの人だから。」

そう言って兄さんは、面白そうに笑った。

「美雨も、会った事がある人だよ。」

「私の知っている人?」

「ああ。」


誰だろう。

今まで会った事がある人を、一通り思い出すけれど、一向に思い浮かばない。


「ヒント。俺の一番近くにいる人。」

「一番近くに?」

「そう!」
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