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夢の終わり

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先生は大人で。

私はまだ子供で。


私も先生もお互い、もっと似合う人が現れる。

そう思ってた。


「芽依。もしまだ一緒にいられる可能性があるんだったら、別れたくないって、はっきり言った方がいいよ。」

「美羽ちゃん……」

「なかなか現れないと思う。そこまで溺れる相手って。」


そこで講師の先生がやってきて、美羽ちゃんとの話しはそこまでになった。

「今日は夏休み最後の授業と言うことで、今までの復習テストをします。」

ええ~~!と言う、生徒からの声が上がる。

「まあまあ。そんなに難しいものじゃないよ。夏休みの間どれだけ力がついたか、みるだけだからさ。そうだ。これから10分間、テキストを見直す時間にしよう。それだったらいいだろう?」

渋々返事をして、銘々にテキストを開いていく。


私も同じように、塾のテキストをパラパラと捲った。

そしてあるページで、手が止まった。







『よし。こことここを覚えろ。』










先生がマーカーで、印をつけてくれたページ。

思い出して、涙が勝手に溢れていた。


「大丈夫?藤沢さん。」

講師の先生が、心配して見にきてくれた。

「はい。」

そう返事をして、私は目をゴシゴシと拭いた。




好きだった。

先生のこと。






先生を初めて見た時から。









何度も諦めた。

決して振り向いてくれないと思ってたから。


でも諦めきれなかった。

先生の温かい笑顔を見る度に、独り占めしたくてたまらなかった。


先生の任期が終わって、もう会えないんだと思ったら、もうこの世界なんてどうでもよくなった。



塾が終わると、私は駆け足で先生の元へ帰った。

「おっ!お帰り、うわっ!」

「先生!!」

私は先生の姿を見るなり、抱きついた。

「どうした、芽依。そんなに俺の事、恋しかったのか?」

「先生……」

「な~んちゃって!」

先生は私の頭を2、3回撫でると私を引き離そうとした。


嫌だ。

先生と離れたくない。


「芽依?」

いつもと違う私に気づいたのか、先生は無理に離れようとはしなかった。

「どうしたのかな、芽依ちゃんは。」

そう言って、私をぎゅっと抱きしめてくれた。


決して振り向いてくれないと思っていた人が、今私を抱きしめてくれている。

それは奇跡だと言うのに。


「芽依ちゃ~ん。そろそろ家に帰る時間じゃないですか~」

それなのに、タイムリミットは確実に近づいている。

「……帰りたくない。」

「は?」

「ずっと先生と、ここで暮らしたい。」


先生は抱きしめる力を強くした。


「それはできないよ、芽依。」


非情な返事に、体が凍りつく。

「元々、夏休みの間だけって言う約束だっただろう?」

最もな意見に、私の体が先生から離れる。

「さあ、行こう。荷物は?」

私は寝室を指さした。


それを見て先生は、私の荷物を持って来てくれた。

「先生……」

「何?」

私が呆然と立ち尽くしている間も、先生はお構いなしに靴を履いている。

「先生は、私の事どう思っているの?」

「芽依……」

「少しでも私の事、好きになってくれた?」

靴を履いた先生は、私の荷物を持つと、私に靴を履くように指さした。

「先生……!」

「それを今ここで、議論する気はないよ。藤沢。」


久し振りに"藤沢"と呼ばれて、もう先生と過ごした夏は終わったのだと、確信した。


黙って靴を履いた。

先生の家を、一緒に出る。

玄関に鍵を掛ける先生を待って、マンションを後にした。


駅まですぐそこだと言うのに、やたら長く感じた。

ふと気付けは、先生と再開した本屋さんが目に飛び込んできた。

「先生、ここでいい。」

先生は無言で立ち止まると、私の荷物を渡してくれた。

「そうだ。これも一緒に渡しておく。」

そう言って先生は、一枚の封筒を私に差し出した。

「バイト代。」

「えっ?」

何だろうと思って受け取って、中身を見たら一万札が三枚も入っていた。

「受け取れません。」

一度は先生に返した。

「じゃあ、親にバイト代は?って聞かれたらなんて答える?」

「後で振り込まれるって、答える。」

「いくら?見せてみろって言われたら?」

「それは……」

言葉が返せないのが、悔しい。


「悪いことは言わないから、受け取っておけ。」

そして先生は、私に封筒を握らせた。

その封筒をくしゃっと強く握り、バッグの中に入れようとした。

でも先生の、封筒を私に握らせた先生の手が、私を離してくれない。


「先生?」

見上げた先生は、逆に俯いていた。

「あの、封筒……」

「すまん。」

先生は謝っているのに、封筒を離そうとしない。

「これじゃあ、受け取れないよ、先生。」

「ああ、すまん。」

スッと封筒を離した先生。


「本当にすまん。藤沢。」

「えっ?」

「……お前の気持ちを受け止められない、情けない男ですまん。」

心なしか先生の声が、震えているように聞こえた。

「ううん。」

私は弱々しく首を横に振った。


すると先生は、私の肩に自分の頭を乗せた。

「なあ、藤沢。」

「はい。」

「もし俺の事を許してくれるなら………」

私の耳元で、ボソッと呟くと、先生はそのまま行ってしまった。




私は空を見上げた。

夏が、終わった。




先生に溺れた夏が、終わった。




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