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デートシーン
①
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ー 明日も一日、俺と一緒にいないか?
ー 塾を休んで?
ー そう。
ー 何かあるの?
ー 小説にデートするシーンがあるんだよ。それの下見。なっ!付き合えよ。
昨日の夜。
先生の腕枕の元、そんな約束をしてしまった私は、人生初。
塾をさぼってしまった。
「どこへ行くんですか?」
「うん。海にでも行こうか。」
「海ですか。」
二人で朝食のお味噌汁を飲みながら、まったりとした時間。
ちなみに、このお味噌汁は具材は私が切り、味付けは先生がするという、二人の合作だ。
「なぜに海ですか?」
「この前、海に行こうかって話たろ。」
そう言えば、そんな事言ってたっけ。
「ごちそうさまでした。」
「うわっ!先生、早い!」
「芽依が遅いんだよ。遊びに行く時は、全てをスピーディーに済まさないと。」
「は~い。」
その間に先生はもう、食器を洗っている。
それを恨めしそうに見つめる私。
ク~~
アラサー独身男性をなめていた。
「食べ終わった?」
「あっ、はい。」
「持ってきて。」
言われるまま、自分の食器をキッチンに持って行く。
「ここに置いて。洗うから。」
そのままシンクへ置くと、当然のように私の食器を洗い始める先生。
それを斜め後ろで、見守る私がいる。
見守る?
いやいや、見守ったらいけないでしょ。
一応私、女なんだし。
「先生……」
「ん?」
「私の分、自分で洗います。」
先生は、目をぱちくりさせている。
「嬉しいけど、もう洗い終わってるし。」
「えっ‼」
見ればもう全ての食器は、綺麗に片付いている。
早すぎる!
しかも私、情けな!!
「すみません。」
「なんで謝るの?」
「だって一応、私女なのに。食器も洗わないなんて。女として恥ずかしいって言うか、」
「そこまで考えられるなら、いいんじゃない?」
私の頭を撫で撫でして、先生はキッチンを後にする。
「それにさ。今の時代、男も皿洗いするよ。」
私は先生の後を、付いていく。
「二人ですればいいんじゃない?」
「……うん。」
私が微笑むと、先生も微笑む。
そして私は、心までぽかぽかしてくるのだ。
「早く出掛けよう。」
「うん、行こう行こう‼」
二人でバッグを持ち、玄関を出た。
「あら、平塚さん。」
声のする方を向くと、年配の女性が一人立っていた。
「これはこれは、大家さん。お久し振りですね。お元気でしたか?」
すると大家さんは、先生と仲がいいのか、私にお構い無く近づいてきた。
「ええ。元気でしたよ。あなたもお元気そうね。」
腰が半分曲がっているシワクチャのお婆さんだと言うのに、先生を見て生き生きしている。
先生は生徒だけではなく、こんな年配の人にも人気なのだろうか。
「ところで平塚さん。この方は?」
年配の人になると、周りを見てないようで、よく見ている。
「ええっと……この人は、」
しかも先生、困ってるし。
「親戚の者です。」
「親戚?」
ちょっと大家さん、年寄りなのに眼光鋭いよ。
「はい。私のお母さんの従兄弟です。ねえ、孝ちゃん。」
「孝ちゃん!?」
私は余裕の笑顔で、大家さんをすり抜けた。
「じゃ、そう言う事で!大家さん、また!」
気を使いながら後を付いてくる先生。
「思いきった事言うな。俺はいつからお前の母親の従兄弟になったんだよ。」
「ついさっき。」
「悪い女。」
「機転が利くって言って。」
だってせっかく塾をズル休みしてまでの、先生とのデートだもん。
邪魔なんて、入ってほしくないもんね。
「で?海まで何で行くの?」
「ああ、駅前でレンタカー借りる。」
先生が指差した方へ、一緒に歩く。
なんだかワクワクする。
先生の運転で、海までドライブだ。
「鍵はこちらになります。書類は、運転席の脇に挟んでおきますね。」
レンタカーのお店のお姉さんに説明を受け、先生はいつもと違って、好青年のオーラを出している。
お父さん以外の人が運転する車。
それだけで、ワクワクドキドキする。
その気持ちが伝わったのか、お店のお姉さんと、ばっちり目があった。
さすがはサービス業。
嫌みのない満面の笑みに、こちらまで笑顔になる。
「可愛い方ですね。彼女さんですか?」
お姉さんの質問に、ドキッとする。
私、先生の恋人に見えるのかな。
でもそのドキドキもつかの間。
「いえ。従姉妹の子供なんですよ。」
「へえ。」
そう言って先生は、お姉さんから鍵を受け取り、颯爽にレンタカーへと乗り込む。
なんでそこで、否定するかな。
「はい、芽依ちゃん。早く乗ってね。」
肝心の先生は、乙女心全く理解せず。
私は不機嫌な顔つきで、レンタカーに乗った。
「鍵はこちらになります。書類は、運転席の脇に挟んでおきますね。」
レンタカーのお店のお姉さんに説明を受け、先生はいつもと違って、好青年のオーラを出している。
お父さん以外の人が運転する車。
それだけで、ワクワクドキドキする。
その気持ちが伝わったのか、お店のお姉さんと、ばっちり目があった。
さすがはサービス業。
嫌みのない満面の笑みに、こちらまで笑顔になる。
「可愛い方ですね。彼女さんですか?」
お姉さんの質問に、ドキッとする。
私、先生の恋人に見えるのかな。
でもそのドキドキもつかの間。
「いえ。従姉妹の子供なんですよ。」
「へえ。」
そう言って先生は、お姉さんから鍵を受け取り、颯爽にレンタカーへと乗り込む。
なんでそこで、否定するかな。
「はい、芽依ちゃん。早く乗ってね。」
肝心の先生は、乙女心全く理解せず。
私は不機嫌な顔つきで、レンタカーに乗った。
「なんでそんなに、不機嫌かな。」
「なんでここで、ウソつくかな。」
頭にきて、先生の口調真似してやった。
「自分が最初に言ったんだろ?」
手慣れた感じで、先生は車のエンジンをかける。
「それはそれ。これはこれ。大家さんに彼女って言ったら、『まあこんなに若い彼女だなんて!!』って、また根掘り葉掘り聞かれるでしょ。」
すると先生は、ラジオをかけた。
「レンタカーのお姉さんにだってそう。正直に答えたら、また変な空気になるし。」
先生はハンドルに両腕を付きながら、こっちを向いた。
「それとも正直に『彼女です。』って言って、お姉さんにじろじろ見られたかった?」
その場面を想像すると、ブルッと体が大きく震えた。
「ううん。」
「じゃあ、わかったところで出発進行。」
すると先生は、ゆっくりと車道に出た。
走りはスムーズだ。
「先生、運転上手い。」
「ははは。ありがとう。」
真面目に言ったのに、笑いで返された。
いつの間にか車は、バイパスに入って、真っ直ぐ海へ向かう。
「ねえ。どうしてデートシーンで、海に行くの?」
「ん?ああ……主人公二人が出会うのが、海なんだよ。」
「出会いが海なの?」
「そう。そんで新学期が始まって、二人は担任と教え子という形で再会するんだ。」
いつも黙々と書いている先生。
まさか小説の内容を教えてくれるなんて、思ってなかった。
「さっきの会話も使うの?」
「さっきの?」
私は体を先生の方に向けた。
「レンタカーで親戚だって、ウソついた事。」
「ああ!」
先生はしばらく迷った後、笑いながら言った。
「使っちゃおうかな~」
あまりにも先生が楽しそうに話すから、私も楽しくなってきた。
「やっぱり~?」
「ウソ。使わない。」
「そうなの?」
「やっぱ使う。」
「もう~どっち~?」
そう言いつつも、どっちでもよかった。
先生と楽しく時間を過ごせれば。
しばらく走って、海が見えてきた。
「ええ!もう海?」
「近いだろ。俺の一番お気に入りの場所。」
先生のお気に入りと聞いて、嬉しくなる。
「先生はさ。なんで小説書こうと思ったの?」
流れに任せて聞いてみた。
「さあ。なんでかな。」
先生も流した。
「だって教師を辞めてまで、なりたいと思ったんでしょ?」
「俺、最初から教師になろうなんて、思ってないよ。」
「えっ?」
私の中にぽっかり穴が開いた感じがした。
「がっかり?そんな奴に一年間、教えて貰ってたかと思うと。」
先生はあっさり答えを言ったけれど、それだけじゃないなにかが私の心を捉えていた。
教師と言う職業は、人気があって。
誰にでもなれるようなモノじゃない。
教師になった後も、立派な教師になる為に必死に頑張っている姿は、憧れの対象だった。
もちろんそれは、私たち生徒側の勝手な思い込みにすぎないのだろうけど。
「でも俺、日本語は好きだよ。」
「はあ……」
憧れを打ち砕かれた今、何を聞いても心には届かない。
「日本語の繊細さとか、響きの美しさ、奥ゆかしさとか。一人でも多くの人に知って貰いたい。芽依達に授業していた時も、それだけは伝えようって俺なりに頑張ってたつもり。」
ふいに先生の授業が、目に浮かんだ。
『この言葉、いいだろう?これが日本人らしさなんだ。』
よくそんな事を私達に言っていた。
「あの時の俺に、嘘はないよ。確かに俺はあの一年。国語の教師だった。それだけは胸張って言える。」
「先生……」
改めて先生には、『先生』って言う呼び名が似合うと思った。
私達は確かに平塚先生の、教え子だったんだ。
「だからなのかな。日本人らしい話を書きたいよ。それが小説書き始めた理由。これでいいかな、芽依ちゃん。」
「はい。」
完璧な答え。
この時はそう思っていた。
「さあ、海に着いた!」
車から降りて、砂浜を歩く。
寄せては返す波が、居心地いい。
「綺麗………」
目の前の景色に気を取られて、足元がすくわれた。
「危ない。」
間一髪、腕を支えられて転倒を免れた。
「……有り難うございます。」
「ん。うん。」
しばらくしても、腕を離さない相手に、目が合う。
「えっ……」
「いや、気をつけろ。」
ぶっきらぼうに言い渡す先生が、返って可愛く見える。
照れたように、私の少し前を歩く先生。
波打ち際に着いて、テンションが上がった。
「先生、追いかけっこだよ。」
私は引いた波を追いかけ、寄せる波に濡れないように逃げた。
「はははっ!上手い、上手い‼」
私の遊ぶ様を見て、自分も面白くなったのか、先生も横に来て、一緒に追いかけては寄せる波に逃げた。
「ほら来た!」
特に勢いよく来る波には、二人で手を繋ぎながら逃げた。
この時間がずっと続けばいい。
そう思った時だ。
「平塚先生?」
聞き覚えのある声がした。
「やっぱ平塚先生だ。」
一人近づいて来た姿を見て、私は先生から離れた。
この人、隣のクラスの男子だ。
「葉山じゃないか。久しぶりだな。元気か?」
「はい。先生も元気そう。」
「はははっ!そうだな。」
楽しそうに話してる中で、葉山と呼ばれた男子生徒は、私をちらっと見た。
「……藤沢?」
体がビクッと動いた。
「隣のクラスの藤沢だろ?なんで先生と一緒にいるの?」
バレた。
先生と一緒にいるところを見られた。
「まさか、二人………」
私と先生を交互に見るその目は、私達を疑っている。
「そんなわけないだろ。」
先に否定したのは、先生だった。
「藤沢とはさっきここで会ったんだよ。」
「へえ………」
そして私をじーっと見る葉山君。
「そっか。そうだよな。先生、彼女いるしな。」
葉山君の言葉が、胸に突き刺さった。
ー 塾を休んで?
ー そう。
ー 何かあるの?
ー 小説にデートするシーンがあるんだよ。それの下見。なっ!付き合えよ。
昨日の夜。
先生の腕枕の元、そんな約束をしてしまった私は、人生初。
塾をさぼってしまった。
「どこへ行くんですか?」
「うん。海にでも行こうか。」
「海ですか。」
二人で朝食のお味噌汁を飲みながら、まったりとした時間。
ちなみに、このお味噌汁は具材は私が切り、味付けは先生がするという、二人の合作だ。
「なぜに海ですか?」
「この前、海に行こうかって話たろ。」
そう言えば、そんな事言ってたっけ。
「ごちそうさまでした。」
「うわっ!先生、早い!」
「芽依が遅いんだよ。遊びに行く時は、全てをスピーディーに済まさないと。」
「は~い。」
その間に先生はもう、食器を洗っている。
それを恨めしそうに見つめる私。
ク~~
アラサー独身男性をなめていた。
「食べ終わった?」
「あっ、はい。」
「持ってきて。」
言われるまま、自分の食器をキッチンに持って行く。
「ここに置いて。洗うから。」
そのままシンクへ置くと、当然のように私の食器を洗い始める先生。
それを斜め後ろで、見守る私がいる。
見守る?
いやいや、見守ったらいけないでしょ。
一応私、女なんだし。
「先生……」
「ん?」
「私の分、自分で洗います。」
先生は、目をぱちくりさせている。
「嬉しいけど、もう洗い終わってるし。」
「えっ‼」
見ればもう全ての食器は、綺麗に片付いている。
早すぎる!
しかも私、情けな!!
「すみません。」
「なんで謝るの?」
「だって一応、私女なのに。食器も洗わないなんて。女として恥ずかしいって言うか、」
「そこまで考えられるなら、いいんじゃない?」
私の頭を撫で撫でして、先生はキッチンを後にする。
「それにさ。今の時代、男も皿洗いするよ。」
私は先生の後を、付いていく。
「二人ですればいいんじゃない?」
「……うん。」
私が微笑むと、先生も微笑む。
そして私は、心までぽかぽかしてくるのだ。
「早く出掛けよう。」
「うん、行こう行こう‼」
二人でバッグを持ち、玄関を出た。
「あら、平塚さん。」
声のする方を向くと、年配の女性が一人立っていた。
「これはこれは、大家さん。お久し振りですね。お元気でしたか?」
すると大家さんは、先生と仲がいいのか、私にお構い無く近づいてきた。
「ええ。元気でしたよ。あなたもお元気そうね。」
腰が半分曲がっているシワクチャのお婆さんだと言うのに、先生を見て生き生きしている。
先生は生徒だけではなく、こんな年配の人にも人気なのだろうか。
「ところで平塚さん。この方は?」
年配の人になると、周りを見てないようで、よく見ている。
「ええっと……この人は、」
しかも先生、困ってるし。
「親戚の者です。」
「親戚?」
ちょっと大家さん、年寄りなのに眼光鋭いよ。
「はい。私のお母さんの従兄弟です。ねえ、孝ちゃん。」
「孝ちゃん!?」
私は余裕の笑顔で、大家さんをすり抜けた。
「じゃ、そう言う事で!大家さん、また!」
気を使いながら後を付いてくる先生。
「思いきった事言うな。俺はいつからお前の母親の従兄弟になったんだよ。」
「ついさっき。」
「悪い女。」
「機転が利くって言って。」
だってせっかく塾をズル休みしてまでの、先生とのデートだもん。
邪魔なんて、入ってほしくないもんね。
「で?海まで何で行くの?」
「ああ、駅前でレンタカー借りる。」
先生が指差した方へ、一緒に歩く。
なんだかワクワクする。
先生の運転で、海までドライブだ。
「鍵はこちらになります。書類は、運転席の脇に挟んでおきますね。」
レンタカーのお店のお姉さんに説明を受け、先生はいつもと違って、好青年のオーラを出している。
お父さん以外の人が運転する車。
それだけで、ワクワクドキドキする。
その気持ちが伝わったのか、お店のお姉さんと、ばっちり目があった。
さすがはサービス業。
嫌みのない満面の笑みに、こちらまで笑顔になる。
「可愛い方ですね。彼女さんですか?」
お姉さんの質問に、ドキッとする。
私、先生の恋人に見えるのかな。
でもそのドキドキもつかの間。
「いえ。従姉妹の子供なんですよ。」
「へえ。」
そう言って先生は、お姉さんから鍵を受け取り、颯爽にレンタカーへと乗り込む。
なんでそこで、否定するかな。
「はい、芽依ちゃん。早く乗ってね。」
肝心の先生は、乙女心全く理解せず。
私は不機嫌な顔つきで、レンタカーに乗った。
「鍵はこちらになります。書類は、運転席の脇に挟んでおきますね。」
レンタカーのお店のお姉さんに説明を受け、先生はいつもと違って、好青年のオーラを出している。
お父さん以外の人が運転する車。
それだけで、ワクワクドキドキする。
その気持ちが伝わったのか、お店のお姉さんと、ばっちり目があった。
さすがはサービス業。
嫌みのない満面の笑みに、こちらまで笑顔になる。
「可愛い方ですね。彼女さんですか?」
お姉さんの質問に、ドキッとする。
私、先生の恋人に見えるのかな。
でもそのドキドキもつかの間。
「いえ。従姉妹の子供なんですよ。」
「へえ。」
そう言って先生は、お姉さんから鍵を受け取り、颯爽にレンタカーへと乗り込む。
なんでそこで、否定するかな。
「はい、芽依ちゃん。早く乗ってね。」
肝心の先生は、乙女心全く理解せず。
私は不機嫌な顔つきで、レンタカーに乗った。
「なんでそんなに、不機嫌かな。」
「なんでここで、ウソつくかな。」
頭にきて、先生の口調真似してやった。
「自分が最初に言ったんだろ?」
手慣れた感じで、先生は車のエンジンをかける。
「それはそれ。これはこれ。大家さんに彼女って言ったら、『まあこんなに若い彼女だなんて!!』って、また根掘り葉掘り聞かれるでしょ。」
すると先生は、ラジオをかけた。
「レンタカーのお姉さんにだってそう。正直に答えたら、また変な空気になるし。」
先生はハンドルに両腕を付きながら、こっちを向いた。
「それとも正直に『彼女です。』って言って、お姉さんにじろじろ見られたかった?」
その場面を想像すると、ブルッと体が大きく震えた。
「ううん。」
「じゃあ、わかったところで出発進行。」
すると先生は、ゆっくりと車道に出た。
走りはスムーズだ。
「先生、運転上手い。」
「ははは。ありがとう。」
真面目に言ったのに、笑いで返された。
いつの間にか車は、バイパスに入って、真っ直ぐ海へ向かう。
「ねえ。どうしてデートシーンで、海に行くの?」
「ん?ああ……主人公二人が出会うのが、海なんだよ。」
「出会いが海なの?」
「そう。そんで新学期が始まって、二人は担任と教え子という形で再会するんだ。」
いつも黙々と書いている先生。
まさか小説の内容を教えてくれるなんて、思ってなかった。
「さっきの会話も使うの?」
「さっきの?」
私は体を先生の方に向けた。
「レンタカーで親戚だって、ウソついた事。」
「ああ!」
先生はしばらく迷った後、笑いながら言った。
「使っちゃおうかな~」
あまりにも先生が楽しそうに話すから、私も楽しくなってきた。
「やっぱり~?」
「ウソ。使わない。」
「そうなの?」
「やっぱ使う。」
「もう~どっち~?」
そう言いつつも、どっちでもよかった。
先生と楽しく時間を過ごせれば。
しばらく走って、海が見えてきた。
「ええ!もう海?」
「近いだろ。俺の一番お気に入りの場所。」
先生のお気に入りと聞いて、嬉しくなる。
「先生はさ。なんで小説書こうと思ったの?」
流れに任せて聞いてみた。
「さあ。なんでかな。」
先生も流した。
「だって教師を辞めてまで、なりたいと思ったんでしょ?」
「俺、最初から教師になろうなんて、思ってないよ。」
「えっ?」
私の中にぽっかり穴が開いた感じがした。
「がっかり?そんな奴に一年間、教えて貰ってたかと思うと。」
先生はあっさり答えを言ったけれど、それだけじゃないなにかが私の心を捉えていた。
教師と言う職業は、人気があって。
誰にでもなれるようなモノじゃない。
教師になった後も、立派な教師になる為に必死に頑張っている姿は、憧れの対象だった。
もちろんそれは、私たち生徒側の勝手な思い込みにすぎないのだろうけど。
「でも俺、日本語は好きだよ。」
「はあ……」
憧れを打ち砕かれた今、何を聞いても心には届かない。
「日本語の繊細さとか、響きの美しさ、奥ゆかしさとか。一人でも多くの人に知って貰いたい。芽依達に授業していた時も、それだけは伝えようって俺なりに頑張ってたつもり。」
ふいに先生の授業が、目に浮かんだ。
『この言葉、いいだろう?これが日本人らしさなんだ。』
よくそんな事を私達に言っていた。
「あの時の俺に、嘘はないよ。確かに俺はあの一年。国語の教師だった。それだけは胸張って言える。」
「先生……」
改めて先生には、『先生』って言う呼び名が似合うと思った。
私達は確かに平塚先生の、教え子だったんだ。
「だからなのかな。日本人らしい話を書きたいよ。それが小説書き始めた理由。これでいいかな、芽依ちゃん。」
「はい。」
完璧な答え。
この時はそう思っていた。
「さあ、海に着いた!」
車から降りて、砂浜を歩く。
寄せては返す波が、居心地いい。
「綺麗………」
目の前の景色に気を取られて、足元がすくわれた。
「危ない。」
間一髪、腕を支えられて転倒を免れた。
「……有り難うございます。」
「ん。うん。」
しばらくしても、腕を離さない相手に、目が合う。
「えっ……」
「いや、気をつけろ。」
ぶっきらぼうに言い渡す先生が、返って可愛く見える。
照れたように、私の少し前を歩く先生。
波打ち際に着いて、テンションが上がった。
「先生、追いかけっこだよ。」
私は引いた波を追いかけ、寄せる波に濡れないように逃げた。
「はははっ!上手い、上手い‼」
私の遊ぶ様を見て、自分も面白くなったのか、先生も横に来て、一緒に追いかけては寄せる波に逃げた。
「ほら来た!」
特に勢いよく来る波には、二人で手を繋ぎながら逃げた。
この時間がずっと続けばいい。
そう思った時だ。
「平塚先生?」
聞き覚えのある声がした。
「やっぱ平塚先生だ。」
一人近づいて来た姿を見て、私は先生から離れた。
この人、隣のクラスの男子だ。
「葉山じゃないか。久しぶりだな。元気か?」
「はい。先生も元気そう。」
「はははっ!そうだな。」
楽しそうに話してる中で、葉山と呼ばれた男子生徒は、私をちらっと見た。
「……藤沢?」
体がビクッと動いた。
「隣のクラスの藤沢だろ?なんで先生と一緒にいるの?」
バレた。
先生と一緒にいるところを見られた。
「まさか、二人………」
私と先生を交互に見るその目は、私達を疑っている。
「そんなわけないだろ。」
先に否定したのは、先生だった。
「藤沢とはさっきここで会ったんだよ。」
「へえ………」
そして私をじーっと見る葉山君。
「そっか。そうだよな。先生、彼女いるしな。」
葉山君の言葉が、胸に突き刺さった。
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