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第五章 月齢28.5
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「一体、どうしちまったんだ、大尉は……」
ユモがメモを読み終わった後の、重苦しい沈黙を破ったのは、チャックだった。
「……何が何だか、さっぱりわからない……ここまで来た経緯は、わかる。どうやって俺たちを出し抜いたかもわかった。そうしたかった理由も、だ。だが、この世界の外とか、世界の真理とか、一体大尉は何を言っているんだ?」
困惑した顔で、チャックは床に目を落として首を振る。
「それに、魔法?わけが分からない。一体……」
そこまで言って、何かに気付いたチャックはハッとして顔を上げた。
「……一体……君たちは……」
普段より明らかに見開いたそのチャックの目に浮かぶのは、疑惑か、驚愕か、あるいは恐怖か。
「君たちは……ジュモー、君は知っているのか?その……魔女、とか、リュー?……」
「リュールカ。リュールカ・ツマンスカヤ。偉大なる月の魔女、メーリング村のリュールカ」
ユモは、落ち着き払った声で、答えた。
「あたしのママよ……それから、今更だけど、一つ訂正しておくわ。あたしの名前は、正しくはジュモーじゃない。英語や仏語ならそう読むから、間違いじゃないけど」
背筋を伸ばし、腰に手を当てたユモは、一呼吸置いてから、高らかに宣言した。
「あたしの名は、ユモ。ユモ・タンカ・ツマンスカヤ。メーリング村の魔女見習い、ユモ。ママの名はリュールカ・ツマンスカヤ、偉大なる先祖の名はエイボン、畏れ多き始祖の名はマーリーン。改めて、見知りおいて」
そう言って、ユモはウールの軍用コートの下の黒いワンピースを両手で摘まみ、軽く膝を折って会釈する。
「……名前、わざと違う読み方させたんでしょ?」
堂々とした名乗りに唖然とするチャックをさしおいて、そのユモに、ユキが突っ込んだ。
「あんただってそうでしょ?」
「バレてた?」
「当たり前よ、七面鳥なんて名前、まともな親がつけるわけないもの」
薬物禁断症状に代表されるように、俗語としての七面鳥にはろくな意味は無い。
「ちょうどいいわ、あんたも本名、言いなさいよ」
「そうね……あたしは、滝波雪風。けど、ユキもターキーも、よく友達からそう言われてるから、別にまるっきり嘘ってわけじゃないのよ。あと、ゆっきーとかタッキーとか」
「君たちは……」
あっけらかんと、互いの本名を名乗り合う少女達に、何が何だか分からなくなっているチャックは、かける言葉を見つけられない。
「すみません、チャックさん。あたし、お婆ちゃん達から、知らない人にみだりに本名教えるなって言われてて。ジュモー、じゃなくてユモか、あんたもそうでしょ?」
「まあ、そうね。だから、あたし達はお互いに本当の名前は隠してた。本当の名前を知られる事は、本性を知られるのと同じだから。でも、あたし達は今、チャック、あなたにそれを明かした。この意味は、分かってもらえる?」
「あ、ああ……」
チャックも、思い出していた。まだ居留地に居た若い頃、占い師の婆さんがそんな話をしていた事を。そして、生まれた時から白人の機械文明に触れていたチャックは、そんなものは古い迷信だと思い、そんな居留地に嫌気がさして飛び出した事も。
「……では、君たちは二人とも、魔法使い、なのか?」
言われて、ユモは雪風を見た。雪風は、一拍遅れて、ぶんぶんと手を振りつつ、答える。
「いやいや、あたしは違います。あたしはそういうの全然なんで」
「にしちゃ詳しいわよねあんた」
即座に、ユモが雪風に突っ込む。
「そりゃ、あたしのお婆ちゃんは巫女だし、叔母さんは魔法使いだし……」
「はあ?」
聞いてないわよそんなの。ユモは、軽く絶句し、同時に気付く。けど、そうか。あの時、『言葉通じせしむ呪い』を唱えた時、警戒してたユキに一瞬隙が出来たのは、そういう事か。ユモは、理解した。ユモが、そしてユモの母がよく使う呪文は、この世界の魔術としては多数派であるカバラのそれをベースにするものが多い。この世界の精霊を使役するにあたってその方が都合が良かったからだが、同時にそれは、それを解する者も多い事を意味する。
「じゃあ、あんた、最初っから……」
「まあ、そういう事……チャックさん、あたしとジュ……ユモは、ここに来てすぐに、お互いがうかつに人に明かせない秘密を持っているって事、気付いてました。だから、皆さんに色々隠してました。それは、謝ります。でも、みだりに明かすなって言い聞かされてたし、実際、うっかりバレて酷い目に合った話もいっぱい聞いてたから。それに」
ユキは、一瞬言い淀んでから、続ける。
「皆さんに、迷惑かけたくなかったから」
一瞬、ロッジのリビングを沈黙が支配した。暖炉にくべた松の焚き木が、小さく爆ぜる。
迷惑をかける。その意味が、チャックには咄嗟に理解出来なかった。頭が混乱していた。大尉の残したメモの内容と、この子供達の話す内容が、上手く繋がらない。迷惑とは、どういう事だ?
「あたしが本性を出したら、きっと怖がらせちゃうし。それを知っている事が負担になるかも知れないし」
雪風の言葉をぼんやりと聞きながら、チャックは鈍くしかまわらない頭で考える。本性?負担?本性というのは正体と言うことか?では、俺が見ているこの少女は、偽物?
「あたしもあんたの正体、まだ見てないんだけど」
「見せてないもん」
「見せなさいよ。あたしだって告白したんだから」
ユモはそう雪風に言ってから、チャックに視線を移す。
「チャック、あなたも、見たいでしょ?」
「あ、ああ……」
妙に偉そうな態度のユモに聞かれたチャックは、曖昧に答えた。
「信用を勝ち取るには、隠し事は無しよ」
「そうだけどさ、あんたがそれを言うか?」
一言言い返してから、雪風もチャックに向き直る。
「……チャックさん、不安です、よね?」
申し訳なさそうな顔で、雪風はチャックに聞いた。
チャックは、答えに戸惑う。自分が何を考えているのかが、自分でも分からない。分からないまま、座ったまま、立っている少女二人を見上げ、そして、気付く。
――薄々は感じていたんだ。この娘達が、俺たちとは違う何かなんじゃないかって。イタクァに獲られたと思ったのは、ある意味では当たってたんだ――
チャックは、自分の体が小さく震えていることに気付き、そして、その理由にも気付いた。
これは、恐怖だ。ここには、もしかしたら、人間は俺しかいないという、恐怖。助けも呼べず、逃げる事も出来ず、しかし、人ではない何かが傍に居る状況。
そして、天啓を受けたかのように、チャックは突然に理解した。これは、オーガスト大尉と同じ状況なのだ、と。人に似た、しかし決定的に人とは違う何かと、一人きりで対峙する、恐怖。
彼女たちは、娘達は、少女であるからこそ、無害で、無力な存在だと思っていた。しかし、理性でそう思おうとしても、本能がもはやそれを許さなかった。それが人ではない何かならば、理性は意味が無かった。しゃべるペンダントだとか、下男下女に変身する伊達男だとか、そんな意味不明なものと、目の前の少女は、未知なもの、理解の外に居る何かであると言う意味で何も違いがなかった。そう気が付いてしまうと、未知なるものへの恐怖が、不安が、理性を上回っていた。
だが、チャックはもう一つ、気付いた。本能が感じる恐怖が顔に出ていたのだろう自分を見て、悲しそうな目になった雪風に。
「……ごめんなさい、やっぱり、怖いですよね」
諦めたような声色と寂しそうな笑顔で、雪風はそう告げる。
「違うものを認めるって、普通、出来ないですもんね……」
その言葉が、チャックの中の何かをフラッシュバックさせた。
迷信と慣習に縛られ、文字すら持たない居留地の暮らしに嫌気がさし、進んだ物質文明の白人の街へと飛び出した若い頃のチャックは、しかし、何もかもが上手く行かなかった。
白人からは常に下に見られ、読み書きは勿論話し言葉にも苦労した。当然のように働き口も限られ、上手く行かない事に腹を立て、荒れていたチャックは、度々、コグバーン保安官の手を煩わせ、そして、ある時、スティーブに出会った。
正確には、金目当てにチャックはスティーブを襲ったのだった。だが、返り討ちにされた。ろくでなしの傷病兵のお払い箱、と自称する割には、スティーブは射撃も格闘も上手かった。俺は、今度こそ重罪で豚箱だと覚悟したが、なんの気まぐれかスティーブは俺の保証人を引き受け、紆余曲折あって今に至る。その中で、一つ、俺は学んだはずだった。
異質なものを畏れ、遠ざけるのは人の、生き物の本能だ。だが、例えば白人と俺たちとのいさかいの、歴史や政治の部分と、生き物としての本能の部分は、分けて考える必要がある。そして、人は理性で本能、感情を抑えられる。抑えようとする事が出来る。だから。
本能や感情だけで、誰かを遠ざけてはならない、と。
なんてこった。俺は、底抜けにお人好しのスティーブからそれを教わっていたのに、今、俺はこの小娘達を感情的に恐れ、避けようとしていたのか。俺が、今までそうされてきたように。そうされて、こんなひねくれた男になってしまったというのに。
それに比べて、思いだしてみろ、この娘達は、俺たちにも、アシュランドの奴らにも、物怖じも遠慮も無しに向かって行った。俺が、どうしても白人とトラブルを起こす事を恐れてしまうのを尻目に。
そうだ。この小娘達はきっと、既にそれを乗り越えているのだ。恐れる事も、恐れられることも。
情けない。こんな小娘達にそれが出来て、俺に出来ないなんて。
確かに、この小娘達は得体が知れない。けれど、どんなに得体が知れなかろうが、小娘で、こまっしゃくれてて、生意気で、そして頭がよくて優しいんだ。大人の俺が、引けをとってどうするんだ……
「……そうだな。俺は、怖がってた」
俯いたチャックから、沈んだ声が聞こえた。
「最初から、怖かったんだ。君たちが。スティーブみたいに脳天気に、ちょっとやり過ぎた迷子だとは思えなかった。イタクァとか、そんな怖ろしいものと結びつけちまった。俺は、臆病だった」
チャックは、顔を上げた。
「いや、今でも怖い。君たちが何者か分からないから、怖い。だが」
大きく息を吸い、自分を鼓舞するように、チャックは言った。
「俺は大人なんだ、子供を怖がってたら、大人は務まらない」
ややぎこちなさの残る笑顔を、チャックはユモと雪風に向ける。
「子供扱いはよして頂戴」
「ユモ、止しなさいって」
即座に言い返すユモを、これも即座に雪風が窘めるが、ユモは言葉を続ける。
「腰抜けの大人に子供扱いされるほど、この魔女見習いのユモ・タンカ・ツマンスカヤはお安くないわ。どうしても子供扱いしたければ、大人の矜持ってのを見せて頂戴」
居丈高に腰に手を当て、ユモはチャックを見下ろして言い切った。雪風は、そこでやっと、ユモの言いたい事を理解した。
自分が座っていてさえ、あまり高低差のないユモのその視線を受け止めて、チャックが答えた。
「ああ。その通りだ。ちょっとは大人らしいところを見せなければな」
ユモがメモを読み終わった後の、重苦しい沈黙を破ったのは、チャックだった。
「……何が何だか、さっぱりわからない……ここまで来た経緯は、わかる。どうやって俺たちを出し抜いたかもわかった。そうしたかった理由も、だ。だが、この世界の外とか、世界の真理とか、一体大尉は何を言っているんだ?」
困惑した顔で、チャックは床に目を落として首を振る。
「それに、魔法?わけが分からない。一体……」
そこまで言って、何かに気付いたチャックはハッとして顔を上げた。
「……一体……君たちは……」
普段より明らかに見開いたそのチャックの目に浮かぶのは、疑惑か、驚愕か、あるいは恐怖か。
「君たちは……ジュモー、君は知っているのか?その……魔女、とか、リュー?……」
「リュールカ。リュールカ・ツマンスカヤ。偉大なる月の魔女、メーリング村のリュールカ」
ユモは、落ち着き払った声で、答えた。
「あたしのママよ……それから、今更だけど、一つ訂正しておくわ。あたしの名前は、正しくはジュモーじゃない。英語や仏語ならそう読むから、間違いじゃないけど」
背筋を伸ばし、腰に手を当てたユモは、一呼吸置いてから、高らかに宣言した。
「あたしの名は、ユモ。ユモ・タンカ・ツマンスカヤ。メーリング村の魔女見習い、ユモ。ママの名はリュールカ・ツマンスカヤ、偉大なる先祖の名はエイボン、畏れ多き始祖の名はマーリーン。改めて、見知りおいて」
そう言って、ユモはウールの軍用コートの下の黒いワンピースを両手で摘まみ、軽く膝を折って会釈する。
「……名前、わざと違う読み方させたんでしょ?」
堂々とした名乗りに唖然とするチャックをさしおいて、そのユモに、ユキが突っ込んだ。
「あんただってそうでしょ?」
「バレてた?」
「当たり前よ、七面鳥なんて名前、まともな親がつけるわけないもの」
薬物禁断症状に代表されるように、俗語としての七面鳥にはろくな意味は無い。
「ちょうどいいわ、あんたも本名、言いなさいよ」
「そうね……あたしは、滝波雪風。けど、ユキもターキーも、よく友達からそう言われてるから、別にまるっきり嘘ってわけじゃないのよ。あと、ゆっきーとかタッキーとか」
「君たちは……」
あっけらかんと、互いの本名を名乗り合う少女達に、何が何だか分からなくなっているチャックは、かける言葉を見つけられない。
「すみません、チャックさん。あたし、お婆ちゃん達から、知らない人にみだりに本名教えるなって言われてて。ジュモー、じゃなくてユモか、あんたもそうでしょ?」
「まあ、そうね。だから、あたし達はお互いに本当の名前は隠してた。本当の名前を知られる事は、本性を知られるのと同じだから。でも、あたし達は今、チャック、あなたにそれを明かした。この意味は、分かってもらえる?」
「あ、ああ……」
チャックも、思い出していた。まだ居留地に居た若い頃、占い師の婆さんがそんな話をしていた事を。そして、生まれた時から白人の機械文明に触れていたチャックは、そんなものは古い迷信だと思い、そんな居留地に嫌気がさして飛び出した事も。
「……では、君たちは二人とも、魔法使い、なのか?」
言われて、ユモは雪風を見た。雪風は、一拍遅れて、ぶんぶんと手を振りつつ、答える。
「いやいや、あたしは違います。あたしはそういうの全然なんで」
「にしちゃ詳しいわよねあんた」
即座に、ユモが雪風に突っ込む。
「そりゃ、あたしのお婆ちゃんは巫女だし、叔母さんは魔法使いだし……」
「はあ?」
聞いてないわよそんなの。ユモは、軽く絶句し、同時に気付く。けど、そうか。あの時、『言葉通じせしむ呪い』を唱えた時、警戒してたユキに一瞬隙が出来たのは、そういう事か。ユモは、理解した。ユモが、そしてユモの母がよく使う呪文は、この世界の魔術としては多数派であるカバラのそれをベースにするものが多い。この世界の精霊を使役するにあたってその方が都合が良かったからだが、同時にそれは、それを解する者も多い事を意味する。
「じゃあ、あんた、最初っから……」
「まあ、そういう事……チャックさん、あたしとジュ……ユモは、ここに来てすぐに、お互いがうかつに人に明かせない秘密を持っているって事、気付いてました。だから、皆さんに色々隠してました。それは、謝ります。でも、みだりに明かすなって言い聞かされてたし、実際、うっかりバレて酷い目に合った話もいっぱい聞いてたから。それに」
ユキは、一瞬言い淀んでから、続ける。
「皆さんに、迷惑かけたくなかったから」
一瞬、ロッジのリビングを沈黙が支配した。暖炉にくべた松の焚き木が、小さく爆ぜる。
迷惑をかける。その意味が、チャックには咄嗟に理解出来なかった。頭が混乱していた。大尉の残したメモの内容と、この子供達の話す内容が、上手く繋がらない。迷惑とは、どういう事だ?
「あたしが本性を出したら、きっと怖がらせちゃうし。それを知っている事が負担になるかも知れないし」
雪風の言葉をぼんやりと聞きながら、チャックは鈍くしかまわらない頭で考える。本性?負担?本性というのは正体と言うことか?では、俺が見ているこの少女は、偽物?
「あたしもあんたの正体、まだ見てないんだけど」
「見せてないもん」
「見せなさいよ。あたしだって告白したんだから」
ユモはそう雪風に言ってから、チャックに視線を移す。
「チャック、あなたも、見たいでしょ?」
「あ、ああ……」
妙に偉そうな態度のユモに聞かれたチャックは、曖昧に答えた。
「信用を勝ち取るには、隠し事は無しよ」
「そうだけどさ、あんたがそれを言うか?」
一言言い返してから、雪風もチャックに向き直る。
「……チャックさん、不安です、よね?」
申し訳なさそうな顔で、雪風はチャックに聞いた。
チャックは、答えに戸惑う。自分が何を考えているのかが、自分でも分からない。分からないまま、座ったまま、立っている少女二人を見上げ、そして、気付く。
――薄々は感じていたんだ。この娘達が、俺たちとは違う何かなんじゃないかって。イタクァに獲られたと思ったのは、ある意味では当たってたんだ――
チャックは、自分の体が小さく震えていることに気付き、そして、その理由にも気付いた。
これは、恐怖だ。ここには、もしかしたら、人間は俺しかいないという、恐怖。助けも呼べず、逃げる事も出来ず、しかし、人ではない何かが傍に居る状況。
そして、天啓を受けたかのように、チャックは突然に理解した。これは、オーガスト大尉と同じ状況なのだ、と。人に似た、しかし決定的に人とは違う何かと、一人きりで対峙する、恐怖。
彼女たちは、娘達は、少女であるからこそ、無害で、無力な存在だと思っていた。しかし、理性でそう思おうとしても、本能がもはやそれを許さなかった。それが人ではない何かならば、理性は意味が無かった。しゃべるペンダントだとか、下男下女に変身する伊達男だとか、そんな意味不明なものと、目の前の少女は、未知なもの、理解の外に居る何かであると言う意味で何も違いがなかった。そう気が付いてしまうと、未知なるものへの恐怖が、不安が、理性を上回っていた。
だが、チャックはもう一つ、気付いた。本能が感じる恐怖が顔に出ていたのだろう自分を見て、悲しそうな目になった雪風に。
「……ごめんなさい、やっぱり、怖いですよね」
諦めたような声色と寂しそうな笑顔で、雪風はそう告げる。
「違うものを認めるって、普通、出来ないですもんね……」
その言葉が、チャックの中の何かをフラッシュバックさせた。
迷信と慣習に縛られ、文字すら持たない居留地の暮らしに嫌気がさし、進んだ物質文明の白人の街へと飛び出した若い頃のチャックは、しかし、何もかもが上手く行かなかった。
白人からは常に下に見られ、読み書きは勿論話し言葉にも苦労した。当然のように働き口も限られ、上手く行かない事に腹を立て、荒れていたチャックは、度々、コグバーン保安官の手を煩わせ、そして、ある時、スティーブに出会った。
正確には、金目当てにチャックはスティーブを襲ったのだった。だが、返り討ちにされた。ろくでなしの傷病兵のお払い箱、と自称する割には、スティーブは射撃も格闘も上手かった。俺は、今度こそ重罪で豚箱だと覚悟したが、なんの気まぐれかスティーブは俺の保証人を引き受け、紆余曲折あって今に至る。その中で、一つ、俺は学んだはずだった。
異質なものを畏れ、遠ざけるのは人の、生き物の本能だ。だが、例えば白人と俺たちとのいさかいの、歴史や政治の部分と、生き物としての本能の部分は、分けて考える必要がある。そして、人は理性で本能、感情を抑えられる。抑えようとする事が出来る。だから。
本能や感情だけで、誰かを遠ざけてはならない、と。
なんてこった。俺は、底抜けにお人好しのスティーブからそれを教わっていたのに、今、俺はこの小娘達を感情的に恐れ、避けようとしていたのか。俺が、今までそうされてきたように。そうされて、こんなひねくれた男になってしまったというのに。
それに比べて、思いだしてみろ、この娘達は、俺たちにも、アシュランドの奴らにも、物怖じも遠慮も無しに向かって行った。俺が、どうしても白人とトラブルを起こす事を恐れてしまうのを尻目に。
そうだ。この小娘達はきっと、既にそれを乗り越えているのだ。恐れる事も、恐れられることも。
情けない。こんな小娘達にそれが出来て、俺に出来ないなんて。
確かに、この小娘達は得体が知れない。けれど、どんなに得体が知れなかろうが、小娘で、こまっしゃくれてて、生意気で、そして頭がよくて優しいんだ。大人の俺が、引けをとってどうするんだ……
「……そうだな。俺は、怖がってた」
俯いたチャックから、沈んだ声が聞こえた。
「最初から、怖かったんだ。君たちが。スティーブみたいに脳天気に、ちょっとやり過ぎた迷子だとは思えなかった。イタクァとか、そんな怖ろしいものと結びつけちまった。俺は、臆病だった」
チャックは、顔を上げた。
「いや、今でも怖い。君たちが何者か分からないから、怖い。だが」
大きく息を吸い、自分を鼓舞するように、チャックは言った。
「俺は大人なんだ、子供を怖がってたら、大人は務まらない」
ややぎこちなさの残る笑顔を、チャックはユモと雪風に向ける。
「子供扱いはよして頂戴」
「ユモ、止しなさいって」
即座に言い返すユモを、これも即座に雪風が窘めるが、ユモは言葉を続ける。
「腰抜けの大人に子供扱いされるほど、この魔女見習いのユモ・タンカ・ツマンスカヤはお安くないわ。どうしても子供扱いしたければ、大人の矜持ってのを見せて頂戴」
居丈高に腰に手を当て、ユモはチャックを見下ろして言い切った。雪風は、そこでやっと、ユモの言いたい事を理解した。
自分が座っていてさえ、あまり高低差のないユモのその視線を受け止めて、チャックが答えた。
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