金色にして漆黒の獣魔女、蝕甚を貫きて時空を渡る -Eine Hexenbiest in Gold und Schwarz-

二式大型七面鳥

文字の大きさ
上 下
49 / 58
第六章 月齢0ー朔の月ー

603

しおりを挟む
「ジュモー……何故、ここに……」
 その金髪の少女が、プロイセンの軍服に似たロングコートを着た少女がユモである事に気付き、スティーブは声をかけた。
「ユモよ。……騙したみたいでごめんなさい、ジュモーは仮の名前」
 邪な気配のする方向を見据えたままそう言ったユモは、スティーブに振り向き、微笑む。
「あたしは、ユモ・タンカ・ツマンスカヤ。それが、あたしの正しい名前」
 言いながら、ユモは、雪原に倒れた男に近寄る。
「……父と子と精霊の御名において。この者の魂が、あるべき場所に帰らんことを。アテー マルクト ヴェ・ゲブラー ヴェ・ゲドラー レ・オラーム・エイメン……」
 簡単に、質素に、精霊にユモが願ったそのまじないの大半は、簡単であるが故に、スティーブにも聞き取れ、理解出来るものだった。
「……死んだのか?」
 腰から抜いた銃剣バヨネットで十字を切ったユモに、スティーブは尋ねた。
「さっきまでのアレを、生きていると言うならね」
「あの、人だか狼だか分からないのが、殺した、のか?」
 ユモは、聞かれて、スティーブに振り向く。
「動きを止めただけ。ユキにあんな事が出来るなんて、ちょっと見直したわ」
「待て、今、なんと?」
 スティーブは、ユモの言葉に、理解出来ない一節があった。
「ユキ?ユキもここに居るのか……いや、まさか?そんな?」
 質問しながらその意味を反芻したスティーブは、ユモの言葉を額面通りに受け取ればそうなる、という結論に達し、しかし理性がそれに納得することを拒む。
「本人に聞くと良いわ……ほら、帰って来た」
 遠くの人影を顎で指し、腰に手を当てたユモはスティーブに言ってから、その遠くの人影に尋ねる。
「首尾は?」
「三人。とりあえずこれでこの周りはしばらく大丈夫そうよ、他にも倒れて動いてるのはまだ居るけど、害にはならなさそうね」
 白い棒を肩に担いで歩いてきた、スカートを履いた女の子のシルエットの人影は、スティーブの前で、その棒を血振りし、その先を左の掌に当てる。どんな手品か、その棒はするすると掌の中に吸い込まれ、消える。
「怪我はなかったですか?オースチンさん?」
 微笑みかけつつ聞く、その声。それは確かにユキのもの。しかし、その姿は……混乱する頭で、スティーブは考え、聞く。
「ああ、いや、俺は大丈夫だけど、ユキ、君は……君は、本当に、ユキ、なのか?」
「え?……ああ……」
 雪風は、自分の体を見下ろす。学校指定の黒いセーラー服に包まれ、その下の素肌に漆黒の毛皮を纏う、自分の体を。
「すみません、スティーブさん。これが、あたしです……黙ってて、ごめんなさい」
「い、いや……」
 何を、謝るんだ?スティーブは、自分の思考が停止している事に気付かず、しかし、思う。ユキは、怪物モンスターだったのか?しかし……
「ユキ、君は、一体……」
「あたしは、人狼ひとおおかみ、です」
 寂しげに微笑んで、雪風はスティーブの聞きたいことに答える。
 その哀しげな目を見て、スティーブは気付いた。ああ、この目は、この獣毛の下の顔は、心は、ユキなんだ、と。
「見苦しいですよね?見たくないでしょうから、消えます……ユモ、話ついたら呼んで」
「ま、待て、待ってくれ」
 即座に踵を返して森に入ろうとするユキに、スティーブは慌てて声をかける。
「君は、さっき、俺を助けてくれた、そうだよな?」
「え?ええ、まあ……」
 ちょっとだけ立ち止まり、振り向いて返事した雪風に、スティーブは畳みかける。
「礼を言わせてくれ。ありがとう、本当に助かった。それから」
 伝えなければならない。スティーブは、矢継ぎ早に言葉を繋ぐ。
「俺は、君を見苦しいなんて思ってない。そりゃびっくりはしたが……」
「……だってさ。あんたもわざとその格好のままで居ないで、さっさと人の姿に戻りなさいよ」
 スティーブの言葉の隙を突いて、ユモが雪風をジト目で睨みながら、少々きつめの言葉をかける。
「……」
 振り向いたままの雪風は、ため息をつくと、すっと姿を変える。漆黒の獣毛が消え去り、そこに立って居るのは、セーラー服を着た、黒髪のただの女子中学生だった。
「あんた、気にしてるのは分かるけど、そういうとこ、ちょっと卑屈よ?」
「……色々あったのよ、卑屈になりたくもなるくらいにはね」
 腕組みして諫めるユモに、嘆息して肩を落とした雪風が答えた。

「イタクァに、謎の男に、ペンダントの男。そして、君たちは……人狼ウェアウォーフ魔女ウィッチ……」
 ユモがキャンプ周辺半径100m程を『聖別』している間、雪風からここに来るまでの経緯いきさつをかいつまんで説明されたスティーブは、やや脱力した様子でかぶりを振る。
「……とても信じられないよ。さっきのを、この目で見ていなければ、ね」
「お見苦しいものをお見せしました」
 肩をすくめて言ったスティーブに、半ば本気で雪風は謝る。
「日本人はすぐ謝るってママムティが言ってたけど、本当ね」
 ちょうど、一仕事終えて戻ってきたユモが、辛口のコメントをつぶやく。かなりの広範囲に『祝福』を与えたため、触媒に使った塩や聖灰が塵となり、まだわずかにユモの周りに漂い、淡く光っている。
「そうだぞ。実際、俺はあんなに大きくて、黒くて、美しい狼は見たことがない。自分の語彙力がないのが悔しいが、それくらい、綺麗だった」
「そう言ってもらえると、ちょっと嬉しいな」
 雪風は、少し肩をすくめつつ、ちょっと恥ずかしそうに微笑む。
「あたしの親戚の中で、あたしだけが黒いんです。あたしの家系はみんな栗毛、濃い茶色の毛色なんですけど。普段も、獣の姿でも。あたしだけ、パパの黒髪を継いでて」
「そういえば、日本人ってみんな黒髪なんだっけ?」
「そうよ、ま、今時は染めてたり脱色したり割といろいろだけど。あたしも、もっとちっちゃいころはママや叔母さん達と髪の色が違うの、ちょっと気にしてたけど。今は気に入ってる」
 そう言って、雪風は、自分の髪を指でく。
「……そういうところも、おんなじなのね」
 ユモは、ぼそっとつぶやく。
「え?」
 耳ざとく聞こえた雪風が、聞き返す。
「だから、髪の話。あたしも、ママムティは黒髪なの。これは、パパファティの遺伝」
 ユモも、自分の長い金髪を手櫛でかしつつ、言う。
「ご丁寧に、ここの色が違うところはママムティと一緒なの。だから、あたしは、ママムティパパファティの両方のいいとこどり」
 そう言って、自分の左こめかみあたりの、そこだけ黒い一房の髪をなでたユモは、腰に手を当てて胸を張る。
「あんたも、あんたの両親のいいとこどり。そうでしょ?」
「もちろん、その通りよ」
 雪風は、ユモの言葉に頷く。
「で、その両親のいいとこどりのお嬢……小さなレディ二人は、一体何しにここに戻って来たんだい?」
 スティーブの質問に、一旦顔を見合わせた二人を代表して、ユモが答えた。
「オーガストからニーマントを取り返すためよ」

「ニーマント?……ああ、ペンダントか」
 まだそのあたりが頭の中で繋がらないスティーブが、言葉に出して確認する。
「取り返すって、じゃあ、大尉がここに来るのかい?」
「そのはずよ」
 素朴なスティーブの疑問に、ユモが即答する。
「正確には、ここじゃなくてあの洞窟だと思うけど。あいつ・・・の言うことを信じるなら、来るわ。今、どこで何してるのかは知らないけど。問題は……」
 ユモは、言いながら北の方角に目をやる。
「……いつ来るか、だけど」
「朝ってのが何時なのか、具体的に分からないのが、ちょっとアレよね……」
 ユモの愚痴に、雪風もつきあう。
「まあいいわ。ここら辺は聖別したから、スティーブ、あんたはここを動かないで」
「え?」
「じゃあ、ユキ、行くわよ?」
「オーケー。おんぶと抱っこ、どっちが良い?」
「って、何よ、その格好のまんまで行く気?」
「だって、あとひとっ走りだし、脱いだり着たりめんどくさいもん」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
 小娘二人の話に置いてけぼりのスティーブが、あわてて話に割り込む。
「今から、あの洞窟に行くのか?女の子二人だけで?」
「そうよ?」
「馬も無しに?」
「馬より速いわよ?ユキの足は」
「いやまあ、二本足だとそこまでじゃないけど」
「いや……しかし……」
 止めろとか、無茶だとか、そういった言葉がスティーブの頭の中に浮かぶ。
 しかし。言っても意味が無い、止めることなんて出来ない、そんな事も、スティーブは感じる。少なくとも、今、彼女たちの勢いを削ぐのは、得策じゃない。
「……わかった。正直、何がどうなってるのか、俺にはさっぱり分からない。何をするのが正しいのかも、な。だから、君たちが大尉を止めるのを止めたりはしない」
「あら、別にあたし達、オーガストを止めるつもりはないわよ?」
「……え?」
 雪風から聞いた概容で、てっきり、何かとち狂ってしまったオーガスト大尉を正気に戻してペンダントを返してもらうものだとばかり思っていたスティーブは、ユモにあっさり否定されてちょっとうろたえる。
「オーガストだっていい歳の大人でしょ?大人が自分で決めたことだもの、子供のあたし達がどうこうする話じゃないわ」
 普段は子供扱いすると怒るくせに、こういう時だけは都合よく自ら子供と言い張ったユモは、そう言って面倒くさそうに手を振る。
「あたし達は、自分達の居た世界に戻りたいだけなんです。正直、オーガストさんをどうこうっていう余計な手間まで背負い込む余裕は無いです」
 雪風も、ちょっと申し訳なさそうに言う。
「出来れば、手荒なことはしたくないし……イタクァもあいつ・・・も、居ないといいんだけど」
「同感だけど、多分無理よね」
 ユモは、腕組みして言った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!

仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。 しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。 そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。 一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった! これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!

【完結】初級魔法しか使えない低ランク冒険者の少年は、今日も依頼を達成して家に帰る。

アノマロカリス
ファンタジー
少年テッドには、両親がいない。 両親は低ランク冒険者で、依頼の途中で魔物に殺されたのだ。 両親の少ない保険でやり繰りしていたが、もう金が尽きかけようとしていた。 テッドには、妹が3人いる。 両親から「妹達を頼む!」…と出掛ける前からいつも約束していた。 このままでは家族が離れ離れになると思ったテッドは、冒険者になって金を稼ぐ道を選んだ。 そんな少年テッドだが、パーティーには加入せずにソロ活動していた。 その理由は、パーティーに参加するとその日に家に帰れなくなるからだ。 両親は、小さいながらも持ち家を持っていてそこに住んでいる。 両親が生きている頃は、父親の部屋と母親の部屋、子供部屋には兄妹4人で暮らしていたが…   両親が死んでからは、父親の部屋はテッドが… 母親の部屋は、長女のリットが、子供部屋には、次女のルットと三女のロットになっている。 今日も依頼をこなして、家に帰るんだ! この少年テッドは…いや、この先は本編で語ろう。 お楽しみくださいね! HOTランキング20位になりました。 皆さん、有り難う御座います。

ブラックギルドマスターへ、社畜以下の道具として扱ってくれてあざーす!お陰で転職した俺は初日にSランクハンターに成り上がりました!

仁徳
ファンタジー
あらすじ リュシアン・プライムはブラックハンターギルドの一員だった。 彼はギルドマスターやギルド仲間から、常人ではこなせない量の依頼を押し付けられていたが、夜遅くまで働くことで全ての依頼を一日で終わらせていた。 ある日、リュシアンは仲間の罠に嵌められ、依頼を終わらせることができなかった。その一度の失敗をきっかけに、ギルドマスターから無能ハンターの烙印を押され、クビになる。 途方に暮れていると、モンスターに襲われている女性を彼は見つけてしまう。 ハンターとして襲われている人を見過ごせないリュシアンは、モンスターから女性を守った。 彼は助けた女性が、隣町にあるハンターギルドのギルドマスターであることを知る。 リュシアンの才能に目をつけたギルドマスターは、彼をスカウトした。 一方ブラックギルドでは、リュシアンがいないことで依頼達成の効率が悪くなり、依頼は溜まっていく一方だった。ついにブラックギルドは町の住民たちからのクレームなどが殺到して町民たちから見放されることになる。 そんな彼らに反してリュシアンは新しい職場、新しい仲間と出会い、ブッラックギルドの経験を活かして最速でギルドランキング一位を獲得し、ギルドマスターや町の住民たちから一目置かれるようになった。 これはブラックな環境で働いていた主人公が一人の女性を助けたことがきっかけで人生が一変し、ホワイトなギルド環境で最強、無双、ときどきスローライフをしていく物語!

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

夢幻の錬金術師 ~【異空間収納】【錬金術】【鑑定】【スキル剥奪&付与】を兼ね備えたチートスキル【錬金工房】で最強の錬金術師として成り上がる~

青山 有
ファンタジー
女神の助手として異世界に召喚された厨二病少年・神薙拓光。 彼が手にしたユニークスキルは【錬金工房】。 ただでさえ、魔法があり魔物がはびこる危険な世界。そこを生産職の助手と巡るのかと、女神も頭を抱えたのだが……。 彼の持つ【錬金工房】は、レアスキルである【異空間収納】【錬金術】【鑑定】の上位互換機能を合わせ持ってるだけでなく、スキルの【剥奪】【付与】まで行えるという、女神の想像を遥かに超えたチートスキルだった。 これは一人の少年が異世界で伝説の錬金術師として成り上がっていく物語。 ※カクヨムにも投稿しています

俺だけ皆の能力が見えているのか!?特別な魔法の眼を持つ俺は、その力で魔法もスキルも効率よく覚えていき、周りよりもどんどん強くなる!!

クマクマG
ファンタジー
勝手に才能無しの烙印を押されたシェイド・シュヴァイスであったが、落ち込むのも束の間、彼はあることに気が付いた。『俺が見えているのって、人の能力なのか?』  自分の特別な能力に気が付いたシェイドは、どうやれば魔法を覚えやすいのか、どんな練習をすればスキルを覚えやすいのか、彼だけには魔法とスキルの経験値が見えていた。そのため、彼は効率よく魔法もスキルも覚えていき、どんどん周りよりも強くなっていく。  最初は才能無しということで見下されていたシェイドは、そういう奴らを実力で黙らせていく。魔法が大好きなシェイドは魔法を極めんとするも、様々な困難が彼に立ちはだかる。時には挫け、時には悲しみに暮れながらも周囲の助けもあり、魔法を極める道を進んで行く。これはそんなシェイド・シュヴァイスの物語である。

処理中です...