上 下
15 / 16
もしも許してくれるのなら

しおりを挟む
季節は秋を迎え、冬を越え、春が過ぎ、また夏になった。

同じ大学に進学した美羽ちゃんとは、選んだバイトも一緒で、夏休みを共に過ごしていた。


「あ~あ。また夏休みが終わっちゃう。」

美羽ちゃんは、店内の掃除をしながら、ため息混じりで夏の終わりを感じている。

「まだ早いよ、美羽ちゃん。」

「早くないって。あと3日でどうやって彼氏を見つけるのよ。」


夏休みの間。

バイトの合間に合コンに勤しんだ美羽ちゃんには、結局彼氏はできなかった。

「そりゃあ、芽依はいいよ。言い寄ってくる男がいるんだから。」

後ろから覗く、美羽ちゃんの視線が痛い。


「あっ、ほら。噂をしたら……」

美羽ちゃんの視線の先には、大学生になった葉山君が。

レジに立つ私を見つけて、真っ直ぐに向かってくる。

「アメリカン、一つ。」

「アメリカン、一つでございますね。かしこまりました。」

レジを打って、お金を受けとると、葉山君は珈琲を渡すまでカウンターで待つ。

「藤沢。今日、バイト何時まで?」

「ごめんなさい。今日は遅いから。」

「いいよ。終わるまで待つから。」

お店でこう言う会話は困るって言ってるのに。

小さなお店で、あまりお客さんが来ない事を知っている葉山君は、シレッと同じ事を繰り返す。


「お待たせ致しました。」

葉山君は、店長から珈琲を受けとると、必ずレジ近くの席へ移動。

私に見えるように、手まで振ってくる。

そこまでくると、さすがの店長も気づく。

「彼氏?」

「いえ。」

全力で否定した。

「そう。相手はかなり本気みたいだけどね。」


見ている回りは、そう言う。

友達の美羽ちゃんだって、そうだ。

「彼、同じ高校の隣のクラスだった人じゃない。いつの間に?」

美羽ちゃんに腕をツンツン、突かれる。

「さあ……」

一年前に、先生と一緒に行った海で遭遇して以来、葉山君は回りに気づかれない程度に、話しかけてきた。

大学は別な事をいいことに、今度はバイトが終わるまで、お店で待つ始末。


「ねえ、告白された?」

「何度も。」

「どうして付き合わないの?」

「好きな人がいるから。」

カウンターを拭く、美羽ちゃんの手が止まる。

「それって、高校の時に付き合ってた人?」

「付き合ってたかどうかはわからないけど、その人。」

美羽ちゃんは、長いため息をついた。

漫画のような恋愛をしたいと、呟く時と同じ仕草だ。


「切ないよね~」

「美羽ちゃん、手が止まってるよ。」

「はいはい、芽依様。」

お客さんが少ない事に、葉山君も美羽ちゃんも、利用し過ぎた。

「お疲れ様です。」

バイトが終わり、美羽ちゃんと一緒に、お店を出る。

「ねえ、芽依。」

「ん?」

「好きな人がいるって言ってたけどさ。もう一年も前に終わってるじゃん。」

美羽ちゃんの発言に、足が止まる。

「何度も告白を断っているのに、こうやって通ってきてくれるなんてさ、店長の言う通り、芽依のこと本気で好きなんだと思うよ。」

「うん……」

「そろそろ、新しい恋に踏み出してみたら?」

美羽ちゃんが、背中を押す。

「美羽ちゃん。」

「ん?」

我ながらいい事言ったと言う表情が、美羽ちゃんらしいと言ったらいいのか。

「お節介。」

「ちょっと!」

足をガクッとさせて、リアルコントみたいだ。

「もう~芽依はわかんないと思うけど、好きになって貰えるって、そうそうないんだからね!!」

「うん。」

「そのうち、誰にも言われなくなったら、どうすんの!」

「はいはい。」

美羽ちゃんに肩を揺らされて、お店の通用口から出たら、そこに葉山君がいた。

「お疲れ様。」

癒される笑顔で、葉山君は私達に寄ってくる。

「じゃあね、芽依。私、こっちだから。」

美羽ちゃんは、同じ方向に帰ると言うのに、気を使って別に帰る。


「行こうか。」

葉山君が先に歩きだした。

「あの……葉山君。」

「うん。」

爽やかな笑顔。

医大生と言うレッテルが、よく似合う。

「毎回、言ってると思うんだけど、私、一人で帰れるから。」

「夜道、女の子一人で帰るのは危ないからって、俺も毎回言ってる。」

さらりと返す時も、ニコニコ笑顔を崩さない。

そこはさすがだと思う。


「行こう。電車が来ちゃう。」

そして毎回このセリフで、駅までの道のりを葉山君と一緒に歩くのだ。

「でさ、同じクラスに女子もいるんだけど、解剖の授業で倒れちゃって。」

毎回聞く話しは、葉山君が通う医学部の事。

私に話を聞いても、あまり答えてくれないと悟った葉山君は、自分から話の内容を変えてきた。

「教授に聞いたら、毎年何名かは、失神するんだってさ。」

「へえ……」


その時だった。

電車が大きく揺れた。

「あっ、」

「危ない。」

倒れそうになった私を、葉山君が支えてくれた。

「大丈夫?」

「うん。」

バッグを直して、定位置に置いた右手に、葉山君の右手が当たった。

「ごめんなさい。」

振り払おうとしたら、葉山君の右手がそのままついてきた。

「葉山君?」

「……もう少し、このまま。」

耳元で優しく囁く。


脳裏に浮かぶあのシーン。

私は葉山君を押し離した。

隣にいる人が、驚いている。

「すみません。」

ペコッと頭を下げたけれど、葉山君の顔は、見れなかった。

二人が降りる駅になり、どちらからともなく、電車から降りた。


言おう。

もうこれ以上、葉山君に気を持たせる事はできない。


改札を出たところで、私から葉山君に話しかけた。

「葉山君。」

「何?」

「もう私に付きまとわないで欲しいの。」

葉山君はゆっくり、私の方を向いた。

「さっきの事、まだ怒ってるの?」

「いや、あれは……」

「もうしないから!」

葉山君の真っ直ぐな瞳が、私を襲う。


「ごめん。藤沢の気持ちも考えないであんな事。もうしないから。藤沢がいいって言うまで、触れない。だから、側にいさせてくれよ。」

いつも爽やかで感情を表に出さない人の、泣き出しそうな訴え。

「どうして?どうして、そこまで私にこだわるの?」


一瞬、静寂が過る。


「その答えは、藤沢がよく知ってるんじゃないの?」

「私が?」

「何度も俺を拒むのは、藤沢の中に平塚先生がまだいるからでしょ?」


風が体を押し倒しそうな勢いで、吹き抜ける。


「どうしてそれを?」

「俺も同じって事。」

葉山君は苦笑い。

「平塚先生が、学校に来てから藤沢の心に住み着いたみたいに、俺も藤沢を初めて見た時から、ずっと君が忘れられない。」

「葉山君……」

私が名前を呼ぶと、やっといつもの葉山君のように、爽やかな笑顔に戻った。


「藤沢は、平塚先生の事、どうすれば忘れられる?」

「それは……」

今の私にはわからなくて、近くを通る車を見るのが、精一杯だった。

「先生に……」

「先生に?」

「奥さんとか、子供ができたら……」

ありきたりな回答をした。

それでもきっと、先生を忘れる事なんて、できない。

「いいんだ、それで。」

葉山君は苦しそうに言った。

「俺も一緒だと思うから。」


その言葉が、とても胸が切り裂かれる思いに違いないと思った。


先生が結婚すれば、諦められるか。

そんな事はなくて、きっと胸の中に悶々と、先生への想いが渦巻くと思う。

それをずっと、私は持ち合わせていて、何年ヵ後。

偶然いわせた相手を、そこまでも思えなくて、死ぬまで先生を好きな気持ちを持ち合わせているかのと思うと、自分がとてつもなく大きな罪を背負っているかの如く思えた。


そしてそれを葉山君も背負っている。

私はどこまで、人に罪を背負わせば、気がすむのだろう。

そう考えると、胸が苦しくて苦しくて、仕方がなかった。


「そんなに、重く考えないで。」

葉山君はそう言ったきり、私に背中を向け、2度と戻ってくることはなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

今日の授業は保健体育

にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり) 僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。 その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。 ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

職場のパートのおばさん

Rollman
恋愛
職場のパートのおばさんと…

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...