【R18】この夏、君に溺れた

日下奈緒

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先生の部屋へ居候

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次の日の朝。

私はボストンバックに、数日分の下着と洋服を入れて、先生のマンションの前に立っていた。

勢いよく鳴らしたベルの音に、疲れた顔の先生が、玄関のドアを開けた。

「おはようございます。先生。」

「おまえ……」

私は玄関のドアをこじ開け、マンションの中に入った。

「早速受験勉強に来ました。」

「だからって言って、こんな朝早くに……」

焦った顔。

予想通りのリアクション。


「お邪魔しま~す。」

私は拒否される前に、靴を脱いでリビングへと急いだ。

「おい!」

案の定、先生に呼び止められる。

「何なんだよ、その荷物。」


やっぱ、気になるよね。

ボストンバックで、遊びに来られたら。


「お前、何考えてるんだ。」

先生は困った顔をしている。

知らずに胸がズキッと痛む。

でも、一生に一度のことだと、思い切って決めたこと。

「あっ、あの……先生!」

必死で呼びかけたのに、先生は既に呆れ顔。


ぅぅ……

でも負けない!


「夏休み終わるまで、先生の家に泊まらせて下さい!!」

「はあああああ!?」

予想以上の拒否反応。

「だ、だめ?」

「ダメに決まってんだろう!!!!!」

あの優しい先生とは思えないくらいの罵声。


「大体、親にはなんて言ってるんだよ!」

さすが先生。

鋭い質問。

「親には……海の家にバイトに行くって……」

「海の家でバイト!?この時期に!?」

確かにこの、高校3年生の夏休みに泊まり掛けで、しかも勉強じゃなくてバイトに行くなんて。

「で、でも。親は信じてくれたもん!」

その途端、肩をがっくり落とす先生。


やばい。

さすがに行き過ぎたかな。


「本当におまえ、うざい。」

うわああああ。

ショック!!

泣きそうになっている私を他所に、先生は携帯を取り出す。

「おまえん家の電話番号、何番?」

「えっ?」

訳もわからずに、番号を教える。

すると先生は、即行私の家に電話を架けた。

でも繋がらない。

「先生、今うちの親、どっちも仕事だからいないよ。」

「そうか。」

しばらく架けて、私が言ったことが本当だと知ったのか、先生は電話を切った。

「はぁぁぁぁ。」

深いため息をつく。

「先生?」

「おまえには、参ったよ。」

壁に頭をつけて、ぐったりする先生。


「迷惑かけないから。」

私は必死だった。

「塾も毎日、行くから。」

とにかく先生の傍にいたかった。


期待と不安の中、壁と腕の間から覗く先生の視線に、ドキッとした。

「本当だな。」

「うん!」

ドキドキしながら待っていると、先生はおもむろに私のボストンバックを持ち上げた。

「先生?」

「仕方ないな。夏休みの間だけだぞ。」

私は嬉しさのあまり、両手を大きく叩いた。

「やったぁ!」

そんな私を、先生は荷物を置きながら、じーっと見つめる。

「なに?」

「いいや。」

ゴホンと咳をして、先生はパソコンの前に座った。

「ちょっと、ここに座れ。」

「はい。」

私は言われた通りに、先生の隣に座る。


「藤沢。よく聞けよ。」

「はあ。」

真剣な顔をしている先生に、ちょっとだけドキドキする。

「実は俺、今出版社のコンテストに応募しようと、小説を書いている途中なんだ。」

「小説!?」


昨日のあの原稿用紙に書きなぐってた文章。

あれ、出版社に応募するものだったんだ。

そんな大切な物を書いていたなんて。

人の夢が現実になるかもしれないなんて、私は不思議な気持ちに陥っていた。


「だから、夏休みの間いてもいいって言ったけれど、あまり構ってやれないと思うんだ。」


自分の夢が叶うかもしれない瀬戸際に、久しぶりに会った元教え子が無理やり押しかけて来て。

なのに先生は、なんて優しい人なんだろう。


私の胸はジーンと熱くなった。

「だから……あまり楽しい、」

「はいはい!」

私は授業の時のように、右手を高く上げた。


「午前中は私、塾に行くし。午後は受験勉強するし。決して先生の邪魔はしません!」

「えっ……おまえ、海の家にバイトに行くって言ったのに、塾には行くって、親に嘘だってバレないか?」

私は目が点になる。


「……気付かなかったのかよ。」

「えっ、あ、いや、その……」

「なんだよ。」

私は上げた手を、そっと降ろした。


「親には、電車で塾に通うっていう約束で、許可貰ったんだよね……ほら、電車代も……」

私はバックの中から、封筒に入ったお金を見せた。

開いた口が塞がらない先生。

「ははは……」

笑うしかない私。


だってそれしか、先生と一緒にいる方法がなかったんだもん。


「わかった。とにかく受験勉強だけは、サボるなよ。」

そう言って先生は、パソコンに向かった。


カタカタと何かを打ち始める先生。

まるで私が同じ部屋にいないみたいに。


「ねえ、先生。」

「ん?」

「私、今から塾に行ってくるね。」

「ああ。」


こっちを向いてくれない。

寂しい。

でも仕方がない。


私はそっと立ち上がると、バックの中からテキストとノートを取り出し、カバンの中に詰め込んだ。


「じゃあ、先生。行ってきます。」

「はいよ。」

先生に挨拶して、玄関に向かう。

短い廊下の間に、一度だけちらっと先生を見たけれど、やっぱりパソコンに向かって、カタカタと小説を書いていた。


はぁぁっと小さいため息を、一つつく。

甘い生活を望んでいたわけじゃないけれど、ここまで相手にされないなんて、思ってなかった。


本当にここに来てよかったのかな。


へこんだ気持ちと一緒に、靴を履いたその時だった。

「藤沢。」

先生に呼び止められて、後ろから抱き締められた。


「先生?」

少しだけ後ろを向くと、先生の顔が近い。

「気をつけて行け。」

そしてぎゅうっと、抱き締める力が強くなる。

「は、はい。」


男の人に、こんなに強く抱きしめられるなんて。

脳みその中がパンクしそうになる。


余韻に浸っていると、先生の体が私から離れた。

後ろを向くと、小さく手を振ってくれている。

「行ってきます。」

「行ってらっさい。」


家族みたいな挨拶を交わし、私は先生の部屋を後にした。


先生の家から駅までは、10分くらい。

塾は駅から歩いて、5分程の場所にあった。

本当は電車なんて使わなくても、先生の家から歩いて行ける距離。

でもそういう設定にしないと、それこそ怪しまれる。

お母さんから貰った電車代は、申し訳ないけれど、お小遣いにしようっと。


「芽依!遅い!」

「ごめんごめん。」

同じ授業を受ける友達は、とっくに教室へと入っていた。



変わらない風景。




その中で私だけが、密かに変わっている。




私はその事に、小さな高揚感を覚えていた。



先生の部屋に帰ったのは、わずか2時間後のことだった。

こんなに早く帰ってきてよかったのか。


でも塾は終わっちゃったし。

荷物はここにあるし。

私は先生の部屋の前で、10分悩んだ挙句、そっと玄関のドアを開けた。


短い廊下の奥に、先生の姿はない。

「先生?」

玄関に鍵も掛けず、どこかに行ってしまったんだろうか。

私は靴を脱ぎ、廊下をタタタッと小走りで移動した。


「よお!お帰り。」

「先生!」

人の心配を他所に、当の本人はキッチンで、水を飲んでいた。

「どうした?急いで入ってきたけど。」

私は深呼吸をすると、ううんと首を横に振った。

「ただいま、です。」


私がいない間に、先生がどこかに行ってしまったと思ったなんて口にしたら、先生はきっと大笑いするだろう。

そもそも、ここは先生の家であって、例え出掛けたとしても、私には関係のない話なのだから。


「腹減っただろ。お昼、炒飯でいいな。」

私の返事を聞く前に、冷蔵庫を開け、卵を取り出している。

「う、うん!」

遅れて返事をした私に、先生はクスッと笑った。

「先生が作るの?」

「そう。おまえ、作れるか?」

「作れるよ~。」

口を尖がらせて見せた。


「でも、先生が作った炒飯食べたい!」

「うっひゃっひゃっひゃっ!!」

どこがツボだったのかわからないけれど、先生は大笑いしながら、フライパンを取り火を点けると油を入れた。

「カバン置いてくる。」

私はそう言うと、急いで自分の荷物の傍に、カバンを置いた。


再びキッチンへ戻ると、先生はもう卵とご飯を炒めていた。

「できた?」

「もう少し。」

先生は傍にあった炒飯の元を入れると、また混ぜ合わせ、皿の上に盛り付けた。

「ほれ!」

「わーい。」

小さな子供のように、先生からスプーンを貰うと、テーブルの上に持って行った。

先生お手製の炒飯を頬張り、美味しいの一言もなく完食。

「ご馳走様でした。」

はああとお腹をさすると、向かい側でまだお皿の半分しか炒飯を食べていない先生がいた。

「おまえ、俺がせっかく作ったんだから、もっと噛みしめて食えよ。」

「へへへ。お腹空いてたから、そんな暇なかった。」


すると先生の目がへの字のように、細くなった。

食べてるからわからなかったけれど、もしかして面白かったのかなって、勝手に想像。


その後の午後の時間も、私は受験勉強、先生は小説書きとそれぞれの時間を過ごした。

人のいる中で、勉強なんてできるのか心配だったけれど、それは考えすぎだったみたい。

意外に勉強に集中している自分と、意外に小説書きに没頭している先生がいた。


よかった。

とりあえず先生の邪魔にはなってないみたい。

私は胸を撫で下ろした。
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