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第三章 月齢26.5
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アシュランドは、ベイフィールド半島の東側の付け根に位置する港湾都市である。ダルース――正確にはダルースはミネソタ州側であり、セントルイス川を挟んでウィスコンシン側はスペリオルである――に比べれば小さいとは言え、二十世紀初頭のこの頃のアシュランドは街としては最盛期を迎えており、陸路と水路の接続点として大変活気に溢れており、実際、人口もこの頃がピークであった。
北米各地はこの頃、自動車と鉄道によるモータリゼーションの隆盛を迎えており、デトロイトを含めてこの後工業地帯として発展する五大湖周辺も当然その影響下にあった。とはいえ、道路整備が追いつかなかったり、特に雪に閉ざされたりする北部地方ではまだまだ馬は重要な交通手段であり、特に資源開発が成されず人気もないベイフィールド半島はまっとうな道路も鉄道も無い状態が長く続いた。
そのベイフィールド半島方向から、チャック、ユモとユキの一行は、夕闇迫る街にさしたる問題もなく到着し、ご大層な防寒外套を羽織り、馬に乗ったその出で立ちは多少なりとも人目こそひいたものの、日が落ちきる前にはアシュランド駅に到着していた。前夜の夜半過ぎから降り始めた雪は夕暮れと共に勢いを増しつつあり、真っ暗になる前に街に着けたのは僥倖であったとも言えた。
二人乗りの鞍から飛び降りるが早いかユモは駅員を捕まえて、オーガストの人相背格好を伝えてこの付近で見かけなかったか尋ねる。馬の始末を終えたチャックと、一回り駅の周りを走って確かめたユキがユモと合流する頃には、ユモが声を掛けた駅員以外からの情報も集まっており、しかしながら、答えは否、であった。
「つまり、オーガストは駅に来てないって事よね?」
ユモが、結論を急ぐ。
「大尉は、馬を三頭連れている。見かければ、印象に残ると思う」
チャックは、ゆっくり周囲を見渡しながら、自ら確認するように言う。
「……街の入り口は、あたし達が来たところだけ?」
来た方向を振り返りながら、ユキが聞く。
「入り口は必ずしも一つではないが、まあ、目抜き通りで言えばそうだ」
おおざっぱに、港湾都市であるアシュランドは、南西から北東に延びる海岸線沿いに発達している。大通りも鉄道も、おおむねこれに沿って走っている。
「じゃあ、少し戻って、それっぽい人に聞いてみましょうか」
ユキが、チャックとユモに振り返って、提案した。
「さて、そんなのは見てねぇなあ」
街の入り口近くで客引きをしていた男に数枚の1ドル紙幣を渡して、ユモはそれだけの答えを聞き出す。
街の入り口に近く、比較的通行人に目を配っている者がいるとすれば、それは町の中央に店を構えられず、常に来る者に気を配らざるをえない立場の者、つまりは酒場の客引き兼用心棒扱いの筋者。そう説明し、馬を一度駅に預けたチャックは街の入り口まで戻ってめぼしい者に目をつけたのだが、珍しく一歩踏み出すのに逡巡するその様子を見て、即座にユモがチャックの手から札束を抜き取ると前に出ていった。それを追うユキは一瞬チャックを振り返ったが、すぐにユモに向き直り、小走りに後を追った。物怖じせず、単刀直入に要件を切り出したユモの碧の目で見据えられたその男は、最初こそユモを小娘と侮り小馬鹿にしていたが、数枚の1ドル紙幣をユモがひらひらさせると途端に態度を変えた。
ユモの質問に答えた後、酒で濁った目でユモを見下ろしたその男は、ユモの後ろのユキを見てから少し離れた所に立つチャックを見る。
「それよりお前ら、あのレッドマンとどんな関係だ?」
「レッドマン?」
聞いた事のないその言葉に、ユモは怪訝そうに聞き返す。
「あの連中の事さ。悪い事は言わねぇ、そっちの中国人も、頭の皮を剥がれる前に俺のところでかくまってやるぜ?どうだ?」
「……あいにくだけど、見た目で人を判断する人はお呼びじゃないの」
瞬間、男の濁った目からその奥の思考を読み取ったユモは、ぴしゃりと言い切って踵を返す。
「情報だけは有り難くいただくわ。さよなら」
「……だとこのガキ!おい!ちょっとま……」
瞬時に頭に血が上ったらしい、ユモの襟首をひっ捕まえようと手をのばすその男に、ユモはくるりと振り向くと小さく投げキッスをかます。途端に、男は毒気を抜かれ、勢いで二、三歩前に出たところで立ち尽くす。
「行きましょ」
腰に手を当てて、ほんのわずか腰を落として備えていたユキにそう言って、ユモはすたすたとチャックに向かって歩いて行く。
「……何したのよ?」
そのユモを追ったユキは、横目で後ろを見つつユモに尋ねる。
「なんにも。魔法を使うまでもないわ、あんなの、放射閃を当てるだけであんなものよ」
ユキには、見えていた。目が善い者ならば、見えていたろう。ユモの投げキッスと共に、清らかな光の粒が走り、男に吸い込まれたのを。ただ、ユキにはそれが魔法なのか、それ以外の何かなのかを区別する知識がない、それだけの事だった。
「まったく、やんなっちゃう」
明らかに安堵した顔でユモとユキを迎えたチャックに聞こえないように、ユモは口の中で小さく呟いてから、チャックが口を開く前に、言う。
「聞いてきたわよ。オーガストの目撃情報はなし。嘘は言ってないはずよ」
「もう二、三人、聞いてみます?」
ユモの言葉を引き取って、ユキはチャックに水を向ける。
「……済まない。本当は俺がすべき事だった」
だが、そのチャックは、いつになく言葉が重い。思わず、ユモとユキは俯き気味のチャックのその顔を覗き込む。
「なんか、あったんですか?」
ユキは、尋ねる。自ら言い出すまで待つ、という選択肢は、今のこの状況では相応しくないと判断した結果だった。
「いや、そうじゃない……俺は、白人じゃない、それだけの事だ」
ああ。口の中だけで呟いて、ユキは身を起こす。日本に住む日本人であるユキにとって、人種差別は理解はしていても肌感覚としては分かりづらい、が、うかつに立ち入るべき問題でもない、という意識もあった。
「……まったく。どいつもこいつも」
だが、まるで空気を読まないかのように、ユモは言って、腰に手を当ててふんぞり返る。
「そんな事であたしの足を引っ張ってもらっちゃ困るのよ。いい大人が、子供の前でだらしないところみせないで頂戴!」
「ちょっと、ジュモー……」
自分とは逆に、穏便にではなくあえて辛辣にするユモに、ユキはあわてて押しとどめようとする。が。
「いや、その通りだ。これは俺の問題で、君たちには関係ない。だから、君たちに俺の問題で迷惑をかけてはいけない」
最初こそため息交じりだったが、後の方はほとんどいつも通りの声色で、チャックは答える。
「そうよ!だから、次の行動を決めましょ」
ユキが本降りになりつつある空を見上げて、ユモは言う。
「もう一人か二人聞いてみるにしろ、まず先に宿を決めちゃわない?それと、晩ご飯済ましちゃいましょ?」
発展中の港湾都市である事もあり、安手の木賃宿はどこも労働者でいっぱい、そうでなくても馬がいるから厩のある宿でなくてはならず、必然的にある程度、格の高い宿を探さざるをえない。幸い、オーガストが残したボーナスがある為懐はそれなりに温かい。ホテルのフロントはネイティブアメリカンの成人が白人と東洋人の少女を連れている事に何やら思うところがあったようだが、チャックの保安官助手という肩書きとバッジがここではものを言った。
とはいえ、借りられたのは角部屋の一室、さほど広くはない部屋にベッドは二つ、ソファが一つ。久々の――実に足かけ三日三晩ぶりの――バスを使ったユモとユキは、まるで生き返ったかのような表情でルームサービスで取り寄せた夕食――大したものではないが、畜生鍋とは比べものにならない――を堪能し、チャックを苦笑させた。
「それで、この後はどうするつもりだ?」
暖かい部屋で、腹もくちくなって明らかに眠気を見せる少女二人を前にして、チャックは聞いた。
「どうやら大尉は鉄道どころか、街に立ち寄った形跡が無い。恐らくはアシュランドに寄り道する事無く真っ直ぐに南下しているのだろう」
酒もタバコもやらないチャックは、コーヒーのカップを片手に窓から外の景色、しんしんと雪の降る夜の町並みを見つつ、言う。
「この雪ではもう足跡を追うわけにはいかないが、同時に距離を稼ぐ事も出来ない。土地勘のない大尉は道沿いに進むしかないだろうから、俺一人なら追いつける目もある」
チャックは、カーテンを閉めて、ユモとユキに振り向く。
「明日の朝、ダルース行きの鉄道は七時四十五分に出る。君たちはそれに乗ってダルースに向かえ」
「いやよ」
若干眠そうでありつつも、はっきりと、ユモはチャックの提案を否定する。
「……そういう約束だったはずだ」
厳しめの声で、チャックはユモを窘める。
「あたしが約束したのは、オーガストが鉄道を使ってたら諦める、そしたらダルースに向かう、それだけよ」
「しかし、スティーブは……」
「あたしは、彼の提案に同意した覚えはないわ。逆よ。あたしの提案に、彼が同意したの」
詭弁だ、ユキは思う。あの状況では、誰もがチャックや恐らくスティーブも思っているような誤解をするに違いない。だが、ジュモーの言う事も、確かに正しい、と。
「……」
何かを言い返そうと、チャックは口を開けて、しかし言葉が出てこずに立ち尽くす。そのチャックに、ユキが声をかけた。
「多分無駄ですよ、チャックさん。この娘、言い出したら絶対退かないし、一応論理は合ってますから」
「……」
口を開けたままのチャックは、そのままユキに顔を向ける。
「もちろん、あたしはジュモーの味方ですから。女の子二人、説得してみます?」
チャックは、この三日ほどで二人の少女が見た事もなかった、実に情けない顔になった。
北米各地はこの頃、自動車と鉄道によるモータリゼーションの隆盛を迎えており、デトロイトを含めてこの後工業地帯として発展する五大湖周辺も当然その影響下にあった。とはいえ、道路整備が追いつかなかったり、特に雪に閉ざされたりする北部地方ではまだまだ馬は重要な交通手段であり、特に資源開発が成されず人気もないベイフィールド半島はまっとうな道路も鉄道も無い状態が長く続いた。
そのベイフィールド半島方向から、チャック、ユモとユキの一行は、夕闇迫る街にさしたる問題もなく到着し、ご大層な防寒外套を羽織り、馬に乗ったその出で立ちは多少なりとも人目こそひいたものの、日が落ちきる前にはアシュランド駅に到着していた。前夜の夜半過ぎから降り始めた雪は夕暮れと共に勢いを増しつつあり、真っ暗になる前に街に着けたのは僥倖であったとも言えた。
二人乗りの鞍から飛び降りるが早いかユモは駅員を捕まえて、オーガストの人相背格好を伝えてこの付近で見かけなかったか尋ねる。馬の始末を終えたチャックと、一回り駅の周りを走って確かめたユキがユモと合流する頃には、ユモが声を掛けた駅員以外からの情報も集まっており、しかしながら、答えは否、であった。
「つまり、オーガストは駅に来てないって事よね?」
ユモが、結論を急ぐ。
「大尉は、馬を三頭連れている。見かければ、印象に残ると思う」
チャックは、ゆっくり周囲を見渡しながら、自ら確認するように言う。
「……街の入り口は、あたし達が来たところだけ?」
来た方向を振り返りながら、ユキが聞く。
「入り口は必ずしも一つではないが、まあ、目抜き通りで言えばそうだ」
おおざっぱに、港湾都市であるアシュランドは、南西から北東に延びる海岸線沿いに発達している。大通りも鉄道も、おおむねこれに沿って走っている。
「じゃあ、少し戻って、それっぽい人に聞いてみましょうか」
ユキが、チャックとユモに振り返って、提案した。
「さて、そんなのは見てねぇなあ」
街の入り口近くで客引きをしていた男に数枚の1ドル紙幣を渡して、ユモはそれだけの答えを聞き出す。
街の入り口に近く、比較的通行人に目を配っている者がいるとすれば、それは町の中央に店を構えられず、常に来る者に気を配らざるをえない立場の者、つまりは酒場の客引き兼用心棒扱いの筋者。そう説明し、馬を一度駅に預けたチャックは街の入り口まで戻ってめぼしい者に目をつけたのだが、珍しく一歩踏み出すのに逡巡するその様子を見て、即座にユモがチャックの手から札束を抜き取ると前に出ていった。それを追うユキは一瞬チャックを振り返ったが、すぐにユモに向き直り、小走りに後を追った。物怖じせず、単刀直入に要件を切り出したユモの碧の目で見据えられたその男は、最初こそユモを小娘と侮り小馬鹿にしていたが、数枚の1ドル紙幣をユモがひらひらさせると途端に態度を変えた。
ユモの質問に答えた後、酒で濁った目でユモを見下ろしたその男は、ユモの後ろのユキを見てから少し離れた所に立つチャックを見る。
「それよりお前ら、あのレッドマンとどんな関係だ?」
「レッドマン?」
聞いた事のないその言葉に、ユモは怪訝そうに聞き返す。
「あの連中の事さ。悪い事は言わねぇ、そっちの中国人も、頭の皮を剥がれる前に俺のところでかくまってやるぜ?どうだ?」
「……あいにくだけど、見た目で人を判断する人はお呼びじゃないの」
瞬間、男の濁った目からその奥の思考を読み取ったユモは、ぴしゃりと言い切って踵を返す。
「情報だけは有り難くいただくわ。さよなら」
「……だとこのガキ!おい!ちょっとま……」
瞬時に頭に血が上ったらしい、ユモの襟首をひっ捕まえようと手をのばすその男に、ユモはくるりと振り向くと小さく投げキッスをかます。途端に、男は毒気を抜かれ、勢いで二、三歩前に出たところで立ち尽くす。
「行きましょ」
腰に手を当てて、ほんのわずか腰を落として備えていたユキにそう言って、ユモはすたすたとチャックに向かって歩いて行く。
「……何したのよ?」
そのユモを追ったユキは、横目で後ろを見つつユモに尋ねる。
「なんにも。魔法を使うまでもないわ、あんなの、放射閃を当てるだけであんなものよ」
ユキには、見えていた。目が善い者ならば、見えていたろう。ユモの投げキッスと共に、清らかな光の粒が走り、男に吸い込まれたのを。ただ、ユキにはそれが魔法なのか、それ以外の何かなのかを区別する知識がない、それだけの事だった。
「まったく、やんなっちゃう」
明らかに安堵した顔でユモとユキを迎えたチャックに聞こえないように、ユモは口の中で小さく呟いてから、チャックが口を開く前に、言う。
「聞いてきたわよ。オーガストの目撃情報はなし。嘘は言ってないはずよ」
「もう二、三人、聞いてみます?」
ユモの言葉を引き取って、ユキはチャックに水を向ける。
「……済まない。本当は俺がすべき事だった」
だが、そのチャックは、いつになく言葉が重い。思わず、ユモとユキは俯き気味のチャックのその顔を覗き込む。
「なんか、あったんですか?」
ユキは、尋ねる。自ら言い出すまで待つ、という選択肢は、今のこの状況では相応しくないと判断した結果だった。
「いや、そうじゃない……俺は、白人じゃない、それだけの事だ」
ああ。口の中だけで呟いて、ユキは身を起こす。日本に住む日本人であるユキにとって、人種差別は理解はしていても肌感覚としては分かりづらい、が、うかつに立ち入るべき問題でもない、という意識もあった。
「……まったく。どいつもこいつも」
だが、まるで空気を読まないかのように、ユモは言って、腰に手を当ててふんぞり返る。
「そんな事であたしの足を引っ張ってもらっちゃ困るのよ。いい大人が、子供の前でだらしないところみせないで頂戴!」
「ちょっと、ジュモー……」
自分とは逆に、穏便にではなくあえて辛辣にするユモに、ユキはあわてて押しとどめようとする。が。
「いや、その通りだ。これは俺の問題で、君たちには関係ない。だから、君たちに俺の問題で迷惑をかけてはいけない」
最初こそため息交じりだったが、後の方はほとんどいつも通りの声色で、チャックは答える。
「そうよ!だから、次の行動を決めましょ」
ユキが本降りになりつつある空を見上げて、ユモは言う。
「もう一人か二人聞いてみるにしろ、まず先に宿を決めちゃわない?それと、晩ご飯済ましちゃいましょ?」
発展中の港湾都市である事もあり、安手の木賃宿はどこも労働者でいっぱい、そうでなくても馬がいるから厩のある宿でなくてはならず、必然的にある程度、格の高い宿を探さざるをえない。幸い、オーガストが残したボーナスがある為懐はそれなりに温かい。ホテルのフロントはネイティブアメリカンの成人が白人と東洋人の少女を連れている事に何やら思うところがあったようだが、チャックの保安官助手という肩書きとバッジがここではものを言った。
とはいえ、借りられたのは角部屋の一室、さほど広くはない部屋にベッドは二つ、ソファが一つ。久々の――実に足かけ三日三晩ぶりの――バスを使ったユモとユキは、まるで生き返ったかのような表情でルームサービスで取り寄せた夕食――大したものではないが、畜生鍋とは比べものにならない――を堪能し、チャックを苦笑させた。
「それで、この後はどうするつもりだ?」
暖かい部屋で、腹もくちくなって明らかに眠気を見せる少女二人を前にして、チャックは聞いた。
「どうやら大尉は鉄道どころか、街に立ち寄った形跡が無い。恐らくはアシュランドに寄り道する事無く真っ直ぐに南下しているのだろう」
酒もタバコもやらないチャックは、コーヒーのカップを片手に窓から外の景色、しんしんと雪の降る夜の町並みを見つつ、言う。
「この雪ではもう足跡を追うわけにはいかないが、同時に距離を稼ぐ事も出来ない。土地勘のない大尉は道沿いに進むしかないだろうから、俺一人なら追いつける目もある」
チャックは、カーテンを閉めて、ユモとユキに振り向く。
「明日の朝、ダルース行きの鉄道は七時四十五分に出る。君たちはそれに乗ってダルースに向かえ」
「いやよ」
若干眠そうでありつつも、はっきりと、ユモはチャックの提案を否定する。
「……そういう約束だったはずだ」
厳しめの声で、チャックはユモを窘める。
「あたしが約束したのは、オーガストが鉄道を使ってたら諦める、そしたらダルースに向かう、それだけよ」
「しかし、スティーブは……」
「あたしは、彼の提案に同意した覚えはないわ。逆よ。あたしの提案に、彼が同意したの」
詭弁だ、ユキは思う。あの状況では、誰もがチャックや恐らくスティーブも思っているような誤解をするに違いない。だが、ジュモーの言う事も、確かに正しい、と。
「……」
何かを言い返そうと、チャックは口を開けて、しかし言葉が出てこずに立ち尽くす。そのチャックに、ユキが声をかけた。
「多分無駄ですよ、チャックさん。この娘、言い出したら絶対退かないし、一応論理は合ってますから」
「……」
口を開けたままのチャックは、そのままユキに顔を向ける。
「もちろん、あたしはジュモーの味方ですから。女の子二人、説得してみます?」
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